ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第7話 対峙

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 黒髪の少女が白黒斑毛の馬に乗って、こちらへ駆けて来る。

 「何してるの!ここは、ドラゴンの訓練場でしょう?勝手な行動はつつしみなさい!」

 少女はグレイスターの隣に馬を止めて、ケリーを叱りつける。恥ずかしい一面をセロに見られた彼は、頭をグシャグシャッと掻いて少女を睨んだ。

 「あー、もう!はいはい、わかったから!怒鳴るのやめてくれよ。エダナの声は、耳がキンキンす――」

 「何が、わかったから、よ!これで何回目だと思ってるの?」

 「先に帰っといてくれって言ったんだから、別にいいだろ?」

 「よくない!外で訓練したときは、全員そろって帰らなきゃいけないのよ!」

 「適当にやり過ごせば、ばれないって!見張りがいる訳じゃないんだからさ」

 「それ、クウェイさんの前でも同じことが言えるの?」

 喧嘩する二人を止めることもせず、セロは訓練場の彼方を見つめていた。

 正門のそばにいる、鹿毛の馬に乗った青年。

 彼は、十四歳のセロを支えてくれた騎士。

 そして、この学舎にセロを連れて来た張本人。

 ――クウェイだ。

 青年もセロに気がついているようで、馬に跨ったまま、じっとこちらを見つめ返している。

 これまでも、セロは遠くから見守るクウェイを見つけたことがある。

 いつものように、二人は広い訓練場の両端で対峙した。

 クウェイのことを、セロは嫌ってはいない。しかし、クウェイを見つけると心に迷いが生じてしまう。

 何がそうさせるのかは、わからない。

 クウェイに声をかけてはいけない。
 近寄ってはいけない。

 そんな思いが、セロを縛っている。

 一瞬の静寂のあと、先に動いたのはクウェイだった。

 彼は馬に乗って、ゆっくり歩いてくる。

 「どうしたんだ、セロ。具合でも悪いのか?」

 ケリーの声に、はっと我に返る。

 さっきまで騒いでいた二人が、心配そうに見下ろしていた。

 ケリーがセロの視線を追って、あっと短い声を出した。

 「クウェイさんだ。セロ、悪い。今日はここまでだな」

 ケリーは鞍から上体を乗り出して、セロの肩を軽く叩いた。

 「じゃあ、オレ帰るよ。またな」

 ニカッと笑ったケリーは、グレイスターの腹を蹴る。馬はブルルッと鼻を鳴らして、走り去って行った。

 「ケリーが迷惑をかけてごめんなさい。今度来たら、引っ叩いてかまわないから」

 エダナの言葉に、セロは苦笑した。

 「ああ、そうさせてもらうよ。ケリーのお守りは大変そうだな……お疲れさま」

 エダナの茶色い瞳が、すっと細められる。

 「本当にね。でも、セロといるとケリーはすごく楽しいみたい。これからも、ケリーと仲良くしてあげてください」

 馬の向きを反転させると、彼女は背中越しに会釈した。

 「それじゃあ、失礼します」

 エダナの言葉を合図に、牛柄の馬は跳ねるように駆け出した。小さな馬体には似合わない速さで、どんどん遠ざかっていく。

 訓練場の奥では、ケリーがクウェイと親しげに話している。どうやら、クウェイには後輩の単独行動をたしなめる気はないようだ。

 セロが彼らを眺めている間に、エダナも合流する。

 三人の騎士は楽しそうに連絡橋のそばにある門をくぐり、去って行った。

 「……セロさん」

 突然、背後から声をかけられて、セロは慌ててふり返った。

 「お待たせ、してしまい……ハア。すみません。片付け、おわりました……ハア」

 そこには、汗と砂で汚れた制服に身を包み、息を荒くしたタークがいた。

 急いで走ってきたのだろう。彼の頬は赤く、とても苦しそうだった。

 「わかった。午後からもよろしく頼む」

 食堂に向かって歩き出すセロに、タークもふらふらと続いた。

 昼食後は、すぐに午後の訓練が始まる。
 
 学生たちに、休息はない。
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