ぼくらの森

ivi

文字の大きさ
8 / 122
第一章 はじまり

第8話 血の狼

しおりを挟む
 かすかな物音が聞こえた気がして、セロは浅い眠りから覚めた。

 窓の外を見ると、厚い雲に覆われた空はまだ暗く、いつの間にか降り出した雨が、トットットッと軽やかに窓を叩いていた。

 雨粒に歪む景色に目を凝らせば、東の雲が赤く照らされているのが見える。あの辺りには首都ベルホーンがある。街はまだ眠りにつくことなく、煌々と明かりを灯しているようだ。

 気のせいか……。

 ベッドに横たわり、薄い毛布を肩までかけ直す。胸いっぱいに深呼吸すると、心地よい眠気に誘われて目を閉じた。

 だが、セロの薄れゆく意識は、数秒もしないうちに現実へ引き戻される。

 ――トトトットトトッ

 今の音は……何だ?

 すっかり眠気の覚めたセロは、じっと暗闇を見つめた。閉ざされたドアの向こうで、また音がする。

 ――タタタッタタタッ

 これは、雨音じゃない。

 何かが廊下を走り回っているんだ。

 だが、どんなに訓練熱心な者でも、消灯後の宿舎を走り回ったりはしないだろう。

 不吉な気配を感じたセロは、ベッドから出ると、丸いテーブルに置いてある燭台にさわった。燭台はまだほんのり温かい。彼らが眠りについてから、それほど時間は経っていないようだ。

 ――ダダダッダダダッ

 音は少しずつ大きくなり、その数も増えている気がする。

 それに、この足音は人間のものではない。

 人間よりも足の多い動物にしか、この三拍子の足音は出せないはずだ。

 ――ガリッ

 突然、ドアを引っかく音が、静まり返った部屋に響いた。

 眠っていたタークも、さすがに目を覚ましたようだ。暗闇のなかで、起き上がる影が見えた。

 「セロさん……?」

 タークが小声でセロを呼ぶ。

 「どうした?」

 タークの寝ぼけ眼が、机のそばにいるセロをぼんやりと捉えた。

 「何してるんですか?」

 そう言って、タークはベッドから足を降ろそうとした。

 ――ガリッガリッ

 「うわあっ!」

 驚いたタークは叫び声を上げ、素早く毛布に潜り込む。

 まったく……廊下にいる何かに居場所を知られたらどうするんだ。とは言え、相手の正体がわからない今、そんなことを気にしていても、仕方がないのだろうが。

 「だ、誰ですか?いたずらならやめて下さいよ……!」

 頭から毛布を被ったタークが、震える声でささやいた。

 いたずら……か。思い当たる人物と言えばケリーくらいだが、彼がこんな悪質ないたずらをするとは考えにくい。

 それに、騎士団とドラゴン乗りの学舎を繋ぐ橋は、とっくに施錠されているはずだから、ケリーがここに来ることは難し――。

 ――うぎゃあああああっ!

 突如、宿舎の静寂を切り裂いて、大きな叫び声が響いた。

 断末魔のような悲鳴は廊下にこだまして、不気味な咆哮みたいだった。

 タークは腰を抜かしてしまったらしい。ベッドから転がり落ちた彼は、毛布でぐるぐる巻きになっていた。

 「あ、あわわわわ……」

 タークは恐怖に目を見開き、ドアを凝視したまま固まってしまった。

 廊下はドタバタと人が部屋を飛び出す音と、何を言っているのか聞き取れないほどの怒号で満ちている。

 「行くぞ、ターク!」

 応戦しようとしたセロがドアを開けた瞬間、赤黒い獣が勢いよく飛び込んで来た。

 ――グアアッ!

 血にまみれた狼のような獣は、セロの前に立ち塞がると、真っ赤な瞳で彼を睨みつけた。

 熟れた果実を彷彿とさせる目は、真っ黒な眼孔の中で鈍く輝いて、底知れぬ飢えがよだれとなって唇から滴り落ちている。

 二人から逃げ道を奪った獣は、体勢を低く構えて、細い尻尾をちぎれんばかりに振った。

 『こいつ、楽しんでいるんだ。』

 セロがそう直感した、そのとき。

 獣が目にも止まらぬ速さで彼に躍りかかった。

 「セロさあああんっ!」

 タークの絶望的な悲鳴と、獣の枯れた咆哮が混ざって、耳障りな不協和音を奏でる。

 身をえぐるような鈍い音が聞こえたのを最後に、部屋は再び静寂に包まれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...