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第三章 海賊船

07 偽装工作

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 サリタが父と姉の訃報を知った場所は深夜の看護学校の寮監室だった。
 授業が終わった後、病院の仕事をして寄宿舎に戻ったのが午後9時、用事を済ませた後、部屋で自習をしていると宿直の教員が寮監室に来てと感情を押し殺したような表情で言ったので、ついて行った。
 寮監室に呼ばれることなど真面目な生徒ならまずない。恐らく海賊に攫われた父と姉のことだろうとサリタは覚悟を決めて寮監室に入った。
 そこには寮監だけでなく、軍服を着た30代の婦人兵士がいた。
 予感の通り、父と姉がリベラ星系内の海賊と宇宙軍の戦闘に巻き込まれ死亡したと兵士は伝えた。いつもは厳めしい顔をしている寮監が嗚咽を漏らした。兵士もうつむき気味だった。
 だが、不思議なことにサリタは涙が出なかった。覚悟していたし、父ならそういうこともあるかもしれないと思った。父は困った人を助けるために時々トラブルに巻き込まれていた。いつかならず者に余計なことをしやがってと刺されるのではないかと心配していたが、まさか海賊に攫われるとは思ってもいなかった。姉にしても人が良過ぎた。会社の仕事が忙しいのに家の手伝いまですることはないのにとサリタは思っていた。同じ年頃の人たちは仕事の後にデートをしてるのに。店に来るお客さんにもいい人がいるのに、全然相手にしないんだから。
 いい人は若死にすると言われているけれど、二人ともいい人過ぎたのかもしれない。そうとでも思わなければ受け入れがたかった。
 ありがとうございました、軍の皆様にはご心配をおかけしましたと頭を下げた。
 と同時に学費が少し足りなくなるかもしれないと思った。病院で働いているので寮費や授業料の一部は負担しなくて済んでいるけれど、足りない書籍代等は家からの仕送りでなんとかなっていた。二人がいなくなれば仕送りがなくなる。整備兵候補生の兄のレオはまだ給与ももらえないし、もらっても仕送りする余裕などあるまい。
 寮監はそんなサリタの不安をわかっていたのか涙をぬぐって言った。

「帝國の犯罪被害者遺族救済制度が適用されてあなたとお兄さんにはまとまったお金が出ます。明日福祉事務所の方が来ますから手続き等わからないことがあったら聞くといいでしょう」

 兵士は言った。

「お父様とお姉さまの葬儀ですが、部隊が明日戻って来ますので、その後で。費用は宇宙軍が負担しますから心配いりません。お兄さまには連絡しましたから、明日のシャトルで基地に帰ってきます」 
「明日明後日はいろいろ忙しくなりますから、休みなさいね。眠れないようなら医務室にいらっしゃい」
 
 善意の塊のような言葉を背負ってサリタは部屋に戻った。
 すでに部屋の前の廊下には数人の生徒が待ち構えていた。彼女達はサリタの父と姉の件を知っていたので、サリタの顔を見ただけで何を言われたか悟った。
 サリタは顔を上げた。うつむいているのは嫌だった。

「明日と明後日休むから、授業のノートお願い」
「わかった。他にして欲しいことあったら言って」
「今のところは大丈夫。思い出したら頼むかも」

 サリタは部屋に入った。これ以上話したら涙が出て何も言えなくなってしまいそうだった。



 棺はなかった。遺体がないからだ。ただ、二人が監禁されていた部屋にあった姉のエプロンと父の着ていた白い上着だけが遺品として回収されていた。
 二日後の市民墓地での葬儀には大勢の人々が集まった。ヒメネス老夫人をはじめとする商店会の人々、父に相談に来ていた人たち、エストレージャのお得意様、ロメロ商会の人々だけでなく福祉事務所の所長や警察署長、市長もいた。基地の司令官や報道官もいた。報道関係者も何人もいた。海賊の人質となり尊い犠牲となった父と娘の葬儀の映像が帝國全土に流されるのだ。
 商業学校での姉の同級生たちも時ならぬ同窓会のように近況を話しながらも涙にくれていた。
 氏名と生年月日・死亡日を刻んだだけの石板の墓碑のまわりに集まり皆で賛美歌を歌って解散した。
 ヒメネス夫人はレオとサリタをエストレージャまで見送った。

「食事は店の冷凍庫の食材使っていいからね。早く使わないと駄目になっちまうから。困ったことがあったらなんでも言っておくれ」

 夫人はサリタから預かっていた貴重品を返した。兄妹で預金通帳を分けることになるかもしれないからである。
 二階に上がった二人は今朝沸かしておいたポットの湯でコーヒーを飲んだ。
 昨夜さんざん兄妹で父と姉のことを語り明かしたので、話題はさほど多くなかった。

「明日帰るから、通帳は持っててくれ。基地はそんなに現金使わないから」
「遺族賠償金はどうするの?」
「それもだ。軍隊ってそんなに使わないから。あるとかえって面倒になる」
「じゃ預かっておく。お兄ちゃんだって結婚したらお金いるでしょ」
「預かるって、おまえだって必要になるかもしれないじゃないか。軍隊は一文無しでもどうにかなるんだ。学生にも手当は出るし。看護学校よりずっと出るんだ」
「じゃとりあえず私が持っておく。だけどいる時は教えてよ」
「勿論。それじゃ飲んだら取り掛かるか」

 エストレージャをいつまでも閉めておくわけにはいかなかった。店舗も住宅もヒメネス夫人の所有なのだ。店舗はともかく二階の住宅は引き払わねばならない。葬儀が終わったら二人は部屋を片付けることに決めていた。父と姉の私物でとっておけるものは残して分け、自分たちの不要な私物は処分する。
 といってもさほど荷物は多くなかった。夕食前には片付いた。明日の朝、不用品を集めに回収業者が来る手筈になっている。 

「昔、貴族だった頃には姉さんもっといろいろ持ってたんだろうな」

 姉のアクセサリー類の入ったお菓子の小さな缶を見ながらレオは言った。
 サリタは父から家のことを聞いていなかった。レオはごく簡単に家の歴史を語った。ただし父が皇帝の愛人だったことまでは話せなかった。

「本当に貴族だったの?」
「ああ。大公だったって。だけど、いろいろあって大公じゃなくなったんだ。軍の学校で歴史を勉強すると、やたらサパテロ大臣が出てくるんだ。全部御先祖だ」
「やだ。そういうのって、伝記に書かれるのよね。愛人がいて相続でもめたとか」
「でもさ、わりと評判のいい人ばっかりだよ。皇帝の信頼が厚かったとか。清廉潔白だったとか。けど、今の俺たちには関係ない。教官たち何にも知らないから貴族みたいな名前の食堂の倅だって思ってる」
「その方がいい。私は人に世話されるより、人の世話をするほうが楽しい」

 サリタはきっぱりと言った。けれど、その精神こそが彼らの先祖達を名大臣たらしめたのであった。
 その後、店の冷凍庫に入っていた魚介でパエリアを作って二人で食べた。
 父の味付けと同じようにはいかなかったパエリアを口にしながら、サリタもレオも同じことを思っていた。もっと家族四人一緒に食事がしたかったと。



 ホルヘとドラが死んだことにしておくほうがいいと決めたのはイグナシオだった。皇帝が人質の死を厭わず海賊を殲滅せよと命じ、その通りにしたということは他の海賊への威嚇になる。
 さらに海賊サウロのクーデター計画に陰で力を貸したと思われる中央政界の何者かにも、圧力がかけられる。アギレラ大公はもはやこの世にいないのだから旗印になる人間はいないのだと。
 それが結果的にホルヘとドラを守ることにもなる。
 幸いにも銃を乱射した宇宙軍の兵士は二人の死体が破壊された海賊船の壁とともに宇宙に飛ばされ、その後に起きた海賊船のエンジンの爆発に巻き込まれたと思っているようだった。彼らは二人が戦闘に巻き込まれて死んだと報告した。
 残されたレオとサリタには申し訳ないが、敵を欺くにはまずは味方からである。サカリアスは涙を呑んで報告に異議を挟まなかった。
 その代わり、レオとサリタに不審な者が近づかないように姉のゲバラ侯爵夫人に依頼した。アビガイルはそんなことはたやすいこと、もっと二人に援助をしようと言ったが、二人はそれぞれ公的支援でなんとかやっていけるので余計なことをして皇帝に怪しまれないほうがいいとサカリアスは援助は断った。
 問題は、サウロの行方だった。
 海賊船の操縦室にいた彼はリベラの部隊が船に侵入した時にはすでにいなかった。
 周辺を捜索したが、彼の乗ったと思しき小型船もH・F・Mも見つからなかった。サカリアスは彼の捜索と称して小惑星帯に行ったのだが、その周辺にも一味の残党すらいなかった。 
 ドイルにいるサウロの母ということになっているラモン夫人の元にも連絡はなかった。なお、ラモン夫人はヨハネスにある老人福祉施設に収容された。身寄りのない重い認知症の老人ということで、優先的に施設に入れることになったのである。
 彼女は時折、自室の窓から外を眺め、男性が建物に近づくのを見ると息子が来たと目を輝かせた。職員たちは心を痛めつつラモン夫人の語る息子の幼い頃の思い出話に耳を傾けるのだった。




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