ぼくらの森

ivi

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第三章 旅立ち

第89話 夜明け

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 朝靄に霞む訓練場。

 セロとディノは寄り添うように立ち、朝焼けに染まる空を眺めていた。

 ゆっくりと様相を変えていく空の美しさに、セロがため息をついたそのとき。山脈の向こうで燻る、朝日の淡い光を見つめていたディノが、ふいに背後をふり返った。

 ディノは長くしなやかな首を曲げて、鋭く整った顔を竜舎の方に向けている。乗り手とそっくりな青い瞳が、遠くに揺らぐ二つの影を見つめていた。

 影が近づくにつれて、少年とドラゴンの輪郭がはっきりと描かれていく。

 「おはようございます!」

 「おはよう。今日は遅刻しなかったな」

 タークは少し離れたところで立ち止まると、革の手袋をした手で、額に被さるヘルムを押し上げた。ゴーグルのせいで、表情を読み取るのは難しいが、ぷっと頬を膨らましているところを見ると、どうやら怒っているようだ。

 「それだと、いつも遅刻してるみたいじゃないですか!少なくとも、強化訓練が始まってからは一度も寝坊してないです!」

 「ああ、そうだな。タークは偉いな」

 「えへへっ」

 タークは照れくさそうに頭を掻く仕草をした。彼が動くたびに、鎧が賑やかな音を奏でている。

 セロは頭に掛けたゴーグルを目元まで下ろした。

 あとは、飛ぶだけだ。

 「あの、セロさん。ゴーグルだけで飛ぶのって怖くないんですか?」

 「ああ」

 「落ちたらどうしようって考えたり……」

 「しない」

 セロはゴーグル越しにタークを見据えた。

 「たとえ落ちたとしても、僕が背中から離れた瞬間に、ディノが気づいてくれる」

 ディノが『そうだ。』と言わんばかりに、タークへ顔を向けた。

 「それに……」

 セロは言葉を切って、ひらりとディノの背に跳び乗った。

 「空から地上に落ちれば、防具を着けていようがいまいが、結果は同じだ」

 「ひいい……」

 あ、しまった……。

 これから飛ぶというのに、脅かしてどうするんだ。

 青ざめたタークを見て、セロは慌てて訂正しようとしたが、その必要はなかった。

 乗り手の心の変化を読み取ったチャチャが、タークを励ますかのように、彼の背中をトンッと小突いたのだ。

 「えっ、チャア……どうしたの?」

 ドラゴンから自発的な行動を起こされたことがないタークは、戸惑い気味にふり返った。

 チャチャは頭を下げながら、そっと前足の膝を地面についた。

 タークが乗るとき、いつも指示していたように。

 乗り手から一方的な会話を続ける段階が、終わろうとしている。これまでは指示を受けるだけだったチャチャが、タークとの意思疎通を図ろうとしているのだ。

 この壁を乗り越えることができれば、タークとチャチャはきっと、新しい世界に踏み出せるはずだ。

 彼らの努力を無駄にしてなるものか……絶対に。

 「……チャチャの声が聞こえるか?」

 タークは頷いて、ドラゴンの顔を力いっぱい抱きしめた。

 「はい……!大丈夫だよって、言ってくれてます」

 「うん、僕にもそう聞こえたよ。チャチャはタークのことを、心から信じているんだ。今日の訓練で……チャチャの気持ちに答えてあげたいな」

 「はい!」

 タークは屈託のない笑顔で頷いた。

 そのとき。

 山脈から太陽が顔を出し、同時に物見塔の鐘が力強く打ち鳴らされる。

 夜明けを告げる鐘に空気は一変し、朝日に照らされた学舎が一気に目を覚ました。

 「さあ、訓練を始めるぞ。飛翔準備!」

 「はいっ!」

 タークは跪くチャチャの背によじ登る。

 二人は鞍の上で、最後の仕度を済ませた。

 「準備はいいか?」

 「大丈夫です!」

 「上昇したら、訓練場を時計回りに一周する。焦らなくていいから、ゆっくりディノについて来るんだ。いいな?」

 「はい!」

 しっかりと返事をするタークに、セロは頷いた。

 「よし、行くぞ……飛翔っ!」
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