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貰えなかったお土産
しおりを挟む世の中には二種類の先輩社員が居る。
年末年始に帰省・旅行に行った後輩からお土産が貰える先輩と貰えない先輩である。
この『お土産が貰えない先輩』が浮き彫りになってしまったのは、ひとえにテレワークの弊害であろう。出社していた時であれば、特定の先輩にだけ渡す、特定の先輩にだけ渡さない、など角が立つようなことはよっぽど肝が据わっている後輩でもなければしなかったであろう。
もちろん、好きな先輩にだけ個別でコッソリと別のお土産をあげる、ということは前々からあるのかもしれないが、表向きは大体箱で買って来て、皆さんどうぞ、と共有の場所に置いておくか、一個ずつ配っていくか、くらいであろう。
だが、テレワーク、という業態においては逆。出社をして会社の人に会う、というイベントがそもそも発生しない。会社の人に旅行や帰省のお土産を買って来る、という文化に終止符を打った、新しい文化形態。
逆に言うと、お土産を渡す、という名目で好きな人とコミュニケーションを取りたかった人や、コッソリと好きな人にだけ個別で別のお土産を用意してアピールしていたタイプの人からすると、やりづらくなった、とも言えるだろう。
出社してお土産を配る、という必要性が無くなったため、特定の人にだけ渡したい、と思った場合、個別に連絡をして直接会って渡す、という必要性が出てくる。そうでもしない限り、お土産が渡せなくなった、とも言える。
テレワークという業態においては、お土産を渡されない方が普通。だから、お土産を渡されないだけであれば、彼も大して気にはしなかった。
年末年始の休みも終わりが近付き、お正月っぽいことを何もしてないな、と思った彼はふと思いつきで、少しでもお正月気分を味わおうと街に繰り出してみた。
仕事始めも近付いてきていたのか、どことなくお正月気分は街全体としても薄れてきているような気はしたが、それでも流れているBGMや店の飾りなどを眺め、何となくお正月気分を味わうことに成功していた彼の視界にそれは映った。
彼の課の後輩の女性社員と別の課の男性社員が二人並んで仲良さそうに歩いていた。
仲が良い、という話は彼も聞いていた。別の課の先輩にも関わらず、よく仕事を手伝ってもらったり、定時後に何でもない雑談をしている、なんて話も聞いていた。
自分には相談しないんだな、なんて彼はそれを聞いて複雑な想いを抱きはした。ふーん、付き合っているのね、なんて言われてもいないことを勝手にこっちで解釈し、勝手に拗ねたりもした。
『二人は付き合っている』なんて勝手に思い込んだくせに、どこかで直接的な証拠は見ていなかったから、付き合ってはいないのかも、なんて淡い期待を抱くこともあった。最近は自分にも雑談のようなチャットをしてくれることが増え、自分にも心を開いてきてくれている、なんて喜びもした。
しかし今、そんな浅はかだった期待が砕け散ったような気がした。
休みの日に二人並んで歩いている。この状態でもまだ直接的な証拠は出ていないから、付き合っていない、と信じ込むことくらいはできただろう。いや、実際に付き合っていない可能性もあるし、事実そうなのかもしれない。
しかし、彼には流石にもうそうには思えなかった。二人並んで肩が触れるくらいの距離で歩いているその姿は明らかに恋人同士のそれだった。
並んで歩いている男性社員の手には一つのお菓子の紙袋があった。彼の記憶が確かなら、その紙袋は彼女の出身地で有名なお菓子であったハズだ。
そのお菓子袋が男性社員の手に渡った経緯は分からない。
男性社員が好きなお菓子で事前に仲が良い彼女に頼んで買って来てもらったのかもしれない。彼女は頼まれたおつかいを済ませただけなのかもしれない。
彼女の出身地の銘菓ではあるが、彼女の出身地でしか買えない、ということはない。男性社員が自主的に買ったのかもしれない。
だけど、一番自然に考えるのであれば、彼女が帰省した時に男性社員にお土産を買い、それを渡すために約束して会った、と考えるのが自然であろう。
当たり前だが、そのお菓子が彼の手に渡されることは無いだろう。出社していないから会って渡す機会も無いし、その男性社員と違って、わざわざ彼と会う約束をしてまでお土産を渡したくもないだろう。
何か、自分の思考が凄く卑屈なものになっているのは彼も自覚があった。だがこうまざまざと明らかに彼に対する対応とは違う対応を見せられてしまうと、彼も卑屈にならざるをえなかった。
テレワークという業態にさえならなければ、これに気付かずに済んだのだろうか? テレワークのおかげで気付けた、というべきなのだろうか。
彼は彼女からお土産を貰うことはできなかった。
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