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親は子を思う
しおりを挟む彼の灰紫の瞳の色が、美しい金色に変わった。
「ヒースヴェルト様…?」
『ふむ。我が子の叫びが聞こえたのでな。神力を頼って降りてきたが。コレ(本人)に入り込んでしまったか。』
この、柔らかい声は。
『…ディーテ様?』
『そこの眷属。コレに、何かあったか?』
『は…はい。申し訳ありません。我が屋敷の雇用人の子が、ヒースヴェルト様にその…暴言を…。』
きら、と金の粒子がフォレンの周りを舞うと、金色の瞳のヒースヴェルトは、いつもの朗らかさとは違う、悪戯好きな笑みを浮かべた。
『ほぉ。《罰を与える》か。ふふっ。余の寵児に罰をの。』
(私の記憶を……?)
『ぁ、申し開きもございません……。』
フォレンは青い顔をして俯いた。
『いや。良いのだ。それが問題ではない。だが、その言葉でコレの消し去りたかった記憶の蓋が開いたようだの。』
記憶の蓋、と言われ、首を傾げた。
『誰しも忘れたい過去のひとつやふたつ、あるだろう?コレは、余が手を取る時に自ら蓋をした。
その上から、余との日々を過ごすことで……癒されたと思ったのだがな。上塗りでは駄目だったようだの。育児とは難しいものよの。』
と、少し困ったように笑う。創造神であるこの方が、育児について悩むなど。
リーナはどこか親近感を覚えてしまい、それまでの緊張が解れ、息を吐いた。
『ヒースヴェルト様の。…暖かい心や、誰かを思う優しさも、笑顔も。私は大好きですわ。
悲しい過去があの方を苦しめておられるなら、助けたい……。あのような泣き顔はもう見たくありません。』
リーナが悲痛そうに言う。
『ならばそなたは何をする?』
『え…?』
『コレの澱みを消し去る手伝いでも、してみるかえ?』
『澱みを、消す?』
ディーテは、言った。
はじめは、ヒースヴェルトを、神力と切り離して、人としていつかは大魔境から人里へ送り出すつもりでいたこと。
でも、自分が育てたことが理由で人の身体を失いかけて、行き場を無くしてしまう彼に、申し訳ないことをした、と後悔したこと。
いつか、澱みが消えたとき、天上界に来れば良いと、長い目で見ていたことも。
しかし先日、彼からの小鳥を受け取って、彼の心を知り、その準備をすることにした。
だが、天上の民は、澱みのある魂ではなれないという。
彼の望みを叶えてあげるには、澱みを消す必要があるということ。
『悲しい過去は消えぬ。だが、それによって生じた澱みは、消える。
コレの魂は、人の世で言うところの…病に犯されているようなもの。
誰かと共に過ごして、穏やかに日々を上書きしても、根源を断たねば再発する。そんなものだ。』
これまでは、ディーテ本人がその役目を担っていたが、あの暴言が鍵となり、記憶の蓋が開いたことで、再び澱みが溢れたという。
『どうすれば…病を治せますか。』
フォレンが聞く。すると、フォレンがいつも嵌めている指輪に視線を落とす。
『そなたの持つ砡の欠片……コレが求めたことはないか?』
ディーテの質問に、あの冗談だと言われた時のやりとりが思い出された。
『ぁ…はい、確かに、その。お、美味しそうだと仰られたことが。』
この砡の欠片は、生まれてすぐだから、美味しそうだ、と笑ったことがあった。
『砡は、人の魂と同じ。生まれてすぐの砡の欠片は澱みが無い。積極的に触れることで、コレの澱みを消してしてゆく。
時には食べさせるのも良いだろうね。コレは余から《調和》の神力を受け取ったようだから、どんな欠片も取り込める。
ただ、余がコレに与えている虹の欠片は、余が直接生み出したモノ故に、この地で生まれた澱みには効かぬ。余がこの世の起源に埋めた、四つの神砡から生まれる欠片でなければ、澱みは消えぬよ。』
だから、生まれてすぐの砡の欠片を、たくさん集めるといいよ、と。
『本当なら、もっと緩やかに…生かそうと思っておったのだ。』
ふわりと立ち上がると、ディーテは入り口にあるミルクを見た。
『…これは、清めたものか?』
『はっ、はい。神泉の御力で。』
興味深く覗き込み、そっとカップを持ち上げた。
『ふむ。コレが一緒に食べたいと言っておったな。人の世のものを食してみるも、道化のようで愉しいかな。』
ペロ、と舐めとるようにミルクを飲んだ。
『うん、美味しい。
…コレを頼んだぞ、眷属らよ。コレの澱みが完全に消えるときまで、付き合ってやってくれ。あぁ。そうだ。一度神殿に戻るとき、白の眷属を連れてこい。』
そこまで言うと、纏っていた金の光がすぅっと消え去り。
ヒースヴェルトの身体がぐらりと大きく揺れた。
(まずい、倒れる!!)
フォレンはすぐさま床との衝突から庇うようにてを差し入れた。
「……ぅー。ママ…。」
フォレンに支えられ、ヒースヴェルトはそのまま眠ってしまった。先程までの冷たくなった頬も、赤みがさしていて、安心して眠っているようだった。
「ヒー様、本当に愛されてますね。わ、私、嬉しくて…っ。」
「あぁ。本当に。人のことなど知らぬと、以前仰られておられたのに。
こんなにも気にされて、悩まれて……。」
ディーテ神が人々に愛される理由が、そこにあるのだと分かった。
そして、そんな神に育てられた彼もまた、愛されるべき存在であるとも。
「忙しくなりそうだな。ヒースヴェルト様を病からお救いしよう。我々のような人間風情でも、できることは、あるはずだ。」
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