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14 ハッピーエンドにエピローグ
しおりを挟むもう時計は深夜12時を廻って1時近くになっている。
お父様は銀の水盆を片付けた後
「警備が途中でしたから、一度戻って部下に声を掛けてくる事にします。ソフィア…私が戻ったら家迄一緒に帰ろう。ナイジェル様、それまでソフィアの事をお願いいたします」
と言って部屋を出て行ってしまった。
わたしはナイジェル様とまた二人きりになった。
わたしはあの最後の…月の精霊のガッツポーズを思い出していた。
月の精霊――わたしの守護者がこんなに応援してくれているのだから、わたしもそれに応えなければ。
(…うん、そうだわ。勇気を振り絞ってナイジェル様にきちんと自分の気持ちを伝えなきゃ…)
と俯いていた姿勢から思い切り顔を上げる。
するとわたしは目の前で美しいナイジェル様の瞳とばったり出会ってしまった。
長い睫毛が美しい紫色の瞳に影を落としている。
ナイジェル様はわたしをじっと見つめていた。
「あ、あの…ナイジェル様…」
「…ソフィア?」
思わず口をパクパクさせてしまったが、わたしはやっと声を出した。
「ナ…ナイジェル様。ご…ごめんなさい。つ、釣り合わないなんて言って…。わたくし自分に自信がなくて…こんな事で…お、お別れする事がなくて、わたくしっ…良かったです…」
そう言いながら胸の前で両手をぎゅっとしていると、ナイジェル様はすっと手を伸ばした。
握り締めたわたしの手を両手でそっと握ってくれる。
大きくて温かくて普段剣を握っている為か、少しごつごつした手だ。
「…釣り合わないなんて事はない。俺はソフィアの思慮深い所や所作の美しいところや俺の事をいつも考えてくれるところ…それに優しくて可愛らしいところとか、本当にすべて好ましく思っている。
俺の方こそ…せっかちで言葉足らずの短慮だし、気が回らなくてソフィアにあんな令嬢らの嫌がらせを受けるような状況に置いてしまって済まなかった。辛かっただろう?」
『…本当に婚約者失格だ』
ナイジェル様は言って少し悲しそうに濃いアメジストのような瞳でわたしの顔を覗き込んだ。
「そ…そんな事ないですわ。それに…ナイジェル様はいつでもわたくしの為に令嬢方に怒ってくださったではありませんか」
「ソフィアの事を貶める相手がただ許せなかっただけだ」
「わたくしはそれがとても嬉しかったのですわ。わたくしの為に怒って頂いて…本当にありがとうございます」
ナイジェル様はふふ、と少し笑うとわたしのおでこに自分のをこつんとぶつけた。
わたしの顔にかあっと熱が昇って来る。
「…ちゃんと分かっているのか?きみはとても素敵な女性だ、ソフィア」
「ナイジェル様…」
ナイジェル様はそのままわたしをぎゅっと抱きしめた。
「…あと一年成人するまで待てないかも…」
と言ってまた少し笑うと、ナイジェル様はわたしの顎を指で挟んだ。
そして
「…好きだよ。ソフィア…」
と優しい声で囁いてから美しい顔を傾けたナイジェル様は、わたしにゆっくりと唇を落とした。
+++++
「そう言えば――義妹はレイラと名付けられたんだよ。天使みたいにめちゃくちゃ可愛いんだ」
ナイジェル様は大きな木立の影で、わたしの膝枕で本を読みながら思い出したように言った。
今日はナイジェル様の騎士団のお仕事が非番の日である。
雲一つ無い快晴で良いピクニック日和だった。
バスケットの中にはわたしが作ったお弁当のサンドウィッチを入れて、ナイジェル様の馬で遠乗りかとお散歩のデートをしているのだ。
時折木に咲いた花の散った花弁が、木の下で休むわたし達の元へとひらひらと降ってくる。
『セリーヌ嬢が当家の愛人の立場ではイヤだというなら仕方が無い』
――その後、エヴァンス公爵家は家族間で多少荒れた様だ。
結局ナイジェル様がお兄様であるランディ様にご報告した結果、エヴァンス公の後妻である現奥方様にも芋づる式でバレてしまったのだ。
二番目の奥方様と溺愛する三男のルイ様からこってりと絞られたエヴァンス公爵様は、仕方が無くご自分自身でセリーヌ嬢を囲わざるを得なくなってしまった。
側室としてセリーヌ嬢を娶る気が無かったエヴァンス公は、彼女を所謂『愛人』という立場で囲うと明言をした。
ただセリーヌ嬢からは
『自分が成りたいのは愛人では無く正式な妻だ』
と猛烈な抗議が出た。
果てはエイダ姫にランディ様やレオ様との情事まで暴露すると仄めかしたらしいが、それは流石に国内での自分の立場が無くなると父親に泣く泣く止められたようで、渋々思いとどまったらしい。
ミルデン国内ではまともな結婚が出来そうに無いと踏んだセリーヌ嬢は、『どうせ同じ愛人という立場なら』と隣国に婿入りしたレオ王子を追いかける事に決めた様だ。
『生まれた子供に愛情は無いから』と――結局出産したばかりの女児をエヴァンス公爵家に押し付けるようにして隣国へと旅立ってしまったというから、それを聞いたわたしは呆れてしまった。
エヴァンス公は当初残された女児を引き取る気は全く無く、セリーヌ嬢の実家であるコンラッド家で育てる様にと言ったようだが、それを聞いたエヴァンス公の現奥様は非常に怒ったらしい。
「赤子には何の罪も無いではありませんか」
と聖母の様に心の広い奥方は、正式に自分の娘として引き取って育てる事にした様だ。
(ただ女の子が欲しかったというのが理由なのかもしれないけれど)
そして赤子のあまりの愛らしさに直ぐに虜になり『可愛いわたくしのレイラ』と溺愛する日々だという。
その後はランディ様、ナイジェル様、レオ様を初め、イヤイヤ赤子に会いに行ったお父上であるエヴァンス公も次第に夢中になり、赤子は――次々に会う人をその愛らしい魅力で無双しまくっている状態らしい。
既にその片鱗を見せているのが将来が末恐ろしい妹御である。
そして、レオ様が隣国に婿入りする為にナイジェル様が騎士団の団長に昇格した。
なんとレオ様はナイジェル様の直接の上司だったらしく、ほとんど仕事に来ない騎士団の団長だったのだ。
(それは…あの時絶望するわよね…)
自分の上司、兄上、自分そして最終的にご自分のお父上様もセリーヌ嬢の行動に翻弄されたのだ。
『本当にお気の毒に』としか言いようがない。
わたしはナイジェル様との婚約はそのまま継続され、あと1カ月で18歳になるわたしはその月にナイジェル様と結婚する事になった。
まだ時折緊張したり硬直する事もあるけれど、会えば常にわたしの側でゆっくりと過ごしてくれるナイジェル様の存在を以前よりも身近に感じる事が出来て、大分普通に会話ができる様になっている。
そして会えば必ず抱きしめてキスしてくれる。
「…大分俺に慣れたのかな、ソフィアも」
膝枕をするわたしを下から見上げてナイジェル様は嬉しそうに言った。
「そ、そうでしょうか。そうかもしれません…」
「じゃあ…今日はステップアップしてみようか」
ナイジェル様は何故かふっと悪戯っぽく微笑んだ。
「いつも俺からだから…今日はソフィアからしてくれ」
そう言うと、ナイジェル様は本を置いて瞳を閉じた。
花弁がひらひらと降ってくる。
長い長いナイジェル様の睫毛が揺れている。
ナイジェル様はわたしの唇が降りて来るのを待っている。
わたしとナイジェル様の周りを花弁はいつまでも降り続いていた。
―fin☆―
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読んで頂きありがとうございます。
また感想もありがとうございます。
次回(明日)最終話になります。
その辺りの事の納めも書いていくつもりですので読んで頂ければ幸いですm(__)m
読んで頂きありがとうございます。
また感想もありがとうございます(*^^*)
その通りになりますね...(^^;
読んでいくうちに弟か妹か分かります✨
もう少しで終わりですので最後までお付き合い頂けたら幸いですm(_ _)m