異世界鬼物語

東雲るる

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第一話

兄の異変

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 スズナリ村。日本の中心に位置する小さな村である。便利な施設は少ないが、この村はとても長閑で自然が豊か。故に、移住したい村ランキングでは年々一位を取るほどで、観光客も多い。スズナリ村にとっては嬉しい悲鳴である。
 そしてこの村、施設の少なさの他にも厄介なところがある。それは気温だ。今の季節は夏。この村の夏は極端に暑く、冬は極端に寒い。溶けて液体になってしまうような暑さだ。なので、この時期は外出している人が少ない。
 そんな日でも、学生達は暑さに負けず登校している。
 その学生達の中に、地元じゃ知らない人はいない有名な仲良し兄妹がいる。九条彰くじょうあきらと九条彩花さいか兄妹だ。この二人は仲の良さだけではなく、見た目の美しさでも有名だ。校内にそれぞれのファンクラブが存在するほどである。
 こんな暑い中でも、彰と彩花の二人はいつものように仲良く登校していた。その間、昨日の学校であった出来事や、今日の夕飯は何だろうとか、他愛のない会話をしていた。しばらく会話に花を咲かせていると、
「……っ!」と彰が胸を押さえその場に倒れ込んでしまう。
 そんな突然の出来事に、
「え? ちょっとお兄ちゃん? 大丈夫? えっと……。どうしよう……」と彩花は慌てる。
「とりあえず、そこのベンチで休もうよ」
 彩花が指差したのは、小さな公園。遊具の数は少ないが、緑が多く花壇には色とりどりの花が植えられていることから、地元住人にとっての憩いの場となっている。そこに二人がけのベンチがあり、しばらくそこで休むことにした。
 彩花は自動販売機で水を買い、ベンチで横になっている彰に飲ませる。すると、次第に落ち着きを取り戻し、先ほどの胸の苦しみはどこかに消えたようだ。
「ありがとな彩花、助かった」
「ううん。でも本当に大丈夫なの? もうちょっと休んでいく?」
「いいや、もう大丈夫だよ。お前のおかげだ。早く学校に行こう。遅刻する」
「お兄ちゃんがそう言うならいいけど」
 二人は公園を後にし、学校へと再び歩き出す。
 この彰の苦しみが悲劇の始まりだと、二人は知る由もなかった。

 数日後。彰が家を出る時間になっても部屋から出てこない。彩花は起こしに彰の部屋のドアをノックするが、
「ごめんな彩花。なんか最近具合悪くて。数日は学校に行けそうにない」
「やっぱ大丈夫じゃなかったじゃん。早く病院行きなよ?」
「ああ、分かってる。心配かけてばっかでごめんな」
「謝らなくていいよ。体調が悪くなることは誰にだってあることだもん。早く元気になってね」
「ありがとう」
 これが彰と彩花が最後に交わした会話だった。
 彰はこの日から部屋に引きこもるようになり、夜な夜な外出することが増えた。彩花がどこに行くのか訊いても無視される。
「最近お兄ちゃんが全然話してくれないの。嫌われちゃったのかな」と母に相談すると、
「彰は彩花のことが大好きだから、あの子が貴女を嫌うことはないと思うけれど。具合が悪いみたいだけれど、ご飯はいつも完食しているし、体の方は徐々に回復しているんだと思うわ。そのうちいつもみたいに元気な姿を見せてくれるわよ。まああまり深く考えずに、見守っててあげましょ」と優しく応えてくれた。
 そして、事件は起こった。
 ある日の夜、アルバイトで遅くなった彩花が家に帰ると、リビングの方から異臭がした。それはとても血生臭かった。
「もうお母さん、どんだけエグい魚捌いてるの」
 ふふふ、と笑いながらリビングの扉を開ける。彩花はその光景を見た瞬間青ざめる。エグい魚を捌いていた方がどれだけ良かったか。
 リビングは一面血の海になっていた。一歩足を踏み込むと、グチュっと足の裏に気持ち悪い感触が伝わる。見下げると、それは腹を裂かれはらわたが飛び出た父だった。父のはらわたを踏んでいたのだ。
 呆然と父を見下ろしていると、部屋の隅の辺りでしゃがみ込んでいる彰に気付いた。彩花は彰の肩をポンと叩く。振り向いた彰を見て、「きゃあっ!」と声を上げ彩花は尻餅をついた。額部分から一本の角が伸びていた。口の中には牙が生え、爪も鋭く尖っている。どうやらその爪で両親を切り裂いたらしい。母を貪るように喰っていた彰の口からは血が滴っていた。彰の面影は残っているが、これは彩花の知っている彰ではない。その見た目は、本やテレビで見た鬼そのものだった。
 彰は母を食べるのをやめ、床に叩きつける。すると、腰を抜かして動くことのできない彩花に近付き、そのまま彩花の肩を掴む。そして、彩花を喰おうと大口を開ける。その瞬間、彩花に中にこれまでの家族との思い出が流れ込んできた。
 これが走馬灯ってやつか。あたしはここで死ぬんだ。短い人生だったな。生まれ変わったらまたお兄ちゃんの妹になりたいな。
 彩花は力の限り目をつぶり泣きながら覚悟を決めたが、一向に襲ってくる気配はない。恐る恐る目を開けると、そこには角もなければ牙もない。そして爪も普通のいつもの彰が彩花を見つめていた。
「お兄ちゃん? ねえ、貴方はあたしのお兄ちゃんなの?」
「さい……か……。……っ!」
 彰は突然頭を抱えその場でのたうち回る。
「お兄ちゃん! しっかりして! お兄ちゃん!」
 苦しむ彰の背中をさすりながら呼びかける彩花。だがそれも虚しく、起き上がった彰は先ほどの鬼のような見た目に戻っていた。彰はそのまま彩花を押しのけ、家を飛び出していく。
「待って!」と叫びながら彩花も家を飛び出し彰の後を追って行った。
 彰の後を追いどのくらい走っただろうか。一回辺りの暗さも相まって見失ってしまったが、階段を駆け上がっていく彰の姿が見えた。あの上には神社がある。もしかするとそこにいるのだろう。兄を鬼に変えた憎き相手が。
 階段を登りきると、そこには淡い光を放つ玉のようなものが浮いていた。彰はそれに触れようと手を伸ばす。
「お兄ちゃん、行かないで!」
 彩花がそんな彰に手を伸ばしたその時、光の玉の中から何者かの手が現れ、彩花はその手に押され階段から転げ落ちてしまう。彩花を突き落とした手は、彼女を助けに行こうとする彰を無理矢理玉の中に引きずり込んだ。

 ざわざわと人が話す声が聞こえる。誰かが自分を見ながら話をしているみたいだ。
 彩花は起き上がろうとするが、ズキッと頭に痛みが走る。階段から転げ落ちた衝撃で頭を打ったのだ。
 薄っすらと目を開けると、複数の着物を着た人が彩花の周りを囲っている。
 明るさ的に昼近い時間だし、親戚同士で集まって新年の挨拶でもしてるのかな? あれ? 今って冬だったっけ? それに、まだ夜じゃなかった?
 そんなことを考えているうちに、意識は朦朧とし、彩花はそのまま気絶してしまう。

 蒼天殿そうてんでん
 文机ふづくえに向かう二人の男がいた。書き物をする者と、それを横から補佐する者。
「そういえば、城下町を歩いている時、美味しそうな菓子屋を見つけてね。つい買いすぎちゃったんだ。ちょっと休憩にしようか」
 鷹司鈴音たかつかさりんねが菓子の箱を見せながら、横にいる近衛金時このえかねときに提案する。だが、
「またお前は一人で出歩いたのか。自分の立場をわきまえろと何度も……。まあいい。その文机の上にある物が全て片付いたらな」
「ねえ、休憩の意味分かってる?」
 書類の量を見てため息をつきながら文句を言う鈴音と、そんな鈴音を見てため息をつく金時。仕方なく仕事に取り掛かり始めると、一人の男が息を切らしながら部屋に入ってきた。
「どうした徳茂とくしげ騒々そうぞうしい。何か事件か?」
「はい。民からの情報によりますと、どうやら城下町に奇妙な服装の女が現れたようでして……」
「はあ……。鬼を倒し平和になったと思ったが、厄介ごとが絶えないなこの町は。俺が行こう。お前はこいつが出歩かないように見張っていてくれ」
 はっ、と大きな声で答えると、鈴音をじっと見つめ、監視を始めた。
「そんなに見られると捗るものも捗らないよ」
「最初から捗っていなかったじゃないか。そうだ、監視だけというのも疲れるだろう。いい菓子がある。食べるといい」
 そう言って差し出したのは、鈴音が菓子屋で買ってきた菓子だった。
「ちょっと、それ僕が買ってきたや……」
「ちょうどお腹が空いていたんです。ありがたく頂戴いたします」と、徳茂はバクバクと食べ始める。
「お前の食べっぷりはいつ見ても気持ちがいい。では、頼んだぞ」
 ははは、と金時は笑いながら部屋を出て行った。
 一箱目をペロリと平らげ、二箱目に手を伸ばそうとした時、
「美味しそうに食べてること悪いけど、それ僕が買ってきたんだよ?」と鈴音が指摘する。
「さすが鈴音さま。物を見る目がおありだ。お一つどうぞ」
「ん? ああ、ありがとう……」
 僕が買ってきたんだけどな、とモヤモヤしたものを抱えながら、徳茂に差し出された菓子を一つ受け取り口に運んだ。

 城下町。
「話によるとこの辺りのはずだが……」
 金時は、徳茂が言っていた奇妙な服装の女を探しに辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていた。しばらく歩いていると、人だかりが見えてきた。
「あそこのようだな」
 金時は駆け足でそこに近寄る。
 失礼、と人を掻き分け人だかりの中に入ると、徳茂からの報告通りの奇妙な服装の女が倒れていた。それは制服を着た彩花だった。
「なんなんだ。このヒラヒラとした短い着物は……」
 スカートをめくったりしてみる。
「ん? 奥にも何か履いているのか。あの小さい布は……」
 その瞬間、スカートをバッと下ろし、綺麗に整え始めた。
「金時さま、どうなさったのですか?」と一人の男が問う。
「いや何、何故だか分からんが、これは見てはいけないもののような気がしてな」
 そう答えながら彩花を抱き上げると、蒼天殿に向かい歩き始めた。
「その娘を連れてどこに行くのですか?」
「蒼天殿だよ」
「どうして? もしかしたらそいつは鬼の生き残りかもしれないのに」
「この娘は普通の人間だよ。よく見てみろ。角が生えていないだろう? それに、鬼は日の光に弱い。彼女がもし鬼だったら、今頃灰になって消えているよ」
 なるほど、と野次馬達は納得する。

 蒼天殿。
 金時が戻ると、鈴音が座布団を枕代わりにして眠っていた。
 またこいつは仕事の途中で……、と呆れながら文机を覗き込む。
 書類の山は全て片付いていた。あの量をこんな短時間でやってのけたのだ。さぞ疲れていることだろう。
 もう少し寝させてやるか、と考えていると、パタパタと誰かが廊下を歩く足音が聞こえてきた。その音が近付いてきたかと思うと、現れたのは徳茂だった。徳茂は金時の顔を見た後、彩花に視線を移す。
「おかえりなさい金時さま。おや、その娘は? もしかして、眠らせて無理矢理? これは事件ですよ。鈴音さま、起きてください。鈴音さまあ!」
「違う。待て徳茂、早まるな。これはお前が……」
 金時は彩花を連れてきた経緯を話そうとしたが、聞く耳を持たない徳茂は鈴音を揺すり起こそうとする。しばらく揺すっていると、んあっ、という声を上げながら起き上がった。
「僕は今疲れてるんだから。もうちょっと寝させてよ」と欠伸あくびをしながら訴える。
「寝てる場合ではありませんよ。金時さまが娘を眠らせて無理矢理……」
 意識が完全に覚醒した鈴音が金時の方を見やる。彩花は金時の腕の中でぐったりとしている。確かにはたから見れば、誤解されてもおかしくない光景だろう。
「君がそんな人だとは思わなかったよ」
「だから違うと言っているだろう。この娘は徳茂が言っていた奇妙な服装の女だ」
 えっ、と徳茂が小さく声を上げる。
「見る限り、普通の人間のようだったから連れてきた。だが、俺達にとって害のある存在ならすぐ始末するつもりだ。俺がずっと監視していよう」
「うん。よろしく頼むよ。とにかく、まずはこの子を楽な体勢にさせてあげないとね。徳茂、布団を用意してくれる?」
 はっ、と徳茂は勢いよく部屋を出て行った。鈴音と金時もそれに続く。
「金時」
「なんだ?」
「もしこの子が僕達の敵だった場合、少しでもそういう素振りを見せたらすぐ斬れ。いいね?」
「ああ、分かっている。それにしても、お前は本当に悪に対して容赦がないよな」
「悪を野放しにしたら民が犠牲になる。それが僕は耐えられないんだ。そうならない為にも、悪はすぐ殺すべきなんだ。民の命は尊いものだけど、悪人の命には価値なんてない。当たり前でしょ?」
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