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第九章 鬼起つ

14 ファン・ソーメレン疑惑を抱く

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「パイロットの補充、一人じゃ足りませんよね」

 二日前に休養を終えてスーシェに帰って来たミラン少尉は言った。
 タメスゲン隊長は頷いた。

「ああ。カリス中尉と同等の腕を持つパイロットは滅多にいない。だが、今は持ち駒でなんとかするしかない」

 ここは海賊掃討部隊のブリーフィングルームである。
 先ほどまで、ファン・ソーメレンによる部隊員へのH・F・Mについての聞き取りが行われていた。他の隊員が任務に戻った後、ミランとタメスゲンは今後のことを語り合っていた。
 現場の意見を聞きたいということで急遽行われた聞き取りは突然の事にも関わらず活発に意見交換が行われた。ファン・ソーメレンは真摯にパイロット達の意見に耳を傾けた。
 その中で、ある隊員が言った。

「我々は現在優秀なパイロットを現場から奪われています。欠員補充が近いうちになされると思いますが、個人の技量に頼ることのないマシンが開発されないものでしょうか」

 誰もがカリス中尉の顔を思い浮かべていた。
 ファン・ソーメレンも恐らくそれを想定したようだった。

「私も個人の技量に頼らないマシンが理想でした。そうなるとパイロットは必要なくなり、人工頭脳による戦闘になるでしょう。ですが、マシンの想定を超える事態が発生すると、人工頭脳がフリーズする恐れがあります。実際、予測不可能な事態を想定した実験ではマシンの反応が遅くなります。人間の場合も反応は遅くなりますが、それまでの経験を生かした対応ができます。人工頭脳もパイロット個々の経験をデータとして持っていますが、それはマシンでの戦闘のみの経験です。パイロット個々のマシンの外での格闘技や射撃の経験まではデータ化できないのです。我々技術者にできるのは、優秀な技量を持つパイロットのデータを分析しデータ化しマシンの動きに反映させることです。しかしながらどんなに素晴らしいデータを積んだマシンであっても、結局それを100パーセント生かせるのは身体能力や優れた技量のあるパイロットです。並のパイロットでは80パーセントがいいところでしょう。とはいえ、今のマシンなら機能を70パーセント引き出せれば、海賊には勝てます。彼らの技量は軍人には及びませんから」

 ファン・ソーメレンは率直に己の考えを述べた。

「つまり、我々は個々の力を高めるしかないと?」
「ええ。マシンがなくとも生き延びるのは、結局は技量のある個人だと宇宙軍の統計資料にもあります。幸いにも宇宙軍の船外活動用作業服やパイロットスーツは質がいい。万が一マシンがやられても宇宙服を正しく着用していれば宇宙空間に投げ出されても一日は生きていられます。その上肉体的な技量があれば助かる確率は高くなります。我々は技量に関係なく人命が助かる技術開発を理想としていますが、軍人の場合は個々の技量を高めた方が助かる確率が高いのです」

 そんなやり取りを思い出し、ミランはため息をついた。

「カリス中尉は戻って来ないんですね」
「我々が彼に近づく努力をしなければならんのだ。何より少将殿をマシンに乗せるわけにはいかないだろ」
「ですね」
「できるだけ腕のいいパイロットを寄越してくれるよう人事には言ってる。軍務省も配慮してくれそうだ」
「そうですよ。勝手に中尉を首都に呼んで少将にしたんだからその責任とってもらわなきゃ」

 ミランは遠ざかってしまった同僚との距離を思い、ブリーフィングルームを出た。



 その頃、ファン・ソーメレンはマルガリータの船室で考えに耽っていた。
 もし、あのサパテロ学生の父と姉が宇宙服を着ていたとしたら。
 海賊の使用していた船が宇宙軍の艦船と同じ型であったという情報は彼の耳にも入っている。もしそこに搭載されている宇宙服が宇宙軍のものであったとしたら。
 宇宙服を着用していれば中の人間が死亡しても生体情報は残されるはずである。だがそれは発見されていない。
 無論着ていなければ爆発に巻き込まれた場合死体の発見は困難となる。だがもし着用していたとしたら……。それが発見されていないということは宇宙服ごとどこかの船に収容された可能性も考えられる。
 周辺を航行していたという民間のクルーザータイプの船舶が怪しい。クルーザータイプの船を持っているのは裕福な貴族か大富豪、あるいは犯罪組織の関係だろう。
 しかも不思議なことにサパテロ学生の父がアギレラ大公であったという話にサカリアスは驚く様子を見せなかった。普通なら驚くはずである。アギレラ大公といえば、短い期間だが皇帝の愛人だったのだから。
 その上、サカリアスもイグナシオもサパテロ学生のことを知っているようだった。スーシェにいたとはいえ、教官でもないパイロットが一介の学生を知っているというのは腑に落ちない。基地内にある工科学校や下士官養成学校、管制官養成学校、パイロット養成学校及び専攻科等の学生を合わせれば200人は下らないのだ。
 さらには「大公の息子」が父と姉は生きているかもしれないと言っているのに平然としていた。現実を受け入れろとか、妙に冷たいのだ。いくらサカリアスの表情が厳ついとはいえ彼の表情の微妙な変化くらいはファン・ソーメレンにもわかる。アリアスやクロエの葬儀の時の沈痛な表情を見たのだから。
 おかしい。何かがおかしい。
 疑惑がファン・ソーメレンの中で膨らんでいった。
 彼は疑惑をそのままにしておける人間ではなかった。

「あいつの力を借りるか」

 統合本部警務局にいる義弟のエルヴィン・リートフェルトならなんらかの情報を持っているかもしれない。なくても探してくるだろう。
 第三庁舎爆破事件の実行犯の調べもそろそろ終わった頃だろう。今なら時間があるはずだ。
 ファン・ソーメレンは弟へのメールを打った。特殊軍用便で送れば明日までには受信できよう。


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