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最終章【未来17歳/沙織29歳】
第110話 お見合い~前編~【未来17歳/沙織29歳】
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お見合いの前日夜。
家の中はばたばたと慌ただしかった。
お母さんもお父さんも嬉しそうで、そしてその表情の中に緊張が混じっているのが見て分かった。
「お見合いするのは私なんだから、別にお母さんがそんなに緊張する必要はないじゃない」
「そんなことないわよ、沙織」
お母さんは私を見て、優しく笑った。
「私はあなたに幸せになってもらいたいの。だから、そのためには何でもしてあげたいのよ」
「お母さん…」
「私の我儘なんだから、気にしないで。あなたはただ、自分の事だけ考えていればいいんだからね」
そう言いながら部屋の片隅に置いてある桐ダンスの方を向くお母さんの背中を見て、私は思う。
(自分の事だけ、か)
それができれば、どれだけ楽になれることだろう。
私の我儘は、周りを傷つけてしまう我儘だ。昔から私は、好きになってはいけない相手ばかり好きになってしまう。この想いが偽物だったら楽になれるのに…どちらの想いも泣きたくなるくらい私の本音であって、目を逸らしたくても逸らすことができない私の重荷だ。
「ほら、沙織、これを見て」
桐ダンスの中から、お母さんが着物を取り出してきた。
落ち着いた朱鷺色の訪問着で、牡丹の柄が上品さを醸し出している。
(…見たことがある)
記憶が蘇ってくる。昔の記憶。姉さんが、浩平さんと結婚することになり、両家挨拶をしたときの記憶。
(あの時、姉さんが来ていた訪問着だ)
綺麗で、幸せそうだった姉さん。姉さんが婚約した時、私はまだ10代で。笑っている姉さんを見るのが…苦しかった思い出がある。
「懐かしいわね…」
お母さんはそう言うと、少し伏し目がちになった。手にした訪問着を見ながら、少し震えている。
「この訪問着、私がお父さんと婚約した時にも着ていたものなのよ。それを時を経て陽子が着て、そして明日、沙織が着る…何か運命みたいなものを感じるわね」
「お母さん…」
「ごめんなさいね、感傷的になっちゃって。着物っていいわよね。普通の服なら流行りすたりがあるけれど、着物にはそれが無いもの…いいものは、いつになってもいいものだわ」
お母さんは目を閉じて、いろいろ感慨にふけっていた。姉さんのことを思い出しているのかな。それとも、お母さんの昔のことを思い出しているのかな。どちらにせよ、それはいい思い出、なのだと思う。
その想いを、私に伝えていきたいのだろう。
「母さん、明日は早いのだから、沙織を早く解放してあげなさい」
「あら、ごめんなさい、あなた。ついつい、私の方が力がはいっちゃったわね」
部屋の外からお父さんの声がして、お母さんはあわてて箪笥の引き出しを閉めた。
「明日のお見合いは朝の10時からだけど、着付けや準備にも時間がかかるから、忙しくなるわね。沙織、今夜はしっかり寝て、明日に備えておきなさいね」
私の自慢の娘の一番最高に綺麗な顔を見てもらわないとね、と言いながら、お母さんは部屋から出ていった。
一人残された私は、お母さんから手渡された訪問着を持ったまま、ため息をつく。
重い。
受け継がれた思いが、重い。
(お父さん…)
(お母さん…)
(姉さん…)
家族。私が生まれた時から存在する私を縛っているものでもあり…私を育ててくれたものでもある存在。
見えない鎖の重さも感じながら、私は、外を見た。
私の心情とは関係なく、月は綺麗にのぼって、夜の世界を白く照らしていた。
■■■■■
翌日。
お見合い当日の、朝。
雨が降るほどではなかったけど、一面の雲が空を覆い隠していた。
「せっかくのおめでたい日なのに、残念ですわね」
そう言いながら私の着物の着付けをしてくれているのは、住み込みで我が家のお手伝いをしてくれている斎藤さんの奥方だった。
「それにしても懐かしいですわ…陽子お嬢様が婚約された日の朝も、私がこうして、この訪問着を着付けさせて頂いたものですから」
口も動かすが、手は止めない。
てきぱきと完璧に、私は昔、姉さんやお母さんが袖を通した訪問着に身を包まれていく。
「…姉さん、綺麗だったよね」
「沙織お嬢様も負けてはいませんよ」
遠い目をしながらぽつりとこぼした言葉を、斎藤さんは拾い上げる。
「はい、完璧です。これだけお綺麗なら、お相手の方だっていちころですわ」
「いちころだなんて…」
「ハートをずきゅん、という事ですわ」
もうお婆さんなのに、斎藤さんの口調はいつも軽い。趣味はワイドショーを見ることで、いつも芸能人の誰と誰がくっついたであるとか別れたであるとか、そんな話題で盛り上がっているのを見てきたものだ。
(斎藤さんにとって、私もそんなテレビの向こうの芸能人と同じ扱いなのかな)
ふとそう思った。
私が生まれた時から斎藤さん夫婦は実家に仕えてくれていたから、ある意味、私のもう一人のお母さんといっても過言ではなかったので、そんな斎藤さんが私のお見合いの背中を押してくれるのは…
(重い)
私の両肩はいろんな人の期待が乗りすぎていて、もう壊れて落ちてしまいそうだった。いっそ壊れてしまえば楽になるのかもしれないけど、残念ながら…私はすんでのところで耐えているのだった。
「準備ができたなら、そろそろ行こうか」
スーツ姿のお父さんが顔を出してきて、私を見た。
「…沙織、綺麗だよ」
「…ありがとう、お父さん」
お礼を口にする。
私を見るお父さんの瞳は柔らかく暖かく優しくて、私はその視線に耐えられなくなって、目を逸らしてしまった。
「私も準備は大丈夫よ」
「お前も綺麗だよ」
「あらお父さん、いやだわ。今日の主役は沙織なんですからね」
お母さんも笑い、それを受けてお父さんも笑う。
着付けを終えて一息ついていた斎藤さんも笑って、
「では、いってらっしゃいませ」
と言って私たちを送り出してくれた。
家の外に出る。
曇っている。
まるで、今の私の心がそのまま空に反映されているかのようだった。
家の前で待っていてくれたタクシーに家族3人で乗り込むと、曇天の下を会場へと向かって走り始めたのだった。
■■■■■
会場である料亭について車を降りると、私たちを出迎えてくれた妙齢の男性がいた。
「これはこれは、この度は有難うございます、先生」
「とんでもありません、水瀬さん。このたびはまことに、おめでとうございます」
「いや、まだ決まったわけではありませんから…」
「もう決まったようなものですよ。私も今までたくさんの縁談の仲人をさせてもらいましたが、今回ほど素敵な組み合わせはなかなかお目にかかることはできませんから…」
先生、と呼ばれた人とお父さんが談笑しているのを聞きながら、私はぼんやりと空を眺めていた。
曇り空はまだ晴れない。
遠くに太陽が隠れているのは分かるのだけど、雲が厚すぎて光がここまで差し込んでこないのだ。
(あの向こうに)
光はちゃんと、あるのかな。
私の未来はちゃんと、あるのかな。
「ささ、沙織もちゃんと、ご挨拶をして」
後ろのお母さんから声をかけられて、私は現実に戻された。
「水瀬沙織です。この度は大変お世話になり、有難うございました」
そう言って、頭をさげる。
仲人さんはあわてて手をふると、「そこまで頭をさげないでください」と言ってくれた。
「水瀬さんには、私もとてもお世話になっていますので…」
そう言いながら汗をかいている。いい人なんだろうな、というのが直感ですぐに感じられた。私のために、お父さんのために、いろいろと動いてくれているんだろうな、と分かる。
(私の幸せのために)
周りの人たちが、私の心の城を取り巻く堀の中に、善意と言う名の石を一つずつ投げ入れていく。
その石はいつか堀を埋め尽くし、丸裸になった私の城は、大坂夏の陣のように攻め落とされてしまうのだろうか。
優しさと全員と気遣いで舗装され整備されたこの道をまっすぐに進んでいけば、私は幸せになれるのだろうか。
私は自分の足で…歩いているのだろうか。
午前十時。
私のための、お見合いが始まる。
■■■■■
老舗の料亭の店内はさすがに落ち着いた雰囲気だった。
飾られている調度品は自己主張が強くないものばかりだけど、その一つ一つがしっかりとしたつくりであり、秘められた高級感がどうしようもなくにじみ出ていた。
案内された部屋は洋室で、窓は大きく、外の景色が見える。
庭は美しく手入れされているのが分かり、鮮やかな色合いが曇天の下でもはっきりと分かった。
大きな長テーブルが部屋の中央にあり、その上座中央に仲人さんが座る。
テーブルの向こう側の上座に相手の男性の親御さんが座り、下手に今回の私のお見合い相手が座っていた。
年のころは30代前半くらいの、眼鏡をかけて、落ち着いた雰囲気の人だった。
その人は私たちを見てにっこりと笑うと、紳士的に、私たちをエスコートしてくれる。
(こういう場に、慣れているのかな…)
と思いながら、礼を言いつつ、エスコートに従う。
上座にお父さん、お母さんが座り、下手に私が座る。
私のちょうど目の前が、お見合い相手の男性になる。
やはり、少し、緊張する。
仲人の人が、今日は両家のめでたい日を迎えることができて、まことにありがとうございます…といった趣旨の言葉を言っているのが遠くに聞こえる。
私の目の前に座っている人は、初対面…のはずなんだけど、なぜか少し、見覚えがあるような気がした。
いつ、どこで?
私はこの人に…会ったことがあるのだろうか?
仲人さんから促されたその人が立ち上がり、口を開いた。
「はじめまして。大谷直樹、と申します。沙織さん、本日はお会いできて嬉しいです。どうぞよろしく、お願いいたします」
そう言うと、一礼をする。
背筋がまっすぐな、美しい所作だった。
大谷さんは黒髪で短髪。背は高く、落ち着いた雰囲気がある。着ているスーツはネイビー色で、一目見ただけで丁寧に仕上げられている品だというのが分かった。
眼鏡の奥の瞳は…優しかった。
私も立ち上がり、挨拶をする。
「はじめまして。水瀬沙織、と申します。本日はどうか宜しくお願いいたします」
形式的なことだけをいい、座る。
その後、両家の両親もそれぞれ挨拶をしていく。
なんともいえない緊張感はぬぐえないものの、それでも穏やかな時間が流れていく。
料理が運ばれてきて、飲み物を口にする。
美味しい。
さすがにちゃんとした料亭だけはあるな…と思う。
少しずつ場も和んでいき、沈黙するのも失礼かと思い、声をかけてみる。
「あの…大谷さん」
「直樹、でいいですよ、沙織さん」
「はい…では…あの…直樹さん」
さて、何と言おう。
声かけだけはしてみたけれど、とくに話題を準備していたわけではないので、言葉に詰まってしまった。
そんな私をみて、直樹さんは、ほほ笑んだ。
「やっぱり、似ていますね」
「…え?」
「先ほど、はじめまして、と挨拶させて頂きましたが…実はあれ、嘘なんです」
そういうと、少し悪戯っぽく、直樹さんは笑った。
「沙織さんのお姉さん…陽子さんは、私の大学時代の先輩だったんですよ」
姉さん…と?
どくん、と、心が揺れる。
陽子…姉さん…私の、初恋の人。
この人は…姉さんを…知っている。
目を見る。
目を見つめ返される。
その瞳の中に…同じものを、感じ取ることができた。
(落ち着いて…落ち着くのよ、私)
息を吸い、吐く。
心を落ち着けようと努力する。
高級な料亭。
仲人さん。
両親。
相手側の、両親。
姉さんを知っている…優しそうな、人。
世界は全力で私を幸せにしようと包み込んできていて、優しさとは抗いようもない暴力で。
幸せを。
周りの、世界の、そして私の幸せを。
道の逸れない、正しい、綺麗でまっすぐ舗装された幸せの道を。
歩けば。
間違えることは無くて…
(…)
私は、そっと、指を触った。
朝、家を出る時に、お母さんから言われた言葉を思い出す。
(あなた、お見合いの席に、着物なのに、指輪をしていくつもり?)
(うん…大事なものなの…とても、大事なものだから…だから、…この大事な日に、つけておきたいの)
指輪。
右手の人差し指につけた、指輪。
今日は、2つ、つけている。
指輪が、重なっている。
私の指輪と。
未来の指輪。
私がお見合いをすると未来に伝えた日、未来から渡された…未来の指から、外されて、そして私に託された…未来の気持ち。
(私は、沙織さんと、一緒にいますから)
私はそっと、指にはめられた2つの指輪に触れて、そして、再び顔をあげた。
窓の外に見える曇天から、光が差しこんできたような気が、した。
家の中はばたばたと慌ただしかった。
お母さんもお父さんも嬉しそうで、そしてその表情の中に緊張が混じっているのが見て分かった。
「お見合いするのは私なんだから、別にお母さんがそんなに緊張する必要はないじゃない」
「そんなことないわよ、沙織」
お母さんは私を見て、優しく笑った。
「私はあなたに幸せになってもらいたいの。だから、そのためには何でもしてあげたいのよ」
「お母さん…」
「私の我儘なんだから、気にしないで。あなたはただ、自分の事だけ考えていればいいんだからね」
そう言いながら部屋の片隅に置いてある桐ダンスの方を向くお母さんの背中を見て、私は思う。
(自分の事だけ、か)
それができれば、どれだけ楽になれることだろう。
私の我儘は、周りを傷つけてしまう我儘だ。昔から私は、好きになってはいけない相手ばかり好きになってしまう。この想いが偽物だったら楽になれるのに…どちらの想いも泣きたくなるくらい私の本音であって、目を逸らしたくても逸らすことができない私の重荷だ。
「ほら、沙織、これを見て」
桐ダンスの中から、お母さんが着物を取り出してきた。
落ち着いた朱鷺色の訪問着で、牡丹の柄が上品さを醸し出している。
(…見たことがある)
記憶が蘇ってくる。昔の記憶。姉さんが、浩平さんと結婚することになり、両家挨拶をしたときの記憶。
(あの時、姉さんが来ていた訪問着だ)
綺麗で、幸せそうだった姉さん。姉さんが婚約した時、私はまだ10代で。笑っている姉さんを見るのが…苦しかった思い出がある。
「懐かしいわね…」
お母さんはそう言うと、少し伏し目がちになった。手にした訪問着を見ながら、少し震えている。
「この訪問着、私がお父さんと婚約した時にも着ていたものなのよ。それを時を経て陽子が着て、そして明日、沙織が着る…何か運命みたいなものを感じるわね」
「お母さん…」
「ごめんなさいね、感傷的になっちゃって。着物っていいわよね。普通の服なら流行りすたりがあるけれど、着物にはそれが無いもの…いいものは、いつになってもいいものだわ」
お母さんは目を閉じて、いろいろ感慨にふけっていた。姉さんのことを思い出しているのかな。それとも、お母さんの昔のことを思い出しているのかな。どちらにせよ、それはいい思い出、なのだと思う。
その想いを、私に伝えていきたいのだろう。
「母さん、明日は早いのだから、沙織を早く解放してあげなさい」
「あら、ごめんなさい、あなた。ついつい、私の方が力がはいっちゃったわね」
部屋の外からお父さんの声がして、お母さんはあわてて箪笥の引き出しを閉めた。
「明日のお見合いは朝の10時からだけど、着付けや準備にも時間がかかるから、忙しくなるわね。沙織、今夜はしっかり寝て、明日に備えておきなさいね」
私の自慢の娘の一番最高に綺麗な顔を見てもらわないとね、と言いながら、お母さんは部屋から出ていった。
一人残された私は、お母さんから手渡された訪問着を持ったまま、ため息をつく。
重い。
受け継がれた思いが、重い。
(お父さん…)
(お母さん…)
(姉さん…)
家族。私が生まれた時から存在する私を縛っているものでもあり…私を育ててくれたものでもある存在。
見えない鎖の重さも感じながら、私は、外を見た。
私の心情とは関係なく、月は綺麗にのぼって、夜の世界を白く照らしていた。
■■■■■
翌日。
お見合い当日の、朝。
雨が降るほどではなかったけど、一面の雲が空を覆い隠していた。
「せっかくのおめでたい日なのに、残念ですわね」
そう言いながら私の着物の着付けをしてくれているのは、住み込みで我が家のお手伝いをしてくれている斎藤さんの奥方だった。
「それにしても懐かしいですわ…陽子お嬢様が婚約された日の朝も、私がこうして、この訪問着を着付けさせて頂いたものですから」
口も動かすが、手は止めない。
てきぱきと完璧に、私は昔、姉さんやお母さんが袖を通した訪問着に身を包まれていく。
「…姉さん、綺麗だったよね」
「沙織お嬢様も負けてはいませんよ」
遠い目をしながらぽつりとこぼした言葉を、斎藤さんは拾い上げる。
「はい、完璧です。これだけお綺麗なら、お相手の方だっていちころですわ」
「いちころだなんて…」
「ハートをずきゅん、という事ですわ」
もうお婆さんなのに、斎藤さんの口調はいつも軽い。趣味はワイドショーを見ることで、いつも芸能人の誰と誰がくっついたであるとか別れたであるとか、そんな話題で盛り上がっているのを見てきたものだ。
(斎藤さんにとって、私もそんなテレビの向こうの芸能人と同じ扱いなのかな)
ふとそう思った。
私が生まれた時から斎藤さん夫婦は実家に仕えてくれていたから、ある意味、私のもう一人のお母さんといっても過言ではなかったので、そんな斎藤さんが私のお見合いの背中を押してくれるのは…
(重い)
私の両肩はいろんな人の期待が乗りすぎていて、もう壊れて落ちてしまいそうだった。いっそ壊れてしまえば楽になるのかもしれないけど、残念ながら…私はすんでのところで耐えているのだった。
「準備ができたなら、そろそろ行こうか」
スーツ姿のお父さんが顔を出してきて、私を見た。
「…沙織、綺麗だよ」
「…ありがとう、お父さん」
お礼を口にする。
私を見るお父さんの瞳は柔らかく暖かく優しくて、私はその視線に耐えられなくなって、目を逸らしてしまった。
「私も準備は大丈夫よ」
「お前も綺麗だよ」
「あらお父さん、いやだわ。今日の主役は沙織なんですからね」
お母さんも笑い、それを受けてお父さんも笑う。
着付けを終えて一息ついていた斎藤さんも笑って、
「では、いってらっしゃいませ」
と言って私たちを送り出してくれた。
家の外に出る。
曇っている。
まるで、今の私の心がそのまま空に反映されているかのようだった。
家の前で待っていてくれたタクシーに家族3人で乗り込むと、曇天の下を会場へと向かって走り始めたのだった。
■■■■■
会場である料亭について車を降りると、私たちを出迎えてくれた妙齢の男性がいた。
「これはこれは、この度は有難うございます、先生」
「とんでもありません、水瀬さん。このたびはまことに、おめでとうございます」
「いや、まだ決まったわけではありませんから…」
「もう決まったようなものですよ。私も今までたくさんの縁談の仲人をさせてもらいましたが、今回ほど素敵な組み合わせはなかなかお目にかかることはできませんから…」
先生、と呼ばれた人とお父さんが談笑しているのを聞きながら、私はぼんやりと空を眺めていた。
曇り空はまだ晴れない。
遠くに太陽が隠れているのは分かるのだけど、雲が厚すぎて光がここまで差し込んでこないのだ。
(あの向こうに)
光はちゃんと、あるのかな。
私の未来はちゃんと、あるのかな。
「ささ、沙織もちゃんと、ご挨拶をして」
後ろのお母さんから声をかけられて、私は現実に戻された。
「水瀬沙織です。この度は大変お世話になり、有難うございました」
そう言って、頭をさげる。
仲人さんはあわてて手をふると、「そこまで頭をさげないでください」と言ってくれた。
「水瀬さんには、私もとてもお世話になっていますので…」
そう言いながら汗をかいている。いい人なんだろうな、というのが直感ですぐに感じられた。私のために、お父さんのために、いろいろと動いてくれているんだろうな、と分かる。
(私の幸せのために)
周りの人たちが、私の心の城を取り巻く堀の中に、善意と言う名の石を一つずつ投げ入れていく。
その石はいつか堀を埋め尽くし、丸裸になった私の城は、大坂夏の陣のように攻め落とされてしまうのだろうか。
優しさと全員と気遣いで舗装され整備されたこの道をまっすぐに進んでいけば、私は幸せになれるのだろうか。
私は自分の足で…歩いているのだろうか。
午前十時。
私のための、お見合いが始まる。
■■■■■
老舗の料亭の店内はさすがに落ち着いた雰囲気だった。
飾られている調度品は自己主張が強くないものばかりだけど、その一つ一つがしっかりとしたつくりであり、秘められた高級感がどうしようもなくにじみ出ていた。
案内された部屋は洋室で、窓は大きく、外の景色が見える。
庭は美しく手入れされているのが分かり、鮮やかな色合いが曇天の下でもはっきりと分かった。
大きな長テーブルが部屋の中央にあり、その上座中央に仲人さんが座る。
テーブルの向こう側の上座に相手の男性の親御さんが座り、下手に今回の私のお見合い相手が座っていた。
年のころは30代前半くらいの、眼鏡をかけて、落ち着いた雰囲気の人だった。
その人は私たちを見てにっこりと笑うと、紳士的に、私たちをエスコートしてくれる。
(こういう場に、慣れているのかな…)
と思いながら、礼を言いつつ、エスコートに従う。
上座にお父さん、お母さんが座り、下手に私が座る。
私のちょうど目の前が、お見合い相手の男性になる。
やはり、少し、緊張する。
仲人の人が、今日は両家のめでたい日を迎えることができて、まことにありがとうございます…といった趣旨の言葉を言っているのが遠くに聞こえる。
私の目の前に座っている人は、初対面…のはずなんだけど、なぜか少し、見覚えがあるような気がした。
いつ、どこで?
私はこの人に…会ったことがあるのだろうか?
仲人さんから促されたその人が立ち上がり、口を開いた。
「はじめまして。大谷直樹、と申します。沙織さん、本日はお会いできて嬉しいです。どうぞよろしく、お願いいたします」
そう言うと、一礼をする。
背筋がまっすぐな、美しい所作だった。
大谷さんは黒髪で短髪。背は高く、落ち着いた雰囲気がある。着ているスーツはネイビー色で、一目見ただけで丁寧に仕上げられている品だというのが分かった。
眼鏡の奥の瞳は…優しかった。
私も立ち上がり、挨拶をする。
「はじめまして。水瀬沙織、と申します。本日はどうか宜しくお願いいたします」
形式的なことだけをいい、座る。
その後、両家の両親もそれぞれ挨拶をしていく。
なんともいえない緊張感はぬぐえないものの、それでも穏やかな時間が流れていく。
料理が運ばれてきて、飲み物を口にする。
美味しい。
さすがにちゃんとした料亭だけはあるな…と思う。
少しずつ場も和んでいき、沈黙するのも失礼かと思い、声をかけてみる。
「あの…大谷さん」
「直樹、でいいですよ、沙織さん」
「はい…では…あの…直樹さん」
さて、何と言おう。
声かけだけはしてみたけれど、とくに話題を準備していたわけではないので、言葉に詰まってしまった。
そんな私をみて、直樹さんは、ほほ笑んだ。
「やっぱり、似ていますね」
「…え?」
「先ほど、はじめまして、と挨拶させて頂きましたが…実はあれ、嘘なんです」
そういうと、少し悪戯っぽく、直樹さんは笑った。
「沙織さんのお姉さん…陽子さんは、私の大学時代の先輩だったんですよ」
姉さん…と?
どくん、と、心が揺れる。
陽子…姉さん…私の、初恋の人。
この人は…姉さんを…知っている。
目を見る。
目を見つめ返される。
その瞳の中に…同じものを、感じ取ることができた。
(落ち着いて…落ち着くのよ、私)
息を吸い、吐く。
心を落ち着けようと努力する。
高級な料亭。
仲人さん。
両親。
相手側の、両親。
姉さんを知っている…優しそうな、人。
世界は全力で私を幸せにしようと包み込んできていて、優しさとは抗いようもない暴力で。
幸せを。
周りの、世界の、そして私の幸せを。
道の逸れない、正しい、綺麗でまっすぐ舗装された幸せの道を。
歩けば。
間違えることは無くて…
(…)
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朝、家を出る時に、お母さんから言われた言葉を思い出す。
(あなた、お見合いの席に、着物なのに、指輪をしていくつもり?)
(うん…大事なものなの…とても、大事なものだから…だから、…この大事な日に、つけておきたいの)
指輪。
右手の人差し指につけた、指輪。
今日は、2つ、つけている。
指輪が、重なっている。
私の指輪と。
未来の指輪。
私がお見合いをすると未来に伝えた日、未来から渡された…未来の指から、外されて、そして私に託された…未来の気持ち。
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そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
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