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第三章 旅立ち
第88話 ジアンとレイ
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ジアンは毎日のように、橋下を訪れるようになった。
青年も笛を吹かないという選択肢はないようで、橋の下に隠れている所を、毎度のごとくジアンに見つかっていた。
「しつこいな……」
ある日、ぼそっと愚痴を漏らした青年にジアンは満面の笑顔をみせた。
「そうかい?」
怪訝そうに睨みつける青年に、ジアンは怯むことなく訊ねた。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけどさ。東の地の村が壊滅したとき、あの村が依頼を出していたっていう噂を学舎に広めたのは……君だよね?」
青年は眉一つ動かさない。
「ごめんね。騎士たちに聞き込んで、君のことを調べさせてもらったんだ。思っていたより、優しい人が多くて驚いたよ。みんな、ドラゴン乗りのことを嫌っているって聞いてい――」
「……それで?」
「えっ?」
ジアンの話を遮って、青年は問い返した。
「それで、おまえはどうするつもりなんだ」
「どうするって……?そうだなあ、僕はドラゴン乗りと騎士団が、仲良くなったらいいなって思っているけれど……」
「そういうことを、聞いているんじゃない」
青年は苛々と質問しなおした。
「俺が噂を流したのは事実だ。だが、それを知ったところで、どうするつもりなんだ?学長に言いつけて、点数稼ぎでもするのか?俺の弱みを握ったとでも思って、おまえの都合のいいように、こき使うつもりか?残念だが……俺は、おまえの思い通りにはならない。今すぐにでも、この役立たずな学舎を出て行ってやるさ」
「君って、案外よく喋るんだね」
「……!」
微笑みを浮かべるジアンの一言に、青年は慌てて口をつぐんだ。
「本当は、そうやって自分の意見を言いたかったんだよね。でも、人見知りな君にはできなかった。だから、噂という形で真実を広めようとしたんだ。東の地出身の君は、あの辺りの村が魔界軍の標的にされていると知っていて、学舎に来たんだよね?どんなに助けを求めても答えてくれないから、自分の身を呈して、学舎に東の地の危機を知らせようとしたんだ」
ギュッと目を閉じる青年に、ジアンはゆっくり歩み寄った。
「君がいつも東を向いて笛を吹いているのは、故郷の大切な人を思っているから……じゃないかな。君には関係のない話だけど、僕の家族は北の地の田舎で暮らしていてね。弟は今も、魔界軍の魔の手が忍び寄る森で遊んでいるんだ。僕が家にいたときは、魔界軍のいた痕跡がある場所には、連れて行かなかったからね。弟は魔界の脅威が、目と鼻の先に迫っているなんて、夢にも思っていないんだよ」
彼も自分も、守りたいものは同じ。
大切なものを守れるなら、自分の命など惜しくない。
だからこそ、孤独な青年はたった一人で、声なき抵抗をしたのだろう。そうでなければ、こんなに寡黙な青年が、所属を越えるほど大胆に噂を流すことはできないはずだ。
「……君が流した噂のおかげで、僕は指導者に初めて、意見することができたんだ。ずっと前から、学舎の方針に疑問を抱いていたから、変えたいと思っていたんだけど……僕一人では、無理だった」
青年はそっと目を開けた。
目深に被った布の下で、灰緑色の瞳が光を取り戻した気がした。
「もし、よかったら……君の力を貸してくれないかな。二人で協力すれば、きっと学舎をいい方向に導いていける。一人ではできなくても、僕たちが力を合わせれば、本当に守りたかったものを守れるようになるはずだよ」
初めて出会ったときと同じように、ジアンは青年に手を差し伸べた。
ジアンの瞳は、自信に満ち溢れている。
「……レイ」
そう短く呟いて、青年は頭に被った布を払い落とした。
襟足を肩にかかるほど伸ばした特徴的な髪は、東の地の伝統的な髪型だ。
「俺の名前……レイ・ホートモンド」
レイは不器用そうに名乗って、握手に応えた。
ジアンは、ぱあっと明るい笑顔をみせる。
「よろしくね、レイ!」
それから、二人は互いの力を発揮して、当時の指導者を実力で乗り越えていった。
力をつけた彼らは、学長や指導者に直談判して、ブラッドウルフの討伐だけではなく、魔界軍との接触を試みるようになったのだ。
急激に変化する学舎の様子に戸惑い、最初は反発していた者も、二人の指揮の的確さに惹かれて、次第に協力するようになった。
指導者たちはジアンとレイに向けられた期待を上回ることはできず、実質、彼らが当時の学舎を仕切る指揮者と言っても過言ではないほどだった。
空の英雄、ジアン・オルティス。
地上の英雄、レイ・ホートモンド。
二人はいつしか、そう呼ばれるようになった。
学生たちは魔界軍との交戦を繰り返し、その勢力をあっという間に抑え込んだ。
そして、大草原の片隅に魔界軍を追い詰めた彼らは、長く続いた影との戦いに終止符を打つため、第一回大草原遠征を決行する。
結果は周知の通りだが、二人の英雄は最期まで立派に戦い抜いた……と、バドリックは今でも信じている。
図書室の本棚から、二大英雄のことを綴った書物が消え去り、バドリックをはじめとする指導者が、英雄たちの生還を諦めても。
二人の帰還を待ち続けている学生は少なくない。
彼らはきっと、ジアンの弟が兄を探そうとしているなんて、夢にも思っていないだろう。
知らず知らずのうちに、学舎の未来がセロに託されたのだ。
青年も笛を吹かないという選択肢はないようで、橋の下に隠れている所を、毎度のごとくジアンに見つかっていた。
「しつこいな……」
ある日、ぼそっと愚痴を漏らした青年にジアンは満面の笑顔をみせた。
「そうかい?」
怪訝そうに睨みつける青年に、ジアンは怯むことなく訊ねた。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけどさ。東の地の村が壊滅したとき、あの村が依頼を出していたっていう噂を学舎に広めたのは……君だよね?」
青年は眉一つ動かさない。
「ごめんね。騎士たちに聞き込んで、君のことを調べさせてもらったんだ。思っていたより、優しい人が多くて驚いたよ。みんな、ドラゴン乗りのことを嫌っているって聞いてい――」
「……それで?」
「えっ?」
ジアンの話を遮って、青年は問い返した。
「それで、おまえはどうするつもりなんだ」
「どうするって……?そうだなあ、僕はドラゴン乗りと騎士団が、仲良くなったらいいなって思っているけれど……」
「そういうことを、聞いているんじゃない」
青年は苛々と質問しなおした。
「俺が噂を流したのは事実だ。だが、それを知ったところで、どうするつもりなんだ?学長に言いつけて、点数稼ぎでもするのか?俺の弱みを握ったとでも思って、おまえの都合のいいように、こき使うつもりか?残念だが……俺は、おまえの思い通りにはならない。今すぐにでも、この役立たずな学舎を出て行ってやるさ」
「君って、案外よく喋るんだね」
「……!」
微笑みを浮かべるジアンの一言に、青年は慌てて口をつぐんだ。
「本当は、そうやって自分の意見を言いたかったんだよね。でも、人見知りな君にはできなかった。だから、噂という形で真実を広めようとしたんだ。東の地出身の君は、あの辺りの村が魔界軍の標的にされていると知っていて、学舎に来たんだよね?どんなに助けを求めても答えてくれないから、自分の身を呈して、学舎に東の地の危機を知らせようとしたんだ」
ギュッと目を閉じる青年に、ジアンはゆっくり歩み寄った。
「君がいつも東を向いて笛を吹いているのは、故郷の大切な人を思っているから……じゃないかな。君には関係のない話だけど、僕の家族は北の地の田舎で暮らしていてね。弟は今も、魔界軍の魔の手が忍び寄る森で遊んでいるんだ。僕が家にいたときは、魔界軍のいた痕跡がある場所には、連れて行かなかったからね。弟は魔界の脅威が、目と鼻の先に迫っているなんて、夢にも思っていないんだよ」
彼も自分も、守りたいものは同じ。
大切なものを守れるなら、自分の命など惜しくない。
だからこそ、孤独な青年はたった一人で、声なき抵抗をしたのだろう。そうでなければ、こんなに寡黙な青年が、所属を越えるほど大胆に噂を流すことはできないはずだ。
「……君が流した噂のおかげで、僕は指導者に初めて、意見することができたんだ。ずっと前から、学舎の方針に疑問を抱いていたから、変えたいと思っていたんだけど……僕一人では、無理だった」
青年はそっと目を開けた。
目深に被った布の下で、灰緑色の瞳が光を取り戻した気がした。
「もし、よかったら……君の力を貸してくれないかな。二人で協力すれば、きっと学舎をいい方向に導いていける。一人ではできなくても、僕たちが力を合わせれば、本当に守りたかったものを守れるようになるはずだよ」
初めて出会ったときと同じように、ジアンは青年に手を差し伸べた。
ジアンの瞳は、自信に満ち溢れている。
「……レイ」
そう短く呟いて、青年は頭に被った布を払い落とした。
襟足を肩にかかるほど伸ばした特徴的な髪は、東の地の伝統的な髪型だ。
「俺の名前……レイ・ホートモンド」
レイは不器用そうに名乗って、握手に応えた。
ジアンは、ぱあっと明るい笑顔をみせる。
「よろしくね、レイ!」
それから、二人は互いの力を発揮して、当時の指導者を実力で乗り越えていった。
力をつけた彼らは、学長や指導者に直談判して、ブラッドウルフの討伐だけではなく、魔界軍との接触を試みるようになったのだ。
急激に変化する学舎の様子に戸惑い、最初は反発していた者も、二人の指揮の的確さに惹かれて、次第に協力するようになった。
指導者たちはジアンとレイに向けられた期待を上回ることはできず、実質、彼らが当時の学舎を仕切る指揮者と言っても過言ではないほどだった。
空の英雄、ジアン・オルティス。
地上の英雄、レイ・ホートモンド。
二人はいつしか、そう呼ばれるようになった。
学生たちは魔界軍との交戦を繰り返し、その勢力をあっという間に抑え込んだ。
そして、大草原の片隅に魔界軍を追い詰めた彼らは、長く続いた影との戦いに終止符を打つため、第一回大草原遠征を決行する。
結果は周知の通りだが、二人の英雄は最期まで立派に戦い抜いた……と、バドリックは今でも信じている。
図書室の本棚から、二大英雄のことを綴った書物が消え去り、バドリックをはじめとする指導者が、英雄たちの生還を諦めても。
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