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二、開花

二、開花 ⑩

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 何かあったかなって首を傾げると、また額にキス。粘膜接触はセックス以外まだしていない。要するに、突っ込まれて中に精液を注がれるが、僕の唾液は摂取しないように唇にキスなんて絶対にしない。なんだか、それは僕が暗に汚いって思われてる気がするから気分は良くない。
 自分を守るために花を食べただけなのに。

「こっちだよ。この屋敷は取り壊す予定だったから、もう半分は寄贈したり売ったり、私の屋敷に運んだんだけど」
 案内されたのは長い廊下の一番奥、南側の涼しい部屋。開けられた部屋は、壁一面に本棚が埋め込まれて、学校や県立図書館よりも広く、長い本棚が等間隔で並べられている。
「元はダンスホールだったのを、祖父が老後に蔵書室にしたらしいんだ」
 中を歩き回ると、本棚にほぼ本はなく、シーツをかぶせられている本棚もあり、どこかうっすらと埃臭い。
「辰紀くんには、こっちです」
 蔵書室の奥の小さな部屋。そこには古い映画のDVDが本棚に並べられている。竜仁さんはその本棚をくるんと回転させると、古い本が並べられた本棚に姿を変えた。
「祖母の本を、祖父が隠していた本棚なのです。色んな国で翻訳されているのに、日本でだけ発売されていないのは、不思議ですね」
 暗に有栖川家からの圧力があったことを匂わせつつ、本棚に並ぶ本の一つを手に持つ。
 壊される屋敷に置いているというのは、誰も持っていくことはしないのだろう。少し寂しく感じられる。
 大切に読まれていたであろう本には、竜仁さんと同じく付箋が貼られている。
『月の輪廻』『物語は、昨日の夢よりも美しい』『まだ夜明け前』
 タイトルだけでも、詩的で優しい雰囲気だ。パラパラと見ると恋愛系が多いようだ。
「日本語版があれば、交互に読んで内容を覚えられたんだけど」
「別に焦る必要はないから、気になったのを持っていって。君なら許可いらないから、好きなだけ読んでいいよ」
 竜仁さんは、僕がこの本を読むのを期待している。
 確かに『月の輪廻』の英語版とイタリア語を交互に読み比べするのは面白そうだ。僕が興味を持つことが分かっていて、ここまで連れてくるんだから計算高い。
「本家は勿論、分家もこの屋敷を忌み嫌う。はやく壊してしまいたいらしい。だから私はこの屋敷が昔から好きでした。隠れ家みたいでしょ」
 その好きな隠れ家で、隠された僕は貴方のなんでしょうか。
 罪滅ぼし。良いことをしてあげたい。哀れな薬漬けのオメガを救いたい。
 それ以外には何があるのだろう。
 僕が好きなことを考えてここまで案内してくれた彼に、不思議な気持ちになった。

 別に僕は本を好きで読んでいたわけではない。
 生きるために、退屈で、そして億劫で。
 吸収するものが何もなかったから家の本を読みつくしただけなのに。

 それでも僕は、本を読むことが嫌いだとは言えなかった。
 僕は本を読むことが好きだと、自分にも偽ることになる。

仕方ない。だって祖母の形見の為だから。

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