奴隷魔族の私に、幸せは訪れない〜救いを求めた少女が、世界の敵になるまで〜

鹿の子

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守り抜いた

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夜闇を切り裂くように、ギルド「鉄槌と坩堝」の重厚な鉄扉が内側から開け放たれた。

漏れ出したのは、ランプの温かい光と、待ちわびた者たちの安堵とも緊張ともつかない息遣いだった。

オーギュストとギルダが担ぐ即席の担架には、顔を蒼白にしたエヴァが横たわっている。

その傍らには、オーギュストの分厚いマントを深く被ったリリスが、亡霊のように付き従っていた。

「医務室へ運べ! ポーションと清潔な包帯を!」

オーギュストの檄が、静まり返っていたギルドホールに響き渡る。

数人のギルド員が慌ただしく動き出し、道を確保した。

一行はそのままギルドの奥にある医務室へと雪崩れ込む。

担架がベッドの横に置かれ、エヴァの衰弱しきった体が慎重に移された。

彼女の左足は痛々しく腫れ上がり、不自然な角度に曲がったままだ。

「クソッ、見事に砕かれてやがる……」

ギルダが忌々しげに吐き捨て、すぐに治療の準備に取り掛かった。

彼女は鍛冶師であると同時に、戦場で生き抜くための荒療治にも通じている。

小刀を炎で炙って消毒し、エヴァのズボンの裾を慎重に切り開いていく。

その間、オーギュストは戸棚から厳重に封をされた小瓶を取り出した。

中には、月の光を溶かし込んだかのような、青く輝く液体が満たされている。

一本で数千ドルは下らない、最高級の魔力回復薬だ。

「エヴァ、飲めるか」

オーギュストがエヴァの頭を優しく支え、小瓶の口を彼女の唇に当てる。

エヴァはかろうじて目を開き、こくりと頷いた。

霊薬が喉を通り過ぎると、彼女の蒼白だった頬に、わずかに血の気が戻った。

リリスは、その一連の光景を部屋の隅から凝視していた。

オーギュストのマントに全身を包み、まるで石像のように微動だにしない。

彼女のガラス玉のような瞳は、治療を受けるエヴァの姿だけを映し出し、他の一切を拒絶していた。

治療の邪魔になることを、彼女の本能が理解していた。

だが、この場を離れるという選択肢は、彼女の思考には存在しなかった。

もし一瞬でも目を離せば、エヴァが泡のように消えてしまうのではないかという、非合理な恐怖に支配されていた。

一人の女性ギルド員が、リリスの元へ清潔な衣服とタオルを差し出した。

「リリスさん……こちらに着替えてください。濡れたままだと、お体に障ります」

その声は、リリスの耳には届かなかった。

彼女の全神経は、ギルダがエヴァの足に添え木を当て、包帯を巻いていくその手つきに集中している。

オーギュストが、その様子に気づき、静かに首を振った。

*今は何を言っても無駄か。あいつの世界には、エヴァしか存在していない。無理に引き剥がせば、壊れかねん。*

彼は内心で舌打ちし、女性ギルド員に目配せで下がるよう指示した。

オーギュストは、リリスの精神が極めて危うい一本の弦の上にあることを看破していた。

凌辱と殺戮。

その二つの極致を短時間で経験した魂が、正常であるはずがない。

今彼女を支えているのは、エヴァを「守らなければならない」という強迫観念にも似た使命感だけだ。

彼は治療の指揮をギルダに完全に任せると、自身は厨房へと向かった。

戻ってきた彼の手には、湯気の立つスープの入った木椀があった。

肉と野菜を煮込んだ、滋養に富む香り。

オーギュストはリリスの前に立ち、無言でそれを突き出した。

リリスは反応しない。

「飲め」

オーギュストが、低く、しかし有無を言わせぬ力強さで命じた。

その命令は、リリスの無意識に刻まれた「従属」の回路を刺激した。

彼女はゆっくりと顔を上げ、オーギュストの目を見つめる。

そこに心配の色はなく、ただ「実行せよ」という揺るぎない意志だけがあった。

リリスはマントの隙間から手を伸ばし、機械的な仕草で木椀を受け取った。

そして、熱さも感じていないかのように、中身をこくこくと喉に流し込んでいった。

やがて、エヴァの呼吸が深く、穏やかなものになった。

ハイポーションの効果が全身に行き渡り、魔力枯渇による極度の消耗から回復し始めたのだ。

苦悶に歪んでいた表情も和らぎ、安らかな寝息を立てている。

「……峠は越したな」

ギルダが額の汗を拭い、安堵のため息をついた。

「ああ。だが、問題は山積みだ」

オーギュストが窓の外に目をやる。

東の空が、インクを水で薄めたように白み始めていた。

「盗賊団が全滅したとなれば、すぐに憲兵隊が動き出す。今回の件、どう報告するか……。ギルダ、後のことは頼む。俺は少し考える」

「分かった。お前も休めよ、マスター」

二人は短い言葉を交わし、リリスに一瞥をくれると、静かに医務室を後にした。

軋む扉の音が消えると、部屋には完全な静寂が訪れた。

残されたのは、眠るエヴァと、立ち尽くすリリスだけ。

リリスは、まるで糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、這うようにしてベッドへと近づいた。

そして、ベッドの脇に膝をつくと、祈るようにエヴァの手を両手でそっと握りしめた。

暖かい。

生きている。

その事実が、張り詰めていたリリスの意識を、ゆっくりと溶かしていく。

窓から差し込む朝の光が、彼女の銀色の髪を淡く照らし出す。

守れた。

守り抜いた。

その安堵感は、これまで彼女が感じたことのないほど甘美で、そして抗いがたい眠気を伴っていた。

リリスは、握りしめたエヴァの手に、そっと自分の額を押し当てた。

母親ではない、別の誰かの温もり。

自分を肯定してくれる温もり。

意識が急速に薄れていった。
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