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第三章 海賊船
06 再会
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『発見しました』
人工頭脳の無機質な音声が今この時ほどありがたかったことはない。
カリス中尉、いやサカリアスはコックピットの扉を開け目視で確認しながらH・F・Mの救助用アタッチメントを伸ばした。絶対に傷つけてはいけない。ゆっくりとゆっくりと。
「アマンダ!」
海賊船から流れ出る空気とともに運ばれてきたアマンダの身体はアタッチメントにゆっくりと着地した。
コックピットに近づきわずかに傾いたアタッチメントが彼女の身体を転がす。すっとコックピットに向けて移動してきた宇宙服をサカリアスは抱きしめた。
「もう離さない、アマンダ」
ヘルメットが触れ合った。恐らく気絶しているであろうアマンダに声は聞こえない。
コックピットに彼女を入れるとすぐに閉めた。補助席を出し、そこに横たえた。
『脈拍正常血圧やや低下。意識回復させますか』
「いやしばらくこのままでいい」
急に意識を回復させたらパニック状態になる恐れがあった。彼女にはバイザーをおろしたサカリアスの顔は見えない。たとえ顔が見えても、覚えていない恐れがあった。見知らぬ男の顔を見れば平静ではいられまい。彼女の心を今は乱したくなかった。
『こっちも拾ったぞ』
イグナシオの声が入って来た。
「すまない」
『いいさ。それにしても、H・F・MでDIYっていうのも乙だな。最近の機体はよくできてる』
戦艦の底部付近から近づくH・F・Mに搭乗しているイグナシオは右腕に装着した鋸型のアタッチメントを動かした。
「そっちは意識レベルは?」
『えっと、あ、目覚ました。すご! 素人さんとは思えないな』
分割モニターの一つにイグナシオの機体のコックピットの中が映し出された。操縦席の横の補助席に座った宇宙服が動いた。
「サパテロさんですか」
サカリアスの声に反応するように宇宙服の腕が動いた。
「お嬢さんはこっちに乗ってます。安心してください」
『サカリアス殿下ですか』
突然の声にサカリアスは動揺した。軍人の経験がない民間人が宇宙服の通信機能を使うとは思ってもいなかった。しかも自分の名を呼ばれるとは。
「はい」
『お元気そうで何よりです。御無沙汰しておりました。本日はまことにありがとうございました。まさか味方に殺されそうになるとは』
銃の乱射を見ていたのかとサカリアスは驚愕した。
『まったく長く生きていると色々とあるものです』
まるで他人事のように言うが、相当ショックがあったはずである。
『私達を助けたら、面倒なことになるのではありませんか』
「もうなっています。でも、お二人に迷惑はかけません」
事実、サカリアスはミランのH・F・Mを勝手に拝借してイグナシオとともに出撃している。ワープ前にサカリアスは比較的効き目の軽い安定剤入りのコーヒーをミランに飲ませた。彼は今頃エステバンの船室で寝ているはずである。さらにイグナシオを乗せるためにミラン用にカスタマイズされた人工頭脳をワープ中に初期化してしまった。これだけでも軍法会議物である。
ワープ後にリベラの海賊掃討部隊と合流した際の部隊の多少の混乱に乗じ、イグナシオをミランのH・F・Mに乗せ出撃した。普通なら躊躇するはずだが、イグナシオは堂々とサカリアスの企みに協力した。
リベラの部隊が海賊船を攻撃、内部に侵入したのに乗じ、サカリアスとイグナシオは船に近づいた。
二年だけパイロットをしていた経験のあるイグナシオは器用に最新機を乗りこなして、海賊船の壁を鋸型アタッチメントで裁断してしまった。海賊船はエステバンの改造型なので、レオポルドとアマンダが乗せられそうな船室の場所は予想がついた。一番いい部屋は船長が使うので、二番目にいい士官用の部屋だと当たりをつけたのだった。それが当たって、二人を助け出すことができた。もし30秒でも遅かったら、二人は味方にハチの巣にされていたはずである。
『くれぐれも無理はしないでください』
そう言った後で、レオポルドは付け加えた。
『娘の姿を見せてもらえませんか』
「あ、気が付かなくて申し訳ありません」
サカリアスは画像を送った。
『ありがとうございます』
サカリアスの目の前のモニターにまた新たな映像が現れた。
『こっち準備できたから。そっちはうまくいった?』
なんとものどかな顔と声だった。いつもなら憎らしいが、今日は頼りにするしかない。
「わかった。今から行く」
海賊船から逃げて行く小型船を追うふりをしてサカリアスとイグナシオは隣接する区域へ向かった。
ガリレオ宙域と呼ばれる小惑星帯である。その中の比較的大きな直径500メートルの小惑星の陰に二機は入った。
そこには小型クルーザーサイズの宇宙船が停泊していた。
サカリアスはアマンダの宇宙服のベルトと自分の宇宙服のベルトをジョイントでつなげ背負って、コックピットを出た。同じようにしてイグナシオもマシンから出て来るのが見えた。
クルーザーの上部にあるハッチが開いたので中に入った。薄い空気があるせいか、アマンダの重みを感じた。イグナシオに背負われていたレオポルドは自分で立った。さらに次の扉を開くと、そこは空気に満ちた別世界だった。
「ようこそ、パルマ三世号へ」
くつろいだ顔のビクトルの背後からストレッチャーを押して女性乗組員がやって来た。
サカリアスはアマンダを宇宙服のまま横たえた。乗組員がヘルメットを脱がせると、豊かな髪が解けて宙を舞った。
サカリアスは息を呑んだ。会議室で見た写真よりもずっと生き生きとしていた。
乗組員は髪をかき分け簡易バイタル測定器を首に取り付けた。
レオポルドがヘルメットを取ると、ビクトルは微笑んだ。
「またお会いできてよかった。あなたのオムレツがこの宇宙からなくなったらと心配でした」
「よろしいのですか、私を乗せて。侯爵家に不利益があるのでは」
レオポルドの不安げな顔にビクトルはこれ以上はないと思えるほど軽率な顔で言った。
「ゲバラ侯爵家は星一つが領地ですから。陛下も簡単には介入できませんよ。ワープの準備ができたら、すぐに出発します。えっと、おなかすいてませんか。冷凍食品でよかったらオムレツありますよ」
「おい、冷凍食品て。店のコラム書いてるくせに」
サカリアスの突っ込みにビクトルはまあまあ固いことは言わずにと言った。
「あ、そろそろ戻らないとやばくない? 作戦行動終了とか、さっき通信が聞こえたけど」
「何故、それを早く言わない!」
サカリアスは慌てた。
「サカリアス叔父さんもイグナシオ大叔父さんもお元気で」
ビクトルの声を背に二人はパルマ三世号を後にした。
『敵にやられっ放しはつまらん。反撃しろ。俺も応援する』
声が聞こえた。敵、敵って誰だろう。海賊? 海賊に反撃? 俺って誰? 誰が応援してくれるの?
『もう離さない、アマンダ』
離さないって私を? 誰なの? あなたは。
「お目覚めですか」
柔らかい女性の声が聞こえた。
ドラはゆっくりと目を開いた。ぼんやりと光が見えた。
「サパテロさん、聞こえますか」
「はい」
喉が渇いているせいか声が少しかれていた。
「ドラ、目が覚めたかい」
父の声がした。
「お父さん、よかった」
意識を失う前に探した父の顔が目の前にあった。
「助かったんだよ」
「夢を見たの」
ドラは呟いていた。
あれは星の離宮の庭だったような気がする。あの庭にはハイビスカスの花が咲いていた。そして花と似た燃えるような色の髪の人がいた。
あれはあの人の声だった。
サカリアス第八皇子殿下。
何故あの人の夢を見たのだろうか。
わからない。
けれど胸の中は温かかった。
人工頭脳の無機質な音声が今この時ほどありがたかったことはない。
カリス中尉、いやサカリアスはコックピットの扉を開け目視で確認しながらH・F・Mの救助用アタッチメントを伸ばした。絶対に傷つけてはいけない。ゆっくりとゆっくりと。
「アマンダ!」
海賊船から流れ出る空気とともに運ばれてきたアマンダの身体はアタッチメントにゆっくりと着地した。
コックピットに近づきわずかに傾いたアタッチメントが彼女の身体を転がす。すっとコックピットに向けて移動してきた宇宙服をサカリアスは抱きしめた。
「もう離さない、アマンダ」
ヘルメットが触れ合った。恐らく気絶しているであろうアマンダに声は聞こえない。
コックピットに彼女を入れるとすぐに閉めた。補助席を出し、そこに横たえた。
『脈拍正常血圧やや低下。意識回復させますか』
「いやしばらくこのままでいい」
急に意識を回復させたらパニック状態になる恐れがあった。彼女にはバイザーをおろしたサカリアスの顔は見えない。たとえ顔が見えても、覚えていない恐れがあった。見知らぬ男の顔を見れば平静ではいられまい。彼女の心を今は乱したくなかった。
『こっちも拾ったぞ』
イグナシオの声が入って来た。
「すまない」
『いいさ。それにしても、H・F・MでDIYっていうのも乙だな。最近の機体はよくできてる』
戦艦の底部付近から近づくH・F・Mに搭乗しているイグナシオは右腕に装着した鋸型のアタッチメントを動かした。
「そっちは意識レベルは?」
『えっと、あ、目覚ました。すご! 素人さんとは思えないな』
分割モニターの一つにイグナシオの機体のコックピットの中が映し出された。操縦席の横の補助席に座った宇宙服が動いた。
「サパテロさんですか」
サカリアスの声に反応するように宇宙服の腕が動いた。
「お嬢さんはこっちに乗ってます。安心してください」
『サカリアス殿下ですか』
突然の声にサカリアスは動揺した。軍人の経験がない民間人が宇宙服の通信機能を使うとは思ってもいなかった。しかも自分の名を呼ばれるとは。
「はい」
『お元気そうで何よりです。御無沙汰しておりました。本日はまことにありがとうございました。まさか味方に殺されそうになるとは』
銃の乱射を見ていたのかとサカリアスは驚愕した。
『まったく長く生きていると色々とあるものです』
まるで他人事のように言うが、相当ショックがあったはずである。
『私達を助けたら、面倒なことになるのではありませんか』
「もうなっています。でも、お二人に迷惑はかけません」
事実、サカリアスはミランのH・F・Mを勝手に拝借してイグナシオとともに出撃している。ワープ前にサカリアスは比較的効き目の軽い安定剤入りのコーヒーをミランに飲ませた。彼は今頃エステバンの船室で寝ているはずである。さらにイグナシオを乗せるためにミラン用にカスタマイズされた人工頭脳をワープ中に初期化してしまった。これだけでも軍法会議物である。
ワープ後にリベラの海賊掃討部隊と合流した際の部隊の多少の混乱に乗じ、イグナシオをミランのH・F・Mに乗せ出撃した。普通なら躊躇するはずだが、イグナシオは堂々とサカリアスの企みに協力した。
リベラの部隊が海賊船を攻撃、内部に侵入したのに乗じ、サカリアスとイグナシオは船に近づいた。
二年だけパイロットをしていた経験のあるイグナシオは器用に最新機を乗りこなして、海賊船の壁を鋸型アタッチメントで裁断してしまった。海賊船はエステバンの改造型なので、レオポルドとアマンダが乗せられそうな船室の場所は予想がついた。一番いい部屋は船長が使うので、二番目にいい士官用の部屋だと当たりをつけたのだった。それが当たって、二人を助け出すことができた。もし30秒でも遅かったら、二人は味方にハチの巣にされていたはずである。
『くれぐれも無理はしないでください』
そう言った後で、レオポルドは付け加えた。
『娘の姿を見せてもらえませんか』
「あ、気が付かなくて申し訳ありません」
サカリアスは画像を送った。
『ありがとうございます』
サカリアスの目の前のモニターにまた新たな映像が現れた。
『こっち準備できたから。そっちはうまくいった?』
なんとものどかな顔と声だった。いつもなら憎らしいが、今日は頼りにするしかない。
「わかった。今から行く」
海賊船から逃げて行く小型船を追うふりをしてサカリアスとイグナシオは隣接する区域へ向かった。
ガリレオ宙域と呼ばれる小惑星帯である。その中の比較的大きな直径500メートルの小惑星の陰に二機は入った。
そこには小型クルーザーサイズの宇宙船が停泊していた。
サカリアスはアマンダの宇宙服のベルトと自分の宇宙服のベルトをジョイントでつなげ背負って、コックピットを出た。同じようにしてイグナシオもマシンから出て来るのが見えた。
クルーザーの上部にあるハッチが開いたので中に入った。薄い空気があるせいか、アマンダの重みを感じた。イグナシオに背負われていたレオポルドは自分で立った。さらに次の扉を開くと、そこは空気に満ちた別世界だった。
「ようこそ、パルマ三世号へ」
くつろいだ顔のビクトルの背後からストレッチャーを押して女性乗組員がやって来た。
サカリアスはアマンダを宇宙服のまま横たえた。乗組員がヘルメットを脱がせると、豊かな髪が解けて宙を舞った。
サカリアスは息を呑んだ。会議室で見た写真よりもずっと生き生きとしていた。
乗組員は髪をかき分け簡易バイタル測定器を首に取り付けた。
レオポルドがヘルメットを取ると、ビクトルは微笑んだ。
「またお会いできてよかった。あなたのオムレツがこの宇宙からなくなったらと心配でした」
「よろしいのですか、私を乗せて。侯爵家に不利益があるのでは」
レオポルドの不安げな顔にビクトルはこれ以上はないと思えるほど軽率な顔で言った。
「ゲバラ侯爵家は星一つが領地ですから。陛下も簡単には介入できませんよ。ワープの準備ができたら、すぐに出発します。えっと、おなかすいてませんか。冷凍食品でよかったらオムレツありますよ」
「おい、冷凍食品て。店のコラム書いてるくせに」
サカリアスの突っ込みにビクトルはまあまあ固いことは言わずにと言った。
「あ、そろそろ戻らないとやばくない? 作戦行動終了とか、さっき通信が聞こえたけど」
「何故、それを早く言わない!」
サカリアスは慌てた。
「サカリアス叔父さんもイグナシオ大叔父さんもお元気で」
ビクトルの声を背に二人はパルマ三世号を後にした。
『敵にやられっ放しはつまらん。反撃しろ。俺も応援する』
声が聞こえた。敵、敵って誰だろう。海賊? 海賊に反撃? 俺って誰? 誰が応援してくれるの?
『もう離さない、アマンダ』
離さないって私を? 誰なの? あなたは。
「お目覚めですか」
柔らかい女性の声が聞こえた。
ドラはゆっくりと目を開いた。ぼんやりと光が見えた。
「サパテロさん、聞こえますか」
「はい」
喉が渇いているせいか声が少しかれていた。
「ドラ、目が覚めたかい」
父の声がした。
「お父さん、よかった」
意識を失う前に探した父の顔が目の前にあった。
「助かったんだよ」
「夢を見たの」
ドラは呟いていた。
あれは星の離宮の庭だったような気がする。あの庭にはハイビスカスの花が咲いていた。そして花と似た燃えるような色の髪の人がいた。
あれはあの人の声だった。
サカリアス第八皇子殿下。
何故あの人の夢を見たのだろうか。
わからない。
けれど胸の中は温かかった。
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