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第九章 鬼起つ

07 急ごしらえの少将

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 スナイデルの中心都市マッセリンクでは連日のように政庁前でデモが行われていた。当初はコーンウェルのチャンドラー基地での10,000人の死を悼むものだったのが、それがその事実を発表しなかった政府や皇帝への反感となり、今は政府の直接の手先であるアルベルト・フラート総督への怒りと変化していた。
 ことにスナイデルの地方報道機関スナイデル自由通信社が、フラート総督の不正な蓄財をスクープすると人々の怒りは頂点に達した。
 おまけに治安の悪化を理由にフットボール皇帝杯の予選が延期されたため、一般のファン、フットボールくじの購入者らも怒りをため込んでいた。
 スナイデルの人々は家でも職場でも寄ると触ると、フラートへの不満を語り合った。

「おかしいと思ったのさ。役所の窓口が派遣会社の社員ばかりになってるから人件費が減ってるのかと思ったら全然減ってないんだもの」
「私の友達、派遣で役所に行ってるんだけど、給料きいたら時給が学生アルバイト並だって。どういうこと?」
「それ、中抜きだよ。派遣会社がピンハネしてるのさ」
「派遣会社の社長と総督がグルになってるんだよ。あの二人は同じ大学の同期生だっていうからね」
「そういや、フラートの屋敷、警備員が増えてるよ」
「後ろ暗いところがあるんだろうな」
「皇帝杯のためのスタジアムの改修も、なんだか予算の割にしょぼくない?」
「工事会社に勤めてる従兄が、設計通りじゃないところが何か所かあるって言ってた。特にバックスタンドあたりがやばいからあの辺りの席はやめとけって」
「手抜き工事かよ」
「完成したら役人が確認するはずなのにな」
「袖の下だよ」
「中抜き、手抜きに袖の下って、役人どもはどうなってるんだ」
「上にいるのがフラートだからさ」

 火のないところに煙は立たないと言うが、人々の見える場所のあちこちにも火種があるため煙は容易になくなりそうもなかった。
 次から次へとスナイデル自由通信社には人々からの情報が送られてきた。通信社は新聞社に配信し、新聞社は記事を書き新聞を発行した。新聞社にも人々からの情報がもたらされ取材の結果が記事となった。多くの人々が電子版の新聞を読み、世論調査では総督の支持率が最低になった。
 スナイデル政庁は報道を規制しようとした。スナイデル自由通信社を政庁記者クラブから除名した。だが、それがかえって火に油を注ぐこととなった。スナイデル自由通信社が除名されたことを新聞各社が記事にしたことで、読者から多くの応援意見が新聞社や通信社に送られた。のみならず、政庁に対する抗議のデモが毎日のように行われた。映像端末でも連日連夜、その様子がスナイデル中に放送された。
 政庁記者クラブ出入りの新聞社、放送局、通信社すべてがデモや総督の不正蓄財を報道した。除名はもはや意味をなさなかった。
 抗議のメールや音声通信対応で政庁職員は疲弊していた。また政庁職員の中にも仕事を休んでデモに参加する者が出だした。政庁は機能不全に陥っていた。
 総督の下で政庁を取り仕切っているスナイデル出身の副総督はこのままではスナイデルの混乱が収まらないと考え、総督に辞任を促した。
 だが、フラート総督は応じなかった。

「私はおそれおおくも皇帝陛下から任命されてスナイデルの総督に就任したのだ。勝手に辞めるわけにはいかない。とにかく、早くデモの首謀者を捕まえろ。そうすれば騒ぎは収まる」

 事態はすでにそういう段階ではないのだと副総督は言いたかった。デモの首謀者は一人や二人ではない。職場や大学の誰かが声を掛ければあっという間に数十人が集まる。そんなグループが二つ三つ集まれば、すぐに三桁の人間になる。中心になる首謀者などいなかった。
 迎え撃つ警察や軍隊はここ数年給与の遅配などが続き、士気が下がっていた。報道で総督の不正を知れば皮肉の一つも言いたくなる。命令が出ればデモ隊を排除するため動くが危険なことはしたくないと思う者が多かった。彼らの中に内通者がいるのか不明だが、命令が出て軍隊が出動したところ、五分前までいたデモ隊がいなくなっていたということが頻繁に起きるようになっていた。 

「軍も警察も手ぬるい。首都からの援軍はまだか。月での待機が長過ぎないか」
「援軍は急ごしらえで準備が整っていないという話です」

 副総督は別の情報を知っていたが、あえて言わなかった。総督が査問会に召喚されるという話が首都にいる知り合いの内務省関係者から伝えられていたのである。もし総督に伝えたら即座に逃亡するのは間違いない。そうなったら最悪巻き添えにされかねない。



「……アカサキ少尉、イポリト・アドルノ少尉、以上は今すぐシャトル乗降エリアに集合せよ」

 月の基地に到着して五日、首都星から派遣された招集兵たちは退屈していた。毎日映像端末でスナイデルの混乱が伝えられているのに、スナイデル降下の命令がないのである。
 この日、新たに首都星から軍艦が派遣されてきた。
 来たのは軍のお偉いさんらしいという噂を聞き、アドルノ少尉らは堅苦しい出迎えをしなければならないのかと思いうんざりしていたが、それはなかった。
 その代わり、指名された士官が基地内のシャトル乗降エリアに行くことになった。
 いよいよスナイデル降下らしいとアドルノ少尉は勇み立った。だが人数が少ない。わずか5人である。

「おかしくないか。俺たちだけで鎮圧できると思うか?」

 一緒に指名されたコシロー・ベルナルド・アカサキ少尉に言われ、アドルノも不審を覚えた。

「首都から来たお偉いさんの護衛かもな」
「アドルノ少尉は武術は?」
「柔道は一応黒帯だが」
「自分もだ」

 そういえばメンバーの中に宇宙軍の格闘技大会で毎回複数の種目で上位に入るラファエル・メサ大尉もいる。これはいよいよ護衛だと思いながら乗降エリアに入った。
 派遣部隊の隊長は緊張した面持ちでこれより我々は極秘任務に入ると告げた。
 乗降エリアの別の入り口の自動ドアが開いた。
 堂々たる体格の赤い髪の宇宙軍少将の制服を着た男と大佐と少佐が入って来た。

「敬礼!」

 隊長の号令に合わせて敬礼したアドルノ少尉は目を丸くした。

「カリス中尉?」

 呟いたつもりが周囲の壁に反射して響いてしまった。
 少将はアドルノ少尉をちらりと見た。

「なおれ! 楽にしてくれ」

 そう言ったのは隊長ではなく少将だった。
 
「私はサカリアス・アルフォンソ・ベテルギウス少将だ。これからスナイデルに降下する。詳しいことはシャトルに乗ってから話す。それから、君たちの中には気付いた者もいるようなので話しておく。私はウーゴ・カリスと名乗って君たちと一緒に首都まで行った。偽名を名乗っていた事情は想像できると思う」

 恐れ多くも第八皇子殿下の名を呼び捨てにできる上官はいないだろう。偽名もやむを得ないと皆納得した。

「事情があっての急ごしらえの少将故、面倒をかけるかもしれないが、よろしく頼む」

 控えていた大佐が時間ですと耳打ちしたので、サカリアスは話を切り上げシャトルへと向かった。五人もまた後に続いた。



 まさしく急ごしらえの少将だった。
 当初、スナイデルのアルベルト・フラート総督召喚には別の内務省の査察官が向かう予定だった。だが内務省の内部調査で件の査察官がフラート総督と親しい関係にあると判明し別の者にということになった。
 そこでなぜかビダル公爵に白羽の矢が立った。久しく行われていなかった査問会の準備に忙しい内務省から出せる人間がいないからという理由だった。さらには、コーンウェルに同行する部隊の編制に時間がかかるので、それまでの間に一つでも功績を上げれば箔付けになるとガルベス公爵アレホが言い出したのだった。
 サカリアスにしてみれば余計なお世話だった。フラート総督召喚が箔付けになるとは思えなかった。海賊ではあるまいし、武力で抵抗してくる相手とは思えない。
 だが皇帝は了承した。スナイデルに向かう艦艇も随員も決まった。
 ここで軍務大臣と統合本部長が皇帝にサカリアスの軍での身分について相談した。
 文民ならば公爵という位でスナイデルに行くのは問題はないが、サカリアスは軍人だった。中尉という身分は公爵位と比較してあまりに低過ぎる。しかるべき階級に任ずべきではないかと。
 皇帝はならば退役すればよいのではと言った。ちょうど宮殿にいたサカリアスを呼び、退役の意向を確認することにした。
 サカリアスはまさか公爵になったことで退役の意向を訊かれるとは思ってもいなかった。正直に言えば中尉のまま、マシンに乗っていたかった。ことに新しいマシンの開発にわずかでも携わった身としてはせめて新しいマシンが出来るまでは軍にいたかった。
 退役の意思はない旨を答えると、皇帝は頷いた。

『よかろう。だが、そなたが公爵と軍人を兼ねることでつまらぬ疑惑を持たれるかもしれぬぞ』

 皇帝は一呼吸おいた。

『たとえば、謀叛』



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