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第二章 目覚め
第82話 白馬の王子
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「よく頑張ったな、ヴェルーカ。すぐに手入れを終わらせるからな」
蹄についた砂を道具で掻き落とすセロに、ヴェルーカはブルルッと鼻を鳴らして答えた。馬は繋がれた鎖がピンッと張るほど頭を下げて、眠たそうにしている。
人間の上半身ほどある大きな頭を、馬の細い首で支えるのはさぞ大変だろう。背腰と足のケアはもちろんのこと、首のマッサージもしなければ。
セロが足回りの手入れを終えたそのとき。今の今まで気持ちよさそうにしていたヴェルーカが、頭を高く上げて一点を見つめ始めた。
「ヴェルーカ、どうしたんだ?」
ブラシを片手にセロが訊ねると、ヴェルーカは顔を右に向けたまま、高い声でイヒヒンッと短く鳴いた。
その視線の先には、馬場から帰って来る白馬の王子。
慣れた様子で背の高い白馬から下りた少年は、一直線にセロたちの元へやって来た。
「セロさん、お疲れさまです!」
「お疲れさま、ニック。その子が君の馬か?」
「はい、そうです!体が大きいので、よく男の子と間違われるんですが、ヴェルーカと同じ女の子なんですよ」
ニックたちがヴェルーカの隣に入ると、馬たちは互いに顔を向き合わせた。鎖に繋がれているため、近づくことはないが、ちらりとお互いを見合うその姿は、まるで容姿に気を遣う人間の女の子みたいだった。
「僕は馬に詳しくないんだが……ケリーがいい馬だと言っていたのも、わかるような気がするよ。その子の名前は?」
「エルっていいます。ちょっと変わった子ですが、とてもお利口さんなんです。……あっ!よかったら今度、乗ってみませんか?たまには違う馬に乗るのも楽しいですよ」
セロが答えようとした瞬間。
ヴェルーカはニックの言葉に両耳を伏せ、尻尾を激しく振り回した。横目でセロを睨みつけ、クリーム色の尾で彼の体を何度も叩く。
鞭に打たれるような鋭い痛みに、セロもヴェルーカを睨み返してしまう。
「あらら……すみません。ヴェルーカの前で言っちゃ駄目でしたね」
申し訳なさそうに謝るニックに、セロは慌てて苦笑いを浮かべた。彼がそうしている間も、ヴェルーカからの攻撃が絶えることはない。
「いや、ニックが謝ることはないよ。それに、エルは君と一緒に走っている方が、楽しいんじゃないかな」
セロの答えに満足したのか、ヴェルーカはぴたりと尻尾の動きを止めた。胸を張って、フンッと鼻を鳴らす馬の顔は、嫉妬に頬を膨らませる女の子そのものだった。
セロは心の底から深いため息をつく。
「あはっ!お二人は本当に仲がいいですね。羨ましいです!」
牛柄の馬体にブラシをかけながら、セロはやれやれと首を振った。
下手に喋ってしまうと、またヴェルーカからお叱りを受けてしまいそうだ。セロは目と仕草で『そんなことはない』と訴えるしかなかった。
「あははっ!」
面白そうに声を上げて笑うニックに、セロは力なく肩をすくめる。
本当に……どうして、ヴェルーカは他の馬と比べて、こんなに人間味があるんだ。もしかすると、体のどこかに縫い目があって、それを開けると中から人間が出てくるのではないだろうか。
変な想像をしたセロの背筋に、嫌な悪寒が走る。気を紛らすために手を早めた彼の隣で、ニックはきょろきょろと辺りを見回した。
「あれ……そう言えば、ケリーさんは?さっきまで、セロさんと一緒にいましたよね?」
「ああ、彼なら厩舎の作業に戻ったよ」
「やっぱり、ケリーさんは行動が早いですね。でも、お腹の傷はまだ治ってないですし、無理されてなければいいんですが……」
ついさっき、騎乗の指導を終えたケリーはヴェルーカを褒めに褒め尽くしたあと、他の騎士の作業を手伝うために厩舎へ行ってしまった。「迷惑はかけられない」と口癖のように言いながら、自分にできることをこなしていく彼の熱意に、敵うものは誰もいないだろう。
「道具を片付けてきますね!」
馬装を解き終えたニックが、鞍や頭絡を抱えて足早に通り過ぎて行く。空を飛ぶために軽量化されたドラゴンの道具よりも、馬具の方がずっと重たい。
それを一度に全部持って行ってしまうニックを見て、セロはふとタークを思い浮かべた。
鞍を両手に抱えて、よろよろと通路を歩くターク。
ドラゴン乗りと騎士の違いはあれど、たった一年でここまでの差が出るとなると……少し心配になる。昼間の剣術の訓練時に腕立て伏せをさせれば、腕力を鍛えられるだろうか。いや、これ以上訓練の時間を増やしてしまうと、他の作業に支障が出るかも知れない。
部屋に戻ってから腕立て伏せをさせるのは、流石にやりすぎだろうか。それとも、今までが甘やかし過ぎだったのか。
頭の中であれこれ考えていたセロは、結論が出る前に思考を止めた。どんなに考えたところで……あと数日もすれば、自分はタークの指導から外れるのだ。
それだけじゃない。
学舎を出てしまえば、タークの様子を知ることも、訓練の手助けをすることもできなくなる。旅の間は宿に泊まらなければ、居場所も安定しない。手紙でのやり取りも簡単ではないはずだ。
「はあ……」
「どうしたんですか?そんなに深いため息をついて。また、ヴェルーカに怒られたんですか?」
背後の声にふり返ると、両手に桶を下げたニックが戻って来ていた。「エル」と馬の名前が書かれた桶には手入れ道具が。そして、もう片方の桶には馬に飲ませるための水がたっぷりと入っている。
「いや、何でもない。」
「そう、ですか……それならいいんですが。ああっ、そういえば、今日の訓練はすごかったですね!広馬場から見てましたよ!」
エルに水を飲ませながら、ニックが明るく話題を変えた。どうやら、彼は奥の馬場から見守ってくれていたらしい。
「ヴェルーカが暴れるようになったっていうのは、ケリーさんから聞いていたんですが、それでも見ていて緊張しました。あの状況、ぼくだったら絶対に落ちていたと思います。でも、何よりセロさんが褒めたときのヴェルーカ、本当に嬉しそうな顔をしていましたよね!」
やや興奮気味に話すニックは、目をきらきらと輝かせている。
彼は、本当に馬のことが大好きなんだな。
「いつもの僕なら、今日も落馬していたと思う。でも……今日は先輩騎士がついていてくれたからね。彼の助けがなければ、ヴェルーカを助けることは到底、不可能だったよ」
「先輩騎士……?」
ニックが不思議そうに首をかしげたそのとき。
繋ぎ場の外から、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。
蹄についた砂を道具で掻き落とすセロに、ヴェルーカはブルルッと鼻を鳴らして答えた。馬は繋がれた鎖がピンッと張るほど頭を下げて、眠たそうにしている。
人間の上半身ほどある大きな頭を、馬の細い首で支えるのはさぞ大変だろう。背腰と足のケアはもちろんのこと、首のマッサージもしなければ。
セロが足回りの手入れを終えたそのとき。今の今まで気持ちよさそうにしていたヴェルーカが、頭を高く上げて一点を見つめ始めた。
「ヴェルーカ、どうしたんだ?」
ブラシを片手にセロが訊ねると、ヴェルーカは顔を右に向けたまま、高い声でイヒヒンッと短く鳴いた。
その視線の先には、馬場から帰って来る白馬の王子。
慣れた様子で背の高い白馬から下りた少年は、一直線にセロたちの元へやって来た。
「セロさん、お疲れさまです!」
「お疲れさま、ニック。その子が君の馬か?」
「はい、そうです!体が大きいので、よく男の子と間違われるんですが、ヴェルーカと同じ女の子なんですよ」
ニックたちがヴェルーカの隣に入ると、馬たちは互いに顔を向き合わせた。鎖に繋がれているため、近づくことはないが、ちらりとお互いを見合うその姿は、まるで容姿に気を遣う人間の女の子みたいだった。
「僕は馬に詳しくないんだが……ケリーがいい馬だと言っていたのも、わかるような気がするよ。その子の名前は?」
「エルっていいます。ちょっと変わった子ですが、とてもお利口さんなんです。……あっ!よかったら今度、乗ってみませんか?たまには違う馬に乗るのも楽しいですよ」
セロが答えようとした瞬間。
ヴェルーカはニックの言葉に両耳を伏せ、尻尾を激しく振り回した。横目でセロを睨みつけ、クリーム色の尾で彼の体を何度も叩く。
鞭に打たれるような鋭い痛みに、セロもヴェルーカを睨み返してしまう。
「あらら……すみません。ヴェルーカの前で言っちゃ駄目でしたね」
申し訳なさそうに謝るニックに、セロは慌てて苦笑いを浮かべた。彼がそうしている間も、ヴェルーカからの攻撃が絶えることはない。
「いや、ニックが謝ることはないよ。それに、エルは君と一緒に走っている方が、楽しいんじゃないかな」
セロの答えに満足したのか、ヴェルーカはぴたりと尻尾の動きを止めた。胸を張って、フンッと鼻を鳴らす馬の顔は、嫉妬に頬を膨らませる女の子そのものだった。
セロは心の底から深いため息をつく。
「あはっ!お二人は本当に仲がいいですね。羨ましいです!」
牛柄の馬体にブラシをかけながら、セロはやれやれと首を振った。
下手に喋ってしまうと、またヴェルーカからお叱りを受けてしまいそうだ。セロは目と仕草で『そんなことはない』と訴えるしかなかった。
「あははっ!」
面白そうに声を上げて笑うニックに、セロは力なく肩をすくめる。
本当に……どうして、ヴェルーカは他の馬と比べて、こんなに人間味があるんだ。もしかすると、体のどこかに縫い目があって、それを開けると中から人間が出てくるのではないだろうか。
変な想像をしたセロの背筋に、嫌な悪寒が走る。気を紛らすために手を早めた彼の隣で、ニックはきょろきょろと辺りを見回した。
「あれ……そう言えば、ケリーさんは?さっきまで、セロさんと一緒にいましたよね?」
「ああ、彼なら厩舎の作業に戻ったよ」
「やっぱり、ケリーさんは行動が早いですね。でも、お腹の傷はまだ治ってないですし、無理されてなければいいんですが……」
ついさっき、騎乗の指導を終えたケリーはヴェルーカを褒めに褒め尽くしたあと、他の騎士の作業を手伝うために厩舎へ行ってしまった。「迷惑はかけられない」と口癖のように言いながら、自分にできることをこなしていく彼の熱意に、敵うものは誰もいないだろう。
「道具を片付けてきますね!」
馬装を解き終えたニックが、鞍や頭絡を抱えて足早に通り過ぎて行く。空を飛ぶために軽量化されたドラゴンの道具よりも、馬具の方がずっと重たい。
それを一度に全部持って行ってしまうニックを見て、セロはふとタークを思い浮かべた。
鞍を両手に抱えて、よろよろと通路を歩くターク。
ドラゴン乗りと騎士の違いはあれど、たった一年でここまでの差が出るとなると……少し心配になる。昼間の剣術の訓練時に腕立て伏せをさせれば、腕力を鍛えられるだろうか。いや、これ以上訓練の時間を増やしてしまうと、他の作業に支障が出るかも知れない。
部屋に戻ってから腕立て伏せをさせるのは、流石にやりすぎだろうか。それとも、今までが甘やかし過ぎだったのか。
頭の中であれこれ考えていたセロは、結論が出る前に思考を止めた。どんなに考えたところで……あと数日もすれば、自分はタークの指導から外れるのだ。
それだけじゃない。
学舎を出てしまえば、タークの様子を知ることも、訓練の手助けをすることもできなくなる。旅の間は宿に泊まらなければ、居場所も安定しない。手紙でのやり取りも簡単ではないはずだ。
「はあ……」
「どうしたんですか?そんなに深いため息をついて。また、ヴェルーカに怒られたんですか?」
背後の声にふり返ると、両手に桶を下げたニックが戻って来ていた。「エル」と馬の名前が書かれた桶には手入れ道具が。そして、もう片方の桶には馬に飲ませるための水がたっぷりと入っている。
「いや、何でもない。」
「そう、ですか……それならいいんですが。ああっ、そういえば、今日の訓練はすごかったですね!広馬場から見てましたよ!」
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「ヴェルーカが暴れるようになったっていうのは、ケリーさんから聞いていたんですが、それでも見ていて緊張しました。あの状況、ぼくだったら絶対に落ちていたと思います。でも、何よりセロさんが褒めたときのヴェルーカ、本当に嬉しそうな顔をしていましたよね!」
やや興奮気味に話すニックは、目をきらきらと輝かせている。
彼は、本当に馬のことが大好きなんだな。
「いつもの僕なら、今日も落馬していたと思う。でも……今日は先輩騎士がついていてくれたからね。彼の助けがなければ、ヴェルーカを助けることは到底、不可能だったよ」
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◆ ◆ ◆
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不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
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