カオスの遺子

浜口耕平

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第一部 エルマの町

第六十三話 最悪の目覚め

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  「おいロード起きろ!! 早くしないと死んじまうぞ!」
 誰よりも早く夢から覚めたアレスは真っ先にロードを起こそうと体を激しく揺すっていると、悲鳴を上げながら眠りから覚めた。
 「うあああああああああ!! やめてええええ!」
 「おいしっかりしろ! 大丈夫俺だよアレスだよ!!」
 「ア、、レス、 ……うわああああんいっぱい殺されちゃったよ~!」
 ロードは夢のトラウマに怯えてアレスにしがみついて震えていた。
 「落ち着けよもう終わったことだ、あれは夢だったんだ。今はそれ以上考えるな」
 アレスは怯えているロードの体を手で覆って落ち着かせている。
 少したってから落ち着くと、ロードの隣からロイドの手が出てきて柔らかい顔をべたべたと触り始めた。
 「やめてよ~ロイド」と言ってロイドの手を振り払った。
 「ようやく落ち着いたか。今から俺はリードを起こしに行ってくるからお前はメリナを起こしに行ってくれ。できるだけ早く起こした方がいい、何か嫌な予感がする」
 「うん分かった!」
 そうして二人は部屋を後にした。
 
 「メリナぁー!! 起きてぇー!」
 メリナに部屋に入ったロードは寝ながら泣いているメリナの顔を叩いて起こそうとした。
 「うぅ~起きてよ~~~!!」とメリナの体にダイブしていると、「うぐああッ」と今まで聞いたことのない声を出して夢から覚めたようだ。
 「やったぁ~起きた起きた!」
 ロードは笑顔でメリナを見つめているが、メリナは涙を流しながらすごく不快な顔をしていた。
 「もうロードったら痛いじゃない」
 「うぅ… ごめんなさい。でも、アレスが早くみんなを起こさないと大変なことになるって」
 「大変なことって何よ? ん? なんだか手が重いような……?」
 メリナは右手に違和感を感じて右手を毛布の中から出すと手が歪に変形して長く鋭利な爪が生えていた。
 「うわー何コレ!! キモッ!」
 「メリナが魔物になっちゃったー!!」
 「嘘でしょ!? 本当に私が魔物に……? そんなの嫌ッ!!」
 「どうしようどうしよう!? こんな時どうすればいいんだろう?」
 二人はメリナの変形した腕を見てメリナが一部分だけ魔物になったことに慌てふためいていた。
 どうすればいいのか分からない二人は、変形した腕を叩いたり、つねったり衝撃を与えたが何の変化も起こらなかった。
 「もうこうなったら仕方ない魔物になってしまう前に魔法でいっそのこと切り落としましょう」
 「だ、ダメだよメリナ! そんなことしたら!」
 「もう手がないのよ…… それじゃあ行くわよ、ク、、」
 「おーい少し待ってくれ!」 
 メリナが魔法を放とうとした時、アレスがドアを蹴破って入ってきた。
 「アンタ何やってるの? 蹴破る必要なんてなかったでしょ!?」
 「そんなことより大変だ! リードが部屋にいないんだ」
 「え? 兄さんいないの?」
 「ああ俺が入った時にはリードの所持品と共にいなくなっていたんだ… アイツがいないとお前のその腕は一生治らないかもしないぞ?」
 「そんなの嫌よ!」
 「だったら早くリードを探しに行くぞ」
 そうして三人はリードを探すために宿舎から飛び出した。

 太陽が出ているというのに町にはロード達以外に人影はいない。
 とても静かな町にロード達がリードを呼ぶ声が響いていた。
 三人はそれぞれ分かれてリードを探したが、リードを見つけることはできなかった。
 「おいそっちはどうだ? いたか?」
 「いいえ全然、一体どこに行ったのかしら……」
 「僕も…… というか兄さんちゃんと部屋で寝てたの?」
 「リードはだらしくないしそんなことはないと思うけど…… アレスじゃあるまいし」
 「今はそんなの関係ないだろ。あーやだやだ早くしないと怪物にメリナが怪物になっちゃうし、ザクレイたちも起こさないと…… やべッ、ザクレイたちのことすっかり忘れていた」
 「隊長たちがいないと負けてしまう、早く行こう!」
 「ええ(うん)」
 そうして三人は隊長たちが止まっている宿へと向かった。

 しかし、行ってみるとそこにはリードの姿と全員問題なく起きている隊長たちの姿があった。
 「お前起きてたのか?」
 リードが既に起きて行動していることにアレスは驚いた。
 「ああ、大した悪夢じゃなかったけどな。とうとう来たようだカオスの遺子が! お前ら精神は大丈夫か? コイツらは精神が安定しているし、戦う準備は万全だ」
 さすがは隊長たち、長く生きてる分トラウマに記憶が多いだろうに……
 それをものともしない隊長たちはやはり神経が図太い。
 「あれどうしたロード? 顔を見せてくれよ」
 ロードは悪夢のトラウマでリードを直視することができずメリナの背中に隠れていた。
 「この子は夢でアナタに何回も殺されたらしいのよ。だから、今は静かにしておいてあげて」
 「そうかそうか、おいロード一瞬だけこっちを見ろ」
 「うん?」
 そう言われてロードはひょこっと顔を出してリードを見た。
 「ふぅー、お前をひき肉にしてやるぞ!!」
 「うわああああん!!」
 「ハハハハハッ!!」
 ロードはトラウマを思い出してまた泣いた。
 リードは反応が面白くて笑っていると、ザクレイから肘で突かれた。
 「遊んでんじゃねえ。今は事態の把握が大事だ。これは魔法なのか?」
 「我々全員に悪夢を見せる魔法か… 案外しょぼいな」
 「そうかもしれないわね~。遺子にしてはパッとしないわ」
 ザクレイたちは悪夢を脅威というほどではないと軽く言っていたが、メリナはハッ!と気づいて自身の変形した右手をリード達に見せた。
 その腕を見た隊長たちは別々の反応をしたが、気味が悪いということは共通していた。
 「この夢は人を魔物に変える魔法なのよ!」
 みんなが唖然としている中、リードはメリナの右手を手に取ってまじまじと見つめた。
 「うーむ、これは厄介だな。完全に魔物の腕になっている」
 「治せる?」
 「かろうじて治せるが一度完全に切り落とさないといけない、それでもいいか?」
 「ええお願い」
 メリナの了承を得たリードは刃物を魔法で取り出すとメリナと魔物の部分の付け根に刃を当ててそのまま切り落とした。
 切り口からは血がぼたぼたと溢れ出ており、メリナは激痛に耐えている。
 そしてすぐにリードはメリナの腕を元通りに再生した。
 「よし終わりだ」
 「ありがとうリード」とメリナは安堵の表情を見せた。
 リードの魔法を見ていたスクロースがその再生力に驚いて尋ねた。
 「おいリード、お前のその魔法は一体どれくらいまで再生できるんだ?」
 「俺の再生魔法は生きている者や壊れた物はたいてい元通りにできる。まあ死んでしまっていたらさすがに無理だが…」
 「それなら、もしこの悪夢で完全に魔物に変化してしまった人々は治せるか?」
 「無理だ。メリナがここまで進行していたならもう町の市民は……」
 リードはみんなに完全に魔物になった者の再生は無理だと語った。
 それはすなわち手遅れになった守るべき人々を殺さなければならないということだった。
 今はもうメリナたちが目覚めてから十分時間が経っていた。
 町のみんなはもうすでに魔物になっていてもおかしくない状況だった。
 「兄さんお願い、みんなを治してよ!」 
 ロードはメリナの背中から飛び出て、リードに懇願した。
 「諦めろロード、もう時間がだいぶ過ぎている。だからー」
 リードが話していると、「ドンッ!!」っと何かを蹴破る音がした。

 「そうだもう遅い。俺の夢を見た奴は目覚めたとき、魔物に変貌を遂げる。今日はアイツら以外ふ化が早かったが、問題はない。あそこにロードがいるはずだ」
 ディーンは魔物にふ化した町のみんなを神眼で見ながらどうなるかワクワクしていた。

 みんなが音がした方向を見ると、そこには魔物になった人がドアを蹴破って外に出ていた。
 その魔物は元の人間が男か女かも分からないほどに変貌を遂げていた。
 ロード達若い者が唖然としている中、隊長たちは整然と構えた。
 「うがが……」とうなり声をあげている魔物を見つめていると、咆哮をあげながらロード達に襲いかかって来た
 ザクレイが多次元魔装ダークアーマーを装備して向かい合った。
 互いの拳がぶつかって辺りに突風が舞い起こった。
 (コイツ強いッ!)
 ザクレイの拳を弾いて魔物は彼の顔に拳を叩きこむと、ザクレイは家の中まで吹き飛ばされた。
 「ザック! クソなんて野郎だ…… 人がこんなになるのか?」
 ナルザスは魔物の前に立ちふさがって魔法で動きを止めたが、今にも千切れそうになって前にいる魔物の強さに驚いた。
 「どけナルザス手を出すな俺がコイツを殺す!」
 超位魔法一撃絶死ザ・デスを展開しながら戻ってきたザクレイは魔物に飛びかかった。
 互いに激しい攻防が繰り広げられた。
 ザクレイの超位魔法でさえ、魔物は順応して反撃を行っている。
 二人の戦いは周りにある建物を壊しながら展開して戦っており、だんだんロード達と離れていった。
 「なんて野郎だ、これがもと人間なのか……? クラウディウスの子より強いんじゃないか、クソッ! これじゃあじり貧だ」
 ザクレイの体は魔物相手とは思えないほどに疲れていた。
 その様子を見て魔物は不敵な笑みを浮かべていた。
 「何がおかしいんだ?」
 「うががががが」と笑っている魔物に横に新たな魔物がやって来た。
 「なッ? 二人だと? いや、数千人か」
 周りを見てみると、魔物に変化した町の人間がわらわらと群がっていた。

 一方、ロード達は数人の魔物に囲まれていた。
 「もうこんなにたくさん集まって来てるなんて!」
 「メリナどけ! オメガブラスト!」
 「なに凍らないだと!?」
 アレスはオメガブラストを放ってまとめて氷解させようとしたが、魔物たちには全く効かなかった。
 襲ってくる魔物たちをロードは魔神の腕で拘束した。
 「でかしたロードそのまま握りつぶせ!!」
 しかし、ロードはアレスの言葉に従わない。
 「ロードどうしたんだ? 何をやっている早くしろ!?」
 「できないよ! だってこの人達はもとは僕たちと同じ人間なんだよ! 絶対兄さんに治してもらうんだ!!」
 「もうそいつらは人間じゃない、リードも言ってただろ。完全に魔物になった人間を救うことはできないって」
 「でもでも……」
 ロードはそれでもなお食い下がってなかなか魔物を握りつぶそうとしない。
 「いいから早くしろ!! 完全に魔物になっていない奴もいるはずだ! 早く殺さないと救えるものも救えないぞ!」
 ここでようやくロードの心が動いた。
 アレスの言う通り、まだ完全な魔物になっていない人がいるかもしれない、目覚めてこのような惨劇に怯えてい人がいるかもしれない。
 そう感じたロードは目をつぶって思いっきり魔物を握りつぶした。
 「ごめんなさい……」
 体が魔神の腕によって潰されると、平等の力によって完全な魔物になった者が一斉に潰れた。
 魔神の腕から滴り落ち、辺りにも死んだと思われる魔物たちの死骸が転がっていた。
 そして町には静寂が訪れた。
 
 「…? どういうことだ? 俺の作った人形どもが全員死んだぞ」
 ディーンは自らが作った魔物たちが一斉に全員死んだことに驚いた。
 「まあどうでもいいか、しょうがないここからは俺が直接ロード達を殺しに行くか」
 そう言うと、ディーンは立ち上がって屋根から降りてロード達がいる方へと歩き出した。

 
 「よくやったロード、それじゃあ早く生存者を見つけに行くぞ」
 「うん」
 アレスとロードは一緒に生存者を見つけるために動きだした。
 一軒一軒家を周って生存者の有無を確認するが、家の中はもぬけの殻か潰れた死体しか残っていなかった。
 「ま、まさか…… 全員死んだのか?」
 外で立ちすくんで町を眺めながらアレスが呟くとロードはいきなりどこかへ走り出した。
 「おい待てロード」
 アレスの静止も聞かずにロードは走り続ける。
 しまいにロードの目から涙がこぼれて、それでもなお走り続けた。
 「ああ…… はあ、、ああ、」
 体力が切れたロードは地面に座り込んだ。
 「ぼ、僕がみんなを殺したんだ…… みんなを守るために頑張って来たのに……」
 ロードは両膝を抱えて泣いた。
 間接的、いや直接ロードはエルマの町のみんなを殺してしまった。
 人の形はもう成していないとは言え、ロードにとってそれはかけがえのない、兵士みんなで守ってきたものに変わりなかった。
 顔を膝に埋めて泣いていると、ロードの前に人が現れた。
 「やあ少年、俺は今この町で人に会おうとしていたのだが、どこにもいなくってね。案内してもらえないだろうか?」
 ロードが顔を上げると、そこには目を閉じたディーンがいた。
 
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