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14.誘い
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クラルヴェイン国は南方の国境を越えた先にある、友好国だ。王太子妃になれば招くことも招かれることもあるだろうと、国土や文化について学んだことがある。
「……え、ええと、どうして、でしょうか?」
とはいえ、どうして突然クラルヴェイン国の名前が出てきたのかわからず、私はとまどいを隠すことなく尋ねた。
「俺の母はクラルヴェイン国の出身でして……そちらの親戚と言いますか、母の実家からたまには遊びに来てはどうかと誘われたので、もしよければ一緒に行きませんか?」
「そういえば、そうでしたね……ですが、どうして私と、なんでしょうか」
「気分転換も必要かと思いまして。これまでは、大事があってはいけないからと遠方に旅行に行ったりするのは制限されていましたよね? この機会に――というのもおかしな話ですが、制限は解除されたのですから、他国をじかに見て学ばれるほうが、今ここにいるよりは幾分楽かと思っただけですよ」
つまり、私を気遣ってくれてのことだというのはよくわかった。だけど私が聞きたいのはそういうことではなく――
「お心遣いはうれしく思いますが……私と、で本当によろしいのでしょうか。もっとほかに、誘われたほうがよろしい人がいるのではないかと、思いますけど」
結婚相手を急いで見つける必要はないとアシュトン卿は言っていたが、それでも親しくしている令嬢の一人や二人ぐらいはいるのではないだろうか。
なにしろ、陛下の最側近であるクリストフ伯の息子で、アルベルト殿下の側近候補だ。次男であるため万が一がない限り家督を継ぐことはないけど、クリストフ伯が所持しているなんらかの爵位を継承する可能性は十分にある。縁をつないで損のある相手ではない。
結婚相手として考えて近づいてきた人もいるはずで、今はその気がなくてもゆくゆくはと当たりをつけていた相手がいてもおかしくないわけで。
「あいにくながら、誘うような間柄の相手はいませんよ。そもそもいたら、ダンスに誘ったりもしていません」
だけどアシュトン卿はなんともあっさりした様子で私の予想を否定した。
たしかに、誕生日パーティーで一曲だけ私と踊ったあとは誰かと踊ることなく、静かに過ごしていた。話しかけられているのを見かけはしたけど、踊りはしていなかった。
「……それでしたら、ご一緒させていただきます。ですが、職務のほうはよろしいのですか?」
これまでアシュトン卿が長期間休みを取ったという話は聞いたことがない。何度か家の都合や何かで姿を見ない日はあったけど、それだけだ。
「それはご安心ください。殿下の側近に上がらせていただくという話は辞退しました」
「……え?」
思ってもいなかった言葉に、思わず間の抜けた声が出てしまう。慌てて口元を隠して失礼しましたと謝ると、アシュトン卿は「気にしないでください」と静かな声で言った。
「まあ、俺の話はひとまず置いておきましょう。クラルヴェイン国に行くのはあなたにとってもそう悪い話ではないと思いますよ。ここで嫁ぎ先を探すよりは、気も楽でしょうし」
今度は間の抜けた声こそ出なかったが、思わぬ方向に進む話の流れに、何度か瞬きを繰り返す。
そんな私の様子に気がついたのだろう。アシュトン卿は「ふむ」と小さくつぶやくと話をつづけた。
「あなたの同意がいただけたらクラルヴェイン国にお連れする話はすでに侯爵夫妻に通してあります。その際に、もしもあちらによい相手がいればそちらに嫁いでもかまわないともおっしゃっていました。婚約者だった相手と自分の妹が形作っていく国で暮らすのは辛いだろうから……と」
アシュトン卿が訪ねてきたと私に教えてくれたのはお母様だった。何か言いたそうな顔はしていたけれど、お母様は言わず、私も聞かなかった。
だけどきっと、このことだったのだろう。親としてどう声をかけたらいいのか、話せばいいのか悩んでいたに違いない。
「……そう、なんですね」
「とはいえ、絶対に相手を見つけろという話でもありませんし……気楽に考えていただいて結構です。クラルヴェイン国に行くかどうかのお返事はまた後日にでもいただければ――」
そう言って、アシュトン卿は別れの言葉に入りはじめた。
だけど、後日まで待つ必要なんてない。
「……ご迷惑でないのなら、ご一緒させていただけると助かります」
返事はすでに決まっていた。
「……え、ええと、どうして、でしょうか?」
とはいえ、どうして突然クラルヴェイン国の名前が出てきたのかわからず、私はとまどいを隠すことなく尋ねた。
「俺の母はクラルヴェイン国の出身でして……そちらの親戚と言いますか、母の実家からたまには遊びに来てはどうかと誘われたので、もしよければ一緒に行きませんか?」
「そういえば、そうでしたね……ですが、どうして私と、なんでしょうか」
「気分転換も必要かと思いまして。これまでは、大事があってはいけないからと遠方に旅行に行ったりするのは制限されていましたよね? この機会に――というのもおかしな話ですが、制限は解除されたのですから、他国をじかに見て学ばれるほうが、今ここにいるよりは幾分楽かと思っただけですよ」
つまり、私を気遣ってくれてのことだというのはよくわかった。だけど私が聞きたいのはそういうことではなく――
「お心遣いはうれしく思いますが……私と、で本当によろしいのでしょうか。もっとほかに、誘われたほうがよろしい人がいるのではないかと、思いますけど」
結婚相手を急いで見つける必要はないとアシュトン卿は言っていたが、それでも親しくしている令嬢の一人や二人ぐらいはいるのではないだろうか。
なにしろ、陛下の最側近であるクリストフ伯の息子で、アルベルト殿下の側近候補だ。次男であるため万が一がない限り家督を継ぐことはないけど、クリストフ伯が所持しているなんらかの爵位を継承する可能性は十分にある。縁をつないで損のある相手ではない。
結婚相手として考えて近づいてきた人もいるはずで、今はその気がなくてもゆくゆくはと当たりをつけていた相手がいてもおかしくないわけで。
「あいにくながら、誘うような間柄の相手はいませんよ。そもそもいたら、ダンスに誘ったりもしていません」
だけどアシュトン卿はなんともあっさりした様子で私の予想を否定した。
たしかに、誕生日パーティーで一曲だけ私と踊ったあとは誰かと踊ることなく、静かに過ごしていた。話しかけられているのを見かけはしたけど、踊りはしていなかった。
「……それでしたら、ご一緒させていただきます。ですが、職務のほうはよろしいのですか?」
これまでアシュトン卿が長期間休みを取ったという話は聞いたことがない。何度か家の都合や何かで姿を見ない日はあったけど、それだけだ。
「それはご安心ください。殿下の側近に上がらせていただくという話は辞退しました」
「……え?」
思ってもいなかった言葉に、思わず間の抜けた声が出てしまう。慌てて口元を隠して失礼しましたと謝ると、アシュトン卿は「気にしないでください」と静かな声で言った。
「まあ、俺の話はひとまず置いておきましょう。クラルヴェイン国に行くのはあなたにとってもそう悪い話ではないと思いますよ。ここで嫁ぎ先を探すよりは、気も楽でしょうし」
今度は間の抜けた声こそ出なかったが、思わぬ方向に進む話の流れに、何度か瞬きを繰り返す。
そんな私の様子に気がついたのだろう。アシュトン卿は「ふむ」と小さくつぶやくと話をつづけた。
「あなたの同意がいただけたらクラルヴェイン国にお連れする話はすでに侯爵夫妻に通してあります。その際に、もしもあちらによい相手がいればそちらに嫁いでもかまわないともおっしゃっていました。婚約者だった相手と自分の妹が形作っていく国で暮らすのは辛いだろうから……と」
アシュトン卿が訪ねてきたと私に教えてくれたのはお母様だった。何か言いたそうな顔はしていたけれど、お母様は言わず、私も聞かなかった。
だけどきっと、このことだったのだろう。親としてどう声をかけたらいいのか、話せばいいのか悩んでいたに違いない。
「……そう、なんですね」
「とはいえ、絶対に相手を見つけろという話でもありませんし……気楽に考えていただいて結構です。クラルヴェイン国に行くかどうかのお返事はまた後日にでもいただければ――」
そう言って、アシュトン卿は別れの言葉に入りはじめた。
だけど、後日まで待つ必要なんてない。
「……ご迷惑でないのなら、ご一緒させていただけると助かります」
返事はすでに決まっていた。
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