6 / 17
6.買い物デート
しおりを挟む
翌朝は快晴だった。
旅立ちには良い天気だが、俺の心は微妙に晴れないままだ。
昨夜のことでマイロが深く傷ついていたらと思うと、なかなかじっとしていられない。
せめて道中はかっこよくいたいと、朝の鍛錬にはいつもより励んだ。
身支度を終えて、時間通りに部屋を出ると、丁度マイロが来て、受付で手続きをしているところだった。
今日は地味めの色合いで、軽そうな生地の法衣を着ている。動きやすそうな格好だ。マイロによく似合っていた。
まだ一緒に旅をしてくれるつもりだとわかり、ひとまずほっとする。
「おはよう。チェックアウトまでしてくれたんだ。悪いね」
「構いませんよ。この町の勝手は、私のほうがわかっていますから」
マイロは礼儀的に微笑むが、すぐにそっぽを向いてしまう。
「この後のご予定は? すぐに出発してもよろしいですか?」
「ちょっと待って。買い物がしたい。昨日は寝ちゃったから、まだしてないんだ」
宿に案内されたあと、本来なら一度外に出て準備をしたかったのだが、すぐに眠ってしまったのだ。
マイロは嫌な顔ひとつせず、俺の買い物に付き合うことを了承した。
朝の市場は、夜よりも賑わっている。田舎育ちの俺は、生まれて初めて人混みに揉まれるという経験をした。
思ったよりもうまく歩けないし、どこに店があるのかもよく見えない。それに、人間が集まるとこんなにむしむしと熱くなるなんて知らなかった。
「大丈夫ですか?」
「うん……いや、駄目かも」
「こちらです」
マイロが、俺の手を取る。
手袋に包まれてはいるが、自分ではない生き物の感覚が伝わってきてドキッとした。
手を繋いで歩けるのは嬉しいが、これでは俺がエスコートされている。重ね重ねカッコつかない。
マイロにはずっと、こんなところばかり見られているように思う。頼りない勇者でごめんな。
自分より華奢な相手に手を引かれながら、なんとか冒険者向けの道具屋にたどり着いた。市場の一角にある露天商で、マイロの案内がなければ絶対に見つけられなかっただろう。
俺は荷物から、倒した魔物から剥ぎ取ったアイテムを取り出す。換金できるものを売り払い、必要なものを買った。
道具屋のおじさんが、人好きのする笑顔で商品を渡してくれる。
「こんなにたくさん魔物の品が手に入るのは久しぶりだ。お兄さん、強いね」
「いえいえ。遭難してたもので……」
「遭難? こんな町の近くで?」
「いやあ、ハハハ」
実は近道しようとして森に入っちゃったんですよ、なんてどう説明しようと考えてしまい、上手く言葉が繋がらない。
交易が少ない村で育ったので、見知らぬ他人と話すのは苦手なのだ。マイロは不思議と大丈夫だったのだけど。
へどもどする俺に気を遣って、マイロが助け船を出してくれる。
「これだけ量があるのだから、多少は色をつけてくれてもよいのでは」
道具屋が、マイロの顔を見て口笛を吹く。
「なんだマイロちゃんじゃねえか。これは、別嬪になったな」
「男に別嬪はおかしいですよ」
「いやいや。マイロちゃんはチビの頃は、そりゃあもう可愛かったからさ。ここで買い物するってことは、冒険に出ようとしてるんだろ?」
「はい。彼の付き添いですが」
「かわいい顔でも、ちゃんと男の子だったんだなぁ」
マイロのむっとしたので、お調子者の道具屋が言葉を止めた。
俺は棒立ちして、マイロは怒った顔も可愛いなどと思っていた。
「ごめんよ。ほら、オマケだ。これで許してくれ」
「ありがとうございます」
道具屋からお金を受け取って、マイロが俺に渡してくれた。
買い物に関しては、なにからなにまでやってもらっている。マイロがしっかりしていて本当に助かった。
道具屋の用事が済んだら、次は装備屋に向かう。
マイロのおかげで少し多めに収入が得られたので、装備も新調したい。
運良く、装備屋のほうは客がまばらだった。落ち着いて買い物ができそうでほっとする。
ガラス張りのドアを開けると、古めかしいドアベルが鳴った。気難しそうなスキンヘッドの店主が、カウンターから出てくる。
「いらっしゃい。旅の方かな」
「はい。手頃な剣と、盾があれば欲しいんですが」
「それならこっちだよ」
装備屋が裏から剣と盾を出してきて、カウンターに並べる。手が出せる値段ではないが、見たこともない武器がたくさんあってワクワクした。
「これ、何でできてるんだろ」
「鋼だよ。値段はするが、いい素材だ」
「こっちは……軽い!」
「それは特別な鉱石を使っていて、非常に軽いが頑丈な造りになっている。振ってみるか?」
「いいんですか!」
その後も店主にいろいろと出してもらっては、それにまつわる話で盛り上がってしまった。
武器マニアの店主と意気投合し、かなり安値でいい剣を売ってもらった。次にこの町に来るときは、真っ先にこの店に素材を売りに来ようと思う。
満足して振り返ると、手持ち無沙汰に立っているマイロが視界に入った。
武器トークに夢中になって、連れがいることを忘れていた。
「マイロ、ごめん!」
マイロはレンガ造りの商店街をぼんやりと眺めていた。
その視線の先には、パン屋がある。煙突からはもくもくと煙が上がっていて、今も営業中のようだ。
小麦色の看板を見て、俺も腹が減っていたことに気がつく。いつの間にか太陽は高く昇りきって、昼になっている。
マイロには待たされて気を悪くした様子はない。むしろ、パン屋を見て機嫌が良くなっているように見える。
「お待たせ。お昼にしようか」
「そうですね」
「向かいのパン屋さんでいい?」
「構いません」
連れ立って店を出た。その足で、向かいにあるパン屋に入る。
明るい雰囲気の良い店だ。店内にテーブルがあったので、ありがたくここで食べさせてもらうことにした。
「このお店のパンは美味しいんですよ」
「へえ、そうなんだ。マイロはどのパンが好きなの?」
「そうですね……これと、これも美味しいですよ」
俺はマイロが示したパンを、ぽんぽんバスケットに入れた。
必要な買い物は安く済んだので、マイロに好きなパンをたくさん買ってあげたい。散々世話になってしまったお礼だ。
それに俺もマイロが好きなものを知りたいし、食べてみたい。
子供みたいな買い物のしかたに、マイロがぷっと吹き出した。
「そんなに食べられませんよ」
「そう? このくらい普通じゃない?」
「ルカ様は育ち盛りなんですね」
「子供じゃないぞ」
「ふふ。すみません」
今日初めて、笑顔を見せてくれた。
マイロが楽しそうで、俺も嬉しい。パン屋に寄ってみてよかった。
今から食べる昼食のついでに、食糧として日持ちするパンを2日分ほど買ったら、かなりの量になってしまった。
カウンターで、パン屋のおばさんが豪快に笑った。
「マイロちゃん、こんなに食べられるのかい?」
店主は気安い雰囲気だ。マイロはここの常連らしい。
マイロが笑いを堪えながら、俺のほうをちらっと見る。
「こちらの方が召し上がるそうなので、大丈夫ですよ」
「ふふ。あれはいいのかい?」
「あ、あれは……大丈夫です」
おばさんがからかうような言い方でマイロに尋ねると、マイロが照れて赤くなった。
「あれ? あれってなに?」
気になって俺が尋ね返すと、おばさんがカウンターの端にある小さなカゴを指差した。
カゴの中には、袋詰めのクッキーがたっぷりと詰まっている。
「干し葡萄と胡桃のクッキーだよ」
「へえ。美味しそうだ」
カゴに近づいてみれば、甘い干し葡萄の香りと、焼き菓子の香ばしい匂いがした。こんな贅沢な菓子は俺の村にはなかったので、初めて見る。
「マイロちゃん、大好きだろう? お兄さんにおねだりしてみたらどいうだい」
「へ、変なことを言わないでください!」
マイロが首をぶんぶん横に振る。
「ルカ様。子供の頃の話です。真に受けないでくださいね」
「いや、ひとつください」
「えっ」
「美味いんだろ? 俺も食べてみたい」
カゴから袋をひとつ取り出して、会計に加えてもらう。まいどあり、とおばさんが景気よく笑った。
たくさんのパンと、一袋のクッキーを持ってテーブルにつく。思いがけない太客に、おばさんは窓から外が見える広い席をくれた。
なんだかんだで町に着いてから食事の機会を逃していた。宿で眠りこける前に、干し肉をつまんだのが最後だ。
焼きたてのパンにかぶりつく。
「ん、うまい!」
「ふふ」
俺の食べっぷりを見て、マイロが満足げに笑った。自分は、甘いパンをちぎりながら上品に食べている。
腹が減っていた俺は、山盛りのパンをペロッと平らげてしまった。
「本当に育ち盛りみたいですね」
「まあね。もうすぐ二十歳だけど、実はまだ身長伸びてるんだ」
「それは羨ましいです。私はもうだいぶ前に止まってしまいました」
「それでも高いほうだろ?」
「この町の平均くらいはありますが」
「俺はそれくらいが好きだよ」
「そうですか」
ちょっとだけアピールしてみたが、すげなくかわされた。
少しずつ仲良くなってきてはいる気がするが、なかなか難攻不落だ。
ちょっと気まずくなったタイミングで、店主のおばさんがサービスでお茶を持ってきてくれた。
「よかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
俺とマイロが揃ってお礼を言った。
その間、マイロがの目がちらちらとクッキー袋に向いていた。食事をしているときもそうだったが、気を遣って遠慮しているらしい。
目の前に座っていて、気づかないはずがないのだが、本人はバレていないつもりのようだ。
「マイロ。クッキー食べてもいいよ」
「!」
ピンクゴールドの瞳が、きらりと輝く。パンも甘いものを食べていたし、マイロは甘い味が好きなのだろう。
「しかしクッキーは保存食にもなりますし、今食べてしまうのも……」
目は明らかに食べたいと訴えているのに躊躇っているようだったので、俺が先にクッキー袋を開けた。
干し葡萄と胡桃のクッキーをひとつつまむ。
「俺ももらおうっと。どんな味かな」
サクッとした軽い歯応えとともに、口の中に優しい甘さが広がる。甘酸っぱい干し葡萄と、香ばしい胡桃の食感がいいアクセントになっていた。贅沢な味で、めちゃくちゃ美味しい。
「こんな美味い菓子、初めて食べた!」
「そうですよね! ここのクッキーは絶品で……んん!」
マイロが興奮気味に言いかけて、咳払いで言葉を切った。
「マイロも食べなよ」
「私はいいです。清貧な神官ですので」
自分で言うか、と笑いそうになるのを堪えた。本人は真剣なのだ。
「でも、俺だけ食べるなんて悪いよ」
「……じゃあ、少しだけ」
マイロがクッキー袋に手を出す。どう見ても嬉しそうなんだが、清貧はどこに行ったのか。
一口かじって、マイロがふんわりと笑った。今まで見た中で、最も自然な笑顔だ。かわいすぎて、俺のほうが身悶えしてしまう。背景に花が咲いて見える。
口の端に食べかすを付けて、マイロがきょとんとこちらを見る。
「どうかしましたか?」
「いや、どうぞ続けて」
一度食べてしまったせいで自制心が崩れたのか、マイロは迷いなくぱくぱくと口にクッキーを運ぶ。
上品な仕草と、減るペースの早さのギャップが見ていて面白かった。
最後の1枚になってしまい、マイロがちらっと俺のほうを見る。まだ口の端に食べかすがついている。
どうぞ、とジェスチャーで促すと、マイロはすぐに手を伸ばして、ぱくっと食べた。全然遠慮がなくて笑ってしまう。
「はっ! すみません! 私は」
「いや、いいよ。美味しそうに食べるから、俺もお腹いっぱいになった」
「お恥ずかしいところを……」
手を伸ばして、マイロの口に付いた食べかすを取ってやる。そのままひょい、と自分の口に入れた。俺はこれで十分だ。
「付いてたよ……って、あれ? 大丈夫?」
マイロが真っ赤になって、口をぱくぱくさせている。クッキーはもうないのだが、エサを待つ鯉みたいで面白い。
「る、る、ルカ様。そういったことは」
「え、なに? ごめん」
嫌なことをしてしまっただろうか。口に付いたクッキーくらい自分で取れるから、子供扱いするなということか。
身体が勝手に動いてしまっただけで、そんなつもりは無かったのだけれど。
マイロはまた小さく咳払いした。困ったときの癖みたいだ。
「コホン。なんでもありません」
「そう? ならいいけど」
フォローになるかはわからないが、俺は言葉を続けた。
「クッキーが好きなのも、別に子供っぽくなんかないよ。
俺が住んでた村の神官様も甘いものが好きだったけど、頭を使う仕事をするには甘いものが必要だって、いつも言ってたし」
急に話が変わったせいか、マイロが首を傾げる。
「だから、えっと。マイロはいっぱい勉強してるみたいだし、甘いものが好きでも全然変じゃないよ。むしろ、すごい頑張ってるってことだろ。俺は勉強とかできないから、尊敬する」
「そんな大層なものでは……」
謙遜しながらも、頬は照れ臭そうにふにゃっと笑っている。
今回は信じてもらえたようだ。こうやって少しずつ、俺がマイロを好きだって伝えていけたらいいな。
マイロが優しげに目を細めた。
「ルカ様こそ、たくさん剣の鍛錬をされてきたのでしょう。魔法だって、上手く使うには大変な修行がいるはず。すごく頑張っているのは、ルカ様のほうです。あんなに強くて、かっこいいです」
「マイロ……」
俺は勇者だから頑張るのは当然だ。強くならないと、自分が死んでしまうし。剣の修行も半分は趣味みたいなものだ。褒められるようなことはしていない。
それでも、素直な言葉で努力を認めてもらえるのは嬉しかった。マイロも、ちゃんと俺を見てくれていたのだと思うと、満たされた気持ちになる。
やっぱりマイロが好きだ。ずっと一緒にいたい。心の中で再確認した。
旅立ちには良い天気だが、俺の心は微妙に晴れないままだ。
昨夜のことでマイロが深く傷ついていたらと思うと、なかなかじっとしていられない。
せめて道中はかっこよくいたいと、朝の鍛錬にはいつもより励んだ。
身支度を終えて、時間通りに部屋を出ると、丁度マイロが来て、受付で手続きをしているところだった。
今日は地味めの色合いで、軽そうな生地の法衣を着ている。動きやすそうな格好だ。マイロによく似合っていた。
まだ一緒に旅をしてくれるつもりだとわかり、ひとまずほっとする。
「おはよう。チェックアウトまでしてくれたんだ。悪いね」
「構いませんよ。この町の勝手は、私のほうがわかっていますから」
マイロは礼儀的に微笑むが、すぐにそっぽを向いてしまう。
「この後のご予定は? すぐに出発してもよろしいですか?」
「ちょっと待って。買い物がしたい。昨日は寝ちゃったから、まだしてないんだ」
宿に案内されたあと、本来なら一度外に出て準備をしたかったのだが、すぐに眠ってしまったのだ。
マイロは嫌な顔ひとつせず、俺の買い物に付き合うことを了承した。
朝の市場は、夜よりも賑わっている。田舎育ちの俺は、生まれて初めて人混みに揉まれるという経験をした。
思ったよりもうまく歩けないし、どこに店があるのかもよく見えない。それに、人間が集まるとこんなにむしむしと熱くなるなんて知らなかった。
「大丈夫ですか?」
「うん……いや、駄目かも」
「こちらです」
マイロが、俺の手を取る。
手袋に包まれてはいるが、自分ではない生き物の感覚が伝わってきてドキッとした。
手を繋いで歩けるのは嬉しいが、これでは俺がエスコートされている。重ね重ねカッコつかない。
マイロにはずっと、こんなところばかり見られているように思う。頼りない勇者でごめんな。
自分より華奢な相手に手を引かれながら、なんとか冒険者向けの道具屋にたどり着いた。市場の一角にある露天商で、マイロの案内がなければ絶対に見つけられなかっただろう。
俺は荷物から、倒した魔物から剥ぎ取ったアイテムを取り出す。換金できるものを売り払い、必要なものを買った。
道具屋のおじさんが、人好きのする笑顔で商品を渡してくれる。
「こんなにたくさん魔物の品が手に入るのは久しぶりだ。お兄さん、強いね」
「いえいえ。遭難してたもので……」
「遭難? こんな町の近くで?」
「いやあ、ハハハ」
実は近道しようとして森に入っちゃったんですよ、なんてどう説明しようと考えてしまい、上手く言葉が繋がらない。
交易が少ない村で育ったので、見知らぬ他人と話すのは苦手なのだ。マイロは不思議と大丈夫だったのだけど。
へどもどする俺に気を遣って、マイロが助け船を出してくれる。
「これだけ量があるのだから、多少は色をつけてくれてもよいのでは」
道具屋が、マイロの顔を見て口笛を吹く。
「なんだマイロちゃんじゃねえか。これは、別嬪になったな」
「男に別嬪はおかしいですよ」
「いやいや。マイロちゃんはチビの頃は、そりゃあもう可愛かったからさ。ここで買い物するってことは、冒険に出ようとしてるんだろ?」
「はい。彼の付き添いですが」
「かわいい顔でも、ちゃんと男の子だったんだなぁ」
マイロのむっとしたので、お調子者の道具屋が言葉を止めた。
俺は棒立ちして、マイロは怒った顔も可愛いなどと思っていた。
「ごめんよ。ほら、オマケだ。これで許してくれ」
「ありがとうございます」
道具屋からお金を受け取って、マイロが俺に渡してくれた。
買い物に関しては、なにからなにまでやってもらっている。マイロがしっかりしていて本当に助かった。
道具屋の用事が済んだら、次は装備屋に向かう。
マイロのおかげで少し多めに収入が得られたので、装備も新調したい。
運良く、装備屋のほうは客がまばらだった。落ち着いて買い物ができそうでほっとする。
ガラス張りのドアを開けると、古めかしいドアベルが鳴った。気難しそうなスキンヘッドの店主が、カウンターから出てくる。
「いらっしゃい。旅の方かな」
「はい。手頃な剣と、盾があれば欲しいんですが」
「それならこっちだよ」
装備屋が裏から剣と盾を出してきて、カウンターに並べる。手が出せる値段ではないが、見たこともない武器がたくさんあってワクワクした。
「これ、何でできてるんだろ」
「鋼だよ。値段はするが、いい素材だ」
「こっちは……軽い!」
「それは特別な鉱石を使っていて、非常に軽いが頑丈な造りになっている。振ってみるか?」
「いいんですか!」
その後も店主にいろいろと出してもらっては、それにまつわる話で盛り上がってしまった。
武器マニアの店主と意気投合し、かなり安値でいい剣を売ってもらった。次にこの町に来るときは、真っ先にこの店に素材を売りに来ようと思う。
満足して振り返ると、手持ち無沙汰に立っているマイロが視界に入った。
武器トークに夢中になって、連れがいることを忘れていた。
「マイロ、ごめん!」
マイロはレンガ造りの商店街をぼんやりと眺めていた。
その視線の先には、パン屋がある。煙突からはもくもくと煙が上がっていて、今も営業中のようだ。
小麦色の看板を見て、俺も腹が減っていたことに気がつく。いつの間にか太陽は高く昇りきって、昼になっている。
マイロには待たされて気を悪くした様子はない。むしろ、パン屋を見て機嫌が良くなっているように見える。
「お待たせ。お昼にしようか」
「そうですね」
「向かいのパン屋さんでいい?」
「構いません」
連れ立って店を出た。その足で、向かいにあるパン屋に入る。
明るい雰囲気の良い店だ。店内にテーブルがあったので、ありがたくここで食べさせてもらうことにした。
「このお店のパンは美味しいんですよ」
「へえ、そうなんだ。マイロはどのパンが好きなの?」
「そうですね……これと、これも美味しいですよ」
俺はマイロが示したパンを、ぽんぽんバスケットに入れた。
必要な買い物は安く済んだので、マイロに好きなパンをたくさん買ってあげたい。散々世話になってしまったお礼だ。
それに俺もマイロが好きなものを知りたいし、食べてみたい。
子供みたいな買い物のしかたに、マイロがぷっと吹き出した。
「そんなに食べられませんよ」
「そう? このくらい普通じゃない?」
「ルカ様は育ち盛りなんですね」
「子供じゃないぞ」
「ふふ。すみません」
今日初めて、笑顔を見せてくれた。
マイロが楽しそうで、俺も嬉しい。パン屋に寄ってみてよかった。
今から食べる昼食のついでに、食糧として日持ちするパンを2日分ほど買ったら、かなりの量になってしまった。
カウンターで、パン屋のおばさんが豪快に笑った。
「マイロちゃん、こんなに食べられるのかい?」
店主は気安い雰囲気だ。マイロはここの常連らしい。
マイロが笑いを堪えながら、俺のほうをちらっと見る。
「こちらの方が召し上がるそうなので、大丈夫ですよ」
「ふふ。あれはいいのかい?」
「あ、あれは……大丈夫です」
おばさんがからかうような言い方でマイロに尋ねると、マイロが照れて赤くなった。
「あれ? あれってなに?」
気になって俺が尋ね返すと、おばさんがカウンターの端にある小さなカゴを指差した。
カゴの中には、袋詰めのクッキーがたっぷりと詰まっている。
「干し葡萄と胡桃のクッキーだよ」
「へえ。美味しそうだ」
カゴに近づいてみれば、甘い干し葡萄の香りと、焼き菓子の香ばしい匂いがした。こんな贅沢な菓子は俺の村にはなかったので、初めて見る。
「マイロちゃん、大好きだろう? お兄さんにおねだりしてみたらどいうだい」
「へ、変なことを言わないでください!」
マイロが首をぶんぶん横に振る。
「ルカ様。子供の頃の話です。真に受けないでくださいね」
「いや、ひとつください」
「えっ」
「美味いんだろ? 俺も食べてみたい」
カゴから袋をひとつ取り出して、会計に加えてもらう。まいどあり、とおばさんが景気よく笑った。
たくさんのパンと、一袋のクッキーを持ってテーブルにつく。思いがけない太客に、おばさんは窓から外が見える広い席をくれた。
なんだかんだで町に着いてから食事の機会を逃していた。宿で眠りこける前に、干し肉をつまんだのが最後だ。
焼きたてのパンにかぶりつく。
「ん、うまい!」
「ふふ」
俺の食べっぷりを見て、マイロが満足げに笑った。自分は、甘いパンをちぎりながら上品に食べている。
腹が減っていた俺は、山盛りのパンをペロッと平らげてしまった。
「本当に育ち盛りみたいですね」
「まあね。もうすぐ二十歳だけど、実はまだ身長伸びてるんだ」
「それは羨ましいです。私はもうだいぶ前に止まってしまいました」
「それでも高いほうだろ?」
「この町の平均くらいはありますが」
「俺はそれくらいが好きだよ」
「そうですか」
ちょっとだけアピールしてみたが、すげなくかわされた。
少しずつ仲良くなってきてはいる気がするが、なかなか難攻不落だ。
ちょっと気まずくなったタイミングで、店主のおばさんがサービスでお茶を持ってきてくれた。
「よかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
俺とマイロが揃ってお礼を言った。
その間、マイロがの目がちらちらとクッキー袋に向いていた。食事をしているときもそうだったが、気を遣って遠慮しているらしい。
目の前に座っていて、気づかないはずがないのだが、本人はバレていないつもりのようだ。
「マイロ。クッキー食べてもいいよ」
「!」
ピンクゴールドの瞳が、きらりと輝く。パンも甘いものを食べていたし、マイロは甘い味が好きなのだろう。
「しかしクッキーは保存食にもなりますし、今食べてしまうのも……」
目は明らかに食べたいと訴えているのに躊躇っているようだったので、俺が先にクッキー袋を開けた。
干し葡萄と胡桃のクッキーをひとつつまむ。
「俺ももらおうっと。どんな味かな」
サクッとした軽い歯応えとともに、口の中に優しい甘さが広がる。甘酸っぱい干し葡萄と、香ばしい胡桃の食感がいいアクセントになっていた。贅沢な味で、めちゃくちゃ美味しい。
「こんな美味い菓子、初めて食べた!」
「そうですよね! ここのクッキーは絶品で……んん!」
マイロが興奮気味に言いかけて、咳払いで言葉を切った。
「マイロも食べなよ」
「私はいいです。清貧な神官ですので」
自分で言うか、と笑いそうになるのを堪えた。本人は真剣なのだ。
「でも、俺だけ食べるなんて悪いよ」
「……じゃあ、少しだけ」
マイロがクッキー袋に手を出す。どう見ても嬉しそうなんだが、清貧はどこに行ったのか。
一口かじって、マイロがふんわりと笑った。今まで見た中で、最も自然な笑顔だ。かわいすぎて、俺のほうが身悶えしてしまう。背景に花が咲いて見える。
口の端に食べかすを付けて、マイロがきょとんとこちらを見る。
「どうかしましたか?」
「いや、どうぞ続けて」
一度食べてしまったせいで自制心が崩れたのか、マイロは迷いなくぱくぱくと口にクッキーを運ぶ。
上品な仕草と、減るペースの早さのギャップが見ていて面白かった。
最後の1枚になってしまい、マイロがちらっと俺のほうを見る。まだ口の端に食べかすがついている。
どうぞ、とジェスチャーで促すと、マイロはすぐに手を伸ばして、ぱくっと食べた。全然遠慮がなくて笑ってしまう。
「はっ! すみません! 私は」
「いや、いいよ。美味しそうに食べるから、俺もお腹いっぱいになった」
「お恥ずかしいところを……」
手を伸ばして、マイロの口に付いた食べかすを取ってやる。そのままひょい、と自分の口に入れた。俺はこれで十分だ。
「付いてたよ……って、あれ? 大丈夫?」
マイロが真っ赤になって、口をぱくぱくさせている。クッキーはもうないのだが、エサを待つ鯉みたいで面白い。
「る、る、ルカ様。そういったことは」
「え、なに? ごめん」
嫌なことをしてしまっただろうか。口に付いたクッキーくらい自分で取れるから、子供扱いするなということか。
身体が勝手に動いてしまっただけで、そんなつもりは無かったのだけれど。
マイロはまた小さく咳払いした。困ったときの癖みたいだ。
「コホン。なんでもありません」
「そう? ならいいけど」
フォローになるかはわからないが、俺は言葉を続けた。
「クッキーが好きなのも、別に子供っぽくなんかないよ。
俺が住んでた村の神官様も甘いものが好きだったけど、頭を使う仕事をするには甘いものが必要だって、いつも言ってたし」
急に話が変わったせいか、マイロが首を傾げる。
「だから、えっと。マイロはいっぱい勉強してるみたいだし、甘いものが好きでも全然変じゃないよ。むしろ、すごい頑張ってるってことだろ。俺は勉強とかできないから、尊敬する」
「そんな大層なものでは……」
謙遜しながらも、頬は照れ臭そうにふにゃっと笑っている。
今回は信じてもらえたようだ。こうやって少しずつ、俺がマイロを好きだって伝えていけたらいいな。
マイロが優しげに目を細めた。
「ルカ様こそ、たくさん剣の鍛錬をされてきたのでしょう。魔法だって、上手く使うには大変な修行がいるはず。すごく頑張っているのは、ルカ様のほうです。あんなに強くて、かっこいいです」
「マイロ……」
俺は勇者だから頑張るのは当然だ。強くならないと、自分が死んでしまうし。剣の修行も半分は趣味みたいなものだ。褒められるようなことはしていない。
それでも、素直な言葉で努力を認めてもらえるのは嬉しかった。マイロも、ちゃんと俺を見てくれていたのだと思うと、満たされた気持ちになる。
やっぱりマイロが好きだ。ずっと一緒にいたい。心の中で再確認した。
3
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる