ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第26話 憧れの人

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 翼をふりさばくディノの首をなでて、セロは軽やかに跳び降りる。

 砂埃でかすむ視界に目を凝らすと、タークが歓声をあげながら駆けて来るのが見えた。

 そのとき、パチパチと響く音が響いた。

 音につられて見ると、見張りをしている学生たちが拍手をしていた。どんな表情をしているのか気になったが、朝日を背に立つ彼らは黒い影にしか見えなかった。

 「すっごいですよ!やっぱり、セロさんはすごいですっ!」

 背後で、はしゃぎ声が聞こえる。

 ふり返ると、タークが満面の笑みでセロを見上げていた。

 「雲から落ちて来たとき、もうだめだ!って思ったんです。でも、あれもこれも全部、セロさんがディノを操っていたんですね!」

 タークは瞳を輝かせて、興奮気味に話している。

 「ドラゴンと一心同体っていう感じがしました!どうすれば、あんな風に飛べるようになるんですか?」

 セロは小さく首を振った。

 「僕はディノを操っていたんじゃない。ドラゴンを従わせるのではなくて、会話することが大切なんだ。訓練に限らず、手入れのときも、寝床を掃除するときも、ドラゴンとの信頼関係構築は会話から始まる。これは、僕がタークと同じくらいのときに、バドリックさんから教わったことだ」

 話が難しかったのか、タークは考え込んでしまった。話を噛み砕こうとして、セロも険しい顔になる。

 「例えば……話しかけること、手綱を使うこと、足で合図を送ること、それらすべてがドラゴンとの会話なんだ。ドラゴンに乗ったら、会話を断ってはいけない。ドラゴンと乗り手の意識の繋がりを、忘れてはいけないんだ。……わかるか?」

 理解が追いつかないのか、タークは眉をしかめている。しばらく悩んでから、彼は何とか言葉をしぼり出した。

 「つ、つまり……ドラゴンと関わるときは常に考えて、動き続けて……ぼんやりしていたら、だめってことですか?」

 「今は、その考え方で十分だ」

 セロはディノの肩をなでながら、おもむろに話し出した。

 「もし、タークがドラゴンだったとしたら。乗り手に不信感を抱いたまま、空を飛ぶことができるか?乗り手が、自分を信じていないとわかっていて、地面から足を離せるか?空では誰も助けてくれない。頼れるのは、乗り手ただ一人だけ……ドラゴンの君はどうする?」

 セロの問いに、タークの顔が曇る。

 何も言わずに、思い詰めた表情を浮べるタークの姿は、どこか悲しげだった。

 言い過ぎたかも知れない……。

 セロが後悔したとき、タークは小さな声で呟いた。

 「ぼくは、チャチャと意思疎通ができてなかったんだ。自分のことで精一杯になって……あの仔の気持ちを、ちっとも考えてなかった……!」

 チャチャというのは、タークのドラゴンの名前だ。

 最後の方はよく聞き取れなかったが、タークの手がギュッと強く握りしめられたのは、はっきりと見えた。

 「セロさんっ!」

 ぱっと顔を上げて、タークは叫ぶように言った。

 「ぼくに、チャチャと向き合う方法を教えてください!ぼくも、セロさんみたいに飛べるようになりたいです!」

 セロは驚いて、まっすぐな茶色い瞳を見つめた。こんなにも真剣なタークは見たことがない。

 タークの強い気持ちに、心が動かされるのを感じる。一生懸命な後輩の願いを、無碍にする訳にはいかない。

 「ああ、もちろん。タークが望むなら、僕が知っていることはすべて教えるよ。今日の訓練で、タークが何か得られたのならよかった」

 少し沈黙したあと、セロはぽつりと呟いた。

 「……飛んでよかった」

 不思議そうに首を傾げるタークから目をそらして、セロは手綱を握りなおした。

 「さ、さあ。そろそろ朝食の時間だろう?ディノを帰してくるから、先に食堂へ行ってくれ」

 足早に竜舎へ向かうセロとディノの背中を、タークはぼんやりと見送った。

 ……飛んでよかった?

 タークの頭の中で、セロの言葉がこだましている。

 あんなに『人前で飛ぶのは嫌だ。』と言っていたのに。今日はタークしかいなかったからだろうか?でも、門の見張りをしている人たちも、飛翔訓練を見ていたはずだが……。

 考え込んでいる間にも、セロとディノの後ろ姿はどんどん小さくなっていく。

 タークは考えるのを諦めて、セロたちを追いかけた。

 食堂に行くのは、二人そろってからがいい。せっかくだから、セロさんがディノのお手入れをしているところも見せてもらおう!

 「どうしてついて来たんだ!」と慌てた様子のセロ。そんな彼の周りで、タークは楽しそうにはしゃいでいた。
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