ツンデレ神官は一途な勇者に溺愛される

抹茶

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6.買い物デート

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 翌朝は快晴だった。
 旅立ちには良い天気だが、俺の心は微妙に晴れないままだ。

 昨夜のことでマイロが深く傷ついていたらと思うと、なかなかじっとしていられない。
 せめて道中はかっこよくいたいと、朝の鍛錬にはいつもより励んだ。

 身支度を終えて、時間通りに部屋を出ると、丁度マイロが来て、受付で手続きをしているところだった。
 今日は地味めの色合いで、軽そうな生地の法衣を着ている。動きやすそうな格好だ。マイロによく似合っていた。
 まだ一緒に旅をしてくれるつもりだとわかり、ひとまずほっとする。

「おはよう。チェックアウトまでしてくれたんだ。悪いね」
「構いませんよ。この町の勝手は、私のほうがわかっていますから」

 マイロは礼儀的に微笑むが、すぐにそっぽを向いてしまう。

「この後のご予定は? すぐに出発してもよろしいですか?」
「ちょっと待って。買い物がしたい。昨日は寝ちゃったから、まだしてないんだ」

 宿に案内されたあと、本来なら一度外に出て準備をしたかったのだが、すぐに眠ってしまったのだ。
 マイロは嫌な顔ひとつせず、俺の買い物に付き合うことを了承した。


 朝の市場は、夜よりも賑わっている。田舎育ちの俺は、生まれて初めて人混みに揉まれるという経験をした。
 思ったよりもうまく歩けないし、どこに店があるのかもよく見えない。それに、人間が集まるとこんなにむしむしと熱くなるなんて知らなかった。

「大丈夫ですか?」
「うん……いや、駄目かも」
「こちらです」

 マイロが、俺の手を取る。
 手袋に包まれてはいるが、自分ではない生き物の感覚が伝わってきてドキッとした。

 手を繋いで歩けるのは嬉しいが、これでは俺がエスコートされている。重ね重ねカッコつかない。
 マイロにはずっと、こんなところばかり見られているように思う。頼りない勇者でごめんな。

 自分より華奢な相手に手を引かれながら、なんとか冒険者向けの道具屋にたどり着いた。市場の一角にある露天商で、マイロの案内がなければ絶対に見つけられなかっただろう。

 俺は荷物から、倒した魔物から剥ぎ取ったアイテムを取り出す。換金できるものを売り払い、必要なものを買った。
 道具屋のおじさんが、人好きのする笑顔で商品を渡してくれる。

「こんなにたくさん魔物の品が手に入るのは久しぶりだ。お兄さん、強いね」
「いえいえ。遭難してたもので……」
「遭難? こんな町の近くで?」
「いやあ、ハハハ」

 実は近道しようとして森に入っちゃったんですよ、なんてどう説明しようと考えてしまい、上手く言葉が繋がらない。
 交易が少ない村で育ったので、見知らぬ他人と話すのは苦手なのだ。マイロは不思議と大丈夫だったのだけど。

 へどもどする俺に気を遣って、マイロが助け船を出してくれる。

「これだけ量があるのだから、多少は色をつけてくれてもよいのでは」

 道具屋が、マイロの顔を見て口笛を吹く。

「なんだマイロちゃんじゃねえか。これは、別嬪になったな」
「男に別嬪はおかしいですよ」
「いやいや。マイロちゃんはチビの頃は、そりゃあもう可愛かったからさ。ここで買い物するってことは、冒険に出ようとしてるんだろ?」
「はい。彼の付き添いですが」
「かわいい顔でも、ちゃんと男の子だったんだなぁ」

 マイロのむっとしたので、お調子者の道具屋が言葉を止めた。
 俺は棒立ちして、マイロは怒った顔も可愛いなどと思っていた。

「ごめんよ。ほら、オマケだ。これで許してくれ」
「ありがとうございます」

 道具屋からお金を受け取って、マイロが俺に渡してくれた。
 買い物に関しては、なにからなにまでやってもらっている。マイロがしっかりしていて本当に助かった。


 道具屋の用事が済んだら、次は装備屋に向かう。
 マイロのおかげで少し多めに収入が得られたので、装備も新調したい。

 運良く、装備屋のほうは客がまばらだった。落ち着いて買い物ができそうでほっとする。
 ガラス張りのドアを開けると、古めかしいドアベルが鳴った。気難しそうなスキンヘッドの店主が、カウンターから出てくる。

「いらっしゃい。旅の方かな」
「はい。手頃な剣と、盾があれば欲しいんですが」
「それならこっちだよ」

 装備屋が裏から剣と盾を出してきて、カウンターに並べる。手が出せる値段ではないが、見たこともない武器がたくさんあってワクワクした。

「これ、何でできてるんだろ」
「鋼だよ。値段はするが、いい素材だ」
「こっちは……軽い!」
「それは特別な鉱石を使っていて、非常に軽いが頑丈な造りになっている。振ってみるか?」
「いいんですか!」

 その後も店主にいろいろと出してもらっては、それにまつわる話で盛り上がってしまった。

 武器マニアの店主と意気投合し、かなり安値でいい剣を売ってもらった。次にこの町に来るときは、真っ先にこの店に素材を売りに来ようと思う。


 満足して振り返ると、手持ち無沙汰に立っているマイロが視界に入った。
 武器トークに夢中になって、連れがいることを忘れていた。

「マイロ、ごめん!」

 マイロはレンガ造りの商店街をぼんやりと眺めていた。
 その視線の先には、パン屋がある。煙突からはもくもくと煙が上がっていて、今も営業中のようだ。
 小麦色の看板を見て、俺も腹が減っていたことに気がつく。いつの間にか太陽は高く昇りきって、昼になっている。

 マイロには待たされて気を悪くした様子はない。むしろ、パン屋を見て機嫌が良くなっているように見える。

「お待たせ。お昼にしようか」
「そうですね」
「向かいのパン屋さんでいい?」
「構いません」

 連れ立って店を出た。その足で、向かいにあるパン屋に入る。
 明るい雰囲気の良い店だ。店内にテーブルがあったので、ありがたくここで食べさせてもらうことにした。

「このお店のパンは美味しいんですよ」
「へえ、そうなんだ。マイロはどのパンが好きなの?」
「そうですね……これと、これも美味しいですよ」

 俺はマイロが示したパンを、ぽんぽんバスケットに入れた。
 必要な買い物は安く済んだので、マイロに好きなパンをたくさん買ってあげたい。散々世話になってしまったお礼だ。
 それに俺もマイロが好きなものを知りたいし、食べてみたい。

 子供みたいな買い物のしかたに、マイロがぷっと吹き出した。

「そんなに食べられませんよ」
「そう? このくらい普通じゃない?」
「ルカ様は育ち盛りなんですね」
「子供じゃないぞ」
「ふふ。すみません」

 今日初めて、笑顔を見せてくれた。
 マイロが楽しそうで、俺も嬉しい。パン屋に寄ってみてよかった。

 今から食べる昼食のついでに、食糧として日持ちするパンを2日分ほど買ったら、かなりの量になってしまった。
 カウンターで、パン屋のおばさんが豪快に笑った。

「マイロちゃん、こんなに食べられるのかい?」

 店主は気安い雰囲気だ。マイロはここの常連らしい。
 マイロが笑いを堪えながら、俺のほうをちらっと見る。

「こちらの方が召し上がるそうなので、大丈夫ですよ」
「ふふ。あれはいいのかい?」
「あ、あれは……大丈夫です」

 おばさんがからかうような言い方でマイロに尋ねると、マイロが照れて赤くなった。

「あれ? あれってなに?」

 気になって俺が尋ね返すと、おばさんがカウンターの端にある小さなカゴを指差した。
 カゴの中には、袋詰めのクッキーがたっぷりと詰まっている。

「干し葡萄と胡桃のクッキーだよ」
「へえ。美味しそうだ」

 カゴに近づいてみれば、甘い干し葡萄の香りと、焼き菓子の香ばしい匂いがした。こんな贅沢な菓子は俺の村にはなかったので、初めて見る。

「マイロちゃん、大好きだろう? お兄さんにおねだりしてみたらどいうだい」
「へ、変なことを言わないでください!」

 マイロが首をぶんぶん横に振る。

「ルカ様。子供の頃の話です。真に受けないでくださいね」
「いや、ひとつください」
「えっ」
「美味いんだろ? 俺も食べてみたい」

 カゴから袋をひとつ取り出して、会計に加えてもらう。まいどあり、とおばさんが景気よく笑った。

 たくさんのパンと、一袋のクッキーを持ってテーブルにつく。思いがけない太客に、おばさんは窓から外が見える広い席をくれた。

 なんだかんだで町に着いてから食事の機会を逃していた。宿で眠りこける前に、干し肉をつまんだのが最後だ。
 焼きたてのパンにかぶりつく。

「ん、うまい!」
「ふふ」

 俺の食べっぷりを見て、マイロが満足げに笑った。自分は、甘いパンをちぎりながら上品に食べている。
 腹が減っていた俺は、山盛りのパンをペロッと平らげてしまった。

「本当に育ち盛りみたいですね」
「まあね。もうすぐ二十歳だけど、実はまだ身長伸びてるんだ」
「それは羨ましいです。私はもうだいぶ前に止まってしまいました」
「それでも高いほうだろ?」
「この町の平均くらいはありますが」
「俺はそれくらいが好きだよ」
「そうですか」

 ちょっとだけアピールしてみたが、すげなくかわされた。
 少しずつ仲良くなってきてはいる気がするが、なかなか難攻不落だ。

 ちょっと気まずくなったタイミングで、店主のおばさんがサービスでお茶を持ってきてくれた。

「よかったらどうぞ」
「ありがとうございます」

 俺とマイロが揃ってお礼を言った。
 その間、マイロがの目がちらちらとクッキー袋に向いていた。食事をしているときもそうだったが、気を遣って遠慮しているらしい。

 目の前に座っていて、気づかないはずがないのだが、本人はバレていないつもりのようだ。

「マイロ。クッキー食べてもいいよ」
「!」

 ピンクゴールドの瞳が、きらりと輝く。パンも甘いものを食べていたし、マイロは甘い味が好きなのだろう。

「しかしクッキーは保存食にもなりますし、今食べてしまうのも……」

 目は明らかに食べたいと訴えているのに躊躇っているようだったので、俺が先にクッキー袋を開けた。
 干し葡萄と胡桃のクッキーをひとつつまむ。

「俺ももらおうっと。どんな味かな」

 サクッとした軽い歯応えとともに、口の中に優しい甘さが広がる。甘酸っぱい干し葡萄と、香ばしい胡桃の食感がいいアクセントになっていた。贅沢な味で、めちゃくちゃ美味しい。

「こんな美味い菓子、初めて食べた!」
「そうですよね! ここのクッキーは絶品で……んん!」

 マイロが興奮気味に言いかけて、咳払いで言葉を切った。

「マイロも食べなよ」
「私はいいです。清貧な神官ですので」

 自分で言うか、と笑いそうになるのを堪えた。本人は真剣なのだ。

「でも、俺だけ食べるなんて悪いよ」
「……じゃあ、少しだけ」

 マイロがクッキー袋に手を出す。どう見ても嬉しそうなんだが、清貧はどこに行ったのか。
 一口かじって、マイロがふんわりと笑った。今まで見た中で、最も自然な笑顔だ。かわいすぎて、俺のほうが身悶えしてしまう。背景に花が咲いて見える。

 口の端に食べかすを付けて、マイロがきょとんとこちらを見る。

「どうかしましたか?」
「いや、どうぞ続けて」

 一度食べてしまったせいで自制心が崩れたのか、マイロは迷いなくぱくぱくと口にクッキーを運ぶ。

 上品な仕草と、減るペースの早さのギャップが見ていて面白かった。

 最後の1枚になってしまい、マイロがちらっと俺のほうを見る。まだ口の端に食べかすがついている。
 どうぞ、とジェスチャーで促すと、マイロはすぐに手を伸ばして、ぱくっと食べた。全然遠慮がなくて笑ってしまう。

「はっ! すみません! 私は」
「いや、いいよ。美味しそうに食べるから、俺もお腹いっぱいになった」
「お恥ずかしいところを……」

 手を伸ばして、マイロの口に付いた食べかすを取ってやる。そのままひょい、と自分の口に入れた。俺はこれで十分だ。

「付いてたよ……って、あれ? 大丈夫?」

 マイロが真っ赤になって、口をぱくぱくさせている。クッキーはもうないのだが、エサを待つ鯉みたいで面白い。

「る、る、ルカ様。そういったことは」
「え、なに? ごめん」

 嫌なことをしてしまっただろうか。口に付いたクッキーくらい自分で取れるから、子供扱いするなということか。
 身体が勝手に動いてしまっただけで、そんなつもりは無かったのだけれど。
 マイロはまた小さく咳払いした。困ったときの癖みたいだ。

「コホン。なんでもありません」
「そう? ならいいけど」

 フォローになるかはわからないが、俺は言葉を続けた。

「クッキーが好きなのも、別に子供っぽくなんかないよ。
 俺が住んでた村の神官様も甘いものが好きだったけど、頭を使う仕事をするには甘いものが必要だって、いつも言ってたし」

 急に話が変わったせいか、マイロが首を傾げる。

「だから、えっと。マイロはいっぱい勉強してるみたいだし、甘いものが好きでも全然変じゃないよ。むしろ、すごい頑張ってるってことだろ。俺は勉強とかできないから、尊敬する」
「そんな大層なものでは……」

 謙遜しながらも、頬は照れ臭そうにふにゃっと笑っている。
 今回は信じてもらえたようだ。こうやって少しずつ、俺がマイロを好きだって伝えていけたらいいな。

 マイロが優しげに目を細めた。

「ルカ様こそ、たくさん剣の鍛錬をされてきたのでしょう。魔法だって、上手く使うには大変な修行がいるはず。すごく頑張っているのは、ルカ様のほうです。あんなに強くて、かっこいいです」
「マイロ……」

 俺は勇者だから頑張るのは当然だ。強くならないと、自分が死んでしまうし。剣の修行も半分は趣味みたいなものだ。褒められるようなことはしていない。

 それでも、素直な言葉で努力を認めてもらえるのは嬉しかった。マイロも、ちゃんと俺を見てくれていたのだと思うと、満たされた気持ちになる。

 やっぱりマイロが好きだ。ずっと一緒にいたい。心の中で再確認した。
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