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第三章 旅立ち
第58話 衝突
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一人の騎士が、セロに問いかけた。
「なあ、おまえ。本気でケリーに勝てると思ってんの?」
セロは声の主をふり返る。
「ええ、もちろん」
「ふーん、そうかい。……なあ、ドラゴン乗りさんよお。そんなに自信があるんなら、俺とも勝負しねえか?」
青年は白い埒にだらりと腕を掛けて、唇を歪めている。どうやら、彼はセロのことを相当気に入ってくれているようだ……もちろん、悪い意味で。
「ことわ――」
「まあ、そう固いこと言うなって」
青年はセロの答えを遮った。
「勘違いされちゃ困るから言っとくけど、勝負っていうのは、俺と騎馬戦しろって意味じゃねえから。おまえの勝敗を賭けて、俺らとちょっとしたゲームをしようって言ってるんだ」
「学舎での賭け事は禁止されている」
「ゲームって言ったろ?……ああ、そうか、怖いのか。だから、学舎の規則を言い訳にして、逃げるんだな?」
青年の顔から気味の悪い微笑みが消え、尖った目がセロを睨みつけた。
ドラゴン乗りを相手に、その程度の威嚇で怯むと思っているのか。生き餌を前にしたディノの方が、よほど怖い目をしている。
「ゲームって何だよ?」
ケリーが苛つきを顕にしてたずねると、青年は再び意地悪に笑った。まるで、仮面を被るかのように。
どこに行っても、セロの周りには同じような人間が集まるようだ。器用に表情を変える青年は、ドラゴン乗りの、あの男と似ている気がする。
「もし、おまえがケリーに勝ったら、何でも一つ言うことを聞いてやる。反対に負けたら、二度とこっちの訓練場に来ないでくれよ。何だったら、学舎から出て行ってくれてもいいぜ?」
ケラケラと声を上げて笑う三人の騎士に、ケリーが馬上から食いかかった。
「ふざけるな!」
「ふざけてるのは、そっちだろ!おまえらは知らないだろうけど、こっちは毎日毎日、迷惑してるんだぜ?ドラゴン乗りは、我が物顔で訓練場を歩き回るし、あいつらのせいで馬場も蹄洗場も満杯だし。こいつに関しては、ニックの邪魔をしやがる!」
「そうそう。俺たちは別に、ドラゴン乗りの助けなんかいらなかったんだよ。人手は足りてるし、今までと変わらず、作業もこなせてたんだからさ」
ケリーが反論しようとした瞬間、小さな騎士が前に進み出た。
「ボクたちの班からは、誰も遠征に行かなかったけれど、他の班は違います。……忘れたんですか?セロさんたちが来てくれるまでは、皆さん毎日遅くまで作業に追われていたじゃないですか!人手なんて、ちっとも足りてなかった!」
「黙れ、ニック!」
ニックは悔しそうに唇を噛んだ。拳をぎゅっと握りしめて、震えるほどの恐怖と怒りを必死に堪えている。
遠征失敗による人手不足を何とかしようと、ニックは一人で奮闘していたのだろう。
先輩から反対されることは、予想できたはずなのに。それでも、ニックはケリーの手伝いを進んで引き受けた。どんなに怒られても、彼はケリーに差し出した手を引かなかった。
それは、今も同じだ。
このまま言い争いをしていても、何も変わらないだろう。時間の無駄になる前に、無意味な喧嘩を終わらせなければ。
「……わかった。僕たちドラゴン乗りの行動が、君たちを不快にしていたなら、償わせてもらう。君たちのゲームに僕が参加すれば、満足してもらえるかな」
セロが静かに言うと、あの青年がほくそ笑んだ。
「……へえ。おまえって案外、物わかりがいいんだな。てっきり逃げ出すかと思ってたんだけどなあ?」
「セロ、何言ってるんだ!こいつらの誘いになんか乗るな!」
ケリーが慌ててセロの腕をつかむ。
背の高いグレイスターの上から腕を取られると、体を持ち上げられてしまいそうだ。
「ケリー、友達ならそいつの意思を尊重してやれよ。本人が償いたいって言ってるんだぜ?止めたら駄目だろ」
「セロの意思……?それ、本気で言ってるのか?おまえらがこうなるように、仕向けたんじゃないか!」
また、言い争いが始まってしまう。
セロはケリーを見上げた。
「ケリー、大丈夫だ。君が最初に言っていたように、僕が勝てばいい話なんだ。勝負の内容は変わっていないよ」
「セロ、こんなの間違ってるだろ!あいつらの言いなりになるなんて、オレは絶対に嫌だぜ?」
そのとき、ケリーはあっと目を見開いた。
「そうか、セロが勝てるようにすればいいのか。とりあえず、オレが負けたふりをすれば――」
「おおっと!そいつはなしだぜ、ケリー?そんなことしたら、公平な勝負にならねえからな。おまえが手を抜いてるってわかった瞬間、そいつの負けは確定だ!真剣勝負がしたかったんだろ?文句はないよなあ?」
ケリーは嫌悪に満ちた表情で、三人を見下ろしている。
放っておけば、すぐにでも殴り合いの喧嘩に発展しそうだ。
「ケリー、君はさっき言っていたな?僕が負けたら、ヴェルーカを渡さないと。厄介なことになってしまったが……観客が三人増えただけだよ」
ケリーは納得できないといった顔をしている。
「不本意ではあるが、彼らが審判してくれるなら、僕たちは真剣に勝負できるんじゃないかな。彼らの遊びに乗るのは嫌かも知れないが、この状況を上手く活用すれば、君は僕の実力を十分に確かめられるはずだ」
ケリーは観客を睨みつけてから、改めてセロに向き直った。
「……わかった。でも、絶対に勝ってくれよ!」
セロは黙って頷くと、ニックから受け取った木剣を手に踵を返した。
外野から冷たい野次が飛ぶ。
まるで、丸馬場の両端へ向かう二人を引き裂くように。
「なあ、おまえ。本気でケリーに勝てると思ってんの?」
セロは声の主をふり返る。
「ええ、もちろん」
「ふーん、そうかい。……なあ、ドラゴン乗りさんよお。そんなに自信があるんなら、俺とも勝負しねえか?」
青年は白い埒にだらりと腕を掛けて、唇を歪めている。どうやら、彼はセロのことを相当気に入ってくれているようだ……もちろん、悪い意味で。
「ことわ――」
「まあ、そう固いこと言うなって」
青年はセロの答えを遮った。
「勘違いされちゃ困るから言っとくけど、勝負っていうのは、俺と騎馬戦しろって意味じゃねえから。おまえの勝敗を賭けて、俺らとちょっとしたゲームをしようって言ってるんだ」
「学舎での賭け事は禁止されている」
「ゲームって言ったろ?……ああ、そうか、怖いのか。だから、学舎の規則を言い訳にして、逃げるんだな?」
青年の顔から気味の悪い微笑みが消え、尖った目がセロを睨みつけた。
ドラゴン乗りを相手に、その程度の威嚇で怯むと思っているのか。生き餌を前にしたディノの方が、よほど怖い目をしている。
「ゲームって何だよ?」
ケリーが苛つきを顕にしてたずねると、青年は再び意地悪に笑った。まるで、仮面を被るかのように。
どこに行っても、セロの周りには同じような人間が集まるようだ。器用に表情を変える青年は、ドラゴン乗りの、あの男と似ている気がする。
「もし、おまえがケリーに勝ったら、何でも一つ言うことを聞いてやる。反対に負けたら、二度とこっちの訓練場に来ないでくれよ。何だったら、学舎から出て行ってくれてもいいぜ?」
ケラケラと声を上げて笑う三人の騎士に、ケリーが馬上から食いかかった。
「ふざけるな!」
「ふざけてるのは、そっちだろ!おまえらは知らないだろうけど、こっちは毎日毎日、迷惑してるんだぜ?ドラゴン乗りは、我が物顔で訓練場を歩き回るし、あいつらのせいで馬場も蹄洗場も満杯だし。こいつに関しては、ニックの邪魔をしやがる!」
「そうそう。俺たちは別に、ドラゴン乗りの助けなんかいらなかったんだよ。人手は足りてるし、今までと変わらず、作業もこなせてたんだからさ」
ケリーが反論しようとした瞬間、小さな騎士が前に進み出た。
「ボクたちの班からは、誰も遠征に行かなかったけれど、他の班は違います。……忘れたんですか?セロさんたちが来てくれるまでは、皆さん毎日遅くまで作業に追われていたじゃないですか!人手なんて、ちっとも足りてなかった!」
「黙れ、ニック!」
ニックは悔しそうに唇を噛んだ。拳をぎゅっと握りしめて、震えるほどの恐怖と怒りを必死に堪えている。
遠征失敗による人手不足を何とかしようと、ニックは一人で奮闘していたのだろう。
先輩から反対されることは、予想できたはずなのに。それでも、ニックはケリーの手伝いを進んで引き受けた。どんなに怒られても、彼はケリーに差し出した手を引かなかった。
それは、今も同じだ。
このまま言い争いをしていても、何も変わらないだろう。時間の無駄になる前に、無意味な喧嘩を終わらせなければ。
「……わかった。僕たちドラゴン乗りの行動が、君たちを不快にしていたなら、償わせてもらう。君たちのゲームに僕が参加すれば、満足してもらえるかな」
セロが静かに言うと、あの青年がほくそ笑んだ。
「……へえ。おまえって案外、物わかりがいいんだな。てっきり逃げ出すかと思ってたんだけどなあ?」
「セロ、何言ってるんだ!こいつらの誘いになんか乗るな!」
ケリーが慌ててセロの腕をつかむ。
背の高いグレイスターの上から腕を取られると、体を持ち上げられてしまいそうだ。
「ケリー、友達ならそいつの意思を尊重してやれよ。本人が償いたいって言ってるんだぜ?止めたら駄目だろ」
「セロの意思……?それ、本気で言ってるのか?おまえらがこうなるように、仕向けたんじゃないか!」
また、言い争いが始まってしまう。
セロはケリーを見上げた。
「ケリー、大丈夫だ。君が最初に言っていたように、僕が勝てばいい話なんだ。勝負の内容は変わっていないよ」
「セロ、こんなの間違ってるだろ!あいつらの言いなりになるなんて、オレは絶対に嫌だぜ?」
そのとき、ケリーはあっと目を見開いた。
「そうか、セロが勝てるようにすればいいのか。とりあえず、オレが負けたふりをすれば――」
「おおっと!そいつはなしだぜ、ケリー?そんなことしたら、公平な勝負にならねえからな。おまえが手を抜いてるってわかった瞬間、そいつの負けは確定だ!真剣勝負がしたかったんだろ?文句はないよなあ?」
ケリーは嫌悪に満ちた表情で、三人を見下ろしている。
放っておけば、すぐにでも殴り合いの喧嘩に発展しそうだ。
「ケリー、君はさっき言っていたな?僕が負けたら、ヴェルーカを渡さないと。厄介なことになってしまったが……観客が三人増えただけだよ」
ケリーは納得できないといった顔をしている。
「不本意ではあるが、彼らが審判してくれるなら、僕たちは真剣に勝負できるんじゃないかな。彼らの遊びに乗るのは嫌かも知れないが、この状況を上手く活用すれば、君は僕の実力を十分に確かめられるはずだ」
ケリーは観客を睨みつけてから、改めてセロに向き直った。
「……わかった。でも、絶対に勝ってくれよ!」
セロは黙って頷くと、ニックから受け取った木剣を手に踵を返した。
外野から冷たい野次が飛ぶ。
まるで、丸馬場の両端へ向かう二人を引き裂くように。
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