5 / 28
5 腹(背中だけど)ボタンはじけ飛ぶドレス
しおりを挟む
窓から陽が差して朝の棺桶城と、その豪華な内装の城内をきらきらと照らしている。
昨夜の不気味な佇まいは一体どこへやらと云う感じだ。
「おはようございます、クレア殿。昨夜は良く眠られましたか?」
ダニエル=モルゴール少年侯爵閣下はにこやかにわたしへと笑いかけた。
相変わらず10歳位の少年の姿だけど、お洋服と笑顔は爽やかで美しい。
銀糸の刺繍の付いた白いカフスシャツに、黒い長い靴下にダークブルーの同じく銀糸の刺繍の入ったキュロットを履いている。
「お…おはようございます…侯爵様」
何とか微笑みながらわたしも侯爵閣下へと挨拶を返した。
侍女のメルとメロに身支度を手伝って貰い、何とかイーデン家から持ってきたドレスに腕を通したけれど。
明らかに腹回りが以前よりもキツイ。
まるで今すぐに破裂しそうな風船をお腹に抱えているみたいだ。
(大変だわ…動いてドレスの後ろのボタンがはじけ飛んだらどうしよう…)
後ろに控えていた真っ黒い肌の執事ハティがスマートが引いてくれた椅子に、戦々恐々としながらも、わたしはゆっくりと座った。
ドレスの背中のボタンがミチミチと音を立てている気がしているけれど…。
(今のところ、ギリセーフかしら…)
美しく整えられた朝食の卓の上に並べられているのは、普通に調理されている物だった。
しかもとても美味しそうだった。
昨夜は長時間の馬車の揺れと、太る様にと朝から脂っこい物をイーデン家で食べさせられた故の胃もたれで、昼食、夕食共に食べられなかったけれど。
朝爽快に目が覚めたわたしのお腹は、健康的にぐう~と空腹の合図の音を鳴らした。
行儀の悪いお腹の音が聞こえたのか、真っ赤になったわたしを取り成す様に侯爵閣下はにっこりと笑って
「昨日はこちらに到着されるのが、遅かったですしね。どうぞたくさん召し上がってください」
「は、はい…ありがとうございます。モルゴール侯爵様」
と答えると、モルゴール侯爵は訂正する様に言った。
「ダメですよ、僕はもう君の夫なのですから――ダンとかダニー呼んでくださらないと」
「ふぁ!?(いきなり)ダ…ダ、ダニーですか?」
『ダニエル様』呼びを吹っ飛ばした、難易度の高い名前の呼び変えに思わず驚く。朝っぱらから結構ヘビーな課題を申し付けられてしまった。
モルゴール少年閣下は、ぽっと顔を赤らめて、
「そうですよ。僕も君を早く…キャロルと呼べるようになりたいので」
(何てことなの!?)
『ふぁ!?ちょっと待ってよ。可愛すぎるんじゃありません事!?』
それはまさに自分の推し『ラインハルト』のツンデレとは違う可愛さに、内心で『うおお』と雄たけびを上げて腹圧が高まった瞬間だと思われるのだけれど。
――わたしの丁度腹回りにあたる部分のドレスの背中のボタンが、バツンと良い音を立てて、はじけ飛んだのだった。
+++++
「ふあ!?」
バツンと音がした瞬間、嫌な予感がした。
その音、何か小さな物がカンッと床に転がる音がした。
(やばっ…!)
と思ったが時すでに遅し。
次々と小さなボタンがプチプチと外れる音がした。
(いえ、流石に全てのボタンがはじけ飛んだ訳じゃなくてよ)
ああ、背中とお腹周りがとても楽になったわ、と思った瞬間、青ざめたメロとメルが慌ててわたしへと駆け寄った。
「お、奥様…大変です。今しばらく動かずにお願いします」
「どうぞ、そのまま…」
「え…?」
(背中がすっごくスース―する…)
もしや背中と腰がシュミーズが見えてしまっているのかもしれない。
この瞬間
『ああ…やっぱり何がなんでもコルセットつけるべきだった…!』
とわたしは激しく後悔した。
++++++
実はこれには理由がある。
結婚が決まるまでの3ヶ月間、『肥えろ』とレティシアとお父様の命令で、昼夜の別くしの食事を突然食べなければいけなくなったわたしは、お腹がとても苦しくて、コルセットを付けるどころの話では無くなってしまったのである。
『細い腰が女の生命線』と言われる世間でコルセットを付けずに、ドレスの腹(いや、背中か)ボタンを吹き飛ばす伯爵令嬢が、一体何処にいると云うのか。
(…あ、待てよ。でもこれで侯爵閣下が、わたしを嫌になって結婚を取りやめてくれるかも)
これで離縁か結婚と取りやめてくれれば、わたしは今後食べられずに済む。
返っていいかも――と思い直したわたしの見通しはかなり甘かった。
少年侯爵閣下はわたしを心配そうに見つめながら、直ぐにガウンを持ってくるようにメイドに申し付けた。
「大丈夫ですか?合わないドレスは身体に良くない。君に、早く健康体になってもらわなければ、僕も沢山生気が吸えないというものです。取り敢えず朝食は部屋に運ばせますから、午後に僕と街に行って君…いやキャロルに似合うドレスを沢山買いましょう」
「ふぁっ!?」
(…イヤイヤ、ここは『こんな腹(背中)ボタンを吹っ飛ばすみっともない嫁は要らん』って拒否をするところでしょう)
「いえ…いえ、わたくし…大変みっともなくて、閣下に申し訳ないですわ…」
(いっそ離縁してくださいませ)
と言いかけたが、
「そうだな…キャロルにはどんなドレスが似合うだろう?君も午後までにどんなドレスがいいか、考えておいてくださいね」
なぜかウキウキとした声の侯爵閣下にわたしの小さな呟きはかき消されてしまった。
昨夜の不気味な佇まいは一体どこへやらと云う感じだ。
「おはようございます、クレア殿。昨夜は良く眠られましたか?」
ダニエル=モルゴール少年侯爵閣下はにこやかにわたしへと笑いかけた。
相変わらず10歳位の少年の姿だけど、お洋服と笑顔は爽やかで美しい。
銀糸の刺繍の付いた白いカフスシャツに、黒い長い靴下にダークブルーの同じく銀糸の刺繍の入ったキュロットを履いている。
「お…おはようございます…侯爵様」
何とか微笑みながらわたしも侯爵閣下へと挨拶を返した。
侍女のメルとメロに身支度を手伝って貰い、何とかイーデン家から持ってきたドレスに腕を通したけれど。
明らかに腹回りが以前よりもキツイ。
まるで今すぐに破裂しそうな風船をお腹に抱えているみたいだ。
(大変だわ…動いてドレスの後ろのボタンがはじけ飛んだらどうしよう…)
後ろに控えていた真っ黒い肌の執事ハティがスマートが引いてくれた椅子に、戦々恐々としながらも、わたしはゆっくりと座った。
ドレスの背中のボタンがミチミチと音を立てている気がしているけれど…。
(今のところ、ギリセーフかしら…)
美しく整えられた朝食の卓の上に並べられているのは、普通に調理されている物だった。
しかもとても美味しそうだった。
昨夜は長時間の馬車の揺れと、太る様にと朝から脂っこい物をイーデン家で食べさせられた故の胃もたれで、昼食、夕食共に食べられなかったけれど。
朝爽快に目が覚めたわたしのお腹は、健康的にぐう~と空腹の合図の音を鳴らした。
行儀の悪いお腹の音が聞こえたのか、真っ赤になったわたしを取り成す様に侯爵閣下はにっこりと笑って
「昨日はこちらに到着されるのが、遅かったですしね。どうぞたくさん召し上がってください」
「は、はい…ありがとうございます。モルゴール侯爵様」
と答えると、モルゴール侯爵は訂正する様に言った。
「ダメですよ、僕はもう君の夫なのですから――ダンとかダニー呼んでくださらないと」
「ふぁ!?(いきなり)ダ…ダ、ダニーですか?」
『ダニエル様』呼びを吹っ飛ばした、難易度の高い名前の呼び変えに思わず驚く。朝っぱらから結構ヘビーな課題を申し付けられてしまった。
モルゴール少年閣下は、ぽっと顔を赤らめて、
「そうですよ。僕も君を早く…キャロルと呼べるようになりたいので」
(何てことなの!?)
『ふぁ!?ちょっと待ってよ。可愛すぎるんじゃありません事!?』
それはまさに自分の推し『ラインハルト』のツンデレとは違う可愛さに、内心で『うおお』と雄たけびを上げて腹圧が高まった瞬間だと思われるのだけれど。
――わたしの丁度腹回りにあたる部分のドレスの背中のボタンが、バツンと良い音を立てて、はじけ飛んだのだった。
+++++
「ふあ!?」
バツンと音がした瞬間、嫌な予感がした。
その音、何か小さな物がカンッと床に転がる音がした。
(やばっ…!)
と思ったが時すでに遅し。
次々と小さなボタンがプチプチと外れる音がした。
(いえ、流石に全てのボタンがはじけ飛んだ訳じゃなくてよ)
ああ、背中とお腹周りがとても楽になったわ、と思った瞬間、青ざめたメロとメルが慌ててわたしへと駆け寄った。
「お、奥様…大変です。今しばらく動かずにお願いします」
「どうぞ、そのまま…」
「え…?」
(背中がすっごくスース―する…)
もしや背中と腰がシュミーズが見えてしまっているのかもしれない。
この瞬間
『ああ…やっぱり何がなんでもコルセットつけるべきだった…!』
とわたしは激しく後悔した。
++++++
実はこれには理由がある。
結婚が決まるまでの3ヶ月間、『肥えろ』とレティシアとお父様の命令で、昼夜の別くしの食事を突然食べなければいけなくなったわたしは、お腹がとても苦しくて、コルセットを付けるどころの話では無くなってしまったのである。
『細い腰が女の生命線』と言われる世間でコルセットを付けずに、ドレスの腹(いや、背中か)ボタンを吹き飛ばす伯爵令嬢が、一体何処にいると云うのか。
(…あ、待てよ。でもこれで侯爵閣下が、わたしを嫌になって結婚を取りやめてくれるかも)
これで離縁か結婚と取りやめてくれれば、わたしは今後食べられずに済む。
返っていいかも――と思い直したわたしの見通しはかなり甘かった。
少年侯爵閣下はわたしを心配そうに見つめながら、直ぐにガウンを持ってくるようにメイドに申し付けた。
「大丈夫ですか?合わないドレスは身体に良くない。君に、早く健康体になってもらわなければ、僕も沢山生気が吸えないというものです。取り敢えず朝食は部屋に運ばせますから、午後に僕と街に行って君…いやキャロルに似合うドレスを沢山買いましょう」
「ふぁっ!?」
(…イヤイヤ、ここは『こんな腹(背中)ボタンを吹っ飛ばすみっともない嫁は要らん』って拒否をするところでしょう)
「いえ…いえ、わたくし…大変みっともなくて、閣下に申し訳ないですわ…」
(いっそ離縁してくださいませ)
と言いかけたが、
「そうだな…キャロルにはどんなドレスが似合うだろう?君も午後までにどんなドレスがいいか、考えておいてくださいね」
なぜかウキウキとした声の侯爵閣下にわたしの小さな呟きはかき消されてしまった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる