ツンデレ神官は一途な勇者に溺愛される

抹茶

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10.アークデーモンと生贄※

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 冷たい床の上で目を覚ました。
 起きた直後だからか、意識が朦朧としている。今がどういう状況なのか、すぐには思い出せなかった。

(たしかルカ様と、ダンジョンに潜って……)

 最初から順に記憶をたどり、最後にルカがトラップにかかったことを思い出した。

「ルカ様!」

 とっさに立ち上がろうとするが、何かに脚を引っ張られて転ぶ。足元からじゃら、と重い金属が擦れる音がした。

「これは、鎖……?」

 足首に、罪人がするような鉄製の足枷をかけられている。そこから伸びた鎖が、粗末な石造りの壁に打ち付けてあった。
 顔を上げると、正面には頑丈そうな鉄製の柵が並んでいる。どうやら私は、檻の中に繋がれているようだ。


 その奥に、1人の男性が立っている。
 後ろから見ても立ち姿に品があり、長い黒髪はつやつやとしている。まるで裕福な商人か貴族のような雰囲気だ。

 助けを求めようと口を開きかけて、ふと、どうしてこんな人が、ダンジョンの中にいるのかと疑問に思う。

 私が入っている牢屋以外のほとんでが、岩肌がそのまま露出したただの洞窟の壁だ。
 しかしあの男性がいるあたりだけ、他と様子が違う。白い大理石でできた壁に囲まれた空間に、赤紫色の絨毯が敷いてある。その上には貴族が使うような装飾の多いテーブルと椅子、上質なティーセットが並べてられていた。
 ただ、そのどれもが骸骨や蝙蝠をもとにした禍々しいモチーフで装飾されている。一般的な人間の趣味とは、とてもいえない。

「目が覚めたかね」

 その男性は、役者のようなよく通る声をしていた。

「ここはなんですか? あなたは……」
「そう慌てることはない。時間はたっぷりあるのだからね」

 男性が、こちらに振り返った。
 長く伸ばした漆黒の髪に、妖しく光る血のように赤い瞳。顔のパーツひとつひとつが作り物のように整っており、左右対称にバランスよく配置されている。
 この世のものとは思えないほど美しい顔立ちだった。見ているだけで精気を吸い取られそうだ。

 そこにあるのは、個人差のある感性などを超越した、人外の美。
 気圧されて、身動きがとれない。

「アークデーモン……」
「その通り。よくわかったね」

 アークデーモンは優美に口角を上げる。幼年学校の教師のような穏やかな口調だった。

「正解だが、私はその名で呼ばれるのを好まない。君たちだって、お互いを『人間』と呼び合ったりしないだろう?」
「……では、なんといえば?」
「普通の人間が私の名を口にしたら、八つ裂きにしてやるところだがね。君は特別に許してあげよう。私は美しいものが好きなんだ」

 妙齢の美青年が、妖しく微笑む。過ぎた美しさに呼吸が圧迫されて、息苦しく感じる。

「私はオーガスト。きちんと敬称をつけて呼びたまえ」

 モンスターの言いなりにはならない、と黙ったままオーガストを睨みつける。
 彼は反抗的な態度が気に入らなかったのか、芝居がかったため息をついた。

「やれやれ。まだ自分の立場というものを理解していないようだ」
「私の立場? 生贄だとでも言うのか」
「それもまた正解だが、満点ではない」

 オーガストの指が、私の腹を指さした。モンスターが魔法を使うのに、魔導書はいらない。オーガストは指を振る仕草で、魔法を行使したのだろう。

 内臓の奥から異様なまでの熱さを感じる。煮えたぎるようなこれは、痛みではない。快楽だ。
 私は熱を持った腹部を押さえてうずくまる。

「こういった類の拷問は淫魔のものであって、私の趣味ではないのだがね。君の立場を分からせるためには仕方のないことだ」
「な、にを……」
「理解しているのだろう? 人間の中にある、性欲を司る場所を刺激しつづけているんだ。雄の場合は前立腺と言ったかな」
「どうして、そんなこと」
「何度も言ったじゃないか。君の立場を分からせるためだと。仕方がない。意識があるうちに、人間にもわかるよう説明してやろう。これは本当に特別な措置だ。名誉に思いたまえ」

 再び口答えしようとすると、オーガストが指を振った。途端に、ずきずきと下腹部の疼きが増す。性器が強制的に勃起させられて、とろとろと漏れた先走りが下着に染みをつくった。

「ああぁっ……!」
「せっかくの名誉だ。大人しく聞くといい」

 くいくいと指が動かされるたびに、前立腺が刺激されて、腹の中で快楽が荒れ狂った。
 私の身体が、陸に打ち上げられた魚のように跳ねまわる。

「あ゛ッ、はぁ……あぁっ!」
「反省はできたかな。話を続けよう」

 オーガストの指が動きを止めた。
 もう返事をする余裕はなかった。魔法でなんとか感覚を鈍らせようとする。

「我々デーモンは、人間の精気を食らって生きる。聖職者の精気は、特に栄養価の高い生贄となるのだ」

 抵抗できない私を見下ろして、オーガストが語り出す。

 わざわざ説明されずとも、教会で暮らす者なら誰でも聞かされることだ。私も幼い頃に、司教から聞いて知っている。

 性行為をすることで呪いの治療ができるのも、同じ理屈だ。
 身体を繋げることで、呪われた宿主の精気の代わりに、聖職者の精気を与える。簡単な呪いならこれで対価を払いきり、解呪することができるという。
 アークデーモンを誤魔化し切るほどの精気は、誰にも与えることができない。だから私たちはここに来た。

「できるなら人間を殺して精気を得るところだが、この頃は勇者の生まれ変わりが出たとかで、なにかと外界は物騒だろう。
 私のようなか弱いモンスターは、ほとぼりが冷めるまでダンジョンの奥に篭っているべきだろう。まだ死にたくはないのでね」

 煽るような言い方に苛立つが、ここは時間稼ぎだと割り切って耐える。
 オーガストは朗々と喋り続けた。

「そこで私は考えた。若く美しい神官を飼えばいいと。力を持った神官ならば、子種からでも死なない程度の栄養が得られる。節制して過ごせば、危険を犯してまで町に出る必要もない。いい考えだとは思わないかね?」
「……悪趣味だ」

 オーガストの戯言を聞きながら、快楽漬けにされて霞がかった頭で、どうするべきか考えた。
 ルカは私を見捨てない。理屈より感情で動く人だ。彼の実力なら、きっと最下層まで1人でもたどり着くだろう。ならば私は下手に動かず、時間稼ぎをして情報を引き出す。

「なぜ私など。もっと優秀な者もいたでしょうに」

 私はオーガストの神経を逆撫でしないよう、言葉を選んで口を開いた。洞窟暮らしで会話に飢えていたのか、オーガストは嬉々として話に乗ってきた。

「それは、君が1番美しかったからさ」
「馬鹿なことを」

 自分の身体は徹底的に美を追求しているくせに、人間に対する審美眼は足りないようだ。

「私が美しいといわれたのは子供のときだけです。司教様も、大人になってからは私に魅力がなくなったと言いました」
「それはその司教の審美眼が歪んでいたのだ」

 オーガストが美しい顔をしかめた。

「君ほど美しい人間はそういない。まして成人した雄となるとなおさらだ。
 若い雄は体力があっていい。長く生きられる。若く美しい君は、私の餌として最適な人材なのだよ」

 まだおかしなことを言っているが、あまり刺激するのもよくない。私は口を閉じて次の手を考える。
 オーガストの赤い瞳が、妖しく光った。

「なにかよからぬことを企んでいるようだ」
「私はなにも」
「ふん。まあいい。すぐに何も考えられなくなるさ」

 先走りでどろどろになった下穿きに、ぬるりと生温かいものが触れた。
 悪寒が走り、とっさに飛び退こうとして足枷がじゃらりと音を立てた。

「なんだ、これは……!」

 ぬめぬめとした植物の蔦が檻の隙間から入り込み、私の脚に絡みついてくる。粘液に触れた部分は服が溶け落ち、素肌が露わになった。

「私の可愛いペットだよ。彼に味見してもらうといい。私はここで鑑賞するとしよう」
「嫌だ! 離せ!」

 手で引き剥がそうとするが、蔦はびくともしない。つるつる滑って、粘液が余計に広がるだけだ。次第に、上半身の服も溶けだしていく。
 オーガストは椅子に腰掛け、優雅に足を組みながら満足げに微笑んでいた。

(卑劣な……!)

 絡みつく蔦から逃れようと、必死でもがいた。
 突如、檻の前に1匹のデーモンが飛び出してくる。かなり慌てた様子だ。

「アークデーモン様! ご報告です!」
「後にしろ」
「緊急です! 怪しい男が……」

 オーガストの顔が不機嫌そうに歪む。

「こいつの連れか? あれなら用済みだ。デーモン軍団を手配して殺させたはずだが」
「それが、デーモン軍団は全滅しました。今、その男がこちらに向かってきています!」
「なんだと!」

 オーガストが冷静さを失って立ち上がる。
 美しい頭の上に禍々しい角が2本生えた。形の整った口は左右に裂けて、鋭い牙が口元から覗いた。その他、美術品のように見えた身体が全体的に歪んで見えた。

「アークデーモン様、お姿が!」
「……! 私としたことが」

 デーモンに指摘されると、オーガストが指を振る。歪んだ姿は一瞬で消え失せ、再び美しい男が現れた。
 作った余裕の笑みを浮かべ、私に向き直る。

「貴様はここで蔦と遊んでもらえ」
「どこに行く気だ!」

 オーガストは答えない。
 そのままどこかに立ち去ろうとしたとき。オーガストの横合いから、爆発音とともに土煙が立ち昇った。
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