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6 ぎちぎちコルセットとスパダリ侯爵(少年だけど)

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とりあえず朝食は部屋でしっかりと頂いた。

エッグベネディクトの乗ったお皿を見た瞬間、小躍りしそうになったわたしは、ボタンショックも吹き飛んでウキウキとナイフとフォークを取った。

濃いクリーム色のオランデーズソースが、カリカリに焼かれたベーコンと完璧なポーチドエッグとふんわりしたイングリッシュマフィンに絡まって
「うーん、美味しい~、最高!」
と思わず叫んでしまった。

朝からサラダの種類が沢山あったのも嬉しい驚きだった。

フレッシュな生野菜サラダには、わたしの好きなロマネスコとロメインレタスが入っていて、人参とハーブ(セルフィーユ)のサラダも蜂蜜とビネガーのドレッシングが絶品だった。

完食してから、わたしははたと気付いた。

美味しさのあまり沢山食べてしまったが、
(…何か午後に街へと一緒にショッピング行くとかなんとか、侯爵閣下が言っていなかったけ?)

『キャロルにはどんなドレスが似合うだろう?考えておいてくださいね』
とかなんとか言っていたよね。

「うーん…結構食べちゃったなあ…」
積み上げられた空のお皿を見ながら、わたしは呟いた。

とは言え、せっかくの朝食を残すのも勿体無い話しだ。

(まあ…お昼ご飯で調整すればいいか。大丈夫、大丈夫…)

 +++++

いやね。
やはり――大丈夫では無かったのだ。
わたしの見通しは、かなり甘かったのである。

外出する為のドレスを着る際に、侍女のメルとメロの両方に身支度と着替えを手伝って貰ったのだが、これが大変な事になったのだ。

柱にがっちりと掴まったわたしのコルセットの紐を、彼女達が『いっせいのせー!』でぎりぎりと引き絞る。

妙に力の強い二人のお陰で、わたしのウエストはしっかりとくびれ、持ってきたドレスに無事袖を通す事がなんとかできた。
しかしとてもじゃないが苦しくって、昼食を食べるどころの話ではない。

真っ黒い肌の執事ハティに丁寧に昼食を断り、メルとメロを伴いながら、わたしはふうふうと小さく息を吐いて、街へと買い物に行くための馬車が待つエントランスへと向かった。

素晴らしく凝った美しい装飾の馬車の前に立っていたのは麗しの『ラインハルト』…いえ、モルゴール侯爵閣下だ。

細かい刺繍の入った仕立ての良い上下の淡いグレーのセットアップスーツ(やはりキュロット)に、長い靴下を履き、少し先の尖ったギリ―シューズを履いている。

動きやすさに特化した格好だと思うが、佇まいがもう、愛読するおねショタ小説の表紙そのものである。

わたしは心の中で雄叫びを上げた。
(素敵…完璧に決まっているわ。可愛カッコイイ…!)

そう思ったのも束の間、また興奮したわたしを戒めるかの様に、ぎりぎりと強烈に腹回りを圧迫するコルセットの締め付けに、わたしの意識は一瞬飛びそうになった。

「…大丈夫ですか?キャロル。昼食も食べられそうにないと云っていましたし、顔色がとても悪いですよ。外出は取りやめにしましょうか?城に婦人服のデザイナーを呼んでも良いのですよ?」
「い、いえ…だ、大丈夫ですわ…(うぷっ)!」

わたしの顔色を見て心配そうな表情を浮かべる少年侯爵閣下へ、わたしは必死に微笑みながら言った。

こんなわたしにも、一応女性としてのプライドはあるのだ。

それに…ここモルゴール侯爵領は見知らぬ土地なのである。
今後お城を逃げ出したとしたら、状況を確認する為にも、一旦は街に潜もうと思っていた。

(この潜在一隅のチャンスを逃してたまるもんですか)
今日街の下調べが出来るのは、わたしにとっては好都合というものなのだから。

 +++++

馬車に乗り込むのに侯爵閣下に手を貸して貰い、わたしはようやく馬車のシートへと座った。
何故か当然の事の様に、わたしの隣へと侯爵閣下はちょこんと座った。

するとそのまま馬車が出発すると思いきや、何故か侍女のメルとメロも一緒に乗り込んで来る。
わたしは思ってもみなかった展開に驚いて、隣に座る侯爵閣下へ小声で尋ねた。

「え…!?わたくしと侯爵様二人ではないのですか!?」
(これじゃ、街を自分の好きに歩けないじゃないの…!)

これから行く街歩きに、侍女のメルとメロが付いて来るとは聞いていなかった為に、思わずわたしから出た言葉だったが、何故か侯爵閣下は思い切り勘違いをされた様だった。

侯爵閣下は微笑んで、何故かわたしの手をキュッと握る(ふぁ!?)と、わたしを意味深に見上げて云った。

「ふふ、キャロル…僕と二人きりになりたい気持ちは、とても嬉しいのですが…」
「ふぁっ!?(ち、違う。そういう意味じゃない)」
「新しいドレスを買うにあたって、僕ではお手伝いしたくても出来ない部分がありますから…許してください」

そしてわたしへそう言った後、今度は少し頬を染めて小声で付け加えた。
「それに…僕はダンかダニーと呼んで欲しいと云いましたよ?」

(お、おおぅ…)
「……え、ええ…そう、でしたね…」
何と返せば良いか分からなくて、そのまま固まったわたしに侯爵閣下は促す様に続けた。

「…キャロル?」
「…は、はい?何でしょう」
「僕の話を聞いていますか?さあ、ダニーと呼んで下さい」

「ふぁ!?」
(まさか今、ここで!?)

少年侯爵閣下は真っ赤な瞳をキラキラと、期待に満ちた瞳でわたしを見上げている。
(何なの、一体?この公開処刑みたいなの…)

同乗する侍女のメルとメロは賢く聞こえないフリをしているが、この狭い車内では無理なのだ。

(これ…羞恥プレイかな?)
当初とは違った意味で、わたしはかなり苦しい状況に追い込まれてしまった。

 +++++

わたしは焦りながらも
「あ、あの…どうしても恥ずかしいので、二人きりの時にして頂けませんか…?」
とか何とかごにょごにょと理由を付けて、なんとかその場を逃れようとした。

侯爵閣下は若干残念そうにわたしを見ていたけれど、
「…分かりました。では二人の時には必ずそう言って下さいね」
と念押しする様にわたしへ言って、やっと勘弁してもらった形になった。

そんなこんなの微妙な空気感の中、馬車は程なくして街へと到着した。

街の噴水のある広場へと停まると、御者が馬車の扉をスムーズに開ける。

一足早く馬車を降りた侯爵閣下は、スマートな男性よろしくわたしへと手を伸ばして、甘く微笑みながら言った。

「さあ…キャロル、君の好きなドレスと宝石を買いに行きましょう。僕も選ぶのが楽しみです」

わたしは不覚にも自分が『餌』の立場でありながら、ちょっとドキドキしてしまった。

(うわあ何だろう、コレ...なんかすっごい新鮮...)

決してツンデレじゃないこの『ラインハルト』は、もしや甘々スパダリ系男子なのかもしれないと、わたしは思い始めていたのだ。
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