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初めての遠征〜異変〜
異変
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「良い天気だ」
幌馬車から青空を見上げながらダーティは感嘆の声を上げた。
大雨が止んだゴルド村から出発し、一行は目的地であるアイスベルグへと向かい続ける。
「でもなんだか、寒くなってきましたね……」
ダーティと同じく幌馬車の中にいるカイラの声は頼りなく震えている。
カイラの言う通り、北地方に近付くに連れて景色が変わり始めているのだ。
寒い地域で育ちやすいとされる針葉樹が、人の頭のように雑多に並んでいるのが見える。
この辺りは雨が降らなかったのだろう。草原や馬車用の道路には薄らと雪が積もっている。
振り返れば、丸い蹄と車輪の跡が、ぼんやりとした白の輪郭を地面に残している。
「カイラ君、北地方ってのはね____」
馬車の助手席に腰掛けた先輩冒険者ヴェルトが話し始める。
「僕らが住む東地方なんかより、ずっとずっと寒い地域なんだよ。冬になれば、港が凍って船を使えなくなるくらいね」
ダーティが解説に割って入った。
「観光資料や地理の資料なんかで、北地方の風景写真を1度は見た事があるだろう?」
「えぇ、もちろん見た事がありますよ」
とカイラは記憶を探り1枚の写真を思い浮かべる。
一言で表せば「白銀の世界」……陳腐な表現だが、北地方を表すには最もふさわしい。
「夏季以外、ずっと雪と氷に閉ざされているんだ」
「雪……」
「雪」という甘美な響きにカイラは思いを馳せる。
16歳のカイラにとって雪とは「遊び道具」なのだ。
雪合戦にスノーマン作り、雪で城を作ったり、雪の山に飛び込んだり……
カイラが何を考えているのか察したのか、人外の証をシルクハットとマントで隠した大男ディックが、前方に目を向け続けながら口を開いた。
「カイラ、雪をナめるんじゃねえ。雪が降るたびに雪降ろしをしなきゃならねえんだ」
「雪降ろし……って、何です?」
雪降ろしを知らず小首を傾げたカイラに失笑し、ダーティが解説してやる事にした。
「屋根に積もった雪を降ろすんだよ」
「はぁ」
カイラはイマイチその意味を理解できていないようだ。
「そうしねえと雪の重みで家が潰れんだよ」
「……えぇえぇえっ!?」
割と温暖な気候の東地方で生まれ育ったカイラには、ディックの言葉が到底信じられず大声を上げてしまう。
「何度ダーティの実家の雪降ろしさせられたか」
「母様は喜んでいたぞ? やっぱり男の人が1人増えると違うってな」
ダーティとディックの会話に「ちょっと待って」と割って入ったのはヴェルトである。
「ディックの存在ってダーティの家族も知ってんのかい」
「あぁ。私の実家____北地方の田舎なんだが____には、父と母。それに兄夫婦とその子供2人が暮らしてて、全員ラブの存在を知っている。最も、皆はラブの事をただの愛くるしい獣であり、無害な人型だと思っているがな」
「……信じられないね」
と怪訝そうな視線を前方に向けながらヴェルトは続ける。
「だって夢魔だよ? 僕だったら、特に妻や子供がいるんなら絶対家に近付けないもん」
「皆には奴は私にぞっこんだと伝えてあるのでね」
「ダーティの言葉だけで信じてくれる訳無いでしょ」
「いやぁ、しかし実際信じてくれているんだよ。子供達なんか、ラブを良い遊び相手だと思ってるしな」
「変な家族」
「ハハッ……そうかも知れな____」
突然。
馬達が嘶きたたらを踏んだ事により、車体が大きく揺れた!
「うあっ!?」
ヴェルトは車体にしがみ付き、ディックは手綱で馬達を抑える。
「下手くそだな! 大丈夫? カイラく……」
恋人を心配し振り返ったヴェルトは絶句する。
運転席の後ろに付いていたはずの幌馬車が丸ごと無くなっているのだ。
中に積んでいた荷物も、そこにいた2人も……
「……罠魔法だ」
とだけ呟き、ディックは馬車から飛び降りた。
「罠魔法? 罠魔法って何なのさ」
焦りが額の汗として現れているヴェルトもディックに続いて馬車を降りる。
ディックは幌馬車があった場所に積もったままの雪を手で払い除けた。すると、石畳の上に雪と同じ色のインクで描かれた魔法陣があった。
「魔法陣を描く事で、自動で魔法を発動させるんだ。火を吹き上げたり、拘束したりな……それが『罠魔法』だ」
ディックは忌々しげに舌打ちを打った。
「やられた。雪で隠れて全く見えなかった」
「魔力か何かで気付けなかったのかい?」
ヴェルトはディックを咎めるような口調で訊ねる。
「無理だ。罠魔法は発動されるまでは魔力を出さねえ。俺もカイラも……発動した途端に気付いたはずだ」
ディックは魔法陣に手をかざし魔法の解析を行う。
「……高度な転移魔法だ。恐らく荷馬車を狙って、踏んでから時間を置いて発動するよう設定されてる」
「……ちょっと待ってよ。それなら……カイラ君は今、どこにいるのさ」
「この魔法を設置した奴のアジトだろうな」
「……まずいよ」
ヴェルトの表情がみるみるうちに険しくなる。
「カイラ君には夢魔の呪いがかけられている。短時間ならともかく、長時間敵のアジトになんかいたら……何をされるか分かったもんじゃない」
「いや、それについては大丈夫だ。お前を命の恩人と呼ぶダーティなら……きっと、カイラに指1本触れさせねえ……だから」
ディックは静かに呟いた。
まるで自分に言い聞かせるように。
「だから。危ねえのはダーティの方なんだ」
幌馬車から青空を見上げながらダーティは感嘆の声を上げた。
大雨が止んだゴルド村から出発し、一行は目的地であるアイスベルグへと向かい続ける。
「でもなんだか、寒くなってきましたね……」
ダーティと同じく幌馬車の中にいるカイラの声は頼りなく震えている。
カイラの言う通り、北地方に近付くに連れて景色が変わり始めているのだ。
寒い地域で育ちやすいとされる針葉樹が、人の頭のように雑多に並んでいるのが見える。
この辺りは雨が降らなかったのだろう。草原や馬車用の道路には薄らと雪が積もっている。
振り返れば、丸い蹄と車輪の跡が、ぼんやりとした白の輪郭を地面に残している。
「カイラ君、北地方ってのはね____」
馬車の助手席に腰掛けた先輩冒険者ヴェルトが話し始める。
「僕らが住む東地方なんかより、ずっとずっと寒い地域なんだよ。冬になれば、港が凍って船を使えなくなるくらいね」
ダーティが解説に割って入った。
「観光資料や地理の資料なんかで、北地方の風景写真を1度は見た事があるだろう?」
「えぇ、もちろん見た事がありますよ」
とカイラは記憶を探り1枚の写真を思い浮かべる。
一言で表せば「白銀の世界」……陳腐な表現だが、北地方を表すには最もふさわしい。
「夏季以外、ずっと雪と氷に閉ざされているんだ」
「雪……」
「雪」という甘美な響きにカイラは思いを馳せる。
16歳のカイラにとって雪とは「遊び道具」なのだ。
雪合戦にスノーマン作り、雪で城を作ったり、雪の山に飛び込んだり……
カイラが何を考えているのか察したのか、人外の証をシルクハットとマントで隠した大男ディックが、前方に目を向け続けながら口を開いた。
「カイラ、雪をナめるんじゃねえ。雪が降るたびに雪降ろしをしなきゃならねえんだ」
「雪降ろし……って、何です?」
雪降ろしを知らず小首を傾げたカイラに失笑し、ダーティが解説してやる事にした。
「屋根に積もった雪を降ろすんだよ」
「はぁ」
カイラはイマイチその意味を理解できていないようだ。
「そうしねえと雪の重みで家が潰れんだよ」
「……えぇえぇえっ!?」
割と温暖な気候の東地方で生まれ育ったカイラには、ディックの言葉が到底信じられず大声を上げてしまう。
「何度ダーティの実家の雪降ろしさせられたか」
「母様は喜んでいたぞ? やっぱり男の人が1人増えると違うってな」
ダーティとディックの会話に「ちょっと待って」と割って入ったのはヴェルトである。
「ディックの存在ってダーティの家族も知ってんのかい」
「あぁ。私の実家____北地方の田舎なんだが____には、父と母。それに兄夫婦とその子供2人が暮らしてて、全員ラブの存在を知っている。最も、皆はラブの事をただの愛くるしい獣であり、無害な人型だと思っているがな」
「……信じられないね」
と怪訝そうな視線を前方に向けながらヴェルトは続ける。
「だって夢魔だよ? 僕だったら、特に妻や子供がいるんなら絶対家に近付けないもん」
「皆には奴は私にぞっこんだと伝えてあるのでね」
「ダーティの言葉だけで信じてくれる訳無いでしょ」
「いやぁ、しかし実際信じてくれているんだよ。子供達なんか、ラブを良い遊び相手だと思ってるしな」
「変な家族」
「ハハッ……そうかも知れな____」
突然。
馬達が嘶きたたらを踏んだ事により、車体が大きく揺れた!
「うあっ!?」
ヴェルトは車体にしがみ付き、ディックは手綱で馬達を抑える。
「下手くそだな! 大丈夫? カイラく……」
恋人を心配し振り返ったヴェルトは絶句する。
運転席の後ろに付いていたはずの幌馬車が丸ごと無くなっているのだ。
中に積んでいた荷物も、そこにいた2人も……
「……罠魔法だ」
とだけ呟き、ディックは馬車から飛び降りた。
「罠魔法? 罠魔法って何なのさ」
焦りが額の汗として現れているヴェルトもディックに続いて馬車を降りる。
ディックは幌馬車があった場所に積もったままの雪を手で払い除けた。すると、石畳の上に雪と同じ色のインクで描かれた魔法陣があった。
「魔法陣を描く事で、自動で魔法を発動させるんだ。火を吹き上げたり、拘束したりな……それが『罠魔法』だ」
ディックは忌々しげに舌打ちを打った。
「やられた。雪で隠れて全く見えなかった」
「魔力か何かで気付けなかったのかい?」
ヴェルトはディックを咎めるような口調で訊ねる。
「無理だ。罠魔法は発動されるまでは魔力を出さねえ。俺もカイラも……発動した途端に気付いたはずだ」
ディックは魔法陣に手をかざし魔法の解析を行う。
「……高度な転移魔法だ。恐らく荷馬車を狙って、踏んでから時間を置いて発動するよう設定されてる」
「……ちょっと待ってよ。それなら……カイラ君は今、どこにいるのさ」
「この魔法を設置した奴のアジトだろうな」
「……まずいよ」
ヴェルトの表情がみるみるうちに険しくなる。
「カイラ君には夢魔の呪いがかけられている。短時間ならともかく、長時間敵のアジトになんかいたら……何をされるか分かったもんじゃない」
「いや、それについては大丈夫だ。お前を命の恩人と呼ぶダーティなら……きっと、カイラに指1本触れさせねえ……だから」
ディックは静かに呟いた。
まるで自分に言い聞かせるように。
「だから。危ねえのはダーティの方なんだ」
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