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第三章 旅立ち
第96話 ケリーとの戦い
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セロとケリーは、丸馬場の両端で対峙する。
セロはニックから受け取った訓練用の木剣を構えて、そっとため息をついた。
騎馬戦のルールは簡単だ。
落馬するか、戦う術を失って降参するか。そして、三人の騎士が「ケリーが手を抜いた。」と判断した時点で勝負が決まる。
心配しなくても、ケリーが手を抜くことはないだろう。騎士たちもケリーに期待しているから、彼が不利になる状況に追い込むことはないはずだ。
馬場の外で見守るニックと、青年たちの視線が痛い。
『さあ……始めようか。』
セロはケリーの瞳を見つめた。
わずかに息を止める。
息を吐き出す瞬間、セロは力強く馬の腹を蹴った。
二頭の馬は、同時に駆け出した。
外野の騎士たちが瞬きをしている間に、二本の剣が馬場の中央でぶつかって、乾いた音をたてる。
「……くっ!」
ケリーの振り下ろした剣に、じりじりと押さえつけられる。グレイスターの方が、ヴェルーカよりもずっと背が高い。
この状況、明らかに不利だ。
セロはケリーの攻撃をいなすと、グレイスターの背後に回り込んだ。グレイスターも、ヴェルーカの動きに合わせて素早く踵を返す。
攻撃をかわしていられるのも、時間の問題だろう。逃げてばかりいては、いつか必ずとどめを刺される。
小柄なヴェルーカが、グレイスターと互角に立ち回るには……。
セロはヴェルーカとともに、ケリーの剣が届く範囲から抜け出した。
柵に沿って走りながら、次の手を考える。
体の大きなグレイスターは、ヴェルーカほど小回りが得意ではないはず。細かい動きでケリーたちを油断させることができれば、勝機が見えるかも知れない。
出たとこ勝負にはなるが、試してみる価値はあるだろう。
丸馬場の埒沿いを回っていたセロは、ふいにヴェルーカの向きを変えた。
鋭く切り込む動きに翻弄されたのか、グレイスターもケリーも、わずかに反応が遅れている。
セロは素早く剣を構えて、ケリーの隙を突いたが、その一手はいとも簡単に弾かれてしまった。
木剣を弾き飛ばされたセロの手が、ビリビリと痺れている。砂の上に転がる剣を目で追うセロの前に、グレイスターが堂々と立ち塞がった。
沈んだ顔の騎士を背に乗せて。
「終わったな」
「なんか、呆気なかったぜ」
ケリーの背後から聞こえる声に、セロは首を傾げてみせた。
セロの微笑みはきっと、グレイスターのお尻に隠れて、外野には見えないだろう。
「……それは、どうかな」
静止していたヴェルーカは、セロが言い終わる前に駈け出した。
ケリーは慌てて剣を振るうが、何の手応えもなく空を切る。
まるで、乗り手が消えてしまったかのように。そこにいるはずのセロが、捉えられなかった。
「えっ?」
ケリーが驚いてふり返ると、剣を片手に走り去るセロがいた。
青い瞳が、動揺するケリーを鋭く見据えている。
セロは馬体の側面に体を伏せ、ケリーの攻撃を避けると同時に剣を拾い上げたのだ。
少しでもバランスを崩せば、落馬していただろう。ヴェルーカが小柄だったからこそ、成せた技だ。
ヴェルーカは急転回すると、馬場の外に集う観客へ豪快に砂を撒き散らす。
鞍の上で、セロは木剣を構え直した。
砂ごと掴んだせいでジャリジャリしているが、そんなことを気にしている暇はない。
ケリーの焦りを感じたのだろう。
グレイスターは大きな体をひねって、咄嗟にふり返るが、そこにセロの剣が飛び込んでくる。
これでは、自ら剣に突き刺さるようなものだ。
自身の腹に向かって突き出される木剣に、ケリーは目を見開く。
『……息が、できない……っ』
セロの動き、野次馬の声。目の前のすべてが、走馬灯みたいに、ゆっくり流れていく。
黒く沈んでいく世界で、あの日の恐怖がケリーを襲った。
セロはニックから受け取った訓練用の木剣を構えて、そっとため息をついた。
騎馬戦のルールは簡単だ。
落馬するか、戦う術を失って降参するか。そして、三人の騎士が「ケリーが手を抜いた。」と判断した時点で勝負が決まる。
心配しなくても、ケリーが手を抜くことはないだろう。騎士たちもケリーに期待しているから、彼が不利になる状況に追い込むことはないはずだ。
馬場の外で見守るニックと、青年たちの視線が痛い。
『さあ……始めようか。』
セロはケリーの瞳を見つめた。
わずかに息を止める。
息を吐き出す瞬間、セロは力強く馬の腹を蹴った。
二頭の馬は、同時に駆け出した。
外野の騎士たちが瞬きをしている間に、二本の剣が馬場の中央でぶつかって、乾いた音をたてる。
「……くっ!」
ケリーの振り下ろした剣に、じりじりと押さえつけられる。グレイスターの方が、ヴェルーカよりもずっと背が高い。
この状況、明らかに不利だ。
セロはケリーの攻撃をいなすと、グレイスターの背後に回り込んだ。グレイスターも、ヴェルーカの動きに合わせて素早く踵を返す。
攻撃をかわしていられるのも、時間の問題だろう。逃げてばかりいては、いつか必ずとどめを刺される。
小柄なヴェルーカが、グレイスターと互角に立ち回るには……。
セロはヴェルーカとともに、ケリーの剣が届く範囲から抜け出した。
柵に沿って走りながら、次の手を考える。
体の大きなグレイスターは、ヴェルーカほど小回りが得意ではないはず。細かい動きでケリーたちを油断させることができれば、勝機が見えるかも知れない。
出たとこ勝負にはなるが、試してみる価値はあるだろう。
丸馬場の埒沿いを回っていたセロは、ふいにヴェルーカの向きを変えた。
鋭く切り込む動きに翻弄されたのか、グレイスターもケリーも、わずかに反応が遅れている。
セロは素早く剣を構えて、ケリーの隙を突いたが、その一手はいとも簡単に弾かれてしまった。
木剣を弾き飛ばされたセロの手が、ビリビリと痺れている。砂の上に転がる剣を目で追うセロの前に、グレイスターが堂々と立ち塞がった。
沈んだ顔の騎士を背に乗せて。
「終わったな」
「なんか、呆気なかったぜ」
ケリーの背後から聞こえる声に、セロは首を傾げてみせた。
セロの微笑みはきっと、グレイスターのお尻に隠れて、外野には見えないだろう。
「……それは、どうかな」
静止していたヴェルーカは、セロが言い終わる前に駈け出した。
ケリーは慌てて剣を振るうが、何の手応えもなく空を切る。
まるで、乗り手が消えてしまったかのように。そこにいるはずのセロが、捉えられなかった。
「えっ?」
ケリーが驚いてふり返ると、剣を片手に走り去るセロがいた。
青い瞳が、動揺するケリーを鋭く見据えている。
セロは馬体の側面に体を伏せ、ケリーの攻撃を避けると同時に剣を拾い上げたのだ。
少しでもバランスを崩せば、落馬していただろう。ヴェルーカが小柄だったからこそ、成せた技だ。
ヴェルーカは急転回すると、馬場の外に集う観客へ豪快に砂を撒き散らす。
鞍の上で、セロは木剣を構え直した。
砂ごと掴んだせいでジャリジャリしているが、そんなことを気にしている暇はない。
ケリーの焦りを感じたのだろう。
グレイスターは大きな体をひねって、咄嗟にふり返るが、そこにセロの剣が飛び込んでくる。
これでは、自ら剣に突き刺さるようなものだ。
自身の腹に向かって突き出される木剣に、ケリーは目を見開く。
『……息が、できない……っ』
セロの動き、野次馬の声。目の前のすべてが、走馬灯みたいに、ゆっくり流れていく。
黒く沈んでいく世界で、あの日の恐怖がケリーを襲った。
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