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エピローグ
弐 旅立ち
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「奥方様、まことにお名残惜しうございます」
そう言って頭を下げたのは上屋敷奥の元年寄の鳴滝だった。
ここは月野家本家上屋敷奥の一番広い座敷である。以前はここに御目見え以上の奥女中らが集まり、御前様や奥方様に挨拶していた。だが、今やその部屋には何も置かれておらず、居並ぶ奥女中らの数も半分ほどである。
桜田門外の変から時代は大きく動いた。禁門の変後、幕府は二度にわたり長州征伐を行なったが、薩摩と同盟していた長州に事実上敗北し停戦となり、幕府の弱体化は明らかだった。
倒幕の勅命が下され十五代将軍徳川慶喜は大政奉還し、王政復古の大号令により幕府は廃止された。だが、旧幕府側は抵抗し鳥羽伏見、上野、長岡、会津、函館等で多くの血が流れた。版籍奉還によって知藩事となった各藩の藩主は廃藩置県によって任を解かれ、武士の時代は終焉を迎えた。
望月藩は早くから倒幕側であったが、月影藩は鳥羽伏見の戦い以後新政府側についた。斉陽は幕府側につくべきと当初主張していたが、慶温の説得を受け新政府側についたのである。幕府の内情を知り海外の事情に詳しい慶温から幕府ではとてもこの先の対外関係には対処できぬと言われては、斉陽も納得せざるを得なかった。
だが、新政府の下では佐幕倒幕関わりなく大名の生活は一変した。
当初明治元年の布告では各藩郭内一か所の屋敷、及び郭外二カ所の屋敷の所有を許された。外桜田の上屋敷と白金の下屋敷、それに抱屋敷は所有できた。だが、明治四年七月私邸一か所のみしか許されなくなった。それまであった上屋敷と下屋敷もついに政府に明け渡すことになってしまったのである。
本家は淑姫と桂木の住む抱屋敷に、分家は白金の本家下屋敷近くに手に入れた屋敷にそれぞれ移ることとなった。
鳴滝は月野家本家が上屋敷を出るにあたり、その手伝いにわざわざ隠居先から出向いてきたのだった。他にも以前勤めていた女達が来て加勢してくれたので人手の減った奥の荷造りは大いにはかどった。
「まことに、そなた達には世話になった」
佳穂は目の前に居並ぶ懐かしい人々の顔を見渡した。
部屋子のお喜多は書院番士と結婚し家庭に入ったが、夫が病死し、去年からまた佳穂に仕えている。同じくお三奈は小姓と結婚し、今では二人の子持ちである。
中年寄だった松村は今は年寄であるが、この日の仕事を最後に屋敷を出て甥の家に移ることになっている。鳴滝の住まいと近いので、これからは共に茶でも飲んでのんびりできますと言っている。
別式女の堀江麻乃と義妹の貞もいる。麻乃の夫は数年前病死し、その後も別式女と武道の師範を勤めていた。貞は分家月野家の用人と結婚して家庭に入っている。
ここにはいないが、大奥様の小姓だったおくらもおくめも国許に戻り嫁に行った。お園から送られてくる文によると二人ともそれぞれに幸せな日々を送っているようだった。
お園自身もまた動乱の世の中を夫を支え生きていた。お園の夫は月野家の家臣として戊辰の戦に加わり今は国で傷の療養をしている。お園は夫の面倒を見、子育てをし、畑を耕し梶田家を守っている。持病の癪はいつの間にか出なくなったという。文には国の空気と水と食べ物がよいのだろうと書いてあった。
「奥方様、支度ができました」
廊下でそう言ったのは、おみちである。初めて会った時はまだ少女だった彼女も四十である。
今は吉井家に嫁ぎ、夫の世話や孫の世話に明け暮れている。
おみちの言う支度とは写真の支度である。
写真師を呼んで女達で記念の撮影をしようと佳穂は考えたのである。これ以前にも佳穂は慶温や子どもたちとともに写真を撮影している。
世間には魂を抜かれると怖がる者も多いが、鳴滝等は今更魂などと笑っている。天璋院様がお城を出られたと聞いた時に魂が消えるように思われたが消えなかったと松村も言う。御一新を乗り越えた奥女中達は写真ごときで抜かれるほど柔な魂の持ち主ではなかった。
何はともあれ、皆で庭に並んだ。佳穂を取り囲むように。
写真師は二十数え終わるまで動かないようにと言った。助手がカメラの横で時間を数え始めた。皆息を止めた。
結構でございますと言われ、皆一斉に息をした。そして互いに顔を見合わせて微笑んだ。
この時撮影された写真は、後に旧望月藩領にある郷土資料館に月野家の末裔から他の史料とともに寄贈された。江戸の華やかな奥女中の姿に多くの人々が今も魅了されている。
こうして月野家本家の人々は、桂木夫妻の住む抱屋敷に一時的に移った。奥女中らはある者は身内の家に引き取られ、またある者は新しい奉公先に移った。ついてきたのは独り身のお喜多だけであった。
だが、桂木一家だけなら広い家も夫婦と子女三人、隠居の夫婦、奉公人が加わると狭かった。仲の悪い一族ではないのに、いらぬ軋轢が生じることもあり、佳穂も淑姫も困惑することが多かった。
窮状を救ったのは、呉服屋に嫁いでいたお志麻だった。お志麻は呉服屋の別宅として使っている本所の家を提供した。慶温と佳穂はすっかり呉服屋のおかみが板についたお志麻に感謝した。お志麻はあの時殿様に御手打ちにされなかった御恩返しですよと笑った。
佳穂はこのような温厚な女性を一時は凶行に走らせた尼や叔母らのことを思うと、人というのは何がきっかけで変わってしまうかわからぬもの、己もそうならぬようしっかりありたいと思った。また同時に己の言動が他人に対していかなる影響を与えるか常に考えねばならないと思うのだった。
佳穂は本所の家で子どもらと姑、舅と慎ましく暮らした。
奥の御殿に比べれば狭い家だったが、家族が何をしているか、どこにいるかすぐわかる生活は佳穂にとって故郷での暮らしを思わせた。
すでに故郷の両親は亡くなり、作事奉行だった兄の一家は田畑を耕す生活をしている。
佳穂にとってのホームはこの本所の家だった。
ここで家族のために料理を作り、衣服を整え、住まいを掃除する生活は、奥女中の生活より慌ただしく貧しかったが、満ち足りた生活だった。
「イギリスに行かないか」
季温が結婚した年の春、慶温は佳穂にこう言った。
慶温は廃藩置県の後、髷を切って洋髪にして、新政府の外交関係の職に就いていた。といっても旧幕臣や他の大名への遠慮もあり、表には出ない翻訳の仕事や外交交渉の裏方に徹していた。
「お仕事ですか」
「そうだ。恐らく行ったら三年は帰れない」
舅の斉尚と姑の聡姫は昨年相次いで亡くなっている。長男の季温は外務省に出仕、次男の吉丸こと幸温は開成学校に入学、次女の鶴は昨年星川家の長男と結婚と子どもたちはそれぞれの道を選び、国を離れても支障はなかった。
海を渡る。
考えたことがなかったわけではない。
だが、この年で行くことになろうとは。四十も半ばを過ぎているのに。
「二人で愛を作ろう、死ぬまでずっと」
愛を作る。
輿入れの夜のことを思い出した。不安の中、ともに嵐のような愛に身をゆだねることを知った日のことを。
「はい」
不安がないわけではない。けれど、慶温がいれば。
また二人でホームを作ろう。新しい世界で。
佳穂はやるべきことをあれこれ考えた。英吉利語の勉強に、家の片付け、荷造り、それに挨拶もある。お喜多の次の奉公先は星川家か千代の嫁ぎ先か、どちらがよかろうか。それからそれから……。
慶温はそんな佳穂が愛おしかった。いつも誰かのために何かを考えている佳穂の顔は美しかった。
条約改正のための調査と政界への工作という任務には、社交界への出入りは必須だった。佳穂ならば立派に社交界で勤めを果たすことができよう。
そう思うのは身内の欲目ばかりではない。
文久の頃、国に戻った佳穂が半年余りで江戸に戻って来た時は驚いた。町人のような姿で供三人だけを連れて屋敷に姿を見せて、迎えた江戸家老は絶句したと言う。
乗り物に乗り行列を仕立てて旅をすれば金はかかるし、時間もかかる、物価の高騰などで一揆が起きている場所もあり、大名の奥方として堂々と旅をするのは危険だからという理由だが、それにしても無茶なとあの時は慶温もずいぶん怒ったものだった。犬を背負って梯子を上るような奥女中であったのだから、それも仕方ないと内心思ったが。
だが、佳穂は旅の途中で見聞した各地の情勢を語ってくれた。それは取るに足りない些細な事のようであったが、よく聞けば江戸にいてはわからぬことばかりだった。
とりわけ京都に入ってから見聞きした新選組の話は興味深かった。
壬生浪士と呼ばれていた彼らが力士と争いになり力士方に死人まで出た、芹沢という浪士が芸妓の髪を切ってしまった、その芹沢が酒に酔って寝ているところを長州藩士に暗殺されたが実際は同じ浪士がやったらしいなど、噂とはいえ江戸ではわからぬ新選組の者たちの実態が伝わってきた。
以来、慶温は佳穂に、御目見え以下の奥女中らから市中の話を聞くようにと言っている。彼女達の耳がとらえたことが存外に役立つかもしれぬと思ったのだ。
佳穂も積極的に町の噂を奥女中らから聞き、慶温に伝えた。その中には役に立たぬ話もあったが、中にははっとするような話もあり、慶温は女の情報収集能力は侮れぬと思ったものだった。
そういった実際的な面もあるが、何より佳穂と離れて暮らすことなど、慶温には考えられなかった。
一か月後、横浜の桟橋から出港する貨客船の上に二人はいた。ともに洋装である。
その横にはお喜多も控えていた。奥方様のいらっしゃるところならエゲレスでもメリケンでもどこでもついて参りますと言って、次の奉公先へ行くのを拒んだのである。その日のうちに英吉利語の本を慶温から借りて勉強を始めたお喜多を連れて行かないわけにはいかなかった。ただ洋装だけは御免こうむりますと言い、木綿の着物に草履という姿であった。
「御前様、荷物はすべてお部屋に運んでおります」
そこへやって来たのは秘書の長岡英之である。季温の用人として仕える傍ら洋学を学び、明治四年の岩倉使節団に同行し帰国後は小林の姓から父親の長岡姓に戻し慶温の元で秘書をしている。
「ご苦労。長岡君、君もここへ。母上や姉上がおいでのはず」
そう言うと慶温は岸壁に並ぶ元家臣らを見つめた。断髪した田原十郎右衛門、益永寅左衛門らの横に髷を結った羽織袴の佐野覚兵衛がすっくと立っていた。
一瞬目が合ったような気がした。覚兵衛は直後その場で腰を折って深々と頭を下げた。
慶温は熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「あ、姉上だ」
いつもは冷静な英之が小さく叫んだ。加奈は老いた母の手をとって弟を見つめていた。その後ろには加奈の夫が立っていた。蘭方医の夫の父は亡き父と同じ鳴滝塾の出身者であった。
「姉うえええ」
英之は右手を高く上げ大きく振った。子どもの頃は隠れ住む生活でこんな大声など出せなかった。だが、今はもう隠れる必要はなかった。
桟橋の加奈もまた袂から少しだけ腕を出して小さく手を振った。
長岡姉弟を見た佳穂もまた人々に向けて右手を大きく振った。
「行って参りまああす」
娘の頃ならはしたないと言われそうな大声を出した。
それを見た桟橋の人々も手を振った。
季温は大きく手を振った。その妻も桜の花の簪が小さな音をたてて揺れるほど手を振った。
「行ってらっしゃいませええ」
「御達者でえ」
上海、ベトナム、マラッカ、インド、スエズ、地中海、サウサンプトンを経てロンドンにまで至る長い長い旅の始まりだった。
「アブナイお殿様だったねえ」
桟橋の群衆を背後から眺めながら洋装の女がつぶやいた。
彼女は御庭番のおりょうだった。まことの姿を偽り江戸市中に潜んで様々なことを探っていた。町人の不平不満、商人の不正、大名、旗本の評判、行動……。
命を取られそうになったこともある。
幸い、危なくなると上役が寺社奉行や町奉行に手を回して助けてくれたが。
命がけの仕事だったが、やりがいのある仕事だった。将軍様直々の命令で動く仕事なのだから。
彼女の報告が人事や政策を決めることもあった。
英吉利語を勉強している若殿様のことを上役に報告した時は御公儀に害をなす心配はないから構うことはないと言っていた。
けれど、それを覚えていた上役は海防掛の老中にその名を告げたのだった。時代は彼の能力を欲していた。
もし彼が数年早く生まれていたら、あるいは蘭癖が知られていたら、鳥居の妖怪から目を付けられていたかもしれない。彼に目を付けられ捕縛され命を失った蘭学者もいたのだ。
だが、鳥居は若殿が殿になった年に南町奉行の職を解かれ丸亀藩に御預けの身となった。二十年以上幽閉され明治政府の恩赦によって自由の身となり、明治六年江戸で七十七歳で亡くなっている。
危ないところで、若殿は難を逃れたのだった。
おりょうは一時は覚えた英吉利の言葉で外交官らの思惑を探っていたこともあったが、将軍様の時代は終わり、御庭番の仕事もなくなった。
「いや、今もアブナイよ。異国に行こうなんてさ。それにつきあって一緒に行く奥方様もどうかしてる。夫婦そろってアブナイよ」
つぶやいた女は旅立つ船を見送った。
「ぼんぼやーじゅ」
覚えたての異国の言葉を口にして女は静かに桟橋から去った。
Fin
そう言って頭を下げたのは上屋敷奥の元年寄の鳴滝だった。
ここは月野家本家上屋敷奥の一番広い座敷である。以前はここに御目見え以上の奥女中らが集まり、御前様や奥方様に挨拶していた。だが、今やその部屋には何も置かれておらず、居並ぶ奥女中らの数も半分ほどである。
桜田門外の変から時代は大きく動いた。禁門の変後、幕府は二度にわたり長州征伐を行なったが、薩摩と同盟していた長州に事実上敗北し停戦となり、幕府の弱体化は明らかだった。
倒幕の勅命が下され十五代将軍徳川慶喜は大政奉還し、王政復古の大号令により幕府は廃止された。だが、旧幕府側は抵抗し鳥羽伏見、上野、長岡、会津、函館等で多くの血が流れた。版籍奉還によって知藩事となった各藩の藩主は廃藩置県によって任を解かれ、武士の時代は終焉を迎えた。
望月藩は早くから倒幕側であったが、月影藩は鳥羽伏見の戦い以後新政府側についた。斉陽は幕府側につくべきと当初主張していたが、慶温の説得を受け新政府側についたのである。幕府の内情を知り海外の事情に詳しい慶温から幕府ではとてもこの先の対外関係には対処できぬと言われては、斉陽も納得せざるを得なかった。
だが、新政府の下では佐幕倒幕関わりなく大名の生活は一変した。
当初明治元年の布告では各藩郭内一か所の屋敷、及び郭外二カ所の屋敷の所有を許された。外桜田の上屋敷と白金の下屋敷、それに抱屋敷は所有できた。だが、明治四年七月私邸一か所のみしか許されなくなった。それまであった上屋敷と下屋敷もついに政府に明け渡すことになってしまったのである。
本家は淑姫と桂木の住む抱屋敷に、分家は白金の本家下屋敷近くに手に入れた屋敷にそれぞれ移ることとなった。
鳴滝は月野家本家が上屋敷を出るにあたり、その手伝いにわざわざ隠居先から出向いてきたのだった。他にも以前勤めていた女達が来て加勢してくれたので人手の減った奥の荷造りは大いにはかどった。
「まことに、そなた達には世話になった」
佳穂は目の前に居並ぶ懐かしい人々の顔を見渡した。
部屋子のお喜多は書院番士と結婚し家庭に入ったが、夫が病死し、去年からまた佳穂に仕えている。同じくお三奈は小姓と結婚し、今では二人の子持ちである。
中年寄だった松村は今は年寄であるが、この日の仕事を最後に屋敷を出て甥の家に移ることになっている。鳴滝の住まいと近いので、これからは共に茶でも飲んでのんびりできますと言っている。
別式女の堀江麻乃と義妹の貞もいる。麻乃の夫は数年前病死し、その後も別式女と武道の師範を勤めていた。貞は分家月野家の用人と結婚して家庭に入っている。
ここにはいないが、大奥様の小姓だったおくらもおくめも国許に戻り嫁に行った。お園から送られてくる文によると二人ともそれぞれに幸せな日々を送っているようだった。
お園自身もまた動乱の世の中を夫を支え生きていた。お園の夫は月野家の家臣として戊辰の戦に加わり今は国で傷の療養をしている。お園は夫の面倒を見、子育てをし、畑を耕し梶田家を守っている。持病の癪はいつの間にか出なくなったという。文には国の空気と水と食べ物がよいのだろうと書いてあった。
「奥方様、支度ができました」
廊下でそう言ったのは、おみちである。初めて会った時はまだ少女だった彼女も四十である。
今は吉井家に嫁ぎ、夫の世話や孫の世話に明け暮れている。
おみちの言う支度とは写真の支度である。
写真師を呼んで女達で記念の撮影をしようと佳穂は考えたのである。これ以前にも佳穂は慶温や子どもたちとともに写真を撮影している。
世間には魂を抜かれると怖がる者も多いが、鳴滝等は今更魂などと笑っている。天璋院様がお城を出られたと聞いた時に魂が消えるように思われたが消えなかったと松村も言う。御一新を乗り越えた奥女中達は写真ごときで抜かれるほど柔な魂の持ち主ではなかった。
何はともあれ、皆で庭に並んだ。佳穂を取り囲むように。
写真師は二十数え終わるまで動かないようにと言った。助手がカメラの横で時間を数え始めた。皆息を止めた。
結構でございますと言われ、皆一斉に息をした。そして互いに顔を見合わせて微笑んだ。
この時撮影された写真は、後に旧望月藩領にある郷土資料館に月野家の末裔から他の史料とともに寄贈された。江戸の華やかな奥女中の姿に多くの人々が今も魅了されている。
こうして月野家本家の人々は、桂木夫妻の住む抱屋敷に一時的に移った。奥女中らはある者は身内の家に引き取られ、またある者は新しい奉公先に移った。ついてきたのは独り身のお喜多だけであった。
だが、桂木一家だけなら広い家も夫婦と子女三人、隠居の夫婦、奉公人が加わると狭かった。仲の悪い一族ではないのに、いらぬ軋轢が生じることもあり、佳穂も淑姫も困惑することが多かった。
窮状を救ったのは、呉服屋に嫁いでいたお志麻だった。お志麻は呉服屋の別宅として使っている本所の家を提供した。慶温と佳穂はすっかり呉服屋のおかみが板についたお志麻に感謝した。お志麻はあの時殿様に御手打ちにされなかった御恩返しですよと笑った。
佳穂はこのような温厚な女性を一時は凶行に走らせた尼や叔母らのことを思うと、人というのは何がきっかけで変わってしまうかわからぬもの、己もそうならぬようしっかりありたいと思った。また同時に己の言動が他人に対していかなる影響を与えるか常に考えねばならないと思うのだった。
佳穂は本所の家で子どもらと姑、舅と慎ましく暮らした。
奥の御殿に比べれば狭い家だったが、家族が何をしているか、どこにいるかすぐわかる生活は佳穂にとって故郷での暮らしを思わせた。
すでに故郷の両親は亡くなり、作事奉行だった兄の一家は田畑を耕す生活をしている。
佳穂にとってのホームはこの本所の家だった。
ここで家族のために料理を作り、衣服を整え、住まいを掃除する生活は、奥女中の生活より慌ただしく貧しかったが、満ち足りた生活だった。
「イギリスに行かないか」
季温が結婚した年の春、慶温は佳穂にこう言った。
慶温は廃藩置県の後、髷を切って洋髪にして、新政府の外交関係の職に就いていた。といっても旧幕臣や他の大名への遠慮もあり、表には出ない翻訳の仕事や外交交渉の裏方に徹していた。
「お仕事ですか」
「そうだ。恐らく行ったら三年は帰れない」
舅の斉尚と姑の聡姫は昨年相次いで亡くなっている。長男の季温は外務省に出仕、次男の吉丸こと幸温は開成学校に入学、次女の鶴は昨年星川家の長男と結婚と子どもたちはそれぞれの道を選び、国を離れても支障はなかった。
海を渡る。
考えたことがなかったわけではない。
だが、この年で行くことになろうとは。四十も半ばを過ぎているのに。
「二人で愛を作ろう、死ぬまでずっと」
愛を作る。
輿入れの夜のことを思い出した。不安の中、ともに嵐のような愛に身をゆだねることを知った日のことを。
「はい」
不安がないわけではない。けれど、慶温がいれば。
また二人でホームを作ろう。新しい世界で。
佳穂はやるべきことをあれこれ考えた。英吉利語の勉強に、家の片付け、荷造り、それに挨拶もある。お喜多の次の奉公先は星川家か千代の嫁ぎ先か、どちらがよかろうか。それからそれから……。
慶温はそんな佳穂が愛おしかった。いつも誰かのために何かを考えている佳穂の顔は美しかった。
条約改正のための調査と政界への工作という任務には、社交界への出入りは必須だった。佳穂ならば立派に社交界で勤めを果たすことができよう。
そう思うのは身内の欲目ばかりではない。
文久の頃、国に戻った佳穂が半年余りで江戸に戻って来た時は驚いた。町人のような姿で供三人だけを連れて屋敷に姿を見せて、迎えた江戸家老は絶句したと言う。
乗り物に乗り行列を仕立てて旅をすれば金はかかるし、時間もかかる、物価の高騰などで一揆が起きている場所もあり、大名の奥方として堂々と旅をするのは危険だからという理由だが、それにしても無茶なとあの時は慶温もずいぶん怒ったものだった。犬を背負って梯子を上るような奥女中であったのだから、それも仕方ないと内心思ったが。
だが、佳穂は旅の途中で見聞した各地の情勢を語ってくれた。それは取るに足りない些細な事のようであったが、よく聞けば江戸にいてはわからぬことばかりだった。
とりわけ京都に入ってから見聞きした新選組の話は興味深かった。
壬生浪士と呼ばれていた彼らが力士と争いになり力士方に死人まで出た、芹沢という浪士が芸妓の髪を切ってしまった、その芹沢が酒に酔って寝ているところを長州藩士に暗殺されたが実際は同じ浪士がやったらしいなど、噂とはいえ江戸ではわからぬ新選組の者たちの実態が伝わってきた。
以来、慶温は佳穂に、御目見え以下の奥女中らから市中の話を聞くようにと言っている。彼女達の耳がとらえたことが存外に役立つかもしれぬと思ったのだ。
佳穂も積極的に町の噂を奥女中らから聞き、慶温に伝えた。その中には役に立たぬ話もあったが、中にははっとするような話もあり、慶温は女の情報収集能力は侮れぬと思ったものだった。
そういった実際的な面もあるが、何より佳穂と離れて暮らすことなど、慶温には考えられなかった。
一か月後、横浜の桟橋から出港する貨客船の上に二人はいた。ともに洋装である。
その横にはお喜多も控えていた。奥方様のいらっしゃるところならエゲレスでもメリケンでもどこでもついて参りますと言って、次の奉公先へ行くのを拒んだのである。その日のうちに英吉利語の本を慶温から借りて勉強を始めたお喜多を連れて行かないわけにはいかなかった。ただ洋装だけは御免こうむりますと言い、木綿の着物に草履という姿であった。
「御前様、荷物はすべてお部屋に運んでおります」
そこへやって来たのは秘書の長岡英之である。季温の用人として仕える傍ら洋学を学び、明治四年の岩倉使節団に同行し帰国後は小林の姓から父親の長岡姓に戻し慶温の元で秘書をしている。
「ご苦労。長岡君、君もここへ。母上や姉上がおいでのはず」
そう言うと慶温は岸壁に並ぶ元家臣らを見つめた。断髪した田原十郎右衛門、益永寅左衛門らの横に髷を結った羽織袴の佐野覚兵衛がすっくと立っていた。
一瞬目が合ったような気がした。覚兵衛は直後その場で腰を折って深々と頭を下げた。
慶温は熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「あ、姉上だ」
いつもは冷静な英之が小さく叫んだ。加奈は老いた母の手をとって弟を見つめていた。その後ろには加奈の夫が立っていた。蘭方医の夫の父は亡き父と同じ鳴滝塾の出身者であった。
「姉うえええ」
英之は右手を高く上げ大きく振った。子どもの頃は隠れ住む生活でこんな大声など出せなかった。だが、今はもう隠れる必要はなかった。
桟橋の加奈もまた袂から少しだけ腕を出して小さく手を振った。
長岡姉弟を見た佳穂もまた人々に向けて右手を大きく振った。
「行って参りまああす」
娘の頃ならはしたないと言われそうな大声を出した。
それを見た桟橋の人々も手を振った。
季温は大きく手を振った。その妻も桜の花の簪が小さな音をたてて揺れるほど手を振った。
「行ってらっしゃいませええ」
「御達者でえ」
上海、ベトナム、マラッカ、インド、スエズ、地中海、サウサンプトンを経てロンドンにまで至る長い長い旅の始まりだった。
「アブナイお殿様だったねえ」
桟橋の群衆を背後から眺めながら洋装の女がつぶやいた。
彼女は御庭番のおりょうだった。まことの姿を偽り江戸市中に潜んで様々なことを探っていた。町人の不平不満、商人の不正、大名、旗本の評判、行動……。
命を取られそうになったこともある。
幸い、危なくなると上役が寺社奉行や町奉行に手を回して助けてくれたが。
命がけの仕事だったが、やりがいのある仕事だった。将軍様直々の命令で動く仕事なのだから。
彼女の報告が人事や政策を決めることもあった。
英吉利語を勉強している若殿様のことを上役に報告した時は御公儀に害をなす心配はないから構うことはないと言っていた。
けれど、それを覚えていた上役は海防掛の老中にその名を告げたのだった。時代は彼の能力を欲していた。
もし彼が数年早く生まれていたら、あるいは蘭癖が知られていたら、鳥居の妖怪から目を付けられていたかもしれない。彼に目を付けられ捕縛され命を失った蘭学者もいたのだ。
だが、鳥居は若殿が殿になった年に南町奉行の職を解かれ丸亀藩に御預けの身となった。二十年以上幽閉され明治政府の恩赦によって自由の身となり、明治六年江戸で七十七歳で亡くなっている。
危ないところで、若殿は難を逃れたのだった。
おりょうは一時は覚えた英吉利の言葉で外交官らの思惑を探っていたこともあったが、将軍様の時代は終わり、御庭番の仕事もなくなった。
「いや、今もアブナイよ。異国に行こうなんてさ。それにつきあって一緒に行く奥方様もどうかしてる。夫婦そろってアブナイよ」
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そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
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