101 / 122
第三章 旅立ち
第101話 大切なもの
しおりを挟む
セロは厩舎の天窓から差し込む淡い光に、目を細めた。
「僕はヴェルーカに乗るまで、すっかり忘れていたんだ。馬は感情豊かで、人に寄り添ってくれる動物だっていうことを。人間と意思疎通ができる生き物は、ドラゴンだけだと思い込んでいたんだ」
鉄格子の隙間から、ヴェルーカが鼻で肩を小突いてくる。セロは馬に遊ばせてやりながら、話を続けた。
「血を捧げた瞬間から、ディノとは意識がずっと繫がっている。寝ていても起きていても、ドラゴンの体調が悪いときは心がざわついたり、彼らが危険を察知したときは、やけに嫌な予感がしたりするんだ。
馬にはドラゴンみたいに意識を共有する感覚はない。でも……この数日間、ヴェルーカと心が繫がったと感じた瞬間が何度もあったんだ」
セロは馬房をふり返って、ヴェルーカの鼻をそっと手のひらで包んだ。桃色の鼻孔からフウッフウッと吹き出される熱い息には、命の鼓動を感じさせるものがある。
「……さっきの質問に正しく答えると、ドラゴンならディノ。馬ならヴェルーカが一番好きだ」
「おおいっ!何だよ、せっかく感動しかけてたのに!結局はドラゴンと同じってことじゃないか!」
呆れ顔で抗議するケリーに、セロは真面目な顔で言い返した。
「仕方がないだろう。僕にとっては、ディノもヴェルーカも同じくらい大切なんだ。どちらか片方を選ぶなんて無理だ」
ケリーは短く息をついて、すぐに肩を震わせた。
笑っているのだ。
「ふはっ!まあ、セロの口から直接、ヴェルーカが好きって聞けただけでもいいか!それにしても、おまえさ、なんかヴェルーカに似てきたよな?」
「まさか」
ケリーはよいしょっと立ち上がった。
「だってさ、ディノとヴェルーカ、どっちも大好きだから選べないんだろ?それって、リンゴとニンジンを目の前にしたヴェルーカと同じだぜ。どっちが片方だけって言っても、迷わず両方にかぶりつくんだ。今までに何度、グレイのおやつを取られたことか!」
「ヴェルーカらしいな」
セロはヴェルーカを見つめて、困ったように笑った。
一週間前に比べると、ほんの少しだけお腹が細くなった気がする。見るたびに漂っていた牛っぽさも、ちょっとは薄れただろうか。
「外に出たら、道草を食べられないようにしないといけないな」
「ハハッ、そうだな!食いしん坊のヴェルーカが本気で食べ始めたら、きっと森中の草がなくなるぜ!」
ケリーがおかしそうに笑うと、ヴェルーカはブウッと鼻を鳴らして両耳を後に絞った。
キッと尖った目で睨みつけて、後ろ足で馬房の壁を蹴る仕草をするヴェルーカは、まるで『そんなことないもん!』と必死で訴えているみたいだ。
「ごめん、ごめんって!冗談だよ冗談!ほら、そんな風に怒ってたら、かわいいお顔が台無しだぞ?」
ヴェルーカは牛柄のお腹を膨らませて、大きなため息をつくと、また鉄格子の隙間から鼻を出した。
どうやら、人間の女の子同様「かわいい」や「おやつ」という言葉に対して敏感なようだ。
「壁を蹴るぞ!」という威嚇はしても、実際に蹴ることはない。頭のいいヴェルーカはきっと、壁を蹴れば怒られることがわかっているのだろう。
いや……もしかすると、ああやって怒ったふりをすれば、ケリーが謝るとわかっていたのかも知れない。
「こういうところ、本当に人間みたいだよな。一体、誰に似たんだか」
ケリーはニッといたずらっぽく笑う。彼の頬に残る傷跡も、笑顔につられて形を変えた。
セロの瞳が穏やかに細められたそのとき。
夕焼けの温かい光が差し込む天窓から、夕刻を告げる鐘の音が降ってきた。
もう、こんな時間か……楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
お腹を空かせたディノのためにも。そして、最後の旅支度を済ませるためにも。セロはドラゴン乗りの学舎へ戻らなければならない。
「僕はヴェルーカに乗るまで、すっかり忘れていたんだ。馬は感情豊かで、人に寄り添ってくれる動物だっていうことを。人間と意思疎通ができる生き物は、ドラゴンだけだと思い込んでいたんだ」
鉄格子の隙間から、ヴェルーカが鼻で肩を小突いてくる。セロは馬に遊ばせてやりながら、話を続けた。
「血を捧げた瞬間から、ディノとは意識がずっと繫がっている。寝ていても起きていても、ドラゴンの体調が悪いときは心がざわついたり、彼らが危険を察知したときは、やけに嫌な予感がしたりするんだ。
馬にはドラゴンみたいに意識を共有する感覚はない。でも……この数日間、ヴェルーカと心が繫がったと感じた瞬間が何度もあったんだ」
セロは馬房をふり返って、ヴェルーカの鼻をそっと手のひらで包んだ。桃色の鼻孔からフウッフウッと吹き出される熱い息には、命の鼓動を感じさせるものがある。
「……さっきの質問に正しく答えると、ドラゴンならディノ。馬ならヴェルーカが一番好きだ」
「おおいっ!何だよ、せっかく感動しかけてたのに!結局はドラゴンと同じってことじゃないか!」
呆れ顔で抗議するケリーに、セロは真面目な顔で言い返した。
「仕方がないだろう。僕にとっては、ディノもヴェルーカも同じくらい大切なんだ。どちらか片方を選ぶなんて無理だ」
ケリーは短く息をついて、すぐに肩を震わせた。
笑っているのだ。
「ふはっ!まあ、セロの口から直接、ヴェルーカが好きって聞けただけでもいいか!それにしても、おまえさ、なんかヴェルーカに似てきたよな?」
「まさか」
ケリーはよいしょっと立ち上がった。
「だってさ、ディノとヴェルーカ、どっちも大好きだから選べないんだろ?それって、リンゴとニンジンを目の前にしたヴェルーカと同じだぜ。どっちが片方だけって言っても、迷わず両方にかぶりつくんだ。今までに何度、グレイのおやつを取られたことか!」
「ヴェルーカらしいな」
セロはヴェルーカを見つめて、困ったように笑った。
一週間前に比べると、ほんの少しだけお腹が細くなった気がする。見るたびに漂っていた牛っぽさも、ちょっとは薄れただろうか。
「外に出たら、道草を食べられないようにしないといけないな」
「ハハッ、そうだな!食いしん坊のヴェルーカが本気で食べ始めたら、きっと森中の草がなくなるぜ!」
ケリーがおかしそうに笑うと、ヴェルーカはブウッと鼻を鳴らして両耳を後に絞った。
キッと尖った目で睨みつけて、後ろ足で馬房の壁を蹴る仕草をするヴェルーカは、まるで『そんなことないもん!』と必死で訴えているみたいだ。
「ごめん、ごめんって!冗談だよ冗談!ほら、そんな風に怒ってたら、かわいいお顔が台無しだぞ?」
ヴェルーカは牛柄のお腹を膨らませて、大きなため息をつくと、また鉄格子の隙間から鼻を出した。
どうやら、人間の女の子同様「かわいい」や「おやつ」という言葉に対して敏感なようだ。
「壁を蹴るぞ!」という威嚇はしても、実際に蹴ることはない。頭のいいヴェルーカはきっと、壁を蹴れば怒られることがわかっているのだろう。
いや……もしかすると、ああやって怒ったふりをすれば、ケリーが謝るとわかっていたのかも知れない。
「こういうところ、本当に人間みたいだよな。一体、誰に似たんだか」
ケリーはニッといたずらっぽく笑う。彼の頬に残る傷跡も、笑顔につられて形を変えた。
セロの瞳が穏やかに細められたそのとき。
夕焼けの温かい光が差し込む天窓から、夕刻を告げる鐘の音が降ってきた。
もう、こんな時間か……楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
お腹を空かせたディノのためにも。そして、最後の旅支度を済ませるためにも。セロはドラゴン乗りの学舎へ戻らなければならない。
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる