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第一部 エルマの町
第六十話 永遠の悪夢 メリナ編(過去編1)
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カペラ地方中心の町マッハバーンにある豪華な屋敷の一室でメリナを呼ぶ声がした。
「お嬢様、お嬢様起きてください朝ですよ」
「う~誰ぇ~?」
メリナは目をこすりながら自身の名を呼ぶ声の主の方を見た。
「ロ、ロゼ……?」
そこには齢は十七ほどで薄い水色の長髪を煌めかせメイド服に身を包んだ少女がいた。
ロゼはメリナ専属のメイドで、メリナが十一の時に村から町へやって来ていたロゼを気に入って自身の メイドにした人物だった。
メリナはその姿を見て自然と涙を流していた。
「そうですよ、どうしたのですか悪いう夢でも見たのですか?」
「ロゼー!!」
そう言いながらメリナはロゼに抱きついた。
「おーよしよし甘えん坊ちゃんですね」
ロゼは村出身のため、周りの使用人からはメリナに媚を売っていると嫌われており、影では売春婦などと呼ばれていた。
しかし、メリナはいつもロゼの味方についてくれていたので使用人も迂闊には手が出せなかった。
それゆえ、二人は時が経つにつれ親密な関係になっていき、いつの間にか身分の差も忘れて姉妹のように仲睦まじく過ごしていた。
「やっぱり私はあなたがいないとダメね、今度はずっと一緒にいましょうね!」
「私はもとよりそのつもりですよ。いつか二人で結婚しましょう」
「結婚? ウフフ、冗談はほどほどにしてよ!! 私の相手は、、、 私の相手は、、」
メリナは抱きつくのをやめて自身の結婚相手のことを少し考えてみた。
一番最初にアレスの顔が浮かんだが、何でもなかったかのように話をすり替えようとした。
「ねえところでロゼって今いくつだっけ?」
「十七ですよ、あと少しで十八になります」
「そう……」
(てことは私の今の年齢は十四歳ね。これは夢だとは思うけどあまりにも意識がはっきりしているし、通常の夢ではなさそうね。とりあえず、今はこの夢から覚めないと、、 早くしないと遺子たちが襲ってくるわ)
メリナは冷静に考えてこれが普通の夢ではないと理解して、この夢から覚めるよう思考を巡らせていた。
「どうしましたお嬢様、何か考えことでも? まさか私との結婚生活を考えていたのですか!? それなら私も考えてみます。まずはお屋敷に、それと子供は、、 ああダメねどうにかして二人で作らないといけないわ」
「いや違う、、」
「そうですよね子供なんかより私たちの愛の方が大切ですもんね」
(ダメだまったく聞いていない)
ロゼは自身の願望の世界に嵌っていてメリナの言うことが全く届いていなかった。
メリナはその様子を懐かしい目で見ながら少し微笑んだ。
「あらどうしたのですか? 急に笑顔になって、、 あ、私たちの生活が上手く行っているのを想像して笑っていたのですね」
「いいえ違うわ」
「違うのです……か、、」
ロゼはうなだれてメリナのベッドに顔を埋めた。
「ああお嬢様の香りがする! 今日から私このベッドに住みます!」
「もう気持ち悪いこと言ってないで、朝食を食べに行きましょう」
「そんなー」
「着替えるから服取って」
「はーい、なんなら私が手伝ってあげましょうか?」
「いや自分でできるわ」
「もっと甘えてきてもいいのですよ」
「もうそんな齢じゃないわ」
ロゼはクローゼットをあさってメリナの服を選びながら話を聞いていた。
そうしてメリナの着替えが終わると、二人は朝食をとるためにダイニング室へ向かった。
ダイニング室はとても大きく、天井にはデカい絵画と装飾を纏ったガラス細工が飾られてあり、二つの細長いテーブルは屋敷全員を集めても埋まらないほどの席数をほこっていた。
そこにはメリナの母であるクラリスが既に朝食を食べていた。
メリナはクラリスの前の席に座ると、ロゼがメリナの食事を運び終えると自身の食事も運んできてメリナの隣に座った。
「おはようございますお母様。今日の空は雲一つなく快晴ですね。この後、庭園の薔薇を見に行きましょう」
メリナは最愛の母であるクラリスを見て涙腺が緩んだが、食事の際にはしたないことだと母に叱られないように平然を保った。
「そうね、それもいいかもしれないわね。後で行きましょう、ロゼも一緒にいらっしゃい」
「いいのですか?」
「構わないわ、アナタにはメリナのお姉さんみたいなものだから」
「えへへそうですか~」
クラリスに言われたことが嬉しくてついつい笑みがこぼれた。
そんな楽しい食事の時間を過ごしていた三人だったが、メリナの父エルグランドが現れてから空気が重くなった。
メリナとロゼは彼に挨拶したが、メリナの方を見るだけで隣にいるロゼのことは、まるでいないかのように決して見ようとしなかった。
「メリナ今日は一体何をするんだ?」
「ええとお母様とロゼの三人で薔薇を見に庭園に行くつもりです」
それを聞いたエルグランドはメリナを激しく罵り始めた。
「花なんか見てる暇あるなら勉強しろ! お前は将来、家督を継いでこのカペラを治める当主になるんだぞ!! お前が継がなかったら俺の弟一家に家督を譲らないといけなくなるんだ、お前は八百年続いた我が一族に泥を塗るつもりか?」
メリナは怒られて何も言い返せずにいると、代わりにロゼがエルグランドに強く反論した。
「領主様、それはあまりにも厳しい言葉じゃないですか? お嬢様は一生懸命毎日頑張っているんです! その努力を認めるべきじゃないのですか!?」
「黙れ売女! お前みたいな糞尿にも劣るゴミは本来我が屋敷にふさわしくない!! それ以上喋るな臭くてかなわん」
ロゼはひどい言葉に肩をすぼませてしまった。
姉のように慕っているロゼを傷つけれたことに怒ったメリナは、普段から恐怖の念を抱いている父に食ってかかった。
「お父様! 私の姉さんにそんなこと言うなんて私が許さないです!! ロゼに頭を下げて謝ってください!!」
エルグランドに謝罪を迫ったメリナだったが、当の本人は呆れてターゲットを妻のクラリスに変えた。
「はあ~まったくうちの娘はとんだ出来損ないだな。育て方が悪かったか? それとも生んだ奴が悪いのか? 男が生まれればよかったのにな」
「生んだこともないくせによく言うわね。それに、男の方が良かったのなら悪いのはあなたの方じゃなくて?」
「お前がなよなよしいからこんな女が生まれてきたんだぞ」
「いいえアナタの種が女々しかったからメリナが生まれ来たのよ。アナタの種は私の卵に負けたのよ、負けたのだから黙っていなさい」
どうやら口喧嘩ではクラリスの方が一枚上手のようだ。
「グ、、」と悔しそうな顔をした後、エルグランドは扉を激しくしめながら部屋を去っていった。
「もう大丈夫よ二人とも。私がいればアナタたちには手は出させないわよ」
エルグランドが去ると未だ緊張しているメリナたちを安堵させるために優しい言葉をかけた。
「ありがとうございます奥様。アナタのおかげで私も少し気が楽になりました」
「いいのよあの人も私には何もできないのよ」
「そうなのですか? 何故なんです?」
そして、クラリスはその理由となる昔のことを話し始めた。
「そう今からもう十五年ほど前になるのかしら、私の実家は王都リベリオンの貴族、つまり中央貴族だったわけ」
「えー奥様ってそんなに立派な身分の御出身なんですか!!」
ロゼは興奮していた。
無理もない、中央貴族は地方を治める領主と違って政権に携わっている、すなわち国の中枢にいる人々である。
国の根幹をなしている中央貴族は千年以上の歴史を持ち、家柄も歴史も権力も地方貴族たちよりずっと大きかった。
それゆえ、多くの地方貴族は中央と関係を築くために政略結婚をして自身の家柄や格をより上の位置につけるために励んでいた。
「そうなのよ。だから、私もこんな辺境になんか来たくなかったんだけど、親が勝手に決めててあの人と結婚させられたのよ。ほんとに何であんなに権力に固執するかね~? 終身制度なんだから暮らし向きは安泰なのにね~」
「どうなのでしょう… 世の中には権力でしか満腹になれない偏食家もいますし、そういうことじゃないんですか?」
「アナタなんだか大きくなった? 身体的じゃなくて精神的に……」
クラリスはメリナの落ち着いた姿勢と口調に以前のメリナとは違う印象を受けた。
「ええ成長しましたよ、体はもっと大きくなってほしかったですけど……」
メリナは自身の胸を見つめながらぼそぼそと小さな声で言った。
「さすがお嬢様。見てない間に素敵な女性に成長していてスゴイです!」
「ありがとうロゼ。さあ早く食べて庭園に行きましょう」
「わかりました」
「フフフ微笑ましいわ」
食べ終えたクラリスは仲良く食べている二人を成長を見守る母のように見ていた。
三人が朝食を終えると庭園に向かった。
庭園はガラス張りの大きな家のような作りになっており、中央にある小さな丸いテーブルを囲んで色とりどりの花が咲き誇っていた。
テーブルの席に着いた三人はお茶会をするため持ち寄ったお菓子にロゼが淹れた紅茶を飲みながら庭園の風景を眺めていた。
「やっぱり綺麗ねここは。一年中、花が咲き誇って楽園みたいな場所、嫁に来てからここが一番心温まるわ」
クラリスはカップを手にして幻想的な風景に見とれていた。
「そうですね、、このまま何も変わらない方がいい……」
メリナはかつての充実した生活を失わないようにこの夢の世界で頑張っていこうと思った。
三人が話していると、カペラ地方の隊長マームが現れた。
「奥様方おはようございます。いつ見ても美しいですね」
「おはようマーム、今日もまたあの人に呼ばれたの?」
「そうです、最近は特に多くてウザイですね」
「大変ねぇ~兵士は。私から言っておいてあげようか? これ以上呼び出すなって」
「いや結構です。あ! やばいもう行かないと、では失礼します」
「じゃあまた今度」
マームは三人に別れを告げると、エルグランドの執務室へ向かった。
「失礼します」
執務室に着いたマームはドアを叩いて部屋に入っていった。
「ようやく来たか、、 もっと早く来い大事な用があるんだ」
そう言うと、エルグランドは席を立ってマームに近づいて行った。
「大事な用とは? 最近俺も忙しくてあんまり付き合えないですよ」
「黙れ! お前は俺の部下だろ言うことを聞け」
「安心しろ別に大した用じゃない俺と一緒に新たな町の視察についてくるだけでいいんだ」
「新しい町ですか……?」
マームは何故か悲しそうな顔をした。
「そう、もう二十年前から進めている計画だ。つい先月出来上がったんだ。これでカペラはより活発になってさらに豊かになるぞ」
エルグランドは早く町の視察に行きたくて興奮していた。
「兵士もいるんですよね?」
「何言ってるんだ当り前だろ。デカい町だから千人ほどの兵士がいる、まあこれは既に頼んだことだから大丈夫だ」
それを聞いてマームの顔が険しくなっていった。
「どこに頼んだのですか?」
「お前には関係ないことだ。話すつもりはない」
「なら言ってやろうお前が頼んだ組織の名は平和維持軍だ!」
エルグランドはマームの言葉を聞いて眉をしかめた。
「何だ知っているのか、、 どこで知ったかはこの際どうでもいいが、あまり変なこと考えるなよ。これは全人類の平和のためなんだ」
「全人類に我々は入っているのか?」
「入っているんじゃないか? 別にそんなこと俺にとってはどうでもいいが」
「ふざけるなよ! 我々がどれだけ痛い目にあってるかお前も知ってるだろ!!」
マームはエルグランドの服を掴んで持ち上げた。
彼の手は強い怒りで震えていた。
「お、おい放せ、、 これは明確な反逆行為だぞ」
エルグランドはもがくが混血であるマームの手を振りほどくことはできない。
マームは反逆者扱いされたことに微笑みを浮かべた。
「反逆者? お前たちから見たらそうだろうが、私は解放者だ。抑圧するお前たちから同胞を開放するため逃げ出してきたんだ」
「お前はまさか、、、」
「お前の存在は我々にとって害悪だ認識変換」
マームは片手でエルグランドの額に右手をかざして魔法を唱えると淡い光と共に気を失った。
そこから数週間後、メリナたちに崩壊の足音がすぐそばまで近づいていた。
メリナたち家族が夕食を取っていると基地の方から軍顧問の男性が息をきらしながら入ってきた。
「食事中だぞ、一体何の用だ?」
「大変です領主様! 町に魔人が侵入してきました!!」
「何だと!? すぐに基地に行くぞ!」
エルグランドはすぐに食事の手を止めて立ち上がると、外へと向かった。
「お父様私も連れて行ってください!」
メリナは自身も戦うつもりで申し出たが、「お前は将来の領主だ。兵士たちに任せてここにいろ」と言われ、その上クラリスたちからも止められたので、家に残ることにした。
(どうしよう、、 これはあの時と同じだわ。私が何とかしないとこの家を失うことになる。それにお母様たちだって……)
メリナはこれからどうやって家族と家を守ろうと思案に駆られて不安な顔をしていると、ロゼが心配して話しかけてきた。
「大丈夫ですよ、この町にはマームがいるからこの騒ぎは直ぐに収まると思います」
「そう、、そうれならいいけど」
不安になっていたが、騒動は簡単に鎮圧された。
町のみんなは魔人たちが鎮圧されたことで祝賀モードになってお祭り騒ぎになっていた。
その中でメリナ一人だけが次の襲来に怯えていた。
メリナは次の襲来が来ることが分かっていたので父や軍に掛け合って次の襲来に備えるように提言した。
しかし、メリナの提言は子供の戯言だとされて相手にされなかった。
動いてくれない大人たちに失望したメリナは自室で毛布にくるまっていた。
「何でよ! 何で誰も私の話を聞いてくれないのよ!」
自分の不甲斐なさと無力感に打ちひしがれて涙がこぼれてきた。
「ああ可哀そうに、、 私の所へ来て」
傍で聞いていたロゼがメリナの顔を自分に寄せて優しく撫でた。
メリナもロゼの優しくて温かい愛情に甘えていた。
「ねえ、ロゼは私の話をちゃんと聞いてくれる? いつまでも私の傍にいてくれる?」
「もちろんです。お嬢様が私を自分のもとに置いた時からずっと一緒にいるつもりです」
「ありがとう、本当にありがとう」
メリナは身近なところに最高の味方がいることに感謝した。
ロゼも小さなメリナを守ってあげようと強く思った。
すると、町に大きな鐘の音が響いた。
鐘の音は何かの襲来を意味する、大きな町には必ずこのような鐘が置かれており、住民に避難を伝える手間を省かせている。
音を聞いた二人の顔はみるみるうちに暗くなって部屋を飛び出してエルグランドに会いに行った。
「お嬢様、お嬢様起きてください朝ですよ」
「う~誰ぇ~?」
メリナは目をこすりながら自身の名を呼ぶ声の主の方を見た。
「ロ、ロゼ……?」
そこには齢は十七ほどで薄い水色の長髪を煌めかせメイド服に身を包んだ少女がいた。
ロゼはメリナ専属のメイドで、メリナが十一の時に村から町へやって来ていたロゼを気に入って自身の メイドにした人物だった。
メリナはその姿を見て自然と涙を流していた。
「そうですよ、どうしたのですか悪いう夢でも見たのですか?」
「ロゼー!!」
そう言いながらメリナはロゼに抱きついた。
「おーよしよし甘えん坊ちゃんですね」
ロゼは村出身のため、周りの使用人からはメリナに媚を売っていると嫌われており、影では売春婦などと呼ばれていた。
しかし、メリナはいつもロゼの味方についてくれていたので使用人も迂闊には手が出せなかった。
それゆえ、二人は時が経つにつれ親密な関係になっていき、いつの間にか身分の差も忘れて姉妹のように仲睦まじく過ごしていた。
「やっぱり私はあなたがいないとダメね、今度はずっと一緒にいましょうね!」
「私はもとよりそのつもりですよ。いつか二人で結婚しましょう」
「結婚? ウフフ、冗談はほどほどにしてよ!! 私の相手は、、、 私の相手は、、」
メリナは抱きつくのをやめて自身の結婚相手のことを少し考えてみた。
一番最初にアレスの顔が浮かんだが、何でもなかったかのように話をすり替えようとした。
「ねえところでロゼって今いくつだっけ?」
「十七ですよ、あと少しで十八になります」
「そう……」
(てことは私の今の年齢は十四歳ね。これは夢だとは思うけどあまりにも意識がはっきりしているし、通常の夢ではなさそうね。とりあえず、今はこの夢から覚めないと、、 早くしないと遺子たちが襲ってくるわ)
メリナは冷静に考えてこれが普通の夢ではないと理解して、この夢から覚めるよう思考を巡らせていた。
「どうしましたお嬢様、何か考えことでも? まさか私との結婚生活を考えていたのですか!? それなら私も考えてみます。まずはお屋敷に、それと子供は、、 ああダメねどうにかして二人で作らないといけないわ」
「いや違う、、」
「そうですよね子供なんかより私たちの愛の方が大切ですもんね」
(ダメだまったく聞いていない)
ロゼは自身の願望の世界に嵌っていてメリナの言うことが全く届いていなかった。
メリナはその様子を懐かしい目で見ながら少し微笑んだ。
「あらどうしたのですか? 急に笑顔になって、、 あ、私たちの生活が上手く行っているのを想像して笑っていたのですね」
「いいえ違うわ」
「違うのです……か、、」
ロゼはうなだれてメリナのベッドに顔を埋めた。
「ああお嬢様の香りがする! 今日から私このベッドに住みます!」
「もう気持ち悪いこと言ってないで、朝食を食べに行きましょう」
「そんなー」
「着替えるから服取って」
「はーい、なんなら私が手伝ってあげましょうか?」
「いや自分でできるわ」
「もっと甘えてきてもいいのですよ」
「もうそんな齢じゃないわ」
ロゼはクローゼットをあさってメリナの服を選びながら話を聞いていた。
そうしてメリナの着替えが終わると、二人は朝食をとるためにダイニング室へ向かった。
ダイニング室はとても大きく、天井にはデカい絵画と装飾を纏ったガラス細工が飾られてあり、二つの細長いテーブルは屋敷全員を集めても埋まらないほどの席数をほこっていた。
そこにはメリナの母であるクラリスが既に朝食を食べていた。
メリナはクラリスの前の席に座ると、ロゼがメリナの食事を運び終えると自身の食事も運んできてメリナの隣に座った。
「おはようございますお母様。今日の空は雲一つなく快晴ですね。この後、庭園の薔薇を見に行きましょう」
メリナは最愛の母であるクラリスを見て涙腺が緩んだが、食事の際にはしたないことだと母に叱られないように平然を保った。
「そうね、それもいいかもしれないわね。後で行きましょう、ロゼも一緒にいらっしゃい」
「いいのですか?」
「構わないわ、アナタにはメリナのお姉さんみたいなものだから」
「えへへそうですか~」
クラリスに言われたことが嬉しくてついつい笑みがこぼれた。
そんな楽しい食事の時間を過ごしていた三人だったが、メリナの父エルグランドが現れてから空気が重くなった。
メリナとロゼは彼に挨拶したが、メリナの方を見るだけで隣にいるロゼのことは、まるでいないかのように決して見ようとしなかった。
「メリナ今日は一体何をするんだ?」
「ええとお母様とロゼの三人で薔薇を見に庭園に行くつもりです」
それを聞いたエルグランドはメリナを激しく罵り始めた。
「花なんか見てる暇あるなら勉強しろ! お前は将来、家督を継いでこのカペラを治める当主になるんだぞ!! お前が継がなかったら俺の弟一家に家督を譲らないといけなくなるんだ、お前は八百年続いた我が一族に泥を塗るつもりか?」
メリナは怒られて何も言い返せずにいると、代わりにロゼがエルグランドに強く反論した。
「領主様、それはあまりにも厳しい言葉じゃないですか? お嬢様は一生懸命毎日頑張っているんです! その努力を認めるべきじゃないのですか!?」
「黙れ売女! お前みたいな糞尿にも劣るゴミは本来我が屋敷にふさわしくない!! それ以上喋るな臭くてかなわん」
ロゼはひどい言葉に肩をすぼませてしまった。
姉のように慕っているロゼを傷つけれたことに怒ったメリナは、普段から恐怖の念を抱いている父に食ってかかった。
「お父様! 私の姉さんにそんなこと言うなんて私が許さないです!! ロゼに頭を下げて謝ってください!!」
エルグランドに謝罪を迫ったメリナだったが、当の本人は呆れてターゲットを妻のクラリスに変えた。
「はあ~まったくうちの娘はとんだ出来損ないだな。育て方が悪かったか? それとも生んだ奴が悪いのか? 男が生まれればよかったのにな」
「生んだこともないくせによく言うわね。それに、男の方が良かったのなら悪いのはあなたの方じゃなくて?」
「お前がなよなよしいからこんな女が生まれてきたんだぞ」
「いいえアナタの種が女々しかったからメリナが生まれ来たのよ。アナタの種は私の卵に負けたのよ、負けたのだから黙っていなさい」
どうやら口喧嘩ではクラリスの方が一枚上手のようだ。
「グ、、」と悔しそうな顔をした後、エルグランドは扉を激しくしめながら部屋を去っていった。
「もう大丈夫よ二人とも。私がいればアナタたちには手は出させないわよ」
エルグランドが去ると未だ緊張しているメリナたちを安堵させるために優しい言葉をかけた。
「ありがとうございます奥様。アナタのおかげで私も少し気が楽になりました」
「いいのよあの人も私には何もできないのよ」
「そうなのですか? 何故なんです?」
そして、クラリスはその理由となる昔のことを話し始めた。
「そう今からもう十五年ほど前になるのかしら、私の実家は王都リベリオンの貴族、つまり中央貴族だったわけ」
「えー奥様ってそんなに立派な身分の御出身なんですか!!」
ロゼは興奮していた。
無理もない、中央貴族は地方を治める領主と違って政権に携わっている、すなわち国の中枢にいる人々である。
国の根幹をなしている中央貴族は千年以上の歴史を持ち、家柄も歴史も権力も地方貴族たちよりずっと大きかった。
それゆえ、多くの地方貴族は中央と関係を築くために政略結婚をして自身の家柄や格をより上の位置につけるために励んでいた。
「そうなのよ。だから、私もこんな辺境になんか来たくなかったんだけど、親が勝手に決めててあの人と結婚させられたのよ。ほんとに何であんなに権力に固執するかね~? 終身制度なんだから暮らし向きは安泰なのにね~」
「どうなのでしょう… 世の中には権力でしか満腹になれない偏食家もいますし、そういうことじゃないんですか?」
「アナタなんだか大きくなった? 身体的じゃなくて精神的に……」
クラリスはメリナの落ち着いた姿勢と口調に以前のメリナとは違う印象を受けた。
「ええ成長しましたよ、体はもっと大きくなってほしかったですけど……」
メリナは自身の胸を見つめながらぼそぼそと小さな声で言った。
「さすがお嬢様。見てない間に素敵な女性に成長していてスゴイです!」
「ありがとうロゼ。さあ早く食べて庭園に行きましょう」
「わかりました」
「フフフ微笑ましいわ」
食べ終えたクラリスは仲良く食べている二人を成長を見守る母のように見ていた。
三人が朝食を終えると庭園に向かった。
庭園はガラス張りの大きな家のような作りになっており、中央にある小さな丸いテーブルを囲んで色とりどりの花が咲き誇っていた。
テーブルの席に着いた三人はお茶会をするため持ち寄ったお菓子にロゼが淹れた紅茶を飲みながら庭園の風景を眺めていた。
「やっぱり綺麗ねここは。一年中、花が咲き誇って楽園みたいな場所、嫁に来てからここが一番心温まるわ」
クラリスはカップを手にして幻想的な風景に見とれていた。
「そうですね、、このまま何も変わらない方がいい……」
メリナはかつての充実した生活を失わないようにこの夢の世界で頑張っていこうと思った。
三人が話していると、カペラ地方の隊長マームが現れた。
「奥様方おはようございます。いつ見ても美しいですね」
「おはようマーム、今日もまたあの人に呼ばれたの?」
「そうです、最近は特に多くてウザイですね」
「大変ねぇ~兵士は。私から言っておいてあげようか? これ以上呼び出すなって」
「いや結構です。あ! やばいもう行かないと、では失礼します」
「じゃあまた今度」
マームは三人に別れを告げると、エルグランドの執務室へ向かった。
「失礼します」
執務室に着いたマームはドアを叩いて部屋に入っていった。
「ようやく来たか、、 もっと早く来い大事な用があるんだ」
そう言うと、エルグランドは席を立ってマームに近づいて行った。
「大事な用とは? 最近俺も忙しくてあんまり付き合えないですよ」
「黙れ! お前は俺の部下だろ言うことを聞け」
「安心しろ別に大した用じゃない俺と一緒に新たな町の視察についてくるだけでいいんだ」
「新しい町ですか……?」
マームは何故か悲しそうな顔をした。
「そう、もう二十年前から進めている計画だ。つい先月出来上がったんだ。これでカペラはより活発になってさらに豊かになるぞ」
エルグランドは早く町の視察に行きたくて興奮していた。
「兵士もいるんですよね?」
「何言ってるんだ当り前だろ。デカい町だから千人ほどの兵士がいる、まあこれは既に頼んだことだから大丈夫だ」
それを聞いてマームの顔が険しくなっていった。
「どこに頼んだのですか?」
「お前には関係ないことだ。話すつもりはない」
「なら言ってやろうお前が頼んだ組織の名は平和維持軍だ!」
エルグランドはマームの言葉を聞いて眉をしかめた。
「何だ知っているのか、、 どこで知ったかはこの際どうでもいいが、あまり変なこと考えるなよ。これは全人類の平和のためなんだ」
「全人類に我々は入っているのか?」
「入っているんじゃないか? 別にそんなこと俺にとってはどうでもいいが」
「ふざけるなよ! 我々がどれだけ痛い目にあってるかお前も知ってるだろ!!」
マームはエルグランドの服を掴んで持ち上げた。
彼の手は強い怒りで震えていた。
「お、おい放せ、、 これは明確な反逆行為だぞ」
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マームは反逆者扱いされたことに微笑みを浮かべた。
「反逆者? お前たちから見たらそうだろうが、私は解放者だ。抑圧するお前たちから同胞を開放するため逃げ出してきたんだ」
「お前はまさか、、、」
「お前の存在は我々にとって害悪だ認識変換」
マームは片手でエルグランドの額に右手をかざして魔法を唱えると淡い光と共に気を失った。
そこから数週間後、メリナたちに崩壊の足音がすぐそばまで近づいていた。
メリナたち家族が夕食を取っていると基地の方から軍顧問の男性が息をきらしながら入ってきた。
「食事中だぞ、一体何の用だ?」
「大変です領主様! 町に魔人が侵入してきました!!」
「何だと!? すぐに基地に行くぞ!」
エルグランドはすぐに食事の手を止めて立ち上がると、外へと向かった。
「お父様私も連れて行ってください!」
メリナは自身も戦うつもりで申し出たが、「お前は将来の領主だ。兵士たちに任せてここにいろ」と言われ、その上クラリスたちからも止められたので、家に残ることにした。
(どうしよう、、 これはあの時と同じだわ。私が何とかしないとこの家を失うことになる。それにお母様たちだって……)
メリナはこれからどうやって家族と家を守ろうと思案に駆られて不安な顔をしていると、ロゼが心配して話しかけてきた。
「大丈夫ですよ、この町にはマームがいるからこの騒ぎは直ぐに収まると思います」
「そう、、そうれならいいけど」
不安になっていたが、騒動は簡単に鎮圧された。
町のみんなは魔人たちが鎮圧されたことで祝賀モードになってお祭り騒ぎになっていた。
その中でメリナ一人だけが次の襲来に怯えていた。
メリナは次の襲来が来ることが分かっていたので父や軍に掛け合って次の襲来に備えるように提言した。
しかし、メリナの提言は子供の戯言だとされて相手にされなかった。
動いてくれない大人たちに失望したメリナは自室で毛布にくるまっていた。
「何でよ! 何で誰も私の話を聞いてくれないのよ!」
自分の不甲斐なさと無力感に打ちひしがれて涙がこぼれてきた。
「ああ可哀そうに、、 私の所へ来て」
傍で聞いていたロゼがメリナの顔を自分に寄せて優しく撫でた。
メリナもロゼの優しくて温かい愛情に甘えていた。
「ねえ、ロゼは私の話をちゃんと聞いてくれる? いつまでも私の傍にいてくれる?」
「もちろんです。お嬢様が私を自分のもとに置いた時からずっと一緒にいるつもりです」
「ありがとう、本当にありがとう」
メリナは身近なところに最高の味方がいることに感謝した。
ロゼも小さなメリナを守ってあげようと強く思った。
すると、町に大きな鐘の音が響いた。
鐘の音は何かの襲来を意味する、大きな町には必ずこのような鐘が置かれており、住民に避難を伝える手間を省かせている。
音を聞いた二人の顔はみるみるうちに暗くなって部屋を飛び出してエルグランドに会いに行った。
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※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
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異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
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カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
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