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もし私が…魔族を売れば…?
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夜半、ギルドの喧騒が静まり返った後、リリスは自室の寝台の上で膝を抱えていた。
窓から差し込む青白い月光が、彼女の顔に深い影を落とす。
部屋の外からは、当直の冒険者が廊下を歩く足音が聞こえる。
その乾いた音は、彼女が監視下にあるという事実を、冷徹に告げていた。
リリスは自分の両手を見つめる。
かつては花を愛で、今は魔物の血に濡れる手。
この手で、何かを変えることはできないか。
暗い思考の淵から、一つの考えが泡のように浮き上がった。
メル。
あの路地裏の少女。
魔族の気配を纏う、謎めいた子供。
もし、彼女を告発したらどうなるか。
フィオナはスパイを探していた。
帝国の魔導師が血眼になって探す敵を、この私が差し出すのだ。
魔族の血を引く私が、魔族を売る。
それは、ギルドに対する、そして帝国に対する、究極の忠誠の証明になるのではないか。
思考は熱を帯び、加速する。
私がメルを突き出せば、オーギュストは私を見直すはずだ。
「魔族であっても、魔族を狩る側の存在だ」と。
そうすれば、あの冷たい監視の目は消え、再び仲間として受け入れられるかもしれない。
エヴァも、もう悲しい顔をしなくて済む。
ギルドの皆も、私を恐れる必要がなくなる。
それは、「正義」だ。
街を脅かす魔族の脅威を排除する。
それは冒険者として、いや、人間社会に生きる者として、正しい行いのはずだ。
たとえ同族であっても、敵は敵。
私は人間として生きることを選んだのだから、魔族を殺すことに躊躇いを持つ必要はない。
そうだ、これは裏切りではない。
生存戦略だ。
私が生き残り、エヴァとの日々を守るための、唯一の手段だ。
リリスは、渇いた唇を舐めた。
心臓が早鐘を打つ。
しかし、その高揚した思考の裏側で、別の映像が鮮明に蘇る。
薄汚れた路地裏。
黒いワンピース。
抱えられた古びた人形。
お姉ちゃんが遊んでくれて、嬉しい
メルの、あの無垢な笑顔。
ガラス玉のような瞳が、純粋な信頼を湛えて私を見上げていた。
もし、彼女がスパイではなかったら?
ただの、魔族の血を引く孤児だったとしたら?
その時、私は何になる。
無実の子供を、自分の保身のためだけに、拷問と死の待つ断頭台へと送り込む。
それは「正義」ではない。
それは、最も卑劣な「人殺し」だ。
かつて私を売り飛ばしたバーンズ子爵と、私を商品として扱ったマダム・ロザリアと、何が違うというのか。
リリスは頭を抱え、シーツを鷲掴みにした。
フィオナが見せた写真は、大人の男だった。
メルは子供だ。
変装魔法の可能性はある。
しかし、あの純粋な寂しさは演技なのか。
あの温もりを求めてくる瞳は、全て偽りなのか。
分からない。
確かめる術はない。
確かめようとすれば、彼女に接触しなければならない。
しかし、監視下の私が動けば、それだけで疑惑を招く。
告発すれば、私は救われる。
だが、魂は死ぬ。
黙っていれば、私は破滅するかもしれない。
だが、少なくとも、手は汚れない。
いや、黙っている間にメルが本当に街を破壊したら? その時、私は共犯者になるのではないか。
思考が堂々巡りを繰り返し、螺旋階段を転げ落ちるように、暗い底へと落ちていく。
正解などない。
どちらを選んでも、待っているのは地獄だ。
リリスは、息を吐くことさえ忘れ、胸の痛みに耐えた。
肺が鉛で満たされたように重い。
エヴァに相談することもできない。
彼女をこれ以上苦しめたくないし、何より、彼女なら迷わず「子供を守る」と言うだろう。
その清廉さが、今の私には眩しすぎて、直視できない。
私は、汚い。
生き残りたいと願うことさえ、罪のように感じる。
月光が雲に隠れ、部屋が完全な闇に包まれた。
リリスはその闇の中で、誰にも届かない叫びを噛み殺し、ただ震えていた。
答えは出ない。
出るはずがない。
窓から差し込む青白い月光が、彼女の顔に深い影を落とす。
部屋の外からは、当直の冒険者が廊下を歩く足音が聞こえる。
その乾いた音は、彼女が監視下にあるという事実を、冷徹に告げていた。
リリスは自分の両手を見つめる。
かつては花を愛で、今は魔物の血に濡れる手。
この手で、何かを変えることはできないか。
暗い思考の淵から、一つの考えが泡のように浮き上がった。
メル。
あの路地裏の少女。
魔族の気配を纏う、謎めいた子供。
もし、彼女を告発したらどうなるか。
フィオナはスパイを探していた。
帝国の魔導師が血眼になって探す敵を、この私が差し出すのだ。
魔族の血を引く私が、魔族を売る。
それは、ギルドに対する、そして帝国に対する、究極の忠誠の証明になるのではないか。
思考は熱を帯び、加速する。
私がメルを突き出せば、オーギュストは私を見直すはずだ。
「魔族であっても、魔族を狩る側の存在だ」と。
そうすれば、あの冷たい監視の目は消え、再び仲間として受け入れられるかもしれない。
エヴァも、もう悲しい顔をしなくて済む。
ギルドの皆も、私を恐れる必要がなくなる。
それは、「正義」だ。
街を脅かす魔族の脅威を排除する。
それは冒険者として、いや、人間社会に生きる者として、正しい行いのはずだ。
たとえ同族であっても、敵は敵。
私は人間として生きることを選んだのだから、魔族を殺すことに躊躇いを持つ必要はない。
そうだ、これは裏切りではない。
生存戦略だ。
私が生き残り、エヴァとの日々を守るための、唯一の手段だ。
リリスは、渇いた唇を舐めた。
心臓が早鐘を打つ。
しかし、その高揚した思考の裏側で、別の映像が鮮明に蘇る。
薄汚れた路地裏。
黒いワンピース。
抱えられた古びた人形。
お姉ちゃんが遊んでくれて、嬉しい
メルの、あの無垢な笑顔。
ガラス玉のような瞳が、純粋な信頼を湛えて私を見上げていた。
もし、彼女がスパイではなかったら?
ただの、魔族の血を引く孤児だったとしたら?
その時、私は何になる。
無実の子供を、自分の保身のためだけに、拷問と死の待つ断頭台へと送り込む。
それは「正義」ではない。
それは、最も卑劣な「人殺し」だ。
かつて私を売り飛ばしたバーンズ子爵と、私を商品として扱ったマダム・ロザリアと、何が違うというのか。
リリスは頭を抱え、シーツを鷲掴みにした。
フィオナが見せた写真は、大人の男だった。
メルは子供だ。
変装魔法の可能性はある。
しかし、あの純粋な寂しさは演技なのか。
あの温もりを求めてくる瞳は、全て偽りなのか。
分からない。
確かめる術はない。
確かめようとすれば、彼女に接触しなければならない。
しかし、監視下の私が動けば、それだけで疑惑を招く。
告発すれば、私は救われる。
だが、魂は死ぬ。
黙っていれば、私は破滅するかもしれない。
だが、少なくとも、手は汚れない。
いや、黙っている間にメルが本当に街を破壊したら? その時、私は共犯者になるのではないか。
思考が堂々巡りを繰り返し、螺旋階段を転げ落ちるように、暗い底へと落ちていく。
正解などない。
どちらを選んでも、待っているのは地獄だ。
リリスは、息を吐くことさえ忘れ、胸の痛みに耐えた。
肺が鉛で満たされたように重い。
エヴァに相談することもできない。
彼女をこれ以上苦しめたくないし、何より、彼女なら迷わず「子供を守る」と言うだろう。
その清廉さが、今の私には眩しすぎて、直視できない。
私は、汚い。
生き残りたいと願うことさえ、罪のように感じる。
月光が雲に隠れ、部屋が完全な闇に包まれた。
リリスはその闇の中で、誰にも届かない叫びを噛み殺し、ただ震えていた。
答えは出ない。
出るはずがない。
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