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第三章

第17話 山本法律事務所4

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 山本弁護人は再び質問対象を原告に戻した。

「神野さん、現場での原告と神野さんの位置の確認ですが、原告の描いた見取り図及び立ち位置はこれで良いですか?」

 神野は改めて見取り図に見入った。目撃者の描いたものと比べればまだマシな図と言える。見取り図と両者の立ち位置とその説明が書かれている。その内容は偽証そのものだった。以下のような内容だった。

 ① 私が神野さんに声をかけられた位置
 ㋐ 神野さんが私に声をかけた位置
 ⓶ 私が腹筋マシンをした位置
 ㋑ 私が腹筋マシンをした時の神野さんが近寄ってきた位置
 ③ 私が最初に前屈をした位置
 ㋒ 私が最初に前屈をした時の神野さんの位置
 ⓸ 私が移動して前屈をした位置
 ㋓ 私が前屈をしたときの神野さんの位置
 ㋔ 神野さんが、前屈をするとき私に痴漢した位置

「かなり酷い内容ですね。嘘だらけです」

「じゃあ、上から順に見ていきましょうか。①と㋐はどうですか?」
「位置が正反対ですね。この図は上が北になってるんで、①の原告の位置は右に3cm、つまり東に2m。㋐の私の位置は上下はこのまま原告と同じですが、原告より右に1cm、つまり東に1m の位置です」

「神野さんが声をかけた位置は図では原告の西になってるが、実際は東からという事ですね?」
「そうです」

「最初に声をかけたのはどちらから?」
「私から」

「『原告から』って言ってませんでした?」
「ええっと…。あ、そうですね。勘違いしてました。最初に腹筋台に誘ったのが『原告』です。最初に声をかけたのは私です。失礼しました」

「よく分かりました。じゃあ次にいきます。⓶と㋑ですが、この位置はどうですか?」
「これはこの通りですね。『腹筋マシンをした位置』か⁉『腹筋台を使用した位置』と言うべきですね。私は腹筋台には興味はなかったんですが原告が誘ってきたので、原告が北向きになり腹筋台に腰を乗せた後、彼女の左側、つまり北側に立ちました」

「その次、③と㋒ですが、この位置関係はどうです?」
「これがおかしい。こいつはここで前屈などしていない。腹筋台のすぐ横、つまり南側でなんで前屈をする必要が有るの? 完全な偽証ですね」

「神野さんはこの時、㋑の位置から真っすぐ左、つまり西側にいますが、この位置はどうですか?」
「これはこの通りですね。腹筋のあと、2人でこの位置に移動しました。私は北側から、彼女は南側から」

「これは1つのポイントになるかも…ですね。なんでこんな所で前屈したと証言したのか?」
「原告の知的面の欠点が出たのかも」

「知的面か…なんでここで前屈をしたと証言したか? 公判で訊いてみましょう。恐らく、『神野さんに乞われて』と言うでしょうね」
「平気で、偽証しますかねえ?」

「他に言いようがありませんから。神野さんは『知的面』を疑いますか?」
「そうですねえ。目撃者との間で証言の打ち合わせ不十分で、ボロを出したのではないかと」

「ほう、ボロを。つまり?」
「つまり、そのう~。まあ、そのう~…。角栄さんやってる場合ではないですね」

「上手い。ハハハ…村井さんに聞いてた以上ですね。で、つまり?」
「つまり、偽証は目撃者から持ち掛けた。腹筋台で触っていたので、近くに行った。別の場所でも触っていた。このように原告に吹きこもうとした。ところが原告は腹筋台ではケツを台に付けているので触られようがない。それで、ここでも前屈をしてその時触られたと証言しようとした」

「なるほど。で、なんでその時、神野さんが離れた場所にいたと証言するのか? そこが、知的面?」
「そこが、知的面です」

「良い推理です。最後です。④、㋓、㋔についてはどうでしょう?」
「原告が⓸に移動したのは偽証ですね。私は㋒から移動していません。原告は㋒のすぐ右、つまり東側に来たんです」

「神野さんの名推理でこの偽証の意味を説明してくれますか?」
「まあ、普通に考えれば…」

「普通に考えれば?」
「『目撃位置に近いほうが、見誤りがない』と言う事ではないですか」
 
「偽証がバレるリスクが大きくなっても…ですか? そこも知的面?」
「だと思います。2人の証言の日付が違ってますね。それぞれ別の日に聞き取りをしたんでしょう。だから、証言の統一ができてない。事前に打ち合わせをしておけば、目撃者がこんな稚拙なミスは犯させないでしょうに」

「なるほど。神野さん、今日は大変成果がありました。公判までにはまだ十分日がありますが、早めに現場検証をやりたいと思います。それに先立って私の方で調べたいことも有りますので、またご連絡します」
「そうですか。よろしくお願いします。現場検証は早くやりたいものです」

「その前に、神野さん懸念の本店長と目撃者の関係を探ってみます。じゃあ、本日これ迄。お疲れ様でした」
「失礼します」


 この人なら大丈夫だ。きっと無実を証明してくれる。
 神野は気分よく、山本法律事務所を後にした。 
 
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