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9話 舞踏会
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天井から釣り下がる大きなシャンデリア。その下には、きらびやかなドレスをまとう女性と、その手を取って踊る紳士服をきた男性。
くるくると回るひとびとを眺めながら、グラスに口をつける。シリルは私のエスコートを終えるとすぐ、セリーヌに踊ってほしいとせがまれて彼女と一緒に人混みのなかに消えていった。
ちなみに、私は足をくじいて踊れないと事前に言ってある。時折私を誘おうとしてくる男性もいたが、同じ理由で断り続けた。
クラリスがどのぐらい踊れたのかは知らないけど、私はいまだに相手の足を踏んでしまう。踊ればすぐに、何かおかしいと気づかれるだろう。
「おかわりをちょうだい――あら」
空になったグラスを交換してもらおうと、空いた食器を片付けていた給仕人に話しかけて、目を瞬かせる。
はしばみ色の瞳に茶色い髪。どこにでもいそうな色合いをした男性だけど、私の記憶にある人はそう多くはない。しかも人違いされた相手で、つい最近会ったばかりだから忘れるはずがなかった。
見覚えのある顔に苦笑が浮かぶ。彼も私が人違いした相手だと気づいたのだろう。
「先日は失礼いたしました」
「いえ、気にしないで。思わず腕を掴んでしまうほど大切な人だったのでしょう?」
ただ知り合いだと思っただけなら、声をかけるだけですむ。それなのに腕を掴んだということは、それ相応の相手だったということだ。
「妹のような相手で……いえ、それでもご令嬢に不躾に触れるなんて、あってはいけないことでした」
恐縮しきっているが、固すぎる口調ではない。そして片づけに徹していたということは、貴族の出身ではないのだろう。
庶民と貴族の間には越えられない壁があり、みだりに触れることは許されていない。だから彼も、ここまで申し訳なさそうにしているのだろう。
「私が気にしないでと言っているのだから、気にしないで。それよりも、飲み物を持ってきてくれるかしら」
「は、はい。ただいま」
そう言って、空のグラスを持って――すぐに戻ってきた。中には並々に注がれた果実水が入っている。
お酒のたぐいは何をしでかすかわからないので禁じられている。酔った勢いで、とごまかせないのは残念だけど、果実水でもできることはある。
「ありがとう」
お礼を言って、男性が去るのとすれ違うようにシリルとセリーヌが戻ってきた。
「お姉さま……シリル様を独占してしまい、申し訳ございません」
セリーヌがそっと目を伏せて言う。本当に申し訳ないと思うのなら、最初から踊らなければいいだけという考えは、彼女にもシリルにもないようだ。
「君が気にするようなことではない。舞踏会があるとわかっていたのに、直前で足を痛めたのは彼女なのだから――」
そんな慰めをかけるシリルを横目に、赤い果実水が注がれたグラスを傾ける。セリーヌのドレスに向けて。
くるくると回るひとびとを眺めながら、グラスに口をつける。シリルは私のエスコートを終えるとすぐ、セリーヌに踊ってほしいとせがまれて彼女と一緒に人混みのなかに消えていった。
ちなみに、私は足をくじいて踊れないと事前に言ってある。時折私を誘おうとしてくる男性もいたが、同じ理由で断り続けた。
クラリスがどのぐらい踊れたのかは知らないけど、私はいまだに相手の足を踏んでしまう。踊ればすぐに、何かおかしいと気づかれるだろう。
「おかわりをちょうだい――あら」
空になったグラスを交換してもらおうと、空いた食器を片付けていた給仕人に話しかけて、目を瞬かせる。
はしばみ色の瞳に茶色い髪。どこにでもいそうな色合いをした男性だけど、私の記憶にある人はそう多くはない。しかも人違いされた相手で、つい最近会ったばかりだから忘れるはずがなかった。
見覚えのある顔に苦笑が浮かぶ。彼も私が人違いした相手だと気づいたのだろう。
「先日は失礼いたしました」
「いえ、気にしないで。思わず腕を掴んでしまうほど大切な人だったのでしょう?」
ただ知り合いだと思っただけなら、声をかけるだけですむ。それなのに腕を掴んだということは、それ相応の相手だったということだ。
「妹のような相手で……いえ、それでもご令嬢に不躾に触れるなんて、あってはいけないことでした」
恐縮しきっているが、固すぎる口調ではない。そして片づけに徹していたということは、貴族の出身ではないのだろう。
庶民と貴族の間には越えられない壁があり、みだりに触れることは許されていない。だから彼も、ここまで申し訳なさそうにしているのだろう。
「私が気にしないでと言っているのだから、気にしないで。それよりも、飲み物を持ってきてくれるかしら」
「は、はい。ただいま」
そう言って、空のグラスを持って――すぐに戻ってきた。中には並々に注がれた果実水が入っている。
お酒のたぐいは何をしでかすかわからないので禁じられている。酔った勢いで、とごまかせないのは残念だけど、果実水でもできることはある。
「ありがとう」
お礼を言って、男性が去るのとすれ違うようにシリルとセリーヌが戻ってきた。
「お姉さま……シリル様を独占してしまい、申し訳ございません」
セリーヌがそっと目を伏せて言う。本当に申し訳ないと思うのなら、最初から踊らなければいいだけという考えは、彼女にもシリルにもないようだ。
「君が気にするようなことではない。舞踏会があるとわかっていたのに、直前で足を痛めたのは彼女なのだから――」
そんな慰めをかけるシリルを横目に、赤い果実水が注がれたグラスを傾ける。セリーヌのドレスに向けて。
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