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13 ナイジェル様の決断とまさかの…
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ナイジェル様はお父様の話を聞くと呆然としたままよろめいて、座っていたソファへとドサリと腰掛けた。
青ざめながら絞りだす様に呟く。
「……嘘だ…そんな…父上が…?」
その様子を見ながらお父様は静かにだがきっぱりと言った。
「精霊は嘘をつきません。これが真実です」
「――……そんな…」
ナイジェル様は手で顔を覆った。
お父様の言葉とナイジェル様の様子をわたしも呆然として見ていた。
何故ならエヴァンス公爵閣下は50歳に手が届くお年である。
外見はナイジェル様と似ているが更に厳しくした容貌の――エヴァンス公爵家特有のプラチナブロンドと鮮やかな紫色の瞳を持つお方だ。
本来であればもう孫がいても可笑しくない年齢である。
わたしは実際に回りの40代の方々から続々とお孫さんの誕生のお話を聞いている。
それにセリーヌ嬢はエイダ様の同級生でいらっしゃるとすれば確か19歳か20歳くらいだろう。
ナイジェル様よりも2、3歳程若い筈だ。
つまりエヴァンス侯爵様はご自分の息子よりも若い未婚の女性を妊娠させた事になる。
エヴァンス公爵様にセリーヌ=コンラッド伯爵令嬢を側室にする気があればまだしもだが、ナイジェル様に押し付けようとする辺り全くその気が無いに違いない。
エヴァンス公爵様は家名や格式の人一倍厳しいお方で有名だったからだ。
「…だからか。あんなにセリーヌ嬢が強気だったのは」
ナイジェル様は一息ついて落ち着いたのか、顔を覆っていた手を離して納得した様に呟いた。
「…何故なのかおかしいとは思ったのだ。普段口うるさく『家名が、格式が』と言っていた父が、知らない家名の伯爵令嬢との結婚を何故あんなに強引に勧めるのか…」
『…ご自身にしっかりと身の覚えがあったからなのか』とナイジェル様は小さく呟いた。
「だから父上も――彼女の要求を大人しく呑んだ、と言うか...呑まざるを得なかったのだな」
+++++
お父様がナイジェル様に静かに尋ねた。
「…どうされますか?ナイジェル様」
「どうするもこうするも無い。俺はセリーヌ嬢とは絶対結婚はしないし、この内容は全て次期跡取りの兄上にも報告差し上げる」
ナイジェル様はきっぱりとした口調で言った。
「尻ぬぐいなどまっぴらだ。セリーヌ嬢との事は父上ご自身できちんと片を付けてもらおう」
そして少しうんざりした様にナイジェル様は呟いた。
「全く…弟がもう一人増えるのか…」
そこでお父様はナイジェル様の言葉を訂正した。
「ナイジェル様、弟ではありませんよ。お子様は女の子ですから妹御になりますよ」
「な…何と!?女の子か!?」
妹と聞くと何故かナイジェル様の態度が急に豹変した。
俯いてさっきよりもぶつぶつと小声で呟いている。
「そうなのか…妹か…まさかの妹…」
そしていきなり立ち上がると、うろうろと部屋中を落ち着きがない檻の中の熊の様に歩き回り始めた。
「そうか、俺にも…とうとう妹が…」
『妹、妹』と呟いているナイジェル様の姿にわたしは唖然としてしまった。
お父様はかなりナイジェル様にドン引きの状態である。
「で、ではそろそろ…月の精霊には帰って貰いましょう」
お父様は気を取り直した様に言って、使っていた銀の水盆の蓋を取り上げるとそれを閉じようとした。
でもわたしは――水盆が蓋で閉じられようとする前に見た。
大きくわたしに向かってガッツポーズする月の精霊の姿を。
わたしがそれに気づいてじっと見つめると、お父様も追いかけるように目線を動かしてから笑った。
「…またきっと彼女には会えるよ、ソフィア」
「…そうだと嬉しいですわ」
わたしはお父様に頷いてから月の精霊へと『さよなら』と小さく手を振った。
精霊も一瞬わたしへ手を振ったように見えた――次の瞬間。
銀の水盆の水面は何事も無かったかのように凪いで、そこには満月がくっきりと鏡の様に映った。
そしてお父様の手によって、銀の水盆の蓋はそっと閉じられたのだった。
青ざめながら絞りだす様に呟く。
「……嘘だ…そんな…父上が…?」
その様子を見ながらお父様は静かにだがきっぱりと言った。
「精霊は嘘をつきません。これが真実です」
「――……そんな…」
ナイジェル様は手で顔を覆った。
お父様の言葉とナイジェル様の様子をわたしも呆然として見ていた。
何故ならエヴァンス公爵閣下は50歳に手が届くお年である。
外見はナイジェル様と似ているが更に厳しくした容貌の――エヴァンス公爵家特有のプラチナブロンドと鮮やかな紫色の瞳を持つお方だ。
本来であればもう孫がいても可笑しくない年齢である。
わたしは実際に回りの40代の方々から続々とお孫さんの誕生のお話を聞いている。
それにセリーヌ嬢はエイダ様の同級生でいらっしゃるとすれば確か19歳か20歳くらいだろう。
ナイジェル様よりも2、3歳程若い筈だ。
つまりエヴァンス侯爵様はご自分の息子よりも若い未婚の女性を妊娠させた事になる。
エヴァンス公爵様にセリーヌ=コンラッド伯爵令嬢を側室にする気があればまだしもだが、ナイジェル様に押し付けようとする辺り全くその気が無いに違いない。
エヴァンス公爵様は家名や格式の人一倍厳しいお方で有名だったからだ。
「…だからか。あんなにセリーヌ嬢が強気だったのは」
ナイジェル様は一息ついて落ち着いたのか、顔を覆っていた手を離して納得した様に呟いた。
「…何故なのかおかしいとは思ったのだ。普段口うるさく『家名が、格式が』と言っていた父が、知らない家名の伯爵令嬢との結婚を何故あんなに強引に勧めるのか…」
『…ご自身にしっかりと身の覚えがあったからなのか』とナイジェル様は小さく呟いた。
「だから父上も――彼女の要求を大人しく呑んだ、と言うか...呑まざるを得なかったのだな」
+++++
お父様がナイジェル様に静かに尋ねた。
「…どうされますか?ナイジェル様」
「どうするもこうするも無い。俺はセリーヌ嬢とは絶対結婚はしないし、この内容は全て次期跡取りの兄上にも報告差し上げる」
ナイジェル様はきっぱりとした口調で言った。
「尻ぬぐいなどまっぴらだ。セリーヌ嬢との事は父上ご自身できちんと片を付けてもらおう」
そして少しうんざりした様にナイジェル様は呟いた。
「全く…弟がもう一人増えるのか…」
そこでお父様はナイジェル様の言葉を訂正した。
「ナイジェル様、弟ではありませんよ。お子様は女の子ですから妹御になりますよ」
「な…何と!?女の子か!?」
妹と聞くと何故かナイジェル様の態度が急に豹変した。
俯いてさっきよりもぶつぶつと小声で呟いている。
「そうなのか…妹か…まさかの妹…」
そしていきなり立ち上がると、うろうろと部屋中を落ち着きがない檻の中の熊の様に歩き回り始めた。
「そうか、俺にも…とうとう妹が…」
『妹、妹』と呟いているナイジェル様の姿にわたしは唖然としてしまった。
お父様はかなりナイジェル様にドン引きの状態である。
「で、ではそろそろ…月の精霊には帰って貰いましょう」
お父様は気を取り直した様に言って、使っていた銀の水盆の蓋を取り上げるとそれを閉じようとした。
でもわたしは――水盆が蓋で閉じられようとする前に見た。
大きくわたしに向かってガッツポーズする月の精霊の姿を。
わたしがそれに気づいてじっと見つめると、お父様も追いかけるように目線を動かしてから笑った。
「…またきっと彼女には会えるよ、ソフィア」
「…そうだと嬉しいですわ」
わたしはお父様に頷いてから月の精霊へと『さよなら』と小さく手を振った。
精霊も一瞬わたしへ手を振ったように見えた――次の瞬間。
銀の水盆の水面は何事も無かったかのように凪いで、そこには満月がくっきりと鏡の様に映った。
そしてお父様の手によって、銀の水盆の蓋はそっと閉じられたのだった。
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