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第九章 鬼起つ
08 フラート総督拘束
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サカリアスは寒気を覚えた。己の心を見透かされたような気がした。
公爵に任じられたことで皇帝への道がわずかに近くなったと思ったのは事実だった。公爵領は惑星一つである。そこからもたらされる税収は莫大なものである。独自の軍備も認められている。そこに魅力を感じなかったと言えば嘘になる。
だが、ここは否定しなければならぬ。
『恐れながら、それは杞憂かと存じます』
皇帝はフンと笑った。
『杞憂か。まあ、よい。朕を倒せるものなら倒してみよ』
ゆるぎない自信は長年の経験の故だった。恐らく今謀叛の意思を見せたらすぐにひねりつぶされるとサカリアスは恐怖を感じた。姉が話していた最近疲れの見える皇帝のありさまは嘘ではないかと思えてくる。
控えていた軍務大臣と統合本部長は顔色を変えた。
『恐れながらさようなことはお戯れでも』
『公爵閣下は帝國のためにこれまでどれほど働いたことか。さような懸念はありません』
皇帝はフフンと笑った。
『わかっておる。謀叛の心配などないから言えるのだ。だが、他人はそうは取らぬやもしれぬ。くれぐれも用心することだ。大臣、しかるべき階級に任じてやれ』
こうして任命されたのは少将だった。
一足飛びの出世にガルベス公爵は二階級特進三回分ではないか、三度も殉職かと弟たちと笑ったものの、その後は不機嫌な顔で酒をあおっていた。サカリアスがスナイデルに行けばその間、愛人の住む旧ビダル公爵邸を明け渡さずに済むと思っていたのに、邸宅管理課の役人もビダル奉公会の会長も明け渡し日の延期を認めなかったのである。
サカリアス自身にとって少将の身分は面倒だった。まずパイロットとしてマシンに乗るわけにはいかなくなった。軍人ではないほうがましなのではないかと思えてくる。
その上、少将に任じられると同時に統合本部付参謀という官職に異動となったが他の参謀は皆年長者で退職間際の者が三人もいた。無理もなかった。戦争がないのだから参謀が活躍する場面が少なく閑職に近いのだ。
とはいえ、少将としてスナイデルに行きアルベルト・フラート総督の身柄を確保するという重大な任務がある。フラートの経歴を見れば軍歴はない。査問会に召喚されると知った彼が武力で抵抗できるとは思えなかった。だが、窮鼠猫を噛むということわざもある。油断は禁物だった。箔付けになるとは思えないが、失敗したら大恥をかくことになる。できて当たり前の仕事を完遂することこそ、最も難しいのだ。
サカリアスはスナイデルに同行する士官だけは選ばせて欲しいと、統合本部長のフィゲーラス元帥に相談した。皇子殿下に否と言えるはずもなく元帥は了承した。
サカリアスが選んだのは軍大学時代の三年先輩の戦術研究科卒業のアウグスト・コンスティ少佐と、士官学校時代の教員で今は宇宙軍戦略研究所の副所長をしているマルコ・エールトマンス大佐だった。
コンスティ少佐は大学始まって以来の秀才と言われ、模擬戦闘指揮では誰も勝てる者がいなかった。この時、彼は自分一人が圧勝するこの状況は帝國には決して望ましいものではないと言い、学長に注意されている。卒業式で答辞を読むのではないかと言われていたが、その栄誉は某伯爵の子息が得た。現在は統合本部の事務方で課長をしている。将棋という日本のボードゲームでアマチュアの段位を持っている。
マルコ・エールトマンス大佐は士官学校で射撃を教えていたが、実際は兵站の専門家だった。軍大学を卒業した後四年間軍務に就いた後、総合商社に就職し30になる前に一つの星系の営業を担当するほどの出世をした。だが、家族の介護のため商社を退職し軍の士官学校が射撃の講師を募集していると知り応募、採用された。彼の実力を惜しんだ統合本部は戦略研究所に引き抜き後進の指導に当たらせている。
二人とも突然のサカリアスの指名に驚愕した。サカリアスと特に親しいわけではなかったのである。
コンスティ少佐は本部長に冗談にもほどがあると言った。サカリアスとは大学の寮で一年間だけ一緒で幾度か帝國の弱点は何かという際どい話を交わしたことがある。指名されるなど思いも寄らなかった。
エールトマンス大佐は子どもの介護を理由に断ろうとした。フィゲーラス元帥は宇宙軍の規定で介護を要する親族がいる場合、首都星以外の星に赴任・出張する際は優先的に介護施設に入所できると言って説得した。サカリアスは射撃の成績が抜群で、エールトマンスは特に指導した覚えはない。一度だけ図書室で兵站関係の書籍を探していたサカリアスに出くわしたことがあった。その時に、図書室になかった私物の書籍を貸したことがあったくらいである。
出発まで時間がなかったので、二人がサカリアスに会ったのは当日シャトルに乗る前だった。
サカリアスは喪服を着ていた。
数日前の軍務省第三庁舎の爆破事件で亡くなった者の葬儀に出た後、そのまま来たということだった。警察と軍の必死の捜査にも関わらず未だ犯人は見つかっていない。ただ軍の内部ではまことしやかにサカリアスを標的としたものであり容疑者は兄たちだと囁かれていた。スナイデル行きも兄たちの策略ではないかと言われていた。
『シャトルや艦艇に爆弾が仕掛けられていなければいいんですが』
コンスティ少佐は久しぶりに会う上官になった後輩に軽い口調で言った。
『少佐、不謹慎だぞ。口を慎みたまえ』
エールトマンス大佐は真面目な顔でたしなめた。
『貴官らを巻き添えにはしない』
サカリアスの脳裏には葬儀でのアリアスやクロエの遺族の姿が焼き付いて離れなかった。泣き叫ぶアリアスの両親と兄弟、悲しみを堪えるクロエの両親と婚約者、ファン・ソーメレンの肩を落とした姿、赤い目をした企画開発部員達……。
部下となる者達の家族を同じ目に遭わせたくない。コンスティ少佐には妻と二歳の女児がいる。エールトマンス大佐には妻と十二歳になる介護を必要とする男子がいる。いや彼らだけではない。艦艇の船長をはじめとする乗員たちそれぞれに家族や友がいるのだ。
コンスティ少佐もエールトマンス大佐も、サカリアスの真摯な表情に声を失った。
巡洋艦マルガリータの艦長ローシェ・ベーニンク大佐40歳は軍でも珍しい女性艦長だった。彼女の操船技術は帝國でも指折りと評されている。
だからというわけではないだろうが、マルガリータはビダル公爵を乗せてスナイデルへと赴くことになった。
艦長仲間の間ではビダル公爵ことウーゴ・カリス中尉は凄腕のパイロットだと認識されている。要するに指揮官としての経験が足りないのだ。
艦長としてはいささか頼りない指揮官を擁するのは不安だったが、第八皇子殿下なら仕方あるまいとも思った。貴族出身の将官は頼りないか、偉そうにしているかのどちらかなのだ。パイロットの経験があるから、きっと自信過剰な態度に違いないと思っていた。
だから出航前のブリーフィングで会った時、意外に謙虚なのには驚いた。頼りなくも感じられなかった。辺境星域でそれなりに揉まれてきたようだった。
『急ごしらえの公爵で少将だ。よろしく頼む』
『こちらこそよろしくお願いします』
握手を求めると、遠慮がちに手を伸ばすのも初々しく思われた。自分が26の時も似たようなものだったと思い出した。
スナイデル行きが決まって三日後、サカリアスはマルガリータで首都の月を出航した。先住者のガルベス公爵の愛人と娘がまだ退去していないのでビダル公爵邸にはまだ一歩も足を踏み入れていなかった。
マルガリータはワープを順調に繰り返し、二日後スナイデルの月に到着した。
そこで首都からすでに到着していた派遣部隊の隊員のうち腕の立つ5名を選び、スナイデルに降下したのだった。
スナイデルの中心都市マッセリンクに近い空港にシャトルが到着すると、空港周辺に集まった市民がフェンスの向こうで声を上げた。
「フラートを助けるな!」
「出て行け!」
「皇帝の手先、恥を知れ!」
シャトル内で任務を知らされていたアドルノ少尉らは唇を噛んだ。
「なんという非礼な」
「仕方ない。何も知らないのだから」
サカリアスにそう言われて、皆黙った。
サカリアス・アルフォンソ・ベテルギウス少将がマッセリンクに赴くと連絡を受けていたフラート総督は厳重な警備を敷いていたのでシャトルを降りて直接政庁への迎えの車に乗ることができた。何も知らない総督は迎えに最高級の車両を用意していた。飛行車両である。それも10人は乗れる大型車両である。
首都では皇族や許しを得た貴族しか使用できない車両に乗っているのかと、サカリアスは呆れた。
エールトマンス大佐もフラートは騎士の家柄のはずとつぶやいた。
デモ隊や抗議の人々の頭上を越えて車は政庁に向かった。
政庁の広間には大勢のマスコミ関係者が呼ばれていた。映像端末の生放送番組のレポーターまでいた。
宇宙軍の少将が総督の味方についたと報道させるために、総督が呼んだのである。スナイデル自由通信社の記者まで呼ばれていた。
車は政庁の門を飛び越え玄関前に停車した。
サカリアス、エールトマンス大佐、アドルノ少尉ら5人は車から降り副総督の導きで広間へと向かった。
先頭に立って広間に入って来たサカリアスの姿を見た人々は、その迫力に後ずさりしそうになった。
少将の大きなマント付きの軍服に身を包んだ大柄な姿は、スナイデルの人々を強く引き付けたのだ。
静止画のカメラマンはシャッターを押し、動画撮影のカメラマンはサカリアスに焦点を合わせた。
そこへ派手な正装をしたアルベルト・フラート総督が入って来た。満面の笑みである。
「少将閣下、ようこそスナイデルへ。お待ちしておりました。閣下がおいでになれば事態はすぐに鎮静化することでしょう」
エールトマンス大佐が口を開いた。
「アルベルト・フラート総督ですか」
「ええ。スナイデル総督アルベルト・フラートです」
サカリアスは軍服の懐からさっと文書を出した。
「召喚状 スナイデル総督アルベルト・フラート 皇帝陛下の命により上の者を査問会に召喚する 以上」
冷ややかな口調に、フラートだけでなく周囲の人々も凍り付いたように動けなくなった。ただ、カメラだけは回っていた。
「しょうかんじょう、だと?」
総督は信じられないという顔でサカリアスを見上げた。
「いかにも。今すぐ、我々とここを出て首都星に行くのだ」
サカリアスの言葉が終わると同時にアドルノ少尉らが総督を取り囲み、あっという間に拘束具を口と手に取りつけ広間から遠ざけられた。
「副総督、後のことは頼む。月には派遣部隊がまだいるから必要ならお貸しする」
エールトマンス大佐はそう言って締めくくった。
あっという間の出来事だった。生放送を見ていた人々は惑星の各地でブラボーと叫んだ。
ただ一人、拘束され左右を兵士に挟まれて車に乗せられたフラートだけが心の中で叫んでいた。
(鬼だ! こやつは鬼だ!)
公爵に任じられたことで皇帝への道がわずかに近くなったと思ったのは事実だった。公爵領は惑星一つである。そこからもたらされる税収は莫大なものである。独自の軍備も認められている。そこに魅力を感じなかったと言えば嘘になる。
だが、ここは否定しなければならぬ。
『恐れながら、それは杞憂かと存じます』
皇帝はフンと笑った。
『杞憂か。まあ、よい。朕を倒せるものなら倒してみよ』
ゆるぎない自信は長年の経験の故だった。恐らく今謀叛の意思を見せたらすぐにひねりつぶされるとサカリアスは恐怖を感じた。姉が話していた最近疲れの見える皇帝のありさまは嘘ではないかと思えてくる。
控えていた軍務大臣と統合本部長は顔色を変えた。
『恐れながらさようなことはお戯れでも』
『公爵閣下は帝國のためにこれまでどれほど働いたことか。さような懸念はありません』
皇帝はフフンと笑った。
『わかっておる。謀叛の心配などないから言えるのだ。だが、他人はそうは取らぬやもしれぬ。くれぐれも用心することだ。大臣、しかるべき階級に任じてやれ』
こうして任命されたのは少将だった。
一足飛びの出世にガルベス公爵は二階級特進三回分ではないか、三度も殉職かと弟たちと笑ったものの、その後は不機嫌な顔で酒をあおっていた。サカリアスがスナイデルに行けばその間、愛人の住む旧ビダル公爵邸を明け渡さずに済むと思っていたのに、邸宅管理課の役人もビダル奉公会の会長も明け渡し日の延期を認めなかったのである。
サカリアス自身にとって少将の身分は面倒だった。まずパイロットとしてマシンに乗るわけにはいかなくなった。軍人ではないほうがましなのではないかと思えてくる。
その上、少将に任じられると同時に統合本部付参謀という官職に異動となったが他の参謀は皆年長者で退職間際の者が三人もいた。無理もなかった。戦争がないのだから参謀が活躍する場面が少なく閑職に近いのだ。
とはいえ、少将としてスナイデルに行きアルベルト・フラート総督の身柄を確保するという重大な任務がある。フラートの経歴を見れば軍歴はない。査問会に召喚されると知った彼が武力で抵抗できるとは思えなかった。だが、窮鼠猫を噛むということわざもある。油断は禁物だった。箔付けになるとは思えないが、失敗したら大恥をかくことになる。できて当たり前の仕事を完遂することこそ、最も難しいのだ。
サカリアスはスナイデルに同行する士官だけは選ばせて欲しいと、統合本部長のフィゲーラス元帥に相談した。皇子殿下に否と言えるはずもなく元帥は了承した。
サカリアスが選んだのは軍大学時代の三年先輩の戦術研究科卒業のアウグスト・コンスティ少佐と、士官学校時代の教員で今は宇宙軍戦略研究所の副所長をしているマルコ・エールトマンス大佐だった。
コンスティ少佐は大学始まって以来の秀才と言われ、模擬戦闘指揮では誰も勝てる者がいなかった。この時、彼は自分一人が圧勝するこの状況は帝國には決して望ましいものではないと言い、学長に注意されている。卒業式で答辞を読むのではないかと言われていたが、その栄誉は某伯爵の子息が得た。現在は統合本部の事務方で課長をしている。将棋という日本のボードゲームでアマチュアの段位を持っている。
マルコ・エールトマンス大佐は士官学校で射撃を教えていたが、実際は兵站の専門家だった。軍大学を卒業した後四年間軍務に就いた後、総合商社に就職し30になる前に一つの星系の営業を担当するほどの出世をした。だが、家族の介護のため商社を退職し軍の士官学校が射撃の講師を募集していると知り応募、採用された。彼の実力を惜しんだ統合本部は戦略研究所に引き抜き後進の指導に当たらせている。
二人とも突然のサカリアスの指名に驚愕した。サカリアスと特に親しいわけではなかったのである。
コンスティ少佐は本部長に冗談にもほどがあると言った。サカリアスとは大学の寮で一年間だけ一緒で幾度か帝國の弱点は何かという際どい話を交わしたことがある。指名されるなど思いも寄らなかった。
エールトマンス大佐は子どもの介護を理由に断ろうとした。フィゲーラス元帥は宇宙軍の規定で介護を要する親族がいる場合、首都星以外の星に赴任・出張する際は優先的に介護施設に入所できると言って説得した。サカリアスは射撃の成績が抜群で、エールトマンスは特に指導した覚えはない。一度だけ図書室で兵站関係の書籍を探していたサカリアスに出くわしたことがあった。その時に、図書室になかった私物の書籍を貸したことがあったくらいである。
出発まで時間がなかったので、二人がサカリアスに会ったのは当日シャトルに乗る前だった。
サカリアスは喪服を着ていた。
数日前の軍務省第三庁舎の爆破事件で亡くなった者の葬儀に出た後、そのまま来たということだった。警察と軍の必死の捜査にも関わらず未だ犯人は見つかっていない。ただ軍の内部ではまことしやかにサカリアスを標的としたものであり容疑者は兄たちだと囁かれていた。スナイデル行きも兄たちの策略ではないかと言われていた。
『シャトルや艦艇に爆弾が仕掛けられていなければいいんですが』
コンスティ少佐は久しぶりに会う上官になった後輩に軽い口調で言った。
『少佐、不謹慎だぞ。口を慎みたまえ』
エールトマンス大佐は真面目な顔でたしなめた。
『貴官らを巻き添えにはしない』
サカリアスの脳裏には葬儀でのアリアスやクロエの遺族の姿が焼き付いて離れなかった。泣き叫ぶアリアスの両親と兄弟、悲しみを堪えるクロエの両親と婚約者、ファン・ソーメレンの肩を落とした姿、赤い目をした企画開発部員達……。
部下となる者達の家族を同じ目に遭わせたくない。コンスティ少佐には妻と二歳の女児がいる。エールトマンス大佐には妻と十二歳になる介護を必要とする男子がいる。いや彼らだけではない。艦艇の船長をはじめとする乗員たちそれぞれに家族や友がいるのだ。
コンスティ少佐もエールトマンス大佐も、サカリアスの真摯な表情に声を失った。
巡洋艦マルガリータの艦長ローシェ・ベーニンク大佐40歳は軍でも珍しい女性艦長だった。彼女の操船技術は帝國でも指折りと評されている。
だからというわけではないだろうが、マルガリータはビダル公爵を乗せてスナイデルへと赴くことになった。
艦長仲間の間ではビダル公爵ことウーゴ・カリス中尉は凄腕のパイロットだと認識されている。要するに指揮官としての経験が足りないのだ。
艦長としてはいささか頼りない指揮官を擁するのは不安だったが、第八皇子殿下なら仕方あるまいとも思った。貴族出身の将官は頼りないか、偉そうにしているかのどちらかなのだ。パイロットの経験があるから、きっと自信過剰な態度に違いないと思っていた。
だから出航前のブリーフィングで会った時、意外に謙虚なのには驚いた。頼りなくも感じられなかった。辺境星域でそれなりに揉まれてきたようだった。
『急ごしらえの公爵で少将だ。よろしく頼む』
『こちらこそよろしくお願いします』
握手を求めると、遠慮がちに手を伸ばすのも初々しく思われた。自分が26の時も似たようなものだったと思い出した。
スナイデル行きが決まって三日後、サカリアスはマルガリータで首都の月を出航した。先住者のガルベス公爵の愛人と娘がまだ退去していないのでビダル公爵邸にはまだ一歩も足を踏み入れていなかった。
マルガリータはワープを順調に繰り返し、二日後スナイデルの月に到着した。
そこで首都からすでに到着していた派遣部隊の隊員のうち腕の立つ5名を選び、スナイデルに降下したのだった。
スナイデルの中心都市マッセリンクに近い空港にシャトルが到着すると、空港周辺に集まった市民がフェンスの向こうで声を上げた。
「フラートを助けるな!」
「出て行け!」
「皇帝の手先、恥を知れ!」
シャトル内で任務を知らされていたアドルノ少尉らは唇を噛んだ。
「なんという非礼な」
「仕方ない。何も知らないのだから」
サカリアスにそう言われて、皆黙った。
サカリアス・アルフォンソ・ベテルギウス少将がマッセリンクに赴くと連絡を受けていたフラート総督は厳重な警備を敷いていたのでシャトルを降りて直接政庁への迎えの車に乗ることができた。何も知らない総督は迎えに最高級の車両を用意していた。飛行車両である。それも10人は乗れる大型車両である。
首都では皇族や許しを得た貴族しか使用できない車両に乗っているのかと、サカリアスは呆れた。
エールトマンス大佐もフラートは騎士の家柄のはずとつぶやいた。
デモ隊や抗議の人々の頭上を越えて車は政庁に向かった。
政庁の広間には大勢のマスコミ関係者が呼ばれていた。映像端末の生放送番組のレポーターまでいた。
宇宙軍の少将が総督の味方についたと報道させるために、総督が呼んだのである。スナイデル自由通信社の記者まで呼ばれていた。
車は政庁の門を飛び越え玄関前に停車した。
サカリアス、エールトマンス大佐、アドルノ少尉ら5人は車から降り副総督の導きで広間へと向かった。
先頭に立って広間に入って来たサカリアスの姿を見た人々は、その迫力に後ずさりしそうになった。
少将の大きなマント付きの軍服に身を包んだ大柄な姿は、スナイデルの人々を強く引き付けたのだ。
静止画のカメラマンはシャッターを押し、動画撮影のカメラマンはサカリアスに焦点を合わせた。
そこへ派手な正装をしたアルベルト・フラート総督が入って来た。満面の笑みである。
「少将閣下、ようこそスナイデルへ。お待ちしておりました。閣下がおいでになれば事態はすぐに鎮静化することでしょう」
エールトマンス大佐が口を開いた。
「アルベルト・フラート総督ですか」
「ええ。スナイデル総督アルベルト・フラートです」
サカリアスは軍服の懐からさっと文書を出した。
「召喚状 スナイデル総督アルベルト・フラート 皇帝陛下の命により上の者を査問会に召喚する 以上」
冷ややかな口調に、フラートだけでなく周囲の人々も凍り付いたように動けなくなった。ただ、カメラだけは回っていた。
「しょうかんじょう、だと?」
総督は信じられないという顔でサカリアスを見上げた。
「いかにも。今すぐ、我々とここを出て首都星に行くのだ」
サカリアスの言葉が終わると同時にアドルノ少尉らが総督を取り囲み、あっという間に拘束具を口と手に取りつけ広間から遠ざけられた。
「副総督、後のことは頼む。月には派遣部隊がまだいるから必要ならお貸しする」
エールトマンス大佐はそう言って締めくくった。
あっという間の出来事だった。生放送を見ていた人々は惑星の各地でブラボーと叫んだ。
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