銀河の鬼皇帝は純愛を乙女に捧げる

三矢由巳

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第六章 査察団

03 誇りと贅肉

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「殿下、別々にここを出ましょう。アルマに見られたら大変です」

 アマンダはアルマの危険性をサカリアスの話で認識した。

「そうだな。それにしても、一体どうしてアルマはここに来たんだ」
「侯爵家と親戚ということはないのですか」
「モラル伯爵家とは縁戚関係はない」
「ビクトル様ならわけを御存知でしょうから後で伺ってみましょう」
「いや、私が訊いたほうがいい。ビクトルはこの家の継嗣だ。もし、アマンダが話しているところをアルマが見たら変な勘繰りをされる」

 確かに身分からいって、サカリアスとビクトルが直接話すほうが不自然ではない。

「それじゃ先に戻るんだ。今なら菓子を食っているはずだから」
「はい」
「今どこの部屋にいる?」
「二階の客間です」
「中央の階段から数えていくつ目だ?」
「四つ目の部屋です」
「一番いい客用寝室じゃないか」
「まあ、勿体ない」
「姉にとっては道楽みたいなものだから気にする必要はない」
「道楽、ですか」
「ああ。女の子がいないからな。着飾らせたくてたまらないんだ。帰ったら部屋から出ないように。たぶんデボラ達がうまく追い出してくれるだろうから」
「では、お先に」

 アマンダは小屋を出て行った。
 サカリアスはドアからその後ろ姿が木々に隠れて見えなくなるまで見つめた。小鹿のように軽やかな足取りは変わっていない。
 果たして彼女は三日後どんな答えを出すのだろうか。
 どちらにせよ、賽は投げられた。引き返すことはできないのだ。



 アマンダは玄関ではなく使用人用の入り口から屋敷に入った。アルマと出くわす危険は出来るだけ避けたかった。
 幸いにもアルマと出くわすことなく使用人用の狭い階段を使って二階に上がることができた。階段は屋敷の中心にある大階段とは反対側にあり二つ目のドアが客用寝室のドアだった。
 廊下に誰もいないことを確かめて部屋へ入った。
 部屋はきれいに掃除されていた。
 ソファに座り、サカリアスの言葉を思い返した。
 月の色。言われてみると、月は見上げる場所によっても大気の状態によっても、色が変化して見える。
 首都星にいる頃は白い月だった。時々赤く見える時があってなんとなく薄気味悪かった。ドイルの月は黄色っぽかった。白く見えたり青白く見えたり、不思議な月だった。
 聯合帝國は、基本的に月(衛星)のある惑星をテラフォーミングしている。月の満ち欠けが海の干満や人体に及ぼす影響を考えてのことだという。
 また、月は惑星の表玄関の役割をしている。月に宇宙港を作り、そこに星間旅客船や貨物船のターミナルを置いている。そこからシャトルを利用して惑星の空港に降りる。これは惑星の大気汚染を減らし温暖化を防ぐためである。巨大な旅客船や貨物船を惑星内で離着陸させると、多くの燃料を使用し大量の排気を出す。その中には硫黄酸化物、二酸化炭素等が含まれ、大気を汚染し温暖化を促す。無論シャトルも排気を出すが、旅客船よりは小型なので影響は小さい。月は惑星の大気や環境を守る大事な存在となっている。 
 というわけで月には旅客会社・貨物会社の支店が置かれている。またシャトルや惑星間を航行する船舶の造船・修理をする大小の工場もある。さらには宇宙軍の基地が置かれていることもあった。月には数百人から数千人が常時暮らしていた。
 従って、惑星に生活している人々にとって月はロマンをさほどかきたてるものではなかった。月は働き暮らす場所だった。
 サカリアスはそんな月を見て、アマンダが何色の月を見ているかと思っていたとは。サカリアスという男は、見かけは豪放だが、どこか繊細なところがあるようにアマンダには思われた。
 中等学校で古典の先生がテラの人々は月にウサギがいると思っていたと話し、月を見て短歌という短い詩を作っていたとも語っていた。
 アマンダは家に帰って父にその話をした。すると父は古い日本の短歌を教えてくれた。

『月見ればちぢにものこそ悲しけれ我が身一つの秋にはあらねど』

 月を見るとあれこれと悲しくなる、私一人だけに来た秋ではないけれどという意味も教えてくれた。
 父はやはり貴族の生まれなのだとあの時アマンダは思った。今思えば、父にもたくさんの悲しみがあったのではないか。家が没落し、妻が死に、職場を辞めて皇帝の愛人になり、生まれ育った星を追われ子と流浪した。そんな悲しみと月が結びついていたからこそ、歌を覚えていたのではないか。
 父のことはともかく、サカリアスが月を見てアマンダを思っていたというのは、やはり育ちのいい方なのだと思える。
 だからといって彼の望みに答えるのは無理な気がした。アマンダにとってサカリアスはアビガイル同様に親切にしてくれる人だった。感謝の気持ちはある。彼のために働きたい気持ちもある。だが、「愛」という言葉は重すぎた。
 彼が抱える愛の巨大さと比べてアマンダが抱く気持ちは小さ過ぎた。しかも結婚なんて。



 不意にドアが開いた。アマンダは現実に引き戻された。
 ドアを開けたのはアルマだった。施錠を忘れたのは不覚だったとアマンダは思った。

「おまえ、召使のくせに何故座ってるの」

 冷たい眼差しで見つめられた。モニカもこんな目で見られたのかとアマンダは悲しくなった。

「お嬢様、お部屋はそちらではありません」

 カルモナが叫ぶ声が聞こえた。なんだか面倒なことになりそうだった。アマンダは立ち上がった。

「おまえはさっき、サカリアス殿下と一緒にいた女だね」

 アルマの視力はいいらしい。

「お嬢様、そちらは他のお客様がおいでの部屋です」

 カルモナがやっと追いついた。アルマは振り返らずに言った。

「私、この部屋がいいわ。さっきの部屋よりずっと広いじゃないの。あんな狭い部屋では息が詰まりそう」
「侯爵夫人がお決めになったことですので、勝手に変えることはできません」

 カルモナの言葉など聞くつもりもないらしく、アルマは部屋に足を踏み入れた。

「まあ、素敵なお部屋ね。まあ、二間続きじゃないの。寝室が奥に別にあるなんて。ソファもフカフカ。バスルームどうなってるのかしら。あらバラの香りがする。バスタブも大きいわ。さっきの部屋のバスタブじゃ私入れないわ」

 カルモナは困りきった顔でバスルームの棚の中の物を見ているアルマを見ていた。

「私、他の部屋に移ります」

 アマンダはカルモナに小声で言った。

「しかし、それでは……」
「私にはこの部屋は広すぎます。彼女にはちょうどいい大きさなのでしょう」

 その時だった。ビクトルが入って来た。

「モラル伯爵令嬢、何をなさっているのですか」
「何をってお部屋の探検よ。私、この部屋がいいわ。さっきの部屋は狭すぎるんですもの」
「この部屋は、何かといわくつきなのです。美しい女性が泊まると夜中に老女のむせび泣く声が聞こえるのです」

 ビクトル渾身のほら話だった。

「ホホホ、その心配はないわ。私、子どもの頃からそういうの一切ないの。霊がどうのこうのって言われてる場所に行っても何も感じないの。金縛りにもあったことないし」
「そ、そうなんだ」

 どうやらビクトルは失敗したらしい。
 アルマは傍若無人にあちこちの棚を開けている。化粧品の入った棚を見て興奮していた。

「まあ、これ、私欲しかったの。化粧水からメイクまで一式あるなんて」

 アマンダが使った化粧品を見てアルマは大はしゃぎしていた。アマンダはそんなに高価なものだったとは思ってもいなかった。伯爵令嬢も買えないような品だったとは。

「あら、おまえまだいたの」

 アルマは振り返ってそう言った。
 ビクトルはアマンダを守るように前に立った。

「この人はおまえ呼ばわりされるような方ではありません」
「あら、だってさっき殿下の手を握って走ってたのよ。貴族の令嬢が外で殿方と手をつなぐなんてはしたないことするわけないじゃないの」

 あれは逃げていたんだと言いたかったが、訳を聞かれたら困るのでアマンダは黙っていた。

「それに何その化粧、どこの化粧品を使ってるんだか知らないけど、野暮ったいこと。御覧、私の肌を。光っているわ、何も塗らなくてもコラーゲンたっぷりの料理を毎日とっているからツヤツヤしてるでしょ。おまえのようなヤセギスとは大違い」

 アマンダは呆気にとられるばかりだった。アマンダが知っているアルマはもう少し上品だったような気がする。貴族の誇りを持っていたはずである。もしかすると誇りと引き換えに贅肉を身にまとうようになってしまったのではないか。
 アルマ、あなたは子どもの頃の気持ちを忘れたのと言いたかった。けれどできなかった。アマンダであることは絶対に知られてはならない。

「とっとと出てお行き。サカリアス殿下を誘惑しようとしてるんだろうけれど、殿下と結婚するのは私なんだから。実らない夢を見るなんて無駄よ」

 アルマには悪いが、アルマにはサカリアスと結婚して欲しくないとアマンダは強く思った。
 さすがにビクトルも呆れていた。

「あなたはそれでも伯爵令嬢ですか、口が悪過ぎます。殿下はあなたのような女性とは決して結婚なさらないでしょう」
「はあ? 何を言ってるの。私は当たり前のことを言ってるだけよ。殿下のまわりをウロウロする目障りなハエのような女は消えてしまえばいい」

 ビクトルの両の拳が震えていた。アルマの暴言がビクトルをこれほど怒らせるとは。アマンダはこれ以上事態を拗らせたくなかった。

「ビクトル様、大丈夫です。私、他の部屋に参ります」

 アマンダはビクトルから離れドアに向かった。

「ホホホ、ハエは自分にふさわしい場所に行けばいいのよ」

 アルマは勝ち誇ったように笑った。

「ハエがどうした?」

 アマンダの耳に低い声が響いた。
 目の前にサカリアスの大きな身体が立ちふさがっていた。アマンダは先に進めず、立ち尽くすしかなかった。

「殿下!」

 アルマの声のトーンが高くなった。
 
「ハエとは何だ?」
「その女のことですわ。どこの馬の骨かは存じませんが殿下のまわりをうろつくんですもの」
「ハエがそんなに嫌いか?」
「当たり前でしょ。うるさいんですもの」
「かつてテラからの移住船団にはハエや細菌も人間とともに乗っていた。何故かわかるか。生物の死体を解体し惑星の栄養分にするのに役立つからだ。ハエを人を罵る言葉に使うものではない。彼らも我らの仲間なのだ」

 サカリアスの声の凄みに、アルマは言い返せなかった。

「カルモナ、この部屋は伯爵令嬢に使わせればいい。バネサ嬢は私の部屋に」

 アマンダはそれは困ると言おうとしたが、言えなかった。なぜなら身体を横抱きにされたからである。ふわっと身体が浮いたかと思うとサカリアスの顔が目の前にあった。この状況では何も言えなかった。

「で、殿下……何てことを」

 アルマの顔は茹でたタコのように真っ赤になっていた。

「行くぞ」

 サカリアスはアマンダを抱いたまま廊下を歩いてゆく。いささかの不安も感じさせぬ安定した歩き方だった。
 入れ替わりにデボラが入って来て、ワゴンにアマンダが使った化粧品一式を載せた。
 アルマは慌てた。

「ちょっと、どうして持っていくの!」
「これはバネサお嬢様の使っていたもの。お嬢様は人の使い古しを使いたいのですか」
「え……」

 デボラはクローゼットからもたくさんの服や靴を取り出しワゴンの下のケースに収納した。
 
「それでは失礼いたします」

 デボラは大量の衣服と化粧品を載せたワゴンを押して出て行った。
 気が付くとカルモナもビクトルもいなくなっていた。
 アルマは広い部屋に茫然と立ち尽くしていた。




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