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第三章【未来10歳/沙織22歳】
第25話 新生活開始!【未来10歳/沙織22歳】
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新学期。
小学5年生になった私が教室に入ると、そこにいたクラスメイト達は…今までとまったく変わらない顔ぶれだった。
「まぁ、田舎の学校だもんね」
私はそうぽつりとつぶやいた。
うちの学年の人数は18人。私が去年転校してくるまでは17人だったらしい。もちろんクラスも各学年1クラスしかいないので、卒業するまでずっと同じメンバーの顔ばかり見ることになる。
「中学になれば3つの学校から集まるから顔ぶれも変わるわよ」
そういいながら、美月が「おはよう」と言って私の隣にすわる。私も「おはよう」って挨拶を返す。
「卒業しても、ずっと一緒にいてね、美月」
「もちろん♪」
美月は笑った。笑うと、ツインテールにした髪が揺れて、あどけない顔立ちの美月がより可愛くみえた。
「おはよう、未来、美月」
「おはよう、颯真」
「おはよう」
颯真は黒いランドセルを机の上に投げ出すと、「春休み、もっと長ければいいのに…また学校が始まるのかぁ」と文句をこぼす。
「私は颯真に会えて嬉しいから、学校も悪くないと思うよ」
「…」
ランドセルの中身を机に入れながら私がそう言うと、颯真は黙って私を見つめてきた。頬が赤くなっている。私はあわてて、
「大事な友達だもん」
と言葉を続ける。友達、そう、友達。
颯真の想いは聞いているけど、私の想いだってちゃんと伝えている。これから先、関係が変わることがあるかもしれないけど(私が沙織さんを好きだということは変わらないけど、颯真が好きな人は変わるかもしれないし)、それまでは、私たちはずっと親友だ。
「そういえば未来ちゃん」
美月が話題を変える。
「赤ちゃん、そろそろ生まれる頃なんじゃない?」
「そうなの!再来週くらいに生まれるんだって、赤ちゃん!」
「へー、そうなんだ」
私はにっこにこで二人につげる。美月は隣の席にちょこんと座って、颯真は行儀悪く机の上に腰掛けて私の話を聞いていた。
「もう名前も決まっているんだよー。つむぎちゃん。可愛い名前でしょ?」
「へぇ…もう男の子か女の子なのか分かってるの?」
「つむぎちゃんは女の子だよ。私、妹ができるんだ!」
「楽しみだね」
「うん、すっごく楽しみ!」
今からワクワクして仕方がない。あと数週間もすれば、私はお姉ちゃんになる。
「まぁ、未来の妹だし、可愛い子が生まれてくると思う…ぜ」
颯真が少し照れながら言ってくる。私は…可愛いらしい。少なくとも、颯真の中では。私は沙織さんのことが好きだとちゃんと伝えているのに、それでも颯真はことあるごとに私に対して…なんていうか、好意、を伝えてくる。
ごめんね、と思いつつも、少し嬉しくなってしまうのは仕方のないことなんだろうか。
「未来ちゃんのお母さんも美人さんだもんね」
未来が語り掛けてくる。颯真が私のことを褒める時、美月はいつも、少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。その理由はなんとなくわかるけど、分かるからこそ、私はいつも、それをあえて受け流すようにしている。
「でも、一番綺麗なのは沙織さん!」
「…結局、それかよ…」
「未来ちゃんは変わらないね…」
2人は少々呆れ顔で私を見つめてくる。あきれながらも、もう私の気持ちを大事にしてくれているのが分かって、それが、嬉しい。
私たち3人の関係は、もしかしたら危ういバランスの上でなりたっているのかもしれない。それはガラス細工でできていて、ほんの小さな衝撃が外部から加わったとしたら、音を立てて割れてしまうものなのかもしれない。
…なんなら、この1年で何回か割れてしまったことがあったような気もする。
それでも、私たちは、壊れた破片をつなぎ合わせて、また新たなガラス細工をつくるのだ。
いびつで、同じ形には戻らず、変なものかもしれない。それでも、私たちはそれを繰り返す。何度だって繰り返す。どんな形になったとしても、それを支えてくれる土台だけは、しっかり固まっていると信じているから。
「みんなー、席につけー。新学期の朝礼、始めるぞー」
先生が教室にはいってきて、教壇の前に立つ。
颯真は慌てて机から飛び降りて、ちゃんと自分の席に座る。
「今年も先生が担任かよー」
「安心しろ、来年も俺が担任だ」
そもそも先生も少ないしな、うち、田舎の学校だから、と先生は言って笑った。
新学期が始まる。
新生活が始まる。
今年はどんな一年になるのだろう。
素敵な一年になるといいな、と、私は思った。
思っていた。
■■■■■
「新任教師の、水瀬沙織です。去年大学を卒業したばかりで、また右も左もわかりませんが、一生懸命頑張っていこうと思いますので、どうか宜しくお願いいたします」
私は緊張しながら挨拶をすると、目の前に座っている高校生たちの姿を見た。
みんなの視線が集まる。男子生徒からは熱い視線を、女子生徒からは少し嫉妬が混じった視線を。
私が新任教師として通うこの高校は、私の住んでいる田舎街から電車で30分ほど離れた高校で、県内有数の進学校でもあった。
当然、生徒数も多い。
(未来ちゃんが通っている小学校が何個はいるかな?)
ふと、そう思ってしまい、くすりと笑ってしまった。
こほん、と、隣にたっていたベテラン教師が咳払いをする。このベテラン教師が担任で、私はその補佐という立場だった。
「先生~、彼氏とかいるんですか~?」
ふざけてそう声をあげてくる男子生徒がいた。進学校とはいっても、やっぱりみんな高校生、まだまだふざけてしまう年頃なのだろう。
「彼氏はいません」
隠すことでもないので、はっきりと答える。彼氏はいないし、これから先もつくることはないだろう…もしも、「好きな人がいるんですか?」と聞かれていたら返答に窮するところだったのだけど。
好きな人は人妻です、なんて言えるわけもない。
「じゃぁ、俺が立候補!」
「ばかやろー、お前じゃ役不足だよ。だから俺が」
「お前こそ何言っているんだ?あんな美人と釣り合わねえよ。鏡みたことあるのか?」
男子生徒たちが口々にはやしたて、女生徒たちがそれを冷めた目で見つめている。
「はいはい、お前ら黙れー。水瀬先生も困っているだろう?授業はじめるぞー」
頃合いを見計らって、ベテラン教師が助け舟を入れてくれる。正直、助かった。こういうあしらい方も学んでいかなければならないと思う。私の教師生活は始まったばかりなのだから。
■■■■■
「…とはいえ、疲れた…」
職員室に戻ってきた私は、ため息をついて自分の机に座る。手にしていた教材を机の上に置いて、大きなため息をついた。
(私に、できるのかしら…)
思わず弱音が出てしまう。まだ初日なのに、いきなり心がくじけてしまいそうだった。憧れていた教師という職業は、憧れを現実に変えた今となっては、現実の強さに押しつぶされてしまいそうになっていた。
でも、負けない。
姉さんのことを思い出す。姉さんの笑顔を思い出す。それだけで、力が湧いてきた。
「よーし、頑張るぞ…」
「大変ですね」
意気込む私をみて、隣に座っていた先輩の教師が笑いかけてきた。
透き通るような栗毛色の髪をした、目を見張るような美人。
私が今までみてきた中で、姉さんの次に綺麗な人。
「去年、私もそうだったから、分かりますよ」
「そうなんですか…」
「そうなんですよ」
その美人はそういうと、ほほ笑んだ。
「えーっと…」
「あ、朝、自己紹介したばかりでしたね」
その人はそう言うと、背筋を伸ばし、胸に手をあてて口を開いた。
「結城美麗です。どうか宜しくお願いします、水瀬先生」
「…こちらこそ宜しくお願いします、結城先生」
この人が。
この美人の先輩が。
今後、私の人生において、大きな決断をするきっかけになる人になるとは。
この時の私は、知らなかった。
■■■■■
「未来、頑張っているかな…」
そう言うと、私はお腹に手をそえる。
暖かい。
中で眠っているまだ見ぬわが娘を、もうすでに私は愛していた。
暖かい部屋。
旦那も仕事にでかけ、未来も小学校にいっているから、今は私は一人でお留守番をしている。
(お留守番、じゃないか)
お仕事しているのだ。
お腹の子供を育てるという、大切な仕事を。
(とはいえ)
就職してすぐに産休に入ってしまって、本当の就職先には悪いことしてしまったな、という思いがあることにはある。
(この借りは必ず返しますがゆえ)
許してほしいな、と思う。
椅子に座ったまま、ぼぅっと外を眺める。
春の光で照らされた我が家の庭は、緑の芝生が色づいて見える。
(赤ちゃん生まれておちついたら、またここで、みんなでバーベキューとかしたいな)
そんな妄想にふける。
目を閉じると、去年バーベキューをした思い出がうかんでくる。旦那が肉を焼いてくれて、未来が嬉しそうに頬張り、沙織はめずらしくお酒を飲んで頬を紅く染めていた。
(あの時も、未来、ずっと沙織の傍にいたな)
思い出して微笑んでしまう。「お母さんより沙織の方が好きなのかー」と鳴きまねをしたら、未来は慌てて「お母さんのこと、世界で二番目に好きだから!」とこたえてくれたものだ。
(…よく考えたら、結局私、沙織に負けていなかった?)
いい家族だと思う。
素敵な家族だと思う。
幸せだな、私、と思う。
「…紬希、あなたが生まれてくれたら、私たち、もっと幸せになれるからね」
そう思いながら、お腹にまた手をあてる。
この中で寝ている子に、早くこの幸せな世界をみてもらいたい。
世界は、光で満ちているんだから。
と、その時。
(…)
一瞬、くらっとめまいがした。
世界がぐるんと曲がった気がした。
目を閉じる。
耳の奥で、血の流れる音が聞こえる気がする。
しばらくじっとしていると、その感覚が消える。
(気のせい、か)
そう思って、時計を見る。
もうそろそろ、未来が帰ってくる時間だった。
(さーて、あの子、今日学校でどんな楽しい思い出を作ってくるかな)
そう思いながら、家の扉を見つめる。
あの玄関の扉が開く時、いつも未来は、満面の笑みで入ってくる。
その笑顔を見るのが好きだった。
私を幸せにしてくれるその笑顔。
私の宝物。
(早く帰ってきてね)
そう思いながら。
私はお腹に手をあてて。
少しだけ、目を閉じた。
小学5年生になった私が教室に入ると、そこにいたクラスメイト達は…今までとまったく変わらない顔ぶれだった。
「まぁ、田舎の学校だもんね」
私はそうぽつりとつぶやいた。
うちの学年の人数は18人。私が去年転校してくるまでは17人だったらしい。もちろんクラスも各学年1クラスしかいないので、卒業するまでずっと同じメンバーの顔ばかり見ることになる。
「中学になれば3つの学校から集まるから顔ぶれも変わるわよ」
そういいながら、美月が「おはよう」と言って私の隣にすわる。私も「おはよう」って挨拶を返す。
「卒業しても、ずっと一緒にいてね、美月」
「もちろん♪」
美月は笑った。笑うと、ツインテールにした髪が揺れて、あどけない顔立ちの美月がより可愛くみえた。
「おはよう、未来、美月」
「おはよう、颯真」
「おはよう」
颯真は黒いランドセルを机の上に投げ出すと、「春休み、もっと長ければいいのに…また学校が始まるのかぁ」と文句をこぼす。
「私は颯真に会えて嬉しいから、学校も悪くないと思うよ」
「…」
ランドセルの中身を机に入れながら私がそう言うと、颯真は黙って私を見つめてきた。頬が赤くなっている。私はあわてて、
「大事な友達だもん」
と言葉を続ける。友達、そう、友達。
颯真の想いは聞いているけど、私の想いだってちゃんと伝えている。これから先、関係が変わることがあるかもしれないけど(私が沙織さんを好きだということは変わらないけど、颯真が好きな人は変わるかもしれないし)、それまでは、私たちはずっと親友だ。
「そういえば未来ちゃん」
美月が話題を変える。
「赤ちゃん、そろそろ生まれる頃なんじゃない?」
「そうなの!再来週くらいに生まれるんだって、赤ちゃん!」
「へー、そうなんだ」
私はにっこにこで二人につげる。美月は隣の席にちょこんと座って、颯真は行儀悪く机の上に腰掛けて私の話を聞いていた。
「もう名前も決まっているんだよー。つむぎちゃん。可愛い名前でしょ?」
「へぇ…もう男の子か女の子なのか分かってるの?」
「つむぎちゃんは女の子だよ。私、妹ができるんだ!」
「楽しみだね」
「うん、すっごく楽しみ!」
今からワクワクして仕方がない。あと数週間もすれば、私はお姉ちゃんになる。
「まぁ、未来の妹だし、可愛い子が生まれてくると思う…ぜ」
颯真が少し照れながら言ってくる。私は…可愛いらしい。少なくとも、颯真の中では。私は沙織さんのことが好きだとちゃんと伝えているのに、それでも颯真はことあるごとに私に対して…なんていうか、好意、を伝えてくる。
ごめんね、と思いつつも、少し嬉しくなってしまうのは仕方のないことなんだろうか。
「未来ちゃんのお母さんも美人さんだもんね」
未来が語り掛けてくる。颯真が私のことを褒める時、美月はいつも、少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。その理由はなんとなくわかるけど、分かるからこそ、私はいつも、それをあえて受け流すようにしている。
「でも、一番綺麗なのは沙織さん!」
「…結局、それかよ…」
「未来ちゃんは変わらないね…」
2人は少々呆れ顔で私を見つめてくる。あきれながらも、もう私の気持ちを大事にしてくれているのが分かって、それが、嬉しい。
私たち3人の関係は、もしかしたら危ういバランスの上でなりたっているのかもしれない。それはガラス細工でできていて、ほんの小さな衝撃が外部から加わったとしたら、音を立てて割れてしまうものなのかもしれない。
…なんなら、この1年で何回か割れてしまったことがあったような気もする。
それでも、私たちは、壊れた破片をつなぎ合わせて、また新たなガラス細工をつくるのだ。
いびつで、同じ形には戻らず、変なものかもしれない。それでも、私たちはそれを繰り返す。何度だって繰り返す。どんな形になったとしても、それを支えてくれる土台だけは、しっかり固まっていると信じているから。
「みんなー、席につけー。新学期の朝礼、始めるぞー」
先生が教室にはいってきて、教壇の前に立つ。
颯真は慌てて机から飛び降りて、ちゃんと自分の席に座る。
「今年も先生が担任かよー」
「安心しろ、来年も俺が担任だ」
そもそも先生も少ないしな、うち、田舎の学校だから、と先生は言って笑った。
新学期が始まる。
新生活が始まる。
今年はどんな一年になるのだろう。
素敵な一年になるといいな、と、私は思った。
思っていた。
■■■■■
「新任教師の、水瀬沙織です。去年大学を卒業したばかりで、また右も左もわかりませんが、一生懸命頑張っていこうと思いますので、どうか宜しくお願いいたします」
私は緊張しながら挨拶をすると、目の前に座っている高校生たちの姿を見た。
みんなの視線が集まる。男子生徒からは熱い視線を、女子生徒からは少し嫉妬が混じった視線を。
私が新任教師として通うこの高校は、私の住んでいる田舎街から電車で30分ほど離れた高校で、県内有数の進学校でもあった。
当然、生徒数も多い。
(未来ちゃんが通っている小学校が何個はいるかな?)
ふと、そう思ってしまい、くすりと笑ってしまった。
こほん、と、隣にたっていたベテラン教師が咳払いをする。このベテラン教師が担任で、私はその補佐という立場だった。
「先生~、彼氏とかいるんですか~?」
ふざけてそう声をあげてくる男子生徒がいた。進学校とはいっても、やっぱりみんな高校生、まだまだふざけてしまう年頃なのだろう。
「彼氏はいません」
隠すことでもないので、はっきりと答える。彼氏はいないし、これから先もつくることはないだろう…もしも、「好きな人がいるんですか?」と聞かれていたら返答に窮するところだったのだけど。
好きな人は人妻です、なんて言えるわけもない。
「じゃぁ、俺が立候補!」
「ばかやろー、お前じゃ役不足だよ。だから俺が」
「お前こそ何言っているんだ?あんな美人と釣り合わねえよ。鏡みたことあるのか?」
男子生徒たちが口々にはやしたて、女生徒たちがそれを冷めた目で見つめている。
「はいはい、お前ら黙れー。水瀬先生も困っているだろう?授業はじめるぞー」
頃合いを見計らって、ベテラン教師が助け舟を入れてくれる。正直、助かった。こういうあしらい方も学んでいかなければならないと思う。私の教師生活は始まったばかりなのだから。
■■■■■
「…とはいえ、疲れた…」
職員室に戻ってきた私は、ため息をついて自分の机に座る。手にしていた教材を机の上に置いて、大きなため息をついた。
(私に、できるのかしら…)
思わず弱音が出てしまう。まだ初日なのに、いきなり心がくじけてしまいそうだった。憧れていた教師という職業は、憧れを現実に変えた今となっては、現実の強さに押しつぶされてしまいそうになっていた。
でも、負けない。
姉さんのことを思い出す。姉さんの笑顔を思い出す。それだけで、力が湧いてきた。
「よーし、頑張るぞ…」
「大変ですね」
意気込む私をみて、隣に座っていた先輩の教師が笑いかけてきた。
透き通るような栗毛色の髪をした、目を見張るような美人。
私が今までみてきた中で、姉さんの次に綺麗な人。
「去年、私もそうだったから、分かりますよ」
「そうなんですか…」
「そうなんですよ」
その美人はそういうと、ほほ笑んだ。
「えーっと…」
「あ、朝、自己紹介したばかりでしたね」
その人はそう言うと、背筋を伸ばし、胸に手をあてて口を開いた。
「結城美麗です。どうか宜しくお願いします、水瀬先生」
「…こちらこそ宜しくお願いします、結城先生」
この人が。
この美人の先輩が。
今後、私の人生において、大きな決断をするきっかけになる人になるとは。
この時の私は、知らなかった。
■■■■■
「未来、頑張っているかな…」
そう言うと、私はお腹に手をそえる。
暖かい。
中で眠っているまだ見ぬわが娘を、もうすでに私は愛していた。
暖かい部屋。
旦那も仕事にでかけ、未来も小学校にいっているから、今は私は一人でお留守番をしている。
(お留守番、じゃないか)
お仕事しているのだ。
お腹の子供を育てるという、大切な仕事を。
(とはいえ)
就職してすぐに産休に入ってしまって、本当の就職先には悪いことしてしまったな、という思いがあることにはある。
(この借りは必ず返しますがゆえ)
許してほしいな、と思う。
椅子に座ったまま、ぼぅっと外を眺める。
春の光で照らされた我が家の庭は、緑の芝生が色づいて見える。
(赤ちゃん生まれておちついたら、またここで、みんなでバーベキューとかしたいな)
そんな妄想にふける。
目を閉じると、去年バーベキューをした思い出がうかんでくる。旦那が肉を焼いてくれて、未来が嬉しそうに頬張り、沙織はめずらしくお酒を飲んで頬を紅く染めていた。
(あの時も、未来、ずっと沙織の傍にいたな)
思い出して微笑んでしまう。「お母さんより沙織の方が好きなのかー」と鳴きまねをしたら、未来は慌てて「お母さんのこと、世界で二番目に好きだから!」とこたえてくれたものだ。
(…よく考えたら、結局私、沙織に負けていなかった?)
いい家族だと思う。
素敵な家族だと思う。
幸せだな、私、と思う。
「…紬希、あなたが生まれてくれたら、私たち、もっと幸せになれるからね」
そう思いながら、お腹にまた手をあてる。
この中で寝ている子に、早くこの幸せな世界をみてもらいたい。
世界は、光で満ちているんだから。
と、その時。
(…)
一瞬、くらっとめまいがした。
世界がぐるんと曲がった気がした。
目を閉じる。
耳の奥で、血の流れる音が聞こえる気がする。
しばらくじっとしていると、その感覚が消える。
(気のせい、か)
そう思って、時計を見る。
もうそろそろ、未来が帰ってくる時間だった。
(さーて、あの子、今日学校でどんな楽しい思い出を作ってくるかな)
そう思いながら、家の扉を見つめる。
あの玄関の扉が開く時、いつも未来は、満面の笑みで入ってくる。
その笑顔を見るのが好きだった。
私を幸せにしてくれるその笑顔。
私の宝物。
(早く帰ってきてね)
そう思いながら。
私はお腹に手をあてて。
少しだけ、目を閉じた。
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