ぼくらの森

ivi

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第一章 はじまり

第27話 監視者

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 竜舎に入って行くセロとタークの背中を、クウェイはじっと見守っていた。

 ドラゴン乗りと騎士の訓練場を繋ぐ橋の上。

 ここなら、所属が異なるクウェイも、ドラゴン乗りの訓練場を自由に見物することができる。

 「まったく……セロは無茶するなあ……」

 クウェイは胸をなでおろして、安堵のため息をついた。

 朝の騎乗訓練に向かう途中、見慣れた青いドラゴンが飛び立つのを見た彼は、気がつくと橋の階段を駆け上がっていた。

 それから、彼はセロの飛翔訓練をずっと見守っていたのだ。

 誰もいない訓練場に背を向けて、橋にもたれる。朝の澄んだ風が茶色い髪を揺らし、同じ色の瞳がそっと閉じられた。

 夜明けを告げる起床の鐘が、にぎやかに鳴り響く。

 クウェイは空を見上げた。朝と夜、二つの世界が混ざる空には、太陽と月、そして小さな星が点々と散りばめられている。

 なぜ、騎士であるクウェイが、ドラゴン乗りのセロを気にかけるのか。

 その答えは、彼が過去にセロの世話役を担っていたことにあるだろう。

 世話役としての任務は、セロが十五歳になった年の冬に終わったが、クウェイは今でも彼のことが心配でたまらなくなるときがある。その心配ぶりは、周りの騎士から過保護すぎると呆れられるほどだ。

 学舎に来たときのセロは、まだ十四歳だった。今の彼は十七歳だから、もう三年前の出来事だ。

 入学できる年齢は十五歳と定められているから、セロの場合は特例で学舎へ来たことになる。

 これも、セロが一部の人間から妬まれている理由の一つだ。

 「セロは何の実力もないくせに、特別扱いをされて、十四歳で学舎に入ることを認められた」

 「あいつは兄の名を借りて出世した、卑怯な人間」

 影で心無い批判を繰り返す学生たちの言葉を、クウェイは何度も耳にしてきた。彼らは気に入らなければ、誰であろうと目の敵にする。

 そうして妬み、嫉み、羨む人たちは、セロがどんなに辛く、苦しい日々を乗り越えてきたのかを知らない。捻くれた感情を共通点に群れる者には、たった一人で地道な努力を重ねてきたセロの気持ちなど、到底理解できるはずがない。

 クウェイは深いため息をついて、嫌な思考を頭から追い出した。

 クウェイとセロの仲は良好……とは言えないが、ケリーとエダナは、三年生になった今でもセロと仲がいい。

 ケリーの話によると、セロは春に後輩ができたらしく、毎日忙しくしているそうだ。セロは初めての後輩に戸惑うこともあるようだが、タークの様子を見る限り、彼はきっと良い先輩として成長している。

 今朝の飛翔だって、そうだ。

 セロは人前でドラゴンに乗ることを好まず、いつも誰もいない早朝に飛翔訓練をしている。

 そんなセロが、今朝はタークを連れて飛翔訓練をした。彼のなかで、何か変化があったことは確かだろう。

 クウェイは大きく深呼吸をした。

 朝の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込むと、考えにふけっていた頭はすっきりして、気持ちもいくらか軽くなった。

 さて、そろそろケリーとエダナが来るはずだ。

 少し寄り道をしてしまったが、クウェイがいつもより早く訓練場へ来たのは、彼らと待ち合わせをしたからだ。

 今日は二人に重大発表がある。約束の時間に遅れないよう、クウェイが橋を去ろうとしたそのとき。

 背中に視線を感じた彼は、ドラゴン乗りの訓練場をふり返って、あっと短く声を漏らした。

 広い訓練場の真ん中で、二人の人影が並んでこちらを見ている。

 どうやら、見つかってしまったようだ。

 クウェイは、セロとタークを黙って見つめ返した。クウェイが隠れていても、セロは必ず見つけ出す。

 そして、二人は静かに対峙するのだ。

 どちらが先に動き出すかは、決まっていない。お互いに手を振ることもなければ、話しかけることもない。不思議なこの時間が、今の彼らにできる唯一の交流だった。

 ただ……クウェイは時々考える。

 この行動が、セロの負担になっているのではないかと。いくら元世話役であったとしても、ずっと遠くから見られているのは、気味が悪いのではないだろうか。

 それでは、見守っているとは言えない……ただの監視だ。

 ごめん……邪魔したね。

 クウェイはそっと微笑んで、ドラゴン乗りの二人に背を向けた。

 いつもこうだ。大丈夫だとわかっているのに、しばらくすると不安になってしまう。

 元気だろうか、困っていないだろうか、傷ついていないだろうか。もし、自分が見ていないときに、手の届かない場所でケガをしていたら……。

 そこまで考えて、クウェイは鼻で嘲笑した。

 セロの親か、僕は。

 階段を降りる彼の口から、深いため息が漏れる。

 親か……そうだとしたら、きっと子離れができていないのだろう。セロは立派に巣立ったというのに、心配になって後を追いかけてしまっている。

 セロを信じていない訳ではない。だが、このままでは自分の軽率な行動のせいで、セロの血の滲むような努力を水の泡にしてしまうかも知れない。

 「あっ、クウェイさーん!どこ行ってたんですか?遅刻ですよー!」

 クウェイの耳に、聞き慣れた少年の声が聞こえてくる。声のした方に目を向けると、階段の下でケリーが手を大きく振っているのが見えた。

 彼の隣ではエダナが姿勢を正して立ち、目が合うとぺこりとお辞儀をしてくれる。

 「……ああ、ごめんね!朝焼けがきれいだったから、橋の上に行って見てたんだ」

 クウェイは合流すると、申し訳なさそうに頭をかいた。

 「それで、クウェイさん。話したいことって何ですか?」

 ケリーは待ちきれないといった様子だ。

 「そうだったね。君たちを呼び出したのは、これを伝えたかったからなんだ」

 クウェイは懐から一枚の紙を取り出して、二人の前に広げてみせた。

 折り目のついた紙面にはたくさんの名前が並び、そよ風に揺れて乾いた音を立てている。そこに書かれた文字を見た瞬間、二人の目が大きく見開かれた。

 「僕たち三人は、大草原遠征軍の騎士団に選ばれたんだ」
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