カオスの遺子

浜口耕平

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第二部 自由国ダグラス

第九十一話 クーデター前章 ダグラス国国家防衛戦線大隊長スヲウ

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 ここはダグラス国の首都ナマルガマル、快晴の空の下で公園のベンチに横たわって眠りこけている一人の混血がいた。
  齢は四十手前だろうか赤い髪に白髪が少し混じったその風貌は、これまでの人生にいくつもの困難を乗り越えてきたことがうかがえる。
 男の名はスヲウ、ここから二年後、国家防衛戦線、通称国軍の総帥ニールウェルを殺害しクーデターを引き起こした男である。
 そんなスヲウを尋ねる混血男性がいた。
 その男はスヲウの名を呼びながら体を揺らして起こそうとしていると、スヲウは目を覚まし眠気覚ましに男に向かって魔法を放った。
 「うおッ、危ねえ!! 何すんだスヲウ!」
 「なんだプリシラかぁ~、びっくりさせんなよ」
 「こっちのセリフだ馬鹿! いきなりぶっぱなしやがって」
 怒りながら喋るプリシラはスヲウと同年代の兵士で、子供のころから神童としてもてはやされ、今ではスヲウと並んで二大戦力の国家大隊長として君臨していた。
 しかし、そんな二人の実力も今では仕事の影響で陰りが見えていた。
 一つのベンチに並んで座った二人は、最近の仕事についての愚痴を言い合っていた。
 「そう言えば久しぶりだな、魔法を使うなんて。ひどい威力だったがな」
 「最近は外国からの犯罪組織ばっか摘発してるから腕が落ちたんだろ。ったく、俺らの国に来てまで犯罪するなよ。今度会ったらぶっ殺してやりてえ」
 「それはダメだろ、どんな理由があっても人を殺したらメンバーから反発がくる」
 「他人事だと思って、市民に魔法を使ってはいけないって言うけどさ相手が魔法を使ってきたらどうするんだ? 素手で殴りに行けってか? ふざけるのもたいがいにしろよなほんと、このまま何もしないと、俺たちの国は犯罪者の楽園になってしまう……」
 プリシラは国の現状を憂いていた、このままでは国中が犯罪者で溢れてしまうことに。
 そうなってはカオスの遺子どころではない、余計な仕事が増えてしまえば今のダグラスにいる兵士の数では対処しきれない。
 「なら、外国の奴らが入ってこれないように制限しろよ」
 「それもダメだ。国に来る人たち全員が犯罪者だとは限らない。それに、いくらかかると思ってるんだ? 制限したとしても陸続きの国境なんて簡単に超えられてしまう」
 「なら、放っておけと言うのか!? あんな薄汚い犯罪者を招き入れるなんてどうかしてるぞ!!」
 「馬鹿、冷静に考えろ。こうなった原因をちゃんと見つめ直すのが問題解決に繋がるんだ」
 「この前、売春斡旋業者を摘発した時の尋問でな、そいつらなんて言ったと思う?」
 プリシラは唐突な質問に分からないと言うと、スヲウは少しためらう口調で、「『この国は俺たちの国と違って犯罪者に優しい』だとよ」と言った。
 「つまり、俺たちの国が舐められているってことか?」
 「まあ、そうなるな」
 それを聞いてプリシラは頭をベンチの背中に預けて太陽を見つめた。
 「はあ~なくならねえわけだ。てか、他の国の法律ってどうなってるんだ?」
 「エレイスの国では、売春などの性産業や麻薬と言った犯罪になりかねる産業はすべて町が運営して統括してるんだとよ。そして、勝手にそのような商売をやった者は市民権剥奪した上で、町からずっと離れたところに移送するんだ。まあ、死刑とほとんど変わらないな。それで、この国にやって来る理由は、安く商売できて大量に儲けられるかららしい」
 「それは俺も聞いたことがある。俺たちの国もそう言うグレーな産業は国や町が責任とって管理すべきだ! 知ってるか、この国の売春宿の客のほとんどは外国の奴らが大半のようだ。この国はアイツらの売春宿じゃないんだ、本当に腹が立つぜ!」
 プリシラの手は震えており、この現状を目にしながら何もできないことが自分自身でも腹だたしかった。
 「もう無理だろ、国中にそう言う奴らが溢れている。勝手に連れてこられた村の子供もいるそうだ。でも、国は本気で取りかかろうとしない。潰しても潰してもゴキブリのように這い出てくる」
 「あ、ゴキブリで思い出したが、あの真実を知る者トゥルーライトとかいうクソみたいで役に立たない団体、あれなんか真っ先に潰して欲しいゴキブリどもだ」
 「それこそ無理だろ、あいつらの活動は法律上認められたことだ、国がちょっかい出すにしても市民にビビッてるから手出しできない」
 「何が俺たちは追いやられてるだ、純血の雑魚なんて魔物と戦ってもほとんど役に立たないし、町の兵士気取りの自警団も人間相手にしか戦えない馬鹿ばっかでこの国のアホどもは何がしたいかよく分からん!」
 「確かにな、このままじゃ俺たちが追いやられてしまう。それに、カオスの遺子相手と戦って行けるわけがない」
 そんな会話をしている二人の目の前に、真実を知る者トゥルーライトの関係者が木版や新聞を持って周囲のメンバーに自分たちの活動を広めていた。
 「噂をすればゴキブリどもの登場だ。相変わらずきったねえ顔してんな~」
 嫌悪感むき出しにしているプリシラに気づいた関係者が十人ほど二人の方へやって来た。
 「お前たちがここにいると、俺たちは抑圧される気分になるんだ! 今すぐここから出ていけ!!」
 先頭の男が二人に向かって罵声を浴びせると、後ろにいた取り巻き連中も呼応して帰れコールをした。
 「これがメンバーの声だ! 俺たちはお前たちキメラなんかに絶対負けないからな! すぐにでも、お前たちの占領軍は俺たちの防衛軍となる」
 そう続けて話す男に業を煮やしたプリシラがベンチから立ち上がって団体に詰め寄った。
 プリシラの大きくてがっしりとした体形に負けず、彼らはさらに罵倒を強めた。
 しかし、団体のある一人が目の前にいる混血が国軍の最大戦力の一人であるプリシラであることに気づいて声を漏らした。
 それを聞いた他の団体のメンバーはすぐに罵倒を止め、後ろを振り返って帰ろうとしたところをプリシラに先回りされた。
 「おいどこへ行く? 早くお前たちの軍とやらを見せてくれよ」
 団体のメンバーはプリシラの問いに下を向いて沈黙していた。
 しかし、先ほどまで先頭に立ってプリシラたちを罵倒していた男が再び前に立って愚かにもプリシラにたてついた。
 「馬鹿かお前、俺たち市民に手を出せば他のメンバーが黙ってないぞ! すぐに町のみんながお前を捕まえる!」
 それを聞いたプリシラは顔を抑えて豪快に笑った。
 「誰が黙ってないって? それに、俺を捕まえるだと?フハハハハハ!! 冗談はやめろよ、この国で俺とまともに戦える奴なんてそこのスヲウぐらいだぞ。それともなんだ、他国に助けてもらうつもりか? 『僕たちの軍を作りたいけど、戦力が足りないから他国のみなさーん助けてくだしゃーい!』って言うんだろう?」
 プリシラが目の前にいる団体のメンバーをけちょんけちょんに貶していると、先頭にいた男が怒ってプリシラに殴りかかったが、プリシラは簡単に拳を受け止めて手首を掴むと逆方向に捻った。
 悲鳴を上げる男を見て他のメンバーは一目散に逃げていき、地面に座り込んで捻られている痛みから解放されようと抵抗していたが、プリシラは逃げ出せないように足で胴体を踏みつけて逃げられないようにしていた。
 そんな中、痛めつけられている男の悲鳴を聞いて笑っているプリシラの腕をスヲウが掴んで男を放すよう言った。
 「何でだよ、お前も聞いてただろコイツの戯言を! こんな社会の癌、殺した方が世のためだ」
 「いいから待てよ。そんなことしたって、コイツらの活動は止められない。もし、ここでお前がコイツを殺したなら市民の混血に対する恨みは大きくなる」
 そう言うと、プリシラは舌打ちをしながら男の拘束を解き、解放された男はスヲウに礼も言わずに走っていった。
 「おいスヲウ、一つ言っておくが、こんな奴らは早めに潰しておいた方がいい。情に訴えて相手していたら、あの内心の魔物は俺たちの社会に牙を向けるぞ。そうなってもいいのか?」
 「そんなことは絶対に起きないし起こさせない。俺たち人間は団結して魔物と戦っていけるんだ、いずれこの問題も沈静化するさ」
 「やっぱり、お前は甘すぎる。じゃあな、あまり他人に情を移しすぎるなよ」
 プリシラは手を振ってスヲウの元から去っていった。
 その彼の後ろ姿を見ながらスヲウは、「アイツは国のためだと思ってるようだが、それではダメだ。もっと他の人々にも寛容であるべきだ、そうすれば世界はよくなるし、カオスの遺子にも団結して行動できるだろに……」と嘆くような呟きをした。
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