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不穏な影
しおりを挟む「いらっしゃいませ、殿下。」
店内は落ち着いた雰囲気で、店のオーナーも落ち着いた初老の男性。
「久しいな、変わりはないか?」
「はい。お陰様で商売も上手く行っておりますよ。本日はどのような御用向きで?」
「あぁ。この方・・・この子に似合う髪紐をいくつか見繕って欲しい。あと、髪飾りも。」
「ほぉ、これはまた、美しい方ですね。承知致しました。少々お時間をいただきますね。あちらの席にお茶を用意させますので、お待ちください。」
にこりと微笑み、店の男は奥へと立ち去っていった。同時に、案内された席へ従業員がエスコートする。
「ディラーン、つまん、なーい。」
奥の部屋にあるのは、美しい茶器に、紅茶、可愛らしいお菓子。
普通の子供ならば、お菓子を見ればそれは喜んで食べるだろうが。
「・・・そう、ですよねぇ。」
自分は食べられないのに、自分のために用意されたであろう菓子に眉を下げてぷんすと怒りをあらわす彼にディランは苦笑する。
ヒースヴェルトには、人の食べるものは受け付けない。
長い年月を経て、彼の身体はディーテ神の創りし砡でしか、その飢えを満たせないようになっていた。
いつも明るく振る舞っているヒースヴェルトが、皆の食事の時間になると心なしか寂しそうにするのだ。
それは、四人とも気付いていた。
(これについても、いつかディーテ様に伺えるといいのだがな。)
「むー。ねぇ、ディラン。あめ、食べていい?」
ぷくっ、と頬を膨らませてヒースヴェルトは上目使いでディランに請う。
人前では、絶対に食べないこと。その約束はずっと守っている。
それに、今はリーナとディランしか部屋にはいない。
「えぇ。今なら、大丈夫でしょう。」
「ふふっ。ありがとう!」
そう言うと、先ほどフォレンに買ってきてもらったポーチの中から砡の詰まった瓶を取り出す。いつ見ても、美しい色の砡の欠片。
ぱくん、と可愛らしい口をあけて、一粒頬張る。
そのときの様子は、本当に稀有で。一瞬灰紫色の彼の瞳が、神々しくも虹色に輝くのだ。
コンコンコン、と控えめなノック音がすると、先ほどの店主が綺麗な赤茶のベロアの布が敷かれた宝石トレーを持って入室してきた。
トレーの上には、細やかで手の込んだ組紐や、宝石が散りばめられたバレッタなど、上品な品物がいくつも並べられていた。
「拝見しますね!」
リーナはその品の美しさに瞳を輝かせた。
どれも、ヒースヴェルトの髪に似合うだろう。
「あっ、ディラン様、この深翠の宝石、とても素敵ですね。金の装飾も品があって美しいです。」
「うん。なかなかいいな。ヒースヴェルト様、気に入ったものがありますか?」
「きれい、だねぇ!・・・ ぁっ。」
ヒースヴェルトが見つけた、ひとつの飾り紐。
金色の薔薇に、パールを加工した葉のモチーフ。
「と、しゃんのだ!とうしゃんの、はにゃももりに似てるねぇ!」
歓喜の声に、ディランはその飾り紐を見る。確かに、それは華護りをイメージして創られたであろう品だった。
「ほう!華護りをご存じとは、博識であられますね。」
可愛らしい発音に微笑みながら、店主は薔薇の飾り紐をヒースヴェルトに手渡した。
「気に入りました?ヒースヴェルト様。」
ディランは覗き込むように腰を屈め、ヒースヴェルトに問うと、にこりと微笑みながら、こくりと頷いた。
「それら全てもらおう。」
「はい!有り難うございます。どれかひとつ、お付けになりますか?」
店主の質問に、ヒースヴェルトはうーん、とうなってから、
「はにゃももり!」
と、元気よく答えたのであった。
リーナがそっと、金の薔薇の飾り紐を、ヒースヴェルトの虹色の髪を結い留める。
「リーナ、ありがと!どう?にあうー?」
「はい、とってもお似合いですよ!」
「わーい!」
室内だと、虹色の輝きは目立たず、プラチナの色に見えるヒースヴェルトの髪は、リーナの手によって緩く編み込まれ左肩に流された。
ちょうど肩のあたりに薔薇のモチーフが留まるように。
「ディラン様、こちらの方は、皇家の縁の方でしょうか?」
何となく、会話のついでに尋ねたのだろうが、これには答えられない。
「余計な詮索をするな。まだ商売も続けたいだろう?」
殺せそうなほど、鋭い視線を向けられ、男は萎縮した。
「もっ、申し訳ございません。」
顔色を失くし、固まったまま動けなくなってしまった。
「リーナ行くぞ。さぁ、ヒー様、参りましょう?」
「ぁーい!ひーたん、かぇ、るぅ。おじいちゃん、またね!」
無垢な微笑みに、男の表情がやっと和らぐ。
「は、はい。有り難うございました。」
店を出てしばらく街道を歩くと、ふとディランはリーナに小さな声で言う。
「・・・つけられているな。
リーナ、ヒースヴェルト様を連れてすぐに星の離宮に戻れ。
次の角で気配を消す。」
「はい。」
歩調を変えることなく、建物の角を曲がった瞬間、リーナはヒースヴェルトの手を掴み、全力で駆け出した。
「ぉおっ?リーナっ、リーナ!!」
はやいはやい!と、ヒースヴェルトは驚きながらもリーナに付いて走って行く。
「申し訳ありません、ヒースヴェルト様。
つけられているようなのです、危険がないように、すぐにホテルに帰ります!」
ひょい、とヒースヴェルトを抱えあげて、リーナはスピードを上げた。
そして、気配を消して様子をうかがっていたディランは。
(3人、か。何だ?あの双蛇の刺繍。)
リーナとヒースヴェルトを見失い、立ち止まっている奴らに、見覚えはなかった。
尾行して突き止めることも考えたが。
(・・・いや。この件についても動く前にフォレンに報告してからだな。)
単独行動の軽率さは立場上、幼い頃から身に染みて分かっている。
それに今はヒースヴェルトというとても大事な御方を預かっている。
彼をディーテ神の元にお返しすることを何よりも優先して考えるべきだ。
双蛇の奴等が街から姿を消してから三十分ほど経過した後、ディランもホテルに戻った。
「大丈夫だったか?ディラン。
つけられていたって?」
部屋に戻ると、ベッドでお昼寝をしているヒースヴェルトの姿を確認して安堵した。
フォレンはその様子を見て、ディランを労る。
「狙いが何かは分からないが。」
「・・・おそらく、西の国の事件が関係しているかもな。」
「西の?あぁ、砡術士失踪の。」
「尾行していた奴らは《双蛇》の刺繍が入ったローブを着ていたよ。
何か分かればいいけど。」
「双蛇・・・。
一応、本部に報告しておこう。
残念ながら我々はそれ以上は踏み込めない。
ただでさえ、この御方の警護を任されている。
ヒースヴェルト様を危険な目に逢わせる訳にはいくまい。」
(やっぱり深追いしなくて正解だな。
まずはヒースヴェルト様の安全確保。
それ意外にない。)
フォレンの意見に頷いて、部屋のソファーに腰かける。
リーナが紅茶を淹れてくれた。
「お疲れ様でした、ディラン様。
ヒースヴェルト様ったら、帰ってくるなり大きな欠伸をされて。『おしょと、歩くの疲れるねぇ!』とおっしゃったかと思えば、いきなりその場に崩れるように眠ってしまわれて。
慌てましたわー。」
ほっこりと報告してくるリーナは本当に幸せを感じているようで、ほほえましかった。
「ああ。楽しまれておられたな。
良かった・・。だが、砡の欠片の他に召される物が無いとは、本当に酷なことだ。」
先程の店での一件を皆に話すと、3人とも沈んだ表情になった。
そんな中。
「・・・あの、思ったんですけど。」
アシュトが突然、思い付いたように声を出す。
「どうした?」
「いや、神殿なら、ディーテ様と話せるチャンスっつーか、交信?できたりしないっすかね?
ほら、大魔境の神殿ほどじゃなくても、あの空気に近い気配を感じること、なかったすか?
もし、少しでもディーテ様のお時間をいただけるなら、ヒースヴェルト様のお食事について、アドバイスとかいただけないっすかね?」
「・・・。ほぉ。」
アシュトはいつも、盲点を突いてくる。
「そうだな、可能性はある、かもしれない。
幸い、神の加護を賜った私たちなら、街の神殿で祈りを捧げれば応えてもらえる・・・かも、しれない。」
正直なところ、できれば神殿や教会には近寄りたくはなかったが、それでも可能性があるならば。
「なら、リーナかオレが行ってきますよ。」
「?何故だ?」
「だって、フォレン様はアルクスの地位が高過ぎて、神殿と関わるには中立の立場を崩しかねません。
ディラン様については皇弟っすよ。もっての他ッス。」
しれっと正論をぶちまける平民のアシュトに、全員押し黙ってしまった。
(アシュトが凄く頼もしく感じる)
「そう、だな。本部からの返事もまだだし、早速明日にでも神殿に行ってくれるか?リーナ、アシュト。」
「はい!」
とりあえず、明日の予定は決まった。そして、もう一つ。
「フォレン、もう一つ報告だ。」
ベッドで眠るヒースヴェルトをちら、と見てから、ディランは口を開いた。
「ヒースヴェルト様の故郷が、分かるかもしれん。」
「!」
そう告げた声は、微かに震えていた。
十年前に彼を大魔境に捨て置いた親について。ディーテ神から聞かされた彼の過去はとてもじゃないけど許されるようなものではない。
「分かるのか?」
「キーワードは・・・華護り。」
「!・・・成る程。ギュゼリアか。
それで、この髪飾りをお付けになられていたのだな。」
「あぁ。捨てられる前に、父親と買いに行ったそうだ。
それを覚えておられてな。
馬で数時間駆けると、町に着く、と。
逆に考えれば、華護りを扱う三つの商都。
その周辺の町か村に家族が居る可能性がある。」
それを聞いた3人は、黙ったままだったがその思いは皆似たようなものだった。怒りと、迷い。
「分かったとして、ヒースヴェルト様ご本人に知らせる必要は無いとは思うが。」
冷たく言い放つ。フォレンの意見は最もだった。
だが、ディランはヒースヴェルトの父親への印象はさほど悪くなかったことを伝えると。
「・・・そう、なのか。」
「だから、家族の所在と、彼の大魔境へ至るまでの事を調べた上で。
ヒースヴェルト様のお心を聞くのは、それからでも遅くない。」
ヒースヴェルトの心など、計り知れない。
今、ディーテ神を母親として愛しておられるなら、それ以上にこの御方の心を乱すことなど、きっと許されない。
既に、彼は人との関わりを制限すべき尊き存在である。
元の家族だからといって、安易に会わせてはならないだろう。
「どうか、穏やかにお過ごしいただきたい。
それだけだ。」
可愛らしい寝息をたてて眠るヒースヴェルトの虹の髪をそっと撫でた。
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