ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第21話 影の甦生

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 崩れた松明の輪の中心。

 そこには、のっそりと起き上がる不死身の少女がいた。糸で吊られる操り人形のように、胸から順番に体を起こしていく。人間離れした動きに、セロは身の毛がよだつのを感じた。

 少女は頭をガクリと前に傾けて、くたびれたぬいぐるみのように力なく座っている。今になって気づいたが、少女の周りには一滴の血も流れていない。

 言葉を失ったセロは、呆然と恐怖の光景を眺めているしかなかった。

 混乱に陥る訓練場を眺めていたルディアが、冷たく吐き捨てる。

 「……腰抜け共が」

 訓練場に溢れる悲鳴が、遠くで響く音のように、ぼやけて聞こえる。セロの目は今、ゆっくりと顔を上げる少女に釘付けになっていた。

 深く被ったフードからは、こげ茶色の髪が垂れ下がり、ゆらゆらと揺れている。前髪の隙間から覗く銀色の瞳が、壁の上の二人を鋭く睨みつけていた。

 少女の瞳から目を離せない。

 固まるセロの隣では、ルディアが瓦礫の上に立つ少女を見て満足そうにほくそ笑んでいた。

 「この学舎も腐ったよなあ?せっかく、不死身の少女を捕まえるチャンスをやったってのに……どいつもこいつも、尻尾を巻いて逃げるしか能のない、負け犬ばっかりだ」

 セロは拳を握った。

 「彼らは不死身の少女から逃げることで、自分の命を守った。正しい判断をしたんだ」

 「ふうん……そうか。自分の獲物を獲られたくないから、他人が逃げることを正当化するんだな。不死身の少女を狙う者がいなくなれば、あいつを倒したときの手柄は、全部おまえのものになる。そうすれば――」

 「さっきから、何が言いたいんだ?言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいだろう」

 薄明かりの中に佇むルディアは、いつもより一層、意地悪く見える。

 セロが立ち上がると、ルディアは軽くため息をついた。

 「なに……俺は、おまえを疑っているだけさ。ドラゴン乗りとしても、今夜の奇襲にしても、おまえには都合の良いことが起きすぎている。裏で魔界軍……不死身の少女と手を組んでいたって、不思議じゃないだろう?この夜襲を引き起こしたのも、実はおまえなんじゃないのか、オールティースさーん?」

 セロはルディア睨んで、黙らせる。

 挑発に乗る訳にはいかない……。わかっている、ルディアはただ、嫉妬しているだけだ。

 セロの過去を知る者の中には、ルディアのように妬み、敵対心を抱く者もいる。そういう人たちのほとんどは、セロと接することを避けるはずなのだが……その点、やや積極的に関わってくるルディアは、少し変わっているのかも知れない。

 緊張に満ちた沈黙が二人を包んでいく。先に口を開いた方が負けとでも言いたげな、くだらない沈黙だ。

 しかし、その無意味な静寂は、すぐ破られることになった。

 低く垂れ込める雲を切り裂いて、大きな黒い影が訓練場へ落ちてきたのだ。

 落雷のような低い轟音と共に、それは訓練場の砂をえぐるように低く滑空する。落下とともに巻き起こった風がすべての灯りを吹き消し、凄まじい砂埃を巻き上げた。

 驚いた馬たちは暴走し、背中からふり落とされる騎士もいる。突風に吹き飛ばされる者、絶叫する者……悪夢のような光景が、再び学舎を埋め尽くしていった。

 訓練場を覆い尽くす巨大な影。

 真っ黒な巨体に爛々と輝く赤い眼。そして、体長をゆうに超える、四つの翼を生やしたドラゴンが、不死身の少女目がけて一直線に飛んで来る。

 影に呑まれる直前、少女が前脚に跳び乗ると、ドラゴンは壁に沿って急上昇した。

 ドラゴンが壁を越える一瞬間、セロは不死身の少女と目が合った。彼女の瞳はしっかりと彼を見据え、目に焼き付けているようだった。

 悠々と壁を越えたドラゴンは、大草原の方角に向かって消えていく。いくら目の良いセロでも、月明かりすらない闇の中では、最後まで見届けることはできなかった。

 後に残されたのは、かすかに聞こえるドラゴンの羽ばたきと、すべての灯りを奪われて闇に沈む学舎だけだった。
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