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116.恐怖
しおりを挟む……どこかで鳴った小さな爆発音。一瞬。全てが一瞬の出来事だった。
目の前にある瓦礫の山にただただ呆然と立ち尽くす。辺りには土埃が舞っている。だけど、さっきまでそこにいた男の子や女の人達、剣を振り上げていたバーカルの手下の姿がなくなっている。
……今、何が起こったんっすか? なんでいないんっすか? みんな……どこに行ったんっすか?
目の前の状況に全く理解が追いつかなかった。あれだけうるさく、焦燥感に駆られていた自分の心臓ですら今は大人しいもので、それだけ目の前の光景に呆気にとられていた。
だって、さっきまでそこに人がいたのだ。その人達を守る為、俺は動け動けと、助けるんだと手を伸ばし、足を踏み出し剣を振り下ろそうとしていた男を止めようとしていた。なのにみんないない。ただそこには瓦礫の山があるだけ。
「…………みんなどこに……」
「……ぷ……あはははははははは!!! そう来ましたか!! 流石厄病神!! 助けようとしてた者を自分で殺すなんてなかなか出来ることじゃありませんよ! しかも全員一気に! ははははははははは!!!」
「……」
バーカルが笑う。シーンと静まり返っている洞窟内で、バーカルの嗤い声だけが大きく響いた。
「……殺す?」
嗤うバーカルを見てからもう一度目の前にある瓦礫の山を見た。
……これ俺がやったんっすか?
そう思ってから首を横に振った。
……違うっす。俺は何もやってないっす。俺はただ助けようとしていただけっす。
首を振るが、目の前の瓦礫からは目が離せなかった。大人しかった心臓の鼓動が少しずつ音と速さを増していく。
「か、頭……今の爆発音……」
「ん? ああ大丈夫ですよ。大方、どこかの馬鹿が向こうに仕掛けた爆弾の残りを間違えて起動させてしまったのでしょう。片すように指示を出していましたから」
「な、なるほど……」
「一つ一つは小型でしたから助かりましたね! でも……、ふ、ふふ、そ、それでピンポイントに人質の上に崩れるって! ははははは! やっぱりツキさんの力はすごいですね? さっきからもチマチマと起きてはいましたが、こういう時のツキさんは神懸っていますよ。ほんっと人を傷つけることに長けた天才で。……ツキさん、どれだけ首を振っても現実は変わりませんよ? 認められないのなら優しい僕が言葉にして言ってあげましょうか? あなたのせいでなんの罪もない方が死んじゃいましたよ? これじゃぺしゃんこでしょうね~」
「ぺゃんこ……」
「あーあ、ツキさんが初めから本気をだして戦っていればこんなことにはならなかったんでしょうね~。ここだけは予想外でしたのに。ツキさんのその実力ならこうやって調子に乗って自分に向かってくる連中くらい全員殺せたでしょう?」
「おいおい頭!」
「俺らがこんなガキにやられるわけねぇだろ!」
「ふっ、ああごめんね? でも、ツキさんの体質に尻込みして一番かかってた奴らはどいつらだったかな?」
「「「「「……」」」」」
バーカルの視線に男達は全員目を伏すか逸らした。そんな部下達を見た後、バーカルは手に持つ水晶へと視線を落とした。
「……僕も、レーラのようにツキさんの体質を逆手にとってみようとしたんですけどダメだったようですね」
そう言ってバーカルは水晶を放り投げると俺に視線を戻す。
「でも、僕はまだあなたの力を信用してるんですよね~。――ねぇ、ツキさん。ツキさんは一番簡単な方法を選ばずに中途半端な応戦ばかりしてましたよね。だから体力を消耗するだけで状況は不利になっていく一方でこうなるんですよ? 一人ずつ確実に殺せばこうはならなかったかもしれませんのに」
「っお、俺は殺すつもりなんて――!」
「甘いですよ。殺すつもりなんて? なかったと言いたいんですか? 下手な言い訳はしないでくれますか?」
「……っ言い訳じゃないっす……!」
叫ぶように言う。バーカルは同情にも似た色をその目に宿しながらも、冷ややかに、馬鹿にしたように俺を見る。
「言い訳でしょう? だってツキさんの場合、殺さないじゃなくて……――殺せないの間違いでしょう?」
「っ」
「ああ、殺せないだけじゃなくて血が出るような傷もつけられない、もですね!」
「…………」
バーカルが核心ばかりついてくる。
「殺さないまでも刺すでも切るでも別に相手を再起不能にする方法なんて山ほどあったでしょう? なのにそれをツキさんはしなかった。剣を奪い取ったとしてもそれは武器を持っている相手に抵抗するためであってその刃で斬りつけることなんてなくせいぜい柄で殴りつけることくらい。ほとんどを体術で戦い意識を奪うことに重きをおいていましたよね? でも、それも初めだけ。あなたが僕の部下を殴った時、吐血した馬鹿がいましたよね? そこから明らかにあなたの拳や足に力が乗らなくなり、気絶させるまでにももっていけなくなった。……そんなにも血を見ることが怖いんですか? そんなにも自分が誰かを傷つけることが怖いんですか?」
「……っ」
ぎゅっと唇を噛み締め、俯いてしまう。
……そんなの、怖いっに決まってるっす……っ。
バーカルには全部バレていた。怖い? そんなの怖いに決まっているだろう。ボスのあの血は俺の中でトラウマになっている。血を見たくない。あの日のボスを思い出してしまうから。だけど、それでも少しずつ割り切ることを覚え、克服し大丈夫になっていたのだ。
でも、さっき見たあの日の夢といい、バーカルの揺さぶりとボス達が来ない状況達に克服できたはずの心が揺らぎ、力が入らなくなってしまっていた。
……バーカルの言う通り、俺には誰かを殺すなんてことはできない。それに近い傷ですら対人相手では決してできない。相手がどれだけの悪人だとしてもだ。……俺といて、ボス以外で死にそうな目に遭ったり、命に関わるような大怪我をした人はいない。だからこそ、誰かを殺すことも強く傷つけることも俺にはできない。それらを一度でも自分に許してしまえば、俺の体質もそれに呼応するかのように周りにそれらを振り撒きそうで怖くてできない。
……自分の中にあるジンクス。俺が人を殺さない限り、俺の不幸も誰も殺さない。くだらない結びつけかもしれないけれど、そうとでも思い込んで、実行することでしか俺が……、俺みたいなのがボス達と一緒にいていい理由を見つけられなかったのだ。なのにっ。
「だからダメなんですよあなたは」
「……っ」
「自分で決めた勝手なルールから抜け出せずに手加減なんかするから守るべき人を自分で殺してしまうんです」
「……」
「どんな決まり事を作ったとしても結局はそう自分が思い込んで人の中にいていい理由を自分勝手に無理矢理作り上げているだけでしょう? ……厄病神が人に混じって幸せに? 普通に? 過ごせるわけないでしょう。それを望むことすらが間違ってることにいつまで目を逸らす気ですか? 他人の迷惑を考えたことありますか? ……自分がどんな存在か、顔あげてその目でよく確かめて下さいよ」
……そんな、バーカルの言葉に恐る恐ると顔を上げてしまった。バーカルの部下達はみんな俺に恐怖を向けていた。
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