公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳

文字の大きさ
14 / 39

14 ゴルトベルガー商会の力

しおりを挟む
 若者達とともに村の広場へと向かった。近くに乗り合い馬車の乗り場がある。だが、エルンストはそちらには行かなかった。
 広場から離れて暗い街道に出ると馬車が一台待っていた。

「アロイスじゃないか」

 御者台にはアロイスが座っていた。

「さあ、早く乗ってください。一気に伯爵領まで行きます」
「頼む」

 キャビンは布製の幌におおわれていた。走り出すと冷たい風が隙間から入ってきた。
 冷たさに身をすくめると、隣に座ったエルンストが自分の着ていたマントをグスタフの肩にもかけた。それだけでなく身体を寄せて来た。

「少しは温かくなります」

 エルンストの身体の熱を感じ、グスタフは身悶えしそうだった。女物の服でよかった。男物のトラウザーズだったら、もろに股間の異常がわかってしまう。
 起伏の多い山道にさしかかると揺れがひどくなった。エルンストはグスタフの肩に手を回し、しっかりと身体を支えた。

「大丈夫だ。まだ傷が痛むのだろう」
「グスタフ様と一緒なら、傷の痛みなど忘れます」

 健気なエルンスト。グスタフは泣きたくなるほど嬉しかった。このままずっとこうしていられたら。



 伯爵領との境界の手前で馬車から降りた。まだ夜明け前である。
 アロイスは二人の姿が見えなくなるまで見送ると、元来た道を帰って行った。
 数マイル歩いたところでまた馬車が待っていた。今度は二頭立ての立派な箱型のキャビンをそなえたものだった。馬車から中年の男が下りて来た。

「エルマ―さんとグレーテルさんですか」

 そうだとエルンストが答えると、男はドアを開けた。

「ゴルトベルガー商会のハンスです。どうぞ」

 ハンスは二人を先に乗せて、自分は御者の横に座った。すぐに馬車は動き出した。
 アロイスの馬車と違い、揺れは少ない。恐らく揺れないような仕掛けがキャビンにあるのだろう。道はこれまでと同様、平坦ではないのだから。
 伯爵領との境界で一度止まっただけで中が改められることなく、馬車は走り続けた。
 グスタフは安堵した。

「ゴルトベルガーというのは、大した力があるのだな」
「本当に」
「恐ろしいな」

 グスタフは自分の命を狙うアデリナも恐ろしいが、自分を王位につけるために動くゴルトベルガーも恐ろしいと思った。もし、グスタフが王になったら、彼らは一体どういう見返りを要求してくるのだろうか。
 エルンストも同じことに気付いたようだった。

「確かに子爵に肩入れする外務大臣と似たようなものですね」

 兄のゲオルグは外務大臣の娘と婚約している。外務大臣はゲオルグの意向を受けて国境の警備を厳しくしている。ゲオルグがいずれ国王になった時のことを考えてのことだろう。かたやグスタフはゴルトベルガーの顔すら知らない。ノーラの奉公先だという繋がりしかないのだ。それなのに、なぜ農書や肥料程度でグスタフを支援するのか。心強いとはいえ、薄気味の悪い話であった。
 それでも今は彼らを信用して馬車に乗り続けるしかない。



 昼過ぎに伯爵領の中で二番目に大きな村で休憩をとった。新年の休みで休業しているゴルトベルガー商会の系列の商店の二階でハンスとともに三人で昼食をとった。
 いつもは商店主一家が食事をとる部屋は城の食堂とは違い、狭いが温かみがあった。暖炉に燃える火のおかげで温まった部屋でエルンストと肉入りのスープや柔かいパンを食べていると、このままずっとここにいたいと思えてくる。不可能だとはわかっていても。
 食事中に外に出て行ったハンスが鳩の入った籠を持って戻って来た。

「公爵夫人がコルネリウス様の件を知ったようです。都からレームブルックと国境に向けて公爵家に仕える騎士の小隊を走らせています。兄殺しのグスタフを討てと」

 グスタフもエルンストも驚いた。コルネリウスの死をハンスはまるで既知のことであるかのように語っている。しかも公爵家の騎士団をアデリナが指揮している。父以外の命令には従わぬはずなのに。

「ハンス殿、なぜ、さようなことをご存知なのですか」
「エルンストさん、殿は不要です。ハンスで結構です。すべてノーラや主から、鳩で知らされています。今度は私から鳩で手紙を送る番です」
「鳩だって!」

 グスタフもエルンストも驚いた。籠の中の小さな鳩にそんなことが出来るとは知らなかった。
 ハンスは食卓で紙に小さな文字で何かを書き付けた。無論、暗号文である。それをくるくると巻いて小さな円筒形の容器に入れると、鳩の足に取り付けた。
 籠から鳩を出し窓から放すと都の方角へと飛んで行った。

「都からここまで来て、また都とは」
「同じ鳩ではありませんよ。都から来た鳩は今、別の部屋で休んでいます。この鳩は都へ飛ぶように訓練された鳩です。商会の系列の商店では連絡用の鳩を置いて、緊急の時に使っているのです」
「便利だが、鳩が鷲に襲われたらまずいな」
「ええ。それに代わる方法の開発を国王陛下が主導してくださるとありがたいのですが」

 ハンスはグスタフの置かれた立場も知っているようだった。だが、グスタフには答えようがない。まだ彼は何者でもないのだ。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。

BBやっこ
BL
実家は商家。 3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。 趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。 そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。 そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

愛などもう求めない

一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

処理中です...