恋してしまった、それだけのこと

雄樹

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第一章【未来8歳/沙織20歳】

第6話 新しい学校【未来8歳/沙織20歳】

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 翌朝。
 部屋に吹き込んできた風が、カーテンを揺らしている。風の中に潮の香りが混ざっているのを感じて、ああ、新しい家にきたんだな、という想いが強くなる。

 新しい家。
 新しい生活。
 そして今日から…新しい学校。

 布団から出て、眠い目をこすりながらリビングへと向かう。

「未来ちゃん、おはよう」

 目が覚める。
 心がぱぁっと明るくなる。
 沙織さんの声だ。

「おはよう、沙織さんっ」

 てとてとっと歩いて、沙織さんの背中に抱きつく。
 そのまま沙織さんの匂いをかいで、胸の中がいっぱいになる。

「ふわぁ…おはよう、みんな早いね~」

 お母さんの声。
 昨夜飲みすぎたからか、いかにも二日酔い、という顔だった。

「姉さん、おはよう」

 沙織さんが笑う。
 とても嬉しそうな顔だった。なんか、少し、心の中がもやっとする。

「朝から姉さんといるなんて、変な感じ」
「これから毎朝、朝ごはんつくりに来てくれてもいいわよ~」

 そう言いながら、お母さんは私の頭をぐしゃぐしゃっとする。

「あんたがいると、未来も嬉しいみたいだし」
「姉さんの仕事をとるわけにもいかないけど」

 沙織さんはテーブルに朝ごはんを並べていく。
 新しい家での最初の朝ごはんは、お母さんが作ってくれたものではなく、沙織さんが作ってくれた卵焼きとベーコンとお味噌汁だった。

「美味しそう♪」

 お母さんが目をキラキラと輝かせる。

「さすが私の妹、これならいつでもお嫁さんにいけるわね」
「…今のところ、そんな予定はないから」

 そもそも、私にプロポーズする人なんて…と言いかけて、沙織さんは私を見てにっこり笑った。

「未来ちゃんしかいないし」
「けっこんしてっ!」
「うふふ。ごめんね」

 そんなやりとりをしながら、3人で朝ごはんを食べる。
 ちなみにお父さんはまだ寝ていた…お父さんの新しい仕事場に行くのは明日からなので、今日は寝れるだけ寝ておくらしい。
 お母さんも寝るの大好きだし、似たもの夫婦、なのかもしれない。

「未来ちゃん、今日から新しい学校だね」
「うん、ともだちできるか、ちょっと不安」
「未来なら大丈夫よ~私に似て美人だし、可愛いし」

 卵焼きを口に含みながら、お母さんがけらけらと笑う。
 たしかに、お母さんは美人さんだ。そんなお母さんの娘なんだから…わたしも、少しは自信を持ってもいいのかな?

「私も未来ちゃんは可愛いと思うよ」
「けっこんしたくなってくれた?」
「あはは」

 どうしよっかなー、と沙織さんがお母さんの方を見る。

「娘はやらんっ」

 お母さんはそう言って笑った。たぶん、その言葉を言いたかっただけなんだと思う。たぶん。

「沙織さんは今日もずっと家にいてくれるの?」
「大学はまだ休みだから、できるだけ引っ越しの準備手伝うつもりだよ」

 大学生はいいわよね~、その点、主婦に休みなんてないんだから、ずっと働いている私ってえらいわよね~、と、今度はお味噌汁をすすりながらお母さんが自慢してくる。
 いつものことなので、それを軽く流して、私も沙織さんの作ってくれた美味しいお味噌汁をすすりながら、沙織さんを見て言う。

「じゃぁ、学校から帰ってきたら、沙織さんにあえるの?」
「着替えを取りにいったん家にかえるけど、未来ちゃんが帰ってくることにはいるようにするよ」
「わぁい!」

 椅子の上で足をバタバタさせる。
 嬉しい。
 なんか、頑張るぞー、という気持ちになれる。

「じゃぁ、沙織さんにあうために、学校から急いで帰ってくるからね!」





「というわけで、今日から新しくみんなと一緒になる、星野未来ちゃんです。みんな、仲良くしてあげてね」

 新しい学校。
 新しい先生。
 新しいクラスメイト。

 私は赤いランドセルを背負ったまま、教室の一番前にたって先生に紹介されていた。
 昔と違って今はランドセルもいろんな種類に、いろんな色があるのよね~でも、やっぱり女の子のランドセルといったら、赤でしょ。というお母さんのこだわりによって、私のランドセルの色は赤にきまった。
 クラスメイトを見る。
 人数は…20人くらい。田舎にしては、多い方なのかな?私が前いた学校よりも多かった。
 机にかけてあるランドセルの色も赤と黒だけじゃく、ピンクとか黄色とか、まさに色とりどりだった。

「星野未来(ほしのみく)です。宜しくお願いします」

 そういって、ぺこりと頭をさげる。

(あんたは私に似て可愛いんだから、最初ににこっと笑えばもうそれでみんないちころよ)

 というお母さんの教えを思い出して、にこっと笑ってみた。
 さてさて、効果は…あるのでしょうか?



「俺、佐藤颯真(さとうそうま)。颯真でいいぜ」

 朝礼後、短い黒髪に日焼けした肌の男の子が、いたずらっぽい笑顔をみせながら近寄ってきて、そう自己紹介してきた。
 うん。お母さんの教えの効果はバツグンのようだ。

「学校の事、まだよく分からないだろうから、俺が教えてやるよ」
「うん、ありがとー」

 にこっと笑う。まだまだお母さんの教えを忠実に守っていくことにしよう。

「颯真、私も紹介してほしいな…」

 そう言いながら、おずおずと後ろから女の子がやってきた。
 ツインテールの茶髪で、カラフルな服を着ている。
 手の平に赤と緑の絵具がついているのがみえる。
 新しい学校は服装が自由ということなので、みんなそれぞれ好きな服を着てきている。そんな中、私は前の学校の制服を着てきていた。

(自由な服装の中で、あえてお堅い制服を着る。これは逆に目立つよ~)

 というお母さんの変なこだわりだった。うん。明日からは私も自由に服を選ぼうっと。

 そんなとりとめもないことを思いながら、改めて声をかけてきてくれた女の子を見る。

「村上美月(むらかみみつき)です。星野さん…おともだちに、なりたいな」
「ありがとう!嬉しい!」

 本当に、嬉しい。
 だから、私もちゃんと自己紹介をする。

「星野未来(ほしのみく)です。颯真…に、美月ちゃん、よろしくね。わたしの事は、未来って名前で呼んでくれたら嬉しいな」

 新しい学校。
 新しい友達。
 新しい生活。

 そして、家に帰ったら、大好きな沙織さんがいてくれる。
 なんて素敵なんだろう。

 私は、幸せいっぱいな気持ちで、教室の窓の外を見つめた。
 窓の外には、海が見える。
 きらきらと輝いている。

 それはまるで、これから先の私の人生を明るく輝かせてくれているようだった。












「沙織、有難うね」
「ううん。大学もまだ休みだし、姉さんの役に立てれば嬉しいよ」
「私は出来た妹をもてて幸せだよ~」
「私も…姉さんの妹でよかった」

 未来ちゃんが学校にでかけた後、私は姉さんと2人で部屋にいた。
 心が満たされる…これこそが、私の望んでいた全てだった。

 姉さんはまだ眠そうな顔をしている。
 むにゃむにゃ…とした顔が可愛い。
 触りたくなるのをじっと我慢する。
 姉さん…好き。

 引っ越しの片づけがまだ終わっていないから、段ボールをあけて中のものを出して家の中にいろいろ配置していかなければならないのだけど、とりあえずは今は朝食も終わったばかりだし、少し休んでおこう、という姉さんの提案に私は一もにもなく乗っていた。

 姉さんの隣に座っていることができる幸せが私を包み込む。

「お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった…もう少しだけ寝るから、ごめんね~」
「いいよ。時間はたっぷりあるんだし、急がず無理せずゆっくりやろうよ」
「いい妹をもてて私は…zzz」

 言葉を最後まで言い終えずに、姉さんは眠りに落ちる。
 すぅ、すぅという寝息が聞こえる。
 姉さんが息を吸って、息を吐いて。
 あぁ、今、私、姉さんと同じ空気を吸っているんだ。

 身体中が悦びで満たされる。
 心も、身体も、姉さんのおかげで、幸せ。

 すぅ。すぅ。すぅ。

 姉さんの吐息。
 姉さんの鼓動。

 姉さんを感じる。

「…少し…くらいなら…」

 姉さんの寝顔を見ながら、顔を、近づけ…

「おはようございます、沙織さん」

 声がした。
 振り返る。
 男。

「おはようございます」

 姉さんの…旦那…だった。
 起きてきた。
 …寝てればいいのに。

「姉さん、寝ちゃってて」
「あー、そうか…これ、一度寝るとなかなか起きないからね…」

 私の姉さんをこれというな。
 姉さんは…あなたのものじゃ…な…

 …なくは、ないのか。

 心の中に、黒いもやが滲みだす。
 じくじく。
 じくじくじくじくじく。

「あ、沙織さん、朝ごはん作ってくれたんですね。有難うございます」
「…どういたしまして」

 姉さんのために作ったんだ。
 あなたのためじゃない。

 ああ。
 なんて。

 嫌な…私。

 黒い気持ちが湧き上がってくるのがとめられない。

 幸せだったのに。
 さっきまで、本当に、幸せだったのに。
 幸せだったからこそ、今、心が苦しい。

 どうして私は。
 私は。

 言えなかったんだろう。
 今も言えないんだろう。
 全部全部壊して、言えないんだろう。

(沙織さん、好きっ)

 ふと。
 まっすぐに私に好意を伝えてくれる、未来ちゃんの顔が思い浮かんだ。
 キラキラと。
 純粋に。

 あの子はまっすぐ輝いている。
 
(願わくば)
(あの子の輝きが失われませんように)

 ああ。
 そうだ。

(私みたいには…ならないで)
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