ツンデレ神官は一途な勇者に溺愛される

抹茶

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3.宿場町と司祭

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 次の朝、俺とマイロは夜明けとともに目を覚ました。
 マイロは俺よりも少し早く起きて、せっせと簡易キャンプを片付けていた。

「おはようございます、勇者様」

 ふんわりしたマイロの笑顔と、落ち着いた声に癒される。一緒に旅をすれば毎日これが聞けるのかと思うと、街についてしまうのが名残惜しかった。死の呪いがなかったら寄り道したのに。

「果物を取ってまいりました。どうぞ」
「いいのか? ありがとう」

 マイロは上着の裾をまくりあげて、果物をそこに載せている。その中から半分以上を取って、こちらに差し出した。俺が寝ている間に集めてきたのだろう。

 久々の甘い匂いに俺の腹がぐう、と鳴る。その音を聞いて、マイロが控えめに笑った。惚れ惚れするかわいさだ。
 
 この短い間に、俺はすっかりマイロに魅了されていた。
 かなり本気で旅に連れて行きたい。

「はぁ……好きだ……」
「私も好きです」
「エッ!?」
「この辺りの果物は甘いですから」

 ガクッと崩れ落ちる。マイロは果物のことだと思って返事したようだ。
 食事を終えたら、すぐにキャンプ地を離れた。呪いの進行状況もわからない以上、あまりのんびりもしていられない。


 マイロの先導で森を歩くと、半日ほどで人里が見えてきた。迷いながらも俺はちゃんと町の近くまで来ていたらしい。

 そう広くない町だった。
 ここからさらに2、3日歩いた先に、大きな城下町がある。この町には、その城下町に向かう旅商人たちが経由地として宿泊するので、宿屋が栄えている。
 森で迷ってこんなことになったが、もとは俺もこの町を経由するつもりで目指していた。

 並んで町の中を歩きながら、目的地である教会をマイロが指し示す。

「あれが私の所属する教会です」
「へえ。なかなか立派じゃないか」

 高台の上に、立派な尖塔を持った教会が建てられていた。宿屋の経営で町全体が儲かっているためか、この規模の町に置くには立派な教会だ。

「司祭様は呪いの専門家として有名なんです。司祭様のおかげで、この村の孤児は暮らしていけるんですよ。私も、よくしてもらいました」

 よくしてもらったと言うわりに、マイロの表情は心なしか固かった。
 歴史を持つ教会には、事情もいろいろあるのだろう。あえて深くは聞かないでおいた。

 教会の近くまで行くと、子供たちが悲壮な表情で駆け回っていた。
 彼らはマイロの顔を見ると、泣きながら飛びついてくる。

「マイロにいちゃん!」
「えーん! よかった!」
「心配かけてごめんな」

 マイロもうっすらと涙を浮かべてながら、子供たちを撫でた。
 順に再会を喜び合ったあとに、子供のうちの1人が俺を指差した。

「お兄ちゃんはマイロにいちゃんの友達?」
「ああ、友達だ。さっき会ったばっかだけどな」

 マイロが可愛らしくはにかんだ。

「この方は私の命の恩人であり、世界をお救いになる勇者様だよ。お友達だなんて、畏れ多い……」
「そんな寂しいこと言うなよ」

 そういう距離のとられかたには慣れてきているが、マイロとはもっとお近づきになりたいので、できればやめてもらいたい。

「たまたま友達が勇者だったってだけだろ? そんなに気負うことないって」
「そういうものですか?」

 マイロが照れ臭そうにもじもじする。
 勇者がどうというより、世間知らずなのか。俺も似たようなものだが。
 今後はたまたま好きになった相手が勇者だったりするかもしれないし、マイロには今のうちから慣れておいてほしいものだ。


 外で立ち話をしていると、教会の扉を開けて、重厚なカソックを身につけた老人が出てきた。

「マイロ! 心配しておったぞ!」
「申し訳ありません、司祭様」
「よいよい。無事でなによりじゃ」

 嬉しそうに抱き合う2人は、まるで祖父と孫のようだった。

「お前がデーモンに拐われたときは、どうなることかと思ったぞ」
「拐われた?」

 マイロが森の中で縛られていたのは、そういう事情だったのか。
 俺はつい話に口を挟んでしまい、この場にいる皆の視線をあつめてしまう。慌てて自己紹介する。

「すみません。俺はルカっていいます」

 手を差し出して、司祭と握手をした。マイロが追加で俺を紹介してくれる。

「司教様、この方がデーモンの群れから私を助けてくださったのです」
「なんと。ありがとうございます。マイロが拐われてから総出で探していたのですが、どうしても群れの位置を特定できず、手詰まりだったのです。あなたはこの教会の恩人です」
「そんな。たまたまですよ」

 改めて、あそこでマイロと出会えてよかったと思う。
 しかし偉い人に頭を下げられるのは居心地が悪いので、遠慮したい。

「そんなことより、どうしてマイロがデーモンに拐われたんですか?」
「はっきりとはわかりませんが、おそらく私を狙ってのことだと」

 司教の顔に影がかかる。

「司祭様を?」
「はい。私はこれまで、冒険者とともに、この町でデーモンの襲撃を退けてまいりました。
 しかし最近、森を抜けた辺りにあるダンジョンに、アークデーモンという魔物が現れたようでして。
 上級悪魔であるアークデーモンは狡猾です。今回の件も奴の作戦でしょう。強い私でなく、若い神官を狙うのです」

 俺に対して説明したあとに、司祭は険しい表情でマイロに向き直る。

「マイロ。もう二度と1人きりで森に入ってはいかんぞ。よいな」
「はい。もういたしません」

 マイロが深く頭を下げると、反省しているのが伝わったのか、司祭もそれ以上は言わなかった。
 再び頭を上げたマイロは、深刻な顔で司教のほうに一歩近づく。

「司祭様。急ぎで見ていただきたいことが。こちらの方が私を助けてくださったときに、デーモンの呪いを受けてしまわれたのです」
「それは大変だ! すぐに見ましょう」

 司祭が顔色を変えた。俺が思う以上に緊急事態だったらしい。
 
「マイロは、部屋に戻っていなさい」
「はい、司祭様」

 俺は名残惜しくて、部屋から出て行くマイロの背中をつい目で追ってしまう。
 これでしばらくは会えないかもしれない。せめてもう一度、話をしておけばよかった。



 質素ながらもステンドグラスで飾られた教会堂を抜け、俺と司祭はその奥にある司祭の部屋に入った。
 背の高い本棚で埋まった壁を背景に、俺は上半身を脱いで、司祭に呪いのあざを見せた。

「ふむ」

 司祭はあざをしばらく観察したあと、本棚からいくつか本を取り出す。資料を見比べながら、丁寧に調べてくれているようだ。
 俺は手持ち無沙汰だったので、服を着直して、手近な椅子に座る。読めもしない本棚の背表紙を眺めながら、大人しく待っていた。

「ふむ。大体わかりました」

 司教の呟きに、俺は立ち上がる。

「えっ! なんなんですか?」
「これは少しずつ生命力を奪って、宿主を死に至らしめるものですな。呪いを解くには、魔力のもとであるアークデーモンを倒すしかありません」
「なるほど。わかりました」

 剣で解決できるなら話が早い。そのアークデーモンとやらをサクッと倒してしまえばいいだけだ。
 安請け合いしようとする俺を、司祭が慌てて止めた。

「お待ちください。アークデーモンはずる賢いだけでなく、魔法も使える手強い魔物です。
 ダンジョンに着くまでも徒歩で数日かかります。その道のりにも多くの魔物が待ち受けているでしょう」
「大丈夫。腕には自信があります」

 司祭は確かめるように、俺の顔と、腰に差した剣をじっと見つめる。品定めするような、妙な視線だ。

「もしやあなたは……」
「どうかしましたか?」
「いえ、失礼。マイロを拐ったデーモンたちを1人で退けたあなた様なら、アークデーモンも倒せるやもしれません」

 悟ったような口調で司祭が語る。
 もしかしてこの人も、俺が勇者だと見抜いたのだろうか。マイロが言うほど優秀かどうかはまだわからないが、どうやら人を見る目はあるようだ。

「しかし、このままではダンジョンにたどり着く前に、呪いの効果であなた様は命を落としてしまうでしょう」
「え!?」

 それは、腕っぷしで解決できない。
 
「どうにかならないんですか?」
「死期を引き延ばす方法ならばありますが……必ず秘密を守ると、約束していただけますか」

 司教が、俺にぐっと顔を近づけた。
 内緒話がしたいようだ。少し怖気付いたが、呪いで死にたくはない。
 俺は意を決して、頷いた。

「もちろんです」
「ではお教えしますが……年若い聖職者と、身体的に繋がり、生命力を分け与えられることで、呪いの進行を遅らせるという方法があります」
「身体的に繋がる?」

 この言葉でなんとなく察する者もいるだろうが、童貞の俺はその意味をすぐには理解できなかった。
 司教は俺に、さらに小さい声で耳打ちする。

「いわゆる性行為ですな」
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