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二、開花

二、開花 ⑫

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 吐き気がする。車に酔ったような三半規管のおかしさに気持ちが悪くなる。

 朝から異変はじわじわと感じていた。立ち上がると眩暈にも感じた視界の揺れ。
 身体が怠いので寝過ぎていたので、気にしないでいたものの段々と悪くなっていった。

 この状況で、言いにくいな。
 風呂後に、うとうとしていた僕の両手を縛った竜仁さんが、項に口づけをした瞬間だった。項が額にキスすると、今夜はするよって合図で、そのまま愛撫が始まる。

 始まるんだけど、今日はローションで濡れた指が挿入された瞬間、気持ち悪くて両手で口を塞いでしまった。
 こんな状況で気持ちが悪いって言って大丈夫かな。
 吐くよりはマシなのかな。
 それに。

 それにこれは愛のある行為ではないので、嫌だと言っても止めないだろうし。
「どうしたの」
 うだうだ考えているうちに、先に気づかれてしまった。
「……気分が悪くなって」
 少し大げさに眉を細めて伝えてみた。それさえ言えば、頭のいい彼のことだ。やめると思っていた。

「ああ、やっと拒絶症状が出てきたんですね」
 大丈夫ですよ、と行為を止めるどころか、指を増やしてくる。挿入された指が中を圧迫するたびに、さきほど食べた食事が喉をせり上がってくる。
 縛られた手をベッドに叩きつけて、何度も首を振った。

「本当に、気持ち悪くてっ」
「そうでしょうね。吐いてもいいです。場所を変えたら安心かな」
 簡単に抱きかかえると、彼は風呂場へと向かった。

 お腹の中を掻き混ぜられると、頭までぐるぐると回って吐き気と眩暈で視界が揺れていく。
「っいっ」
 両手で口を押えて、お風呂の中後ろから彼に抱きしめられ指を感じる。
 首を振っても、暴れても、彼の指が抜かれることはない。

「今日は止めてくれませんか」

 今すぐベッドで休ませてほしい。気持ち悪くて死にそうだ。

「すぐに良くなりますよ」
 後ろから伸びてきた手が、僕のお腹をなぞった。

「この中をアルファの精液で満たせば、少しは良くなると思います」

「貴方の指でさえ、今は気持ちが悪いんです」
 嫌だと伝えても、彼は小さく笑うだけだ。

「拒絶反応ですから、仕方ないことなんです」
 指を抜くと、またお湯が入ってくる。
 熱いお湯が入り口に感じるが、腰を揺らして逃げても捕まえられ、引き寄せられた。

「いや、です。お願い」
「ごめんね。今日は聞いてあげられない」

これは愛のある行為じゃなくて、治療だから。

 そう言われるように事務的に愛撫が始まって、逃げたり暴れる僕の腰をゆっくりと押さえつけ、下から挿入された。

 その日の行為は、快楽を感じる行為とは程遠かった。体の中をかき混ぜられる。けれどどれだけ訴えても、僕の言葉は受け入れてもらえなかった。

 気持ちが悪い。
 感情は全て置いて行かれる。
 僕ではなくてもいい。
 治療さえできれば、僕じゃなくてもいい。
 今、彼に穿たれ翻弄されているのは、僕だからではない。
 僕の為ではない。
 自分が噛んだ運命の番の為であって、『僕』のためではない。
 一ミリも感じない愛のない行為に、僕に花を食べさせる必死な祖母の顔が浮かんだ。

 冷たく苦しい一夜だった。
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