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03 冬至の祭り
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一年の終わりを前にした冬至の祭。
貴族と名の付く者たちは皆都で、王とともに冬至を祝う。
グスタフはレームブルックにいた。誰からも呼ばれないからである。
彼は毎年、領民らとともに村の広場で行われる冬至の祭に参加する。
大勢の領民が広場に作られた薪の山のまわりに集まり、火を燃やし、歌い踊り、酒を酌み交わし、肉を食らうというどこにでもあるとりたてて珍しくもない祭だが、人々にとっては年に一度の楽しみだった。なにしろ、酒と肉は領主様から提供されるのだから。
グスタフは乳兄弟のエルンストとともに村の広場で焚火から少し離れた場所に座り肉を食っていた。無論、領民と同じような上着とズボン姿である。いかにも貴族様でございという恰好でうろつくと浮いて見えるし、楽しめない。
領民たちは品のいい顔立ちのグスタフと凛々しいエルンストに気付いている。だが、誰も若様、エルンスト様とは話しかけない。まるで仲間のように接する。
「猪の肉、ありがとよ」
「じいさん、味はどうだった?」
「まだだ。この前塩漬けにした。冬の間に少しずついただくとするよ」
「そいつはいいな。スープにすると旨いもんな」
老人だけではない。若者も来る。
「この前教えてくれた配合の肥料、北の畑だと効き目が悪いんだが。隣のエルザばあさんのところは効いてるのにな。同じ芋でも大きさが違うんだ」
「北の畑ってザルツ山の麓だよな」
「ああ」
「あそこはエルザばあさんの畑と少し地質が違うから、リンを少な目にしたほうがいい。半分でいい」
グスタフは農民の相談にも乗る。
以前グスタフは親しくしている農民が収獲が増えぬことに悩んでいることを知り、エルンストに相談した。エルンストは都で働く姉に頼んで数冊の農業書を手に入れた。それを読んで勉強したグスタフは農民に教えていたのである。グスタフにしてみれば、困った者を見過ごせないだけなのだが、農民たちにとっては画期的なことだった。これまで領主やその一族が領民の話を聞き、それに対して直接知恵を授けてくれることなどなかったのだ。そもそも領主一家が領地に戻って来るのは夏の一か月ほどで、その間近隣の貴族を招いてキツネ狩りをしたり、パーティをしたりで、農民の話などろくに聞いてもらえなかった。この数年は豊作が続いているからなおさらである。
グスタフを遠目に見ながら若い領民の一人が呟いた。
「あの方が若殿様であればなあ」
「おい、めったなことは言うもんじゃねえ」
そばで老人がたしなめた。だが、周囲の者達は若者に同意していた。ほとんど姿を見たこともない公爵家の長男ゲオルグより、いつも一緒に狩りをし野良作業を手伝うグスタフのほうに皆親しみを感じていた。
一方、グスタフの前には若い男女がやって来た。先ほどまで踊っていたためか、二人は頬を赤く染めていた。
「この前の狩りではお世話になりました」
若い男はアロイスといい隣の村の村長の跡取りである。森の生き物に詳しいので、狩りの時は案内をしてもらっている。
「こっちこそ、助かった。おかげで獲物がたんまりだ」
「そんな。あの時、若様が助けてくださらなければ」
アロイスは先日の狩りで危うく猪に突撃されそうになったところを、グスタフに助けられていた。グスタフは銃のストックで猪の頭を叩き仕留めてしまったのだ。
「おかげさまで、年が明けたら結婚することができます」
隣の娘がいっそう頬を赤らめた。グスタフは幸せな二人を祝福した。
「おめでとう。よかったな。それじゃお祝いを送ろう。アロイスと、名前はなんだっけ」
「エルマです」
「わかった」
グスタフには望んでも得られそうもない幸せだった。それでいいのだ。生母以外にまともに愛情を注いでくれたのは乳母や乳兄弟のエルンストだけだった。父は妻への遠慮からグスタフへの愛情を密やかにしか表せない。世間一般の親の情を知らない自分が人を愛するなどできるはずもないし、愛してくれる人がいるはずもない。グスタフはあきらめるのに慣れていた。
夜も更けてきた。グスタフはエルンストとともに広場を離れた。後は村人だけの祭だ。領主一族は邪魔なだけだ。
周囲の森を抜け、街道に出た。あと数マイルで館という人気のない場所で、不意に周囲に不穏な気配を感じた。けものではない。エルンストはランタンを吹き消しその場に投げ、剣の柄に手をかけた。グスタフも護身用の短剣に手をかけた。
背後からそれは来た。グスタフはさっとよけ、左手につかんだ剣の鞘でそれを受けた。が、鞘は見事に輪切りにされた。
「こやつ、できる」
グスタフの声を聞くまでもなく、エルンストも動いていた。彼の前には別の男が立ちはだかり、刃を向けていた。どうやら暴漢は二人いるらしい。
あきらめが早いとはいえ、生きることはまだあきらめきれない。自分の身を守らねばならぬと悟ったグスタフは暗闇の中で、感覚を研ぎ澄ます。どこから攻めるのか、どういう手でくるのか。
何の掛け声も発することなく、相手は向かってきた。グスタフは右手につかんだ短剣で辛うじて受け止めた。
相手の息に乱れはない。相当な手練れのようだった。
エルンストも苦戦していた。相手の攻めをかわすので精一杯だった。
いったんグスタフは背後に下がった。相手は長い剣の先をグスタフに向けた。いまだと、グスタフは身体ごと男の懐に入った。相手は思いもかけぬ先制にうろたえた。その隙に思いっきり、顎に拳をくらわせた。
ぐぉという叫びとともに男はのけぞった。グスタフは力ずくで剣を奪い取ると、男の腕に切りつけた。男はその場に倒れて呻いていたが、無事なほうの腕で懐から何やら粒を取り出すとそれを口に含んで呑み込んだ。たちまちのうちに男は血を吐いて絶命した。
その有様を見届けることなくグスタフは急いでエルンストの加勢に向かった。が、すでにエルンストはどこかを切りつけられたらしく、息が荒い。どさりと倒れる音がした。
「なんだと!」
煮えたぎるような怒りがグスタフの腹から全身に広がった。俺の大事なエルンストに何を。
貴族と名の付く者たちは皆都で、王とともに冬至を祝う。
グスタフはレームブルックにいた。誰からも呼ばれないからである。
彼は毎年、領民らとともに村の広場で行われる冬至の祭に参加する。
大勢の領民が広場に作られた薪の山のまわりに集まり、火を燃やし、歌い踊り、酒を酌み交わし、肉を食らうというどこにでもあるとりたてて珍しくもない祭だが、人々にとっては年に一度の楽しみだった。なにしろ、酒と肉は領主様から提供されるのだから。
グスタフは乳兄弟のエルンストとともに村の広場で焚火から少し離れた場所に座り肉を食っていた。無論、領民と同じような上着とズボン姿である。いかにも貴族様でございという恰好でうろつくと浮いて見えるし、楽しめない。
領民たちは品のいい顔立ちのグスタフと凛々しいエルンストに気付いている。だが、誰も若様、エルンスト様とは話しかけない。まるで仲間のように接する。
「猪の肉、ありがとよ」
「じいさん、味はどうだった?」
「まだだ。この前塩漬けにした。冬の間に少しずついただくとするよ」
「そいつはいいな。スープにすると旨いもんな」
老人だけではない。若者も来る。
「この前教えてくれた配合の肥料、北の畑だと効き目が悪いんだが。隣のエルザばあさんのところは効いてるのにな。同じ芋でも大きさが違うんだ」
「北の畑ってザルツ山の麓だよな」
「ああ」
「あそこはエルザばあさんの畑と少し地質が違うから、リンを少な目にしたほうがいい。半分でいい」
グスタフは農民の相談にも乗る。
以前グスタフは親しくしている農民が収獲が増えぬことに悩んでいることを知り、エルンストに相談した。エルンストは都で働く姉に頼んで数冊の農業書を手に入れた。それを読んで勉強したグスタフは農民に教えていたのである。グスタフにしてみれば、困った者を見過ごせないだけなのだが、農民たちにとっては画期的なことだった。これまで領主やその一族が領民の話を聞き、それに対して直接知恵を授けてくれることなどなかったのだ。そもそも領主一家が領地に戻って来るのは夏の一か月ほどで、その間近隣の貴族を招いてキツネ狩りをしたり、パーティをしたりで、農民の話などろくに聞いてもらえなかった。この数年は豊作が続いているからなおさらである。
グスタフを遠目に見ながら若い領民の一人が呟いた。
「あの方が若殿様であればなあ」
「おい、めったなことは言うもんじゃねえ」
そばで老人がたしなめた。だが、周囲の者達は若者に同意していた。ほとんど姿を見たこともない公爵家の長男ゲオルグより、いつも一緒に狩りをし野良作業を手伝うグスタフのほうに皆親しみを感じていた。
一方、グスタフの前には若い男女がやって来た。先ほどまで踊っていたためか、二人は頬を赤く染めていた。
「この前の狩りではお世話になりました」
若い男はアロイスといい隣の村の村長の跡取りである。森の生き物に詳しいので、狩りの時は案内をしてもらっている。
「こっちこそ、助かった。おかげで獲物がたんまりだ」
「そんな。あの時、若様が助けてくださらなければ」
アロイスは先日の狩りで危うく猪に突撃されそうになったところを、グスタフに助けられていた。グスタフは銃のストックで猪の頭を叩き仕留めてしまったのだ。
「おかげさまで、年が明けたら結婚することができます」
隣の娘がいっそう頬を赤らめた。グスタフは幸せな二人を祝福した。
「おめでとう。よかったな。それじゃお祝いを送ろう。アロイスと、名前はなんだっけ」
「エルマです」
「わかった」
グスタフには望んでも得られそうもない幸せだった。それでいいのだ。生母以外にまともに愛情を注いでくれたのは乳母や乳兄弟のエルンストだけだった。父は妻への遠慮からグスタフへの愛情を密やかにしか表せない。世間一般の親の情を知らない自分が人を愛するなどできるはずもないし、愛してくれる人がいるはずもない。グスタフはあきらめるのに慣れていた。
夜も更けてきた。グスタフはエルンストとともに広場を離れた。後は村人だけの祭だ。領主一族は邪魔なだけだ。
周囲の森を抜け、街道に出た。あと数マイルで館という人気のない場所で、不意に周囲に不穏な気配を感じた。けものではない。エルンストはランタンを吹き消しその場に投げ、剣の柄に手をかけた。グスタフも護身用の短剣に手をかけた。
背後からそれは来た。グスタフはさっとよけ、左手につかんだ剣の鞘でそれを受けた。が、鞘は見事に輪切りにされた。
「こやつ、できる」
グスタフの声を聞くまでもなく、エルンストも動いていた。彼の前には別の男が立ちはだかり、刃を向けていた。どうやら暴漢は二人いるらしい。
あきらめが早いとはいえ、生きることはまだあきらめきれない。自分の身を守らねばならぬと悟ったグスタフは暗闇の中で、感覚を研ぎ澄ます。どこから攻めるのか、どういう手でくるのか。
何の掛け声も発することなく、相手は向かってきた。グスタフは右手につかんだ短剣で辛うじて受け止めた。
相手の息に乱れはない。相当な手練れのようだった。
エルンストも苦戦していた。相手の攻めをかわすので精一杯だった。
いったんグスタフは背後に下がった。相手は長い剣の先をグスタフに向けた。いまだと、グスタフは身体ごと男の懐に入った。相手は思いもかけぬ先制にうろたえた。その隙に思いっきり、顎に拳をくらわせた。
ぐぉという叫びとともに男はのけぞった。グスタフは力ずくで剣を奪い取ると、男の腕に切りつけた。男はその場に倒れて呻いていたが、無事なほうの腕で懐から何やら粒を取り出すとそれを口に含んで呑み込んだ。たちまちのうちに男は血を吐いて絶命した。
その有様を見届けることなくグスタフは急いでエルンストの加勢に向かった。が、すでにエルンストはどこかを切りつけられたらしく、息が荒い。どさりと倒れる音がした。
「なんだと!」
煮えたぎるような怒りがグスタフの腹から全身に広がった。俺の大事なエルンストに何を。
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