13 / 97
夜の慰み物としての再会
しおりを挟む
オルレアン侯爵邸の「水晶の間」は、人間の虚栄心と権勢欲が凝縮され、結晶化したかのような空間であった。
その名は、天井から吊り下げられた、数千、数万の水晶片で構成された巨大なシャンデリアに由来する。
それはまるで凍てついた太陽のように、魔力光を乱反射させ、その下に集う人々の顔を、青白く、そしてどこか非現実的に照らし出していた。
壁という壁は磨き上げられた巨大な鏡で覆われ、無限に続く回廊のように、この絢爛たる光景をどこまでも映し込み、空間を現実以上に広大に見せかけている。
床には、遥か東方の砂漠の国から献上されたという、深紅の絨毯が敷き詰められ、その柔らかな毛足は、貴人たちの靴音すらも吸収し、この祝宴のざわめきを、どこか夢の中の出来事のように変質させていた。
リリスは、その夢幻の光景の、最も暗い片隅に、まるで忘れ去られた置物のように佇んでいた。
彼女はバーンズ子爵によって、他の数十人の少女たちと共に、今夜の祝宴を彩る「花」として、この侯爵邸に「納品」されたのだ。
彼女たちが纏うのは、薄い絹で仕立てられた、揃いの簡素なドレス。
それは肌の大部分を露わにし、その存在が装飾品であり、同時に慰み物であることを、無言のうちに物語っていた。
他の少女たちが、緊張と、あるいは僅かな期待に頬を紅潮させている中で、リリスだけが、その表情から一切の感情を消し去っていた。
彼女の青い瞳は、シャンデリアの光を反射して、ただガラス玉のように冷たく輝くだけで、そこに映る豪華絢爛な光景も、行き交う人々の嬌声も、何一つ彼女の心には届いていない。
その魂は、この場所にはなく、ただ、地下牢の暗闇にいる母の元へと、帰り着いていた。
突如、楽団が高らかにファンファーレを奏で、広間の全ての視線が、黄金の装飾が施された巨大な両開きの扉へと注がれた。
荘重な音楽と共に扉がゆっくりと開かれ、この祝宴の主役である三人の英雄が、主催者であるオルレアン侯爵に先導され、その姿を現した。
瞬間、会場は割れんばかりの拍手と、熱狂的な賞賛の声に包まれた。
貴婦人たちは扇で口元を覆いながらも、その瞳は好奇心と崇拝の光で爛々と輝き、貴族たちはグラスを片手に、計算された賞賛の言葉を口々に囁き合った。
それは、勝利という名の美酒に酔いしれる、国家規模の祭典の幕開けであった。
その賞賛の嵐の中心に、ゼノンは立っていた。
今日の彼は、戦場での無骨な全身鎧ではなく、帝国の紋章が刻まれた白銀の儀礼鎧を纏っていた。
それは彼の鍛え抜かれた肉体の線を、より一層、彫刻のように際立たせ、英雄という名に相応しい、神々しいまでの威厳を放っていた。
しかし、その硬質な金属の輝きとは裏腹に、彼の表情は、まるで石膏の仮面のように硬く、冷え切っていた。
その灰色の瞳は、目の前で繰り広げられる歓迎の光景を一切映さず、ただ、この空間の、もっと遠い何かを射抜くように、虚空を見つめている。
六年前、娼館の庭で少女に微笑みかけた騎士の面影は、そこには微塵もなかった。
そこにいるのは、数多の死線を潜り抜け、その魂に無数の傷を刻み込まれた、一人の戦士の姿であった。
リリスの視線は、感情の波を一切伴わずに、壁際からその光景を眺めていた。
彼女の虚ろな瞳が、人々の輪の中心に立つゼノンの姿を捉える。
その顔、その姿は、六年の歳月と、戦争という名の業火によって、大きく変貌していた。
しかし、リリスは、一瞬の躊躇もなく、彼が六年前のあの騎士であることを認識した。
*ああ、あれが、あの騎士か。*
その認識は、彼女の心に、何の波紋も、さざ波すらも立てなかった。
かつて、おとぎ話の王子様のように見上げた憧れの対象。
その記憶は、バーンズ子爵の寝台の上で、とうの昔に殺された。
今の彼と自分との関係は、ただ一つ。
英雄と、その夜の慰み物として差し出される、数十の奴隷の中の一人。
所有物として、かつての所有者候補に再会する。
その冷徹で、あまりにも残酷な事実だけが、彼女の思考の中で、無機質な文字列のように、ただ静かに浮かんでいた。
ゼノンは、オルレアン侯爵や他の貴族たちからの、終わりのない賞賛の言葉に、ただ機械的に頷きを返していた。
その心は、この偽善に満ちた祝宴から、完全に遊離していた。
彼の意識の片隅では、いまだに、あの赤いバラと、汚れを知らない少女の瞳が、消えることのない残像となって明滅している。
無意識のうちに、彼の視線が、喧騒から逃れるように、会場の隅々を彷徨い始めた。
その視線が、偶然、壁際に並ぶ「花々」の一群へと向けられる。
その中に、ひときわ異質な、感情の抜け落ちた青い瞳を持つ少女がいることを、彼はまだ知らない。
彼の視線がその場所に届く寸前、隣に立ったリアムが、冗談めかして彼の肩を叩き、その意識を現実に引き戻した。
ゼノンは僅かに眉を顰め、再び目の前の虚ろな会話へと戻っていく。
一方、リリスは、ただひたすらに、自分の「奉仕」の順番が訪れる、その瞬間を、時の流れから切り離された存在のように、静かに待ち続けていた。
その名は、天井から吊り下げられた、数千、数万の水晶片で構成された巨大なシャンデリアに由来する。
それはまるで凍てついた太陽のように、魔力光を乱反射させ、その下に集う人々の顔を、青白く、そしてどこか非現実的に照らし出していた。
壁という壁は磨き上げられた巨大な鏡で覆われ、無限に続く回廊のように、この絢爛たる光景をどこまでも映し込み、空間を現実以上に広大に見せかけている。
床には、遥か東方の砂漠の国から献上されたという、深紅の絨毯が敷き詰められ、その柔らかな毛足は、貴人たちの靴音すらも吸収し、この祝宴のざわめきを、どこか夢の中の出来事のように変質させていた。
リリスは、その夢幻の光景の、最も暗い片隅に、まるで忘れ去られた置物のように佇んでいた。
彼女はバーンズ子爵によって、他の数十人の少女たちと共に、今夜の祝宴を彩る「花」として、この侯爵邸に「納品」されたのだ。
彼女たちが纏うのは、薄い絹で仕立てられた、揃いの簡素なドレス。
それは肌の大部分を露わにし、その存在が装飾品であり、同時に慰み物であることを、無言のうちに物語っていた。
他の少女たちが、緊張と、あるいは僅かな期待に頬を紅潮させている中で、リリスだけが、その表情から一切の感情を消し去っていた。
彼女の青い瞳は、シャンデリアの光を反射して、ただガラス玉のように冷たく輝くだけで、そこに映る豪華絢爛な光景も、行き交う人々の嬌声も、何一つ彼女の心には届いていない。
その魂は、この場所にはなく、ただ、地下牢の暗闇にいる母の元へと、帰り着いていた。
突如、楽団が高らかにファンファーレを奏で、広間の全ての視線が、黄金の装飾が施された巨大な両開きの扉へと注がれた。
荘重な音楽と共に扉がゆっくりと開かれ、この祝宴の主役である三人の英雄が、主催者であるオルレアン侯爵に先導され、その姿を現した。
瞬間、会場は割れんばかりの拍手と、熱狂的な賞賛の声に包まれた。
貴婦人たちは扇で口元を覆いながらも、その瞳は好奇心と崇拝の光で爛々と輝き、貴族たちはグラスを片手に、計算された賞賛の言葉を口々に囁き合った。
それは、勝利という名の美酒に酔いしれる、国家規模の祭典の幕開けであった。
その賞賛の嵐の中心に、ゼノンは立っていた。
今日の彼は、戦場での無骨な全身鎧ではなく、帝国の紋章が刻まれた白銀の儀礼鎧を纏っていた。
それは彼の鍛え抜かれた肉体の線を、より一層、彫刻のように際立たせ、英雄という名に相応しい、神々しいまでの威厳を放っていた。
しかし、その硬質な金属の輝きとは裏腹に、彼の表情は、まるで石膏の仮面のように硬く、冷え切っていた。
その灰色の瞳は、目の前で繰り広げられる歓迎の光景を一切映さず、ただ、この空間の、もっと遠い何かを射抜くように、虚空を見つめている。
六年前、娼館の庭で少女に微笑みかけた騎士の面影は、そこには微塵もなかった。
そこにいるのは、数多の死線を潜り抜け、その魂に無数の傷を刻み込まれた、一人の戦士の姿であった。
リリスの視線は、感情の波を一切伴わずに、壁際からその光景を眺めていた。
彼女の虚ろな瞳が、人々の輪の中心に立つゼノンの姿を捉える。
その顔、その姿は、六年の歳月と、戦争という名の業火によって、大きく変貌していた。
しかし、リリスは、一瞬の躊躇もなく、彼が六年前のあの騎士であることを認識した。
*ああ、あれが、あの騎士か。*
その認識は、彼女の心に、何の波紋も、さざ波すらも立てなかった。
かつて、おとぎ話の王子様のように見上げた憧れの対象。
その記憶は、バーンズ子爵の寝台の上で、とうの昔に殺された。
今の彼と自分との関係は、ただ一つ。
英雄と、その夜の慰み物として差し出される、数十の奴隷の中の一人。
所有物として、かつての所有者候補に再会する。
その冷徹で、あまりにも残酷な事実だけが、彼女の思考の中で、無機質な文字列のように、ただ静かに浮かんでいた。
ゼノンは、オルレアン侯爵や他の貴族たちからの、終わりのない賞賛の言葉に、ただ機械的に頷きを返していた。
その心は、この偽善に満ちた祝宴から、完全に遊離していた。
彼の意識の片隅では、いまだに、あの赤いバラと、汚れを知らない少女の瞳が、消えることのない残像となって明滅している。
無意識のうちに、彼の視線が、喧騒から逃れるように、会場の隅々を彷徨い始めた。
その視線が、偶然、壁際に並ぶ「花々」の一群へと向けられる。
その中に、ひときわ異質な、感情の抜け落ちた青い瞳を持つ少女がいることを、彼はまだ知らない。
彼の視線がその場所に届く寸前、隣に立ったリアムが、冗談めかして彼の肩を叩き、その意識を現実に引き戻した。
ゼノンは僅かに眉を顰め、再び目の前の虚ろな会話へと戻っていく。
一方、リリスは、ただひたすらに、自分の「奉仕」の順番が訪れる、その瞬間を、時の流れから切り離された存在のように、静かに待ち続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
復讐の悪女になるはずが、天使系義兄からピュアな執着と溺愛で邪魔されてます!
鈴宮(すずみや)
恋愛
サウジェリアンナ王国の王女エルシャは、不幸だった前世の記憶を持って生まれてきた。現世ではみんなから愛され、幸せになれると信じていたエルシャだったが、生後五ヶ月で城が襲撃されてしまう。
絶体絶命かと思いきや、エルシャは魔術師の男性から救出された上『リビー』という新たな名前を与えられ、養女として生きることに。
襲撃がジルヴィロスキー王国によるものと気づいたリビーは、復讐のため王太子妃になることを思いつく。けれど、義理の兄であるゼリックがあまりにもリビーを溺愛するため、せっかく王太子アインハードに近づくことに成功しても、無邪気に邪魔され計画がうまく進まない。
ゼリックの干渉を減らすためリビーは彼の婚約者を探したり、ゼリック抜きでアインハードとお茶をして復讐を成功させようと画策する。
そんな中、十六歳に成長したリビーはアインハードと同じ学園に入学し、本格的なアプローチを開始する。しかし、ゼリックが講師として学園へ来てしまい、チャンスをことごとく潰されてしまう。
(わたしは復讐がしたいのに!)
そう思うリビーだったが、ゼリックから溺愛される日々はとても幸せで……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる