魔導士カイラは許されない〜インキュバスの呪いで貞操帯をかけられた少年〜

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カウンセリング

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 翌日の午前中の事。

「疲れてる中すまぬな。ディザイオに短期決戦を仕掛けたい故……貴様のこれまでの事を聞かせて欲しい」

 丸いティーテーブルを挟んで向かい側に腰掛けているマティアスから芯の通った灰の目を向けられ、ガゼリオは静かに頷いた。

 心の負担を考えた結果渡された小動物をテーブルの下で可愛がると、「キュ、キュ」と気持ち良さそうに鳴いた。

 灰色の体がふわふわとしたコウモリ……ラブだ。

 仮眠を取る直前の主人から「思い切り可愛こぶって来い」と命じられたのである。

 サラサラとした毛並みに沿って撫でると気持ち良く、ガゼリオはつい撫で続けてしまう。

「ではまず。……いつからをされていたのだ」

 一考し、ガゼリオは口を開いた。

「孤児院から引き取られた日からです」

「ふぅむ……孤児院も、里親が本当に子供を育てられるかどうか精査するようだが……まぁ、当時からディザイオは魔法研究家として功績を上げていたからな。孤児院も見過ごしたのであろう。ちなみにどこの孤児院なのだ」

「グレロッド孤児院です」

 その名前を聞いたマティアスは記憶の糸を辿り……一気に表情が暗くなった。

「待て。……その孤児院、確か色々問題が見つかって数年前に潰れたのでは無かったか」

「そうです。普通は里親の精査をするものですが、その孤児院では一切やってませんでした」

 なんと。とマティアスは悩ましげな溜息を吐いた。

「まぁ、例え精査したとしても。恐らくどの孤児院も止めなかったでしょうね」

「だろうな。……無理の無い範囲で話を続けてくれないか」

 ガゼリオがマティアスに話した事をかい摘むと、こうだ。

 ガゼリオがディザイオに引き取られたのは10歳の頃。その日の夜に体を奪われ、何か気に入らない事をすれば拷問魔法を使われた。

 外出に関しては自由で、子供の頃からも門限さえ守れば許された。しかしそのまま逃げようものなら体に埋め込まれた魔道具で位置を探られ連れ戻されてしまい、酷い目に遭わされた。

「教育に関しては優秀な男でした。孤児院育ちで学の無かった俺が、魔法学校で教鞭を取れるようになるまで育ててくれました」

「しかし、それ以外が最悪であるな」

 ふぅむ。とマティアスは机に視線をやり唸った。

(全く酷い話である。抵抗すらできぬ子供を穢し、暴力を振るうとは。……しかしどうやら、ガゼリオ殿はディザイオを恨んでいるのと同時に敬ってもいる)

 その通りだった。

 クソジジイと陰では罵っているものの、心の奥底ではディザイオに対する恩義を感じていた。

 親も無く、学も無かったガゼリオ。恐らくディザイオに出会わなければ人生は大きく変わっていたはずだ。

 性行為を強要されたり拷問魔法を加えられたりするが、衣食住全て足りていた。

 ディザイオの教育でガゼリオの中に眠っていた魔法の才が目覚め、魔法学校の教諭という道が開けた。

 もし彼に出会わなければ、今頃どうなっていただろうか。学が無いのでやれる仕事は限られているし、魔法の才が眠ったままであれば教諭はおろか冒険者にもなれなかっただろう。

 だからこそ。今の満ち足りた生活を送られるきっかけとなった男ディザイオを恨み切れずにいる。

 ガゼリオは視線を己の手に移した。そこには夢の世界に旅立ったコウモリの姿があり、ガゼリオはつい微笑んでしまった。

   ***

 マティアスとガゼリオがいる部屋の前で、まるで出産中の娘を心配する父親の如くレオがうろちょろと歩いていた。

「ガゼリオ大丈夫かなぁ……」

 そこへやって来たのは、色々な意味で「すっきり」したダーティであった。

 シャツにスラックスという簡単な装いに、くすみの無い金髪とサファイアの瞳の美しさが引き立てられている。

「ガゼリオさんが心配なのですか」

「はい。だって過去の事を話すのってきっと辛いと思……ゔぇえぇっ!?」

 自分を見たレオに大袈裟に驚かれたダーティは小首を傾げた。

「ダ、ダーティさん!? なんでここに居るんですか!」

「……おや? もしかして私の……ファン?」

 ベッド下に隠していた雑誌の、ダーティのヌード写真が載せられているページに付箋を貼っていたレオは、激しく頷いた。

「次のレザーの公演のチケットも買ってます!」

「それは嬉しいな。実はヴェルトとちょっとした縁があって呼ばれたんだよ」

 とダーティは口角を上げた。

(うわぁ……本当に顔が良いなぁ)

 ダーティの人形を思わせる中性的な顔立ちに、レオはついメロメロになってしまう。

「そうだ。せっかくだから歌ってあげようか」

「え……いいんスかっ!?」

 目を太陽の如く輝かせ喜ぶレオ。

「あぁ。せっかくファンがいるし、このままガゼリオさんを待つのも辛いだろう? 気晴らしに歌ってあげよう。……少し待っててくれ、楽器を持って来るから。それまでに歌ってほしい曲を考えておいてくれ」

   ***

 再び場面はマティアスとガゼリオのカウンセリング室に移る。

「だから……マティアス様も、ヴェルトもカイラも。追い詰めるとかやっつけるとか言ってますけれど……それって、父を捕まえて罰を受けさせるって事ですよね」

「当然である。兵士に引き渡し裁判を受けさせ、それ相応の罰を与えねばならぬ」

 レザーの街のいわゆる「警察」の役目は、街の治安維持を担う貴族が雇った兵士に任されている。

 つまりそれ相応の証拠を兵士に引き渡せばディザイオは逮捕される。

 ガゼリオが奴に悩まされる事は永遠に無くなるのだ。

「ガゼリオ殿。自分の一存でディザイオを捕らえ、築き上げたキャリアをギタギタに出来るこの状況に、よもや罪悪感など感じてはおらぬだろうな? 自分さえ我慢すれば、父は捕まらずに済むと」

「それは____」

 言い淀んだのを見て、マティアスはこう諭し始めた。

「ガゼリオ殿、社会に暮らす人間はな。悪い事をすれば必ず罰を受けねばならぬ。教師ならば十分に分かっているだろう? 確かにディザイオは貴様を立派に育て上げた。だが……それと虐待の件については別の話だ」

 思わず手に力を込めてしまうと、ラブが「ギュウ」と何故か気持ち良さそうに鳴いた。

「ディザイオは罰を受けねばならぬ。そうしなければ、例えガゼリオ殿が今の状況から逃げ出せたとしても……ああいう犯罪者は同じ事を繰り返すぞ」

 今逃げても、また捕まるかも知れない。

 ガゼリオがいなくなった事で、また別の子供を迎えるかも知れない。そしてその子供をまたかも知れない。

「だからガゼリオ殿……自分の為にも、周りの人間の為にも。毅然きぜんになれ」

 静寂が部屋を支配した後、ギターの音色が廊下から聴こえ始めた。

 私達の世界でいうアコースティックギターに似た音色に、眠っていたラブは顔を上げる。

「……歌?」

「ヴェルト殿が連絡した中に音楽家がいたのだ。きっとそやつが歌っているのだろう」

 軽快な演奏と共に聴こえるのは、ハスキーな男の歌声。

 故郷と別れを告げ夢を追う者を応援するような歌詞だ。母音で韻を踏んでいるサビが聴いていて心地良い。

「……綺麗な声だな」

 ガゼリオの呟きに同調するように、ラブは小さく頷いた。

 「マティアス様」とガゼリオはマティアスに向き直る。

「やはり父は……ディザイオは。酷い男なんでしょうか」

「うむ。今の今まで問題として上がらなかったのが不思議なくらいだ。奴と決別し、レオ殿と新しい生活を始めるならば……今しかない」

 決断の時。ガゼリオはディザイオとレオを天秤にかけた。そしてどちらに皿が傾いたか。この先は語らずとも良いだろう。
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