ぼくらの森

ivi

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第三章 旅立ち

第94話 三人の影

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 グレイスターの背中で、ケリーは爆笑している。

 「アハハハッ!やっぱり、セロはいい反応してくれるな!」

 「何をしているんだ!傷はまだ完治していないだろう?そんな無茶をしたら、傷口が開いてしまうぞ!」

 「ああ、それなら心配ないぜ!」

 ケリーは馬場に入ると、ヴェルーカの隣に並んだ。二頭の馬は顔を寄せ合い、鼻を鳴らしている。

 「腹の傷は、もう完全に塞がってるからな」

 「仮にそうだとしても、馬に乗るなんて無理にもほどが――」

 「……プハハッ!」

 ケリーが吹き出して、セロは眉をしかめた。

 しばらくの間、ケリーはおかしそうに笑っていたが、黙り込んだセロを見ると慌てて口をつぐんだ。

 「ごめんごめん!でも、あんまりオレを甘く見ないでくれよ!今日のために、頑張って回復したんだからな!」

 「今日のため……?何か特別なことでもあるのか」

 ケリーはその質問を待っていたと言わんばかりに、ビシッとセロを指さした。

 「セロッ!オレと勝負しろっ!」

 「……何?」

 呆れて言葉が出ない。

 突然、大げさに振る舞い始めたかと思えば……このお馬鹿さんは、何を言い出すんだ。

 「セロさん!ボクはやめましょうって言ったんですよ!でも、ケリーさんはセロさんと勝負するって、聞かないんです!」

 見かねたニックが馬場の外から口を挟んだが、そう言う彼の両手には、なぜか二本の木剣が握られていた。

 「ケリーさんが、おかしなことを言ってたんです。グレイスターに乗るのは久しぶりだけど、こんな不利な状態のオレに勝てないなら、ヴェルーカはセロさんに渡さないって!」

 「……ケリー、説明してもらおうか?」

 セロの鋭い視線に、ケリーは少しも怯まない。

 だが、グレイスターの背からケリーに見下されるセロだって、ちっとも引け目を取っていない。

 「ニックが言った通りだぜ?オレと一対一で勝負して、セロが負けたらヴェルーカを渡さない。逆に勝ったら、俺は安心してヴェルーカをおまえに託す」

 「ケリーさん!セロさんはあくまでも、ボクたちのお手伝いに来て下さってるんですよ?騎馬戦をするなんて、セロさんを騎士にするつもりなんですか?」

 「それもいいなあ、ニック。セロが騎士になってくれるなら、オレは喜んで歓迎するぜ?」

 ニックは困った顔をしている。

 どうやら、ケリーはニックに話していないようだ。

 セロがヴェルーカの世話を担当した本当の理由を。

 ニックからすれば、セロはただの助っ人だ。そんな彼にヴェルーカを託す、託さないなんて、さぞかし大げさな話に聞こえるだろう。

 ニックはきっと、明日の朝にヴェルーカがいなくなるなんて、夢にも思っていないはずだ。

 「さあ、どうするセロ。オレからの勝負、もちろん受けてくれるよな?」

 ケリーからの最後の試練だ。

 これから始まる旅は、危険なものになるかも知れない。それを見越したケリーは、自らの身をもって確認しようとしているのだ。

 セロはヴェルーカを託すに値する人間なのか。

 だが、仮にセロが負けたとしても、ヴェルーカは連れて行くことになるだろう。そもそも、セロに馬を貸すと決めたのは学長なのだから。

 何とかあやふやにできればいいのだが……。ケリーの性格上、誤魔化すと厄介なことになるだろう。

 ニックと自分にたしなめられて、躍起になるケリーを想像するのは容易だった。

 セロはため息をつき、渋々と頷いた。

 「わかった。ただし、これは君が望んだ勝負だ。手を抜いたら許さないからな」

 「へへっ、上等!」

 ケリーがニックに手招きしたそのとき。

 ニックの肩に、誰かが手を回した。

 「おっ、何だ何だ?」

 「何か面白そうなことしてるなあ?」

 ケリーは、丸馬場の外に群がる三人の騎士を睨みつけた。

 彼らの顔を忘れることなどできない。あの三人は、ヴェルーカに理不尽な鞭を振るって、虐めていた騎士たちだ。

 「何しに来た?」

 ケリーのぶっきらぼうな問いに、青年たちはわざとらしく笑った。

 「何しにって?そりゃあ、俺たちの後輩を連れ戻しに来たに決まってるだろ」

 「自分の作業をほっぽり出して、他所の班の訓練を見学ねえ?俺らの指導じゃ不満ってか?いい度胸してるよなあ、ニック?」

 ニックは先輩騎士に囲まれて、小さくなっている。まさか、彼らがニックの先輩だったとは。

 「いえ……ボクは……」

 蚊のなくような声で弁明するニックを、不敵な笑みを浮かべた三人が見下ろしている。

 この状況を何とかしたいところだが……下手に口出しすると、以前のような事態を招きかねない。

 「そんで、ケリーさん?俺たちのかわいい後輩を勝手に借りて、何しようとしてたんだ?」

 「おまえさあ。噂よると、グレイスターの世話を全部、こいつに押し付けてるんだってなあ?」

 「全部じゃないですっ!騎乗だけ……です……」

 先輩の言いがかりにニックは反抗したが、鋭い視線を浴びて、尻すぼみになってしまう。後輩を黙らせたあとで、青年がケリーに歪んだ笑みを向けた。

 意地悪く笑う顔に、セロは強い嫌悪感を覚えた。

 そうだ……この男は。

 セロが鞭を奪ったとき、胸ぐらをつかんできた騎士だ。

 「ニック!それ、さっさと渡して来いよ」

 先輩に小突かれたニックが、馬場に跳び込んでくる。

 「どっちが勝つと思う?まあ、俺はケリーだと思うけどな」

 「ケリーに決まってるだろ。ドラゴン乗りが騎士に勝つ訳ないぜ」

 二人のもとへやって来たニックが、申し訳なさそうに剣を差し出す。

 イライラと頭を掻き、ケリーは悔しそうに唸る。そんな彼を、グレイスターは心配そうにふり返っていた。
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