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二、開花

二、開花 ⑨

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「私にも分かりませんが、貴方が首輪を外したいと思ったときに、自分の財産を渡したかったから同じにしたのかなって思ったのですが、違うかな。そこは私にもわかりません」

 約束は約束ですよ、と膝を手で叩く。

 飼い慣らされる犬の気分で「わん」と鳴いて座ってやると「困ったな」と笑う。
 色々とはぐらかされている。色々と誤魔化されている。
 ではなぜ、両親が持っていると思っていた鍵が、彼に渡っているのかも不思議だ。
 きっとまだまだ彼は僕に隠していることがあるし、秘密をかかえている。

「可愛い犬だね。でも恋人になって欲しいな」
 甘い言葉で惑わせるつもりかな。
 彼がいい人なのか悪い人なのか。
 本当に遺言のためだけに運命の僕と番になったのだとしたら、可哀想な人だ。
 貴方の罪ではない。貴方の祖父なのに。
 そして僕も中途半端に捕らわれている。

 ***

「うーん。髪の艶も、肌艶も良好。サラサラで絹のように美しい髪だね」
「はあ」
「何かない? 苛々したり全身か
ゆくなったり、肌を虫が這うような感覚があったり」
「ないです、とくに」
 ただやる気が起きなくなった。倦怠感もとれない。騙されてるわけでは、ないよね。
 携帯の電波も届かない山奥だと知らず、戸惑ったが、数日たったらどうでもよくなっていた。思考も低下している気がする。
 竜仁さんは、今日もせっせと朝から豪華でバランスの取れた食事、十時と三時にはティータイム、そして僕の体調を気遣いながらのセックス。
 愛あるセックスというよりは、医療行為みたいだ。中に注ぐことが目的なので、快楽はいらないのかな。
 それでも僕もセックスもこの腐敗しきった関係も、慣れてきたのかどうでもよくなっている。
 形見は、指輪、ブレスレット、ハンカチ、手鏡、手袋、万年筆と着々と回収できている。
 ただやはり竜仁さんは優しいけれど警戒は解けないし、違和感は拭えなかった。
「今日は君の好きなことをしようか」
「僕の好きなこと」
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